第15話 閑話
※コリウスの所望
いつもならば、のんびりと昼過ぎに向かう冒険者ギルドにその日は何か予兆があり、朝から冒険者ギルドに向かった。
数日前に港町プラムに着いたのは久しぶりに先輩の顔を見たくなったからだった。
顔を合わせて軽く話して落ち着いてからは休暇を兼ねて海が一望出来る少し相場より割高ではあるが見晴らしの良い宿屋に部屋を取りのんびりと過ごしていた。
冒険者ギルドに入り相変わらずの埃っぽさに苦笑いをしてギルドの受付嬢である兎獣人のマリーに声をかけた。
「あ!コリウスさん、ちょうど良かった!」
あらやだ、こういう「ちょうど」なんて面倒なことの方が多いのだけど。
「今さっき冒険者登録をしたばかりの女の子たちがいるんですけど」
これはお世話係の打診かしら、プラムは港町なだけあって帝都なんかと比較すると粗野な男性冒険者が多い。
女の子のヒヨコマーク冒険者をそんな彼らに預けるのは心配なのだろうと思いはするけれど、初心者のお世話係は色々と面倒なのよ。
「今掲示板のところにいるプルメリアとブロワリアなんですけど」
振り返り二人を見た、それは予感のようなものだった、神託のような大きなものではないし世界がどうとかではない。
ただ、彼女たちと知り合うのはきっと私に楽しいことを運んでくれる、そんな小さな予感。
興味に近いもの。
私はマリーに了承のサインを送り、掲示板を覗きながら依頼を見ている二人に近いた。
「これなんか良いと思うな」
背後から声をかけて一枚の依頼書を指差す。
びっくりして振り返る二人がきょとんと私を見ているのが妙に可愛らしかった。
「えっと」
「プルメリアちゃんとブロワリアちゃん?」
「は、はい」
プルメリアが一歩前に出て私を、警戒するように立ち塞がりツンと顔を向ける。
「なんでしょう」
「新人さんのお世話係をたのまれた冒険者で占術師のコリウスよ、冒険者ランクはCよろしくね」
くつくつ笑いながらそう言い私は指差していた依頼書を掲示板から剥がした。
「害獣討伐依頼、討伐対象は角鼠十体以上と、これ受けない?」
角鼠はよく居る害獣でもあり、小単位での群れ程度にしかならないためこれは初心者向けの依頼とも言える。
二人は顔を見合わせてしばらく迷った風を装っていたが振り返り強い光を携えた瞳を私に向けた。
「受けます」
それから数日は角鼠駆除に二人を連れて気付いたことを伝える。
一番重要な引き際に関しては現状そこまでの心配はなさそうだった。
互いに相手を思いやるため無茶な進軍はしないでいる。
そうこうしているうちに角鼠が二人に駆逐されてしまった。
居なくなったわけではないが、危険と判断したなら角鼠も今期は農場に出ない。
頃合いでもあったので洞窟探索を提案した。
まさか船の手配で昔馴染みに合うとは思わなかったけれど。
その日の夜、宿内にある酒場のカウンターでプラム自慢の葡萄酒を楽しんでいる私にグラジオラスが声をかけてきた。
「お前が新人教育なんてしてるとは思わなかったな」
「あなたは相変わらずみたいね」
無遠慮に隣に座ったグラジオラスが私の葡萄酒の入ったグラスを取り上げてグイッと飲み干した。
いや、ふざけんな。
無言で背中を叩けば態とらしく咳き込んでいるけど、この見た目だけ優男なグラジオラスには痛くも痒くもないのだろう、タフさではAクラス冒険者にも引けを取らないのだから。
「で、そっちこそ付きっきり一か月とは随分と可愛がっているじゃないの」
グラジオラスが連れていた少年のガウラを指していうとグラジオラスが困ったように笑った。
「実力は申し分ないんだがなぁ」
今日会っただけでも多少は察していたが。
「元々人付き合い出来るような環境じゃなかったんだろうが、それにしても」
ああまで常に棘のある物言いでは他の冒険者と組む場合間違いなく摩擦が起こるだろう。
普段ならば良い、だが有事の際は別だ。
最低限のコミュニケーションがはかれなければ当人だけではなく一緒に組まされる冒険者の命に関わる場合もある。
取り返しがつかなくなって思い知っても遅すぎるのだから。
「本当に人がいいのよね」
「いい男だろ?」
「はっ」
グラジオラスの言葉を鼻で笑って済ませた。
プルメリアとブロワリアには悪いがガウラには二人と組むことがプラスになるだろう。
「まあ、うちの二人の足は引っ張らないでやってよ」
「コリウスがいるから大丈夫だろう?」
カラカラと嫌味なく笑うグラジオラスに私はため息を吐いた。
結局、ガウラ自身が怪我をするという自業自得で幕引きをした白貝の洞窟探索は、ヒヨコマークの三人にそれぞれ経験を積ませることに成功し、ガウラの怪我もプルメリアの白属性魔法で治癒されてすっかり良くなっていた。
私は洞窟での汚れを落として明日からしばらくはのんびりしようと考えを巡らせていた。
そんな暢気な時間はギルドから連絡が届いたことで明日の計画ごと霧散した。
「随分遠いわねえ」
私の本職である占術の依頼だった、
帝国よりずっと東の国から来た依頼。
きな臭いと噂があるが。
ここを発たなくてはならない。
プルメリアもブロワリアも問題なくこのまま冒険者として独り立ちしても良いだろう。
名残惜しいが仕方ない、私は便箋を用意して筆を取った。
封をする前にブレスレット型のアミュレットを二つ用意する。
アミュレットにはそれぞれ小さな幸運が訪れるようにまじないをかけておいた。
それを一緒にギルドのマリーに預けると私は船の手配をして深夜のうちにプラムを発った。
いつかまた会える日を楽しみにして。
※マリーの憂鬱
無骨な飾り気もない冒険者ギルドに似つかわしくない愛らしい二人の少女を見た時に「依頼かな」と思ったのは私の間違いとは言い切れないんじゃないかな。
「冒険者登録にきました」
そう言う二人は冒険者と呼ぶにはあまりに頼りなく見えた。
新人冒険者には教育係をつける慣しがある。
が、生憎我がプラムの冒険者ギルドには現在プラム無骨なおっさん冒険者しか居ない。
ふと脳裏を現在プラムに滞在中であるコリウスの姿が過ぎった。
Cクラス冒険者にして世界を渡る占術師、目立って活躍をしているわけではないがそれなりに方々から一目を置かれている、そんな彼女になら任せても良いかもしれない。
渋るようなら強引にでもと思っていたのに、存外にもコリウスは乗り気でプルメリアとブロワリアの面倒を見出した。
コリウスから順調に教育期間が終わったと連絡を受けたその翌日、二人が血だらけで冒険者ギルドに顔を出した時は血の気が引いたものだ。
危なっかしい二人がプラムを去ると聞いたのは本人たちではなく、たまたま会ったダリアだった。
「もう、船に乗ったはずだよ」
そう言われて見送りにも間に合わないと気づいてショックを受ける。
ギルド長が見かねて、時計塔に上がる許可をくれた。
私はダリアと時計塔に登り、離岸する帝都行きの船に目いっぱい手を振った。
彼女たちの旅に女神の加護があるようにと祈りながら。
※村からこんにちわ
置き手紙を発見した男は手当たり次第にその場でひとしきり暴れると、肩で息をしながらブロワリアの部屋を出た。
「村を出ます」
たったその一文だけで居なくなった娘は来月に結婚を控えていた。
「くそっ!」
男は悪態を吐きながら使用人たちに探索の指示を出した。
このままでは次の村長選に勝てない、ブロワリアを村の有力者である色に狂った爺さんに嫁がせて後ろ盾をもらうはずが、逆にいくら損害賠償として要求されるかもわからない。
「大変です、プルメリアも居なくなったみたいで今村では大騒ぎです」
「なん、だと?」
プルメリアは村に久しぶりに生まれた白属性持ちの少女だった。
幼い頃より教会に引き取らせて、怪我人の回復を担わせていた。
無料の労働力、本来なら高額な白属性魔法による治癒。
村にプルメリアが産まれた時、村人は歓喜した、これで幾らでも治癒魔法を使えると。
乳児期こそ親元に置きながら精霊の加護を受けヒールを使えるようになると、貧しいプルメリアの生家からプルメリアを取り上げ教会に預けた。
朝から晩まで治癒魔法を使わせ、泣き喚くならば食事を抜くことも度々あった。
無料の労働力であったプルメリアが居なくなれば怪我人は隣町の教会でかなり高額な支払いをしなければ治療を受けれない。
「くそっ!ブロワリアといいプルメリアといい、黙って大人に従っておれば良いものを」
ギリギリと歯軋りしながら男はなんと連絡すれば良いかと思案する。
しかし、何も良い手が見つからない。
「小娘どもが、俺に恥ばかりかかせおって」
村の騒動が男の耳にも届き出した。
「草の根分けてでも探し出せ!」
指示を出しながら男は歯噛みする。
「なんとしても探し出さなければ」
前の村長が居なくなり漸くチャンスが回ってきたと言うのに肝心の駒が一夜にして二つも消えてしまった。
男は手にしていた置き手紙を丸めて暖炉に投げ入れた。
そんな騒動を呆れ顔で見ていたのは村に出入りする行商人だった。
行商人もプルメリアから治療を受けたことがある。
治療魔法を唱える幼い少女の冷たく無機質な顔を思い出しながら無事に遠くへ逃げれるようにとただ祈っていた。
村人のうち数名の有志が隣町まで二人の少女を捜索に向かうらしい、行商人は騒ぎに紛れながら港町に向かい村を後にした。
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