第13話 船上の戦場に舞い降りた天使
槍を振り翳し聞き苦しい甲高い奇声をあげたマーマンが私と母子に向かい、その槍の先を勢いよく突き立てた。
「プルメリア!」
「こっのやろう!」
ブロワリアの声を遠くに聞きながら、私はマジックバッグから金属の柄を握りしめて抜き出しざまに思いっ切り鉄球のついたメイスを振り抜いた。
ゴスッと鈍い音が響き続きピシャッと不快な粘り気のある水音がなり、鉄球がマーマンに当たったのを確認して返す勢いのままもう一度メイスを振り抜いた。
マーマンのこめかみに当たった鉄球の勢いに抵抗する間も無く青緑の体が吹き飛ばされた。
「プルメリア……エグいよ……」
残ったマーマンの背後でブロワリアが残念なものを見る目を息咳を切りながらメイスを構える私に向けているが今は気にしない!
もう一度叩きつけるために振り上げたメイスを見た残った一体が急にくるっと方向を変えて金髪の少年の方へ体当たりするように滑り込んでいく。
「うわぁぁぁぁぁ」「ぐっ来るな!」「くそっ!坊ちゃんを守れ!」
騎士たちが少年を庇い、マーマンに向かい剣を振り上げようとするが少年の位置と狭い場所と仲間同士の位置かわ近すぎて構えすらままならない。
「くそっ!うおおおおーっ!」
甲板で私の腕を掴んだ騎士がマーマンに体当たりした。
ドンと吹き飛ばされ体勢を保てず後方によろけたマーマンに背後からブロワリアが走り込んで長剣を突き立てた。
マーマンに突き刺した長剣を素早く抜いて蹴り飛ばすとブロワリアは振り返り窓から侵入して来たマーマンに飛びかかる。
私はブロワリアに蹴り出されたマーマンが倒れるのに合わせて鉄球を遠心力に任せてぶち当てる。
その身体が壁にぶつかり動かなくなった。
「ペンダントがっ!ああっ!」
金髪の少年が悲痛な声をあげた。
「いけません!」「どいてくれ!あれは母様の形見なんだ!」
金髪の少年が騎士たちを振り切ろうとして暴れている、その視線の先には新たに侵入したマーマンとその直ぐ後ろの床に金色に光るペンダントが見えた。
「ダメだ!離せ!母様!母様!」
騎士たちは暴れる少年を懸命に抑えているが、騒ぎに気付いたマーマンの視線は少年に向けられている。
少年は尚も騎士の静止を振り切ろうと暴れている、静止する騎士たちに焦りが滲む。
私はマーマンに飛びかかるべく、メイスを構え直すと「こっちよ!この魚野郎!」と声を上げて注意をこちらに向けようと試みた。
マーマンの気が少年から逸れた僅かな一瞬の隙を突き、錯乱する少年の横を小さな何かが影のように走り抜けた。
そのまま影は私の横をすり抜け、マーマンの足元からソファの下に滑り込んだ。
「え?」
「お兄ちゃん!ペンダント!大丈夫!」
さっきまで母と兄と居たはずの少女が、手にペンダントを持ちソファの下から手を振った。
「マーガレット!」
「ああっマーガレットっ!」
気付いた母と兄が少女を呼ぶが、少女はペンダントを抱き込むように小さく丸まりソファの下でじっとしている。
「あ、あ、ああ」
金髪の少年が役に立たない声を上げて少女を食い入るように見つめながら涙を流した。
その雰囲気に何かを勘づいたマーマンがゆっくり背後のソファを振り返った。
マーマンの視線にソファからはみ出した少女のワンピースの端が捉えられた。
私は床を蹴って走り出した。
私に気付いたマーマンが槍を構えるより早く鉄球をマーマンの顎にぶち当てる。
ぐらついたマーマンをさらに思い切り殴りつければマーマンの体が勢いをつけて吹き飛ばされる、その先に居た騎士がマーマンに剣を突き刺した。
断末魔の奇声が上がり、一瞬の間が出来た。
私はソファに駆け寄りソファに下に丸まった少女を覗き込んだ。
「大丈夫?!」
私は慌てて震える少女をソファの下から救出すると擦り傷の出来た膝にヒールをかけた。
「うわぁお姉ちゃんすごい」
見る間に塞がっていく傷にキラキラと少女が眩しい目を私に向ける。
そんな私たちによろよろと金髪の少年が近寄ってきた。
少女は抱えていた金色のペンダントを両手で少年に向けて差し出す。
「お兄ちゃん、はい、大事なものでしょ」
屈託なく笑う少女に金髪の少年がぼろぼろと涙を溢れさせた。
少年がペンダントを受け取り少女に何かを言おうと口を開きかけた時、ガタガタと大きな音が階段の上から聞こえてきた。
更なるマーマンの増援かとその場に緊張が走る、このまま階段をマーマンに占拠されればその下の階に避難している人たちも挟み撃ちの形になる私たちも危ない。
脂汗を滲ませながら私は階段を睨み付ける、動けなかった騎士たちが階段に向けて剣を構え金髪の少年が慌てて少女を抱きしめて階段をまだ涙の滲む目で注視していた。
全滅の恐怖が場を包む。
「大丈夫か!」「応援に来たぜ!」
階段への誘導をしていた冒険者のうち数名が談話室に飛び込んできた。
声をかけながら階段から降りてきたのは数名の冒険者たちだった、安堵から膝の力が抜けそうになる。
「まず窓を塞がねえとだな」「嬢ちゃんたち、よく踏ん張った!ここからは俺たちに任せな!」「二人とも大丈夫?よく頑張ったわね、あとひと踏ん張りいけるわね?」
階段を降りてきた冒険者たちがかけてくれる声に励まされて私は立ち上がった。
安堵の息が場に流れる。
覇気を取り戻した私たちにマーマンがグルルと不気味な唸りをあげてまた数を増やしていた。
金髪の少年が少女を抱きかかえて騎士たちに声を張り上げた。
「お前たち、彼らに協力しろ!こちらには二人残れ!行け!」
明らかに雰囲気の変わった少年の姿に騎士たちの顔にも生気が蘇る。
腕を掴んだ騎士が少年を涙ぐみながら見ていたが、乱暴に手のひらで顔を拭って腕を胸の前に置いて敬礼すると深く息を吸った。
「はい!坊ちゃん!行くぞ!お前たち!反撃だ!」
騎士の面々が戦列に加わる、最前列に居たブロワリアの前へ盾を構えた騎士が立った。
「奴らの槍はこちらで塞ぐ!攻撃は任せた!」
「わかりました」
ブロワリアが長剣を構えた、私は背後からブロワリアに駆け寄ると手を翳しブロワリアに向けてヒールを唱える。
切れた唇や腕の傷が塞がっていく。
「ブロワリア、大丈夫?」
「もちろん!ヒールありがとう」
「うん」
ブロワリアは私を後ろに下げて長剣を握り直した。
ふとその手元がキラキラと白く輝いて見えた気がした。
下がった私に冒険者たちが声をかける。
「嬢ちゃん白属性かい?こいつぁ力強い」
「初級ヒールしか使えませんが、全力で支援します」
「初級も何も回復出来るやつが味方に居るってだけで百人力だよ!」
私は鉄球のついたメイスを仕舞い、代わりに蓮の花のような殴打部分がある一本もののメイスを取り出し握った。
「プルメリア!後ろお願い!」
ブロワリアが私に後ろを託した、私はメイスを握る手に力を入れて状況を改めて把握に走る。
素早く視線を動かす。
前方に五体のマーマンが居る、割れた窓は二箇所、どちらもまだ向こう側にマーマンの影が見えている、侵入は時間の問題。
こちら側は先頭に盾を構えた騎士が二人、マーマンの視界を遮っている。
そのすぐ後ろにブロワリアと騎士に冒険者が三人、更に後ろに冒険者が居るが手にしているのは弓だ。
並んで騎士が一人長い槍を構えている。
だが弓と長い槍どちらも室内では不向き。
その後ろに私。
「弓のお姉さん!階段側の見張りをお願いしても良いですか?!」
私の声にお姉さんは片手を上げて了解の合図をし階段に向かう。
これで階上からの進撃に備えられる。
甲板の戦闘がかなり激しいのか時折大きな音が鳴り船が大きく揺れる。
マーマンが奇声をあげて一斉に飛びついてきた。
同時に背後の窓がガシャンと割れた。
慌てて後ろを振り返った、視界の先で騎士が一人マーマンに飛びかかった。
「後ろは任せろ!」
「護衛隊長!頼む!守り切ってくれ!」
金髪の少年がそれまでとは違う表情を見せている、その腕には少女と兄が抱かれて背に母親を庇いながらゆっくりゆっくり階段に向かい、一人護衛に残した騎士と一緒に下がっていく。
階段の先にある大部屋の扉は固く閉ざされているが、今はその下の階に繋がる階段しか避難場所はない。
騎士が少年たちの前に出て辺りを警戒するように構え、少年たちは階段へと無事に避難すると息を詰めて静かに状況を見守っている。
そこからは激しい攻防が始まった。
揺れる船内での慣れない戦闘に重装備の騎士の動きが徐々に鈍くなる。
それを身軽な冒険者たちが上手くカバーしながら押し返していく。
一進一退の攻防ではあるが僅かにこちら側が優勢ではあった。
談話室に次々と倒れたマーマンが積み上がる。
「盾を使え!窓を塞ぐんだ!」
護衛隊長と呼ばれていた騎士が仲間に伝える、全員が視線を彼に向けると彼は割れた窓に盾を押しつけてマーマンの新たな侵入を阻んでいた。
護衛に残った騎士が盾を押さえるのを手伝いに走る。
ガンガンと外から盾を叩いている音はするが鋼で出来た盾はびくともしない。
それを見た騎士たちが近いところから徐々に窓を塞いでいく。
まだ破られていない窓には食堂からテーブルの分厚い天板を持ってきて塞いだ。
やがてガンガンと盾を叩いていた音が止み、辺りが暗くなり始めた頃階上から船員さんが降りてきた。
「無事か?」
「大丈夫!お姉ちゃんたちが守ってくれたよ」
階段からひょっこり出て来た笑顔の小さな少女に船員さんが安堵の息を吐いた。
「良かった、どうやら魔獣避けに不備があったみたいでな、もう直ったから大丈夫だ」
船員さんに続き冒険者たちも降りてくる。
傷だらけながらも笑顔で降りてくる彼らの姿がこの一連の襲撃が終わったと実感させられた。
穏やかな彼らを見て私はその場に座り込んだ、その私の背中にもたれながらズルズルとブロワリアも座り込んだ。
「お疲れ様」「お疲れ様」
お互い短い言葉を交わし合い、パンっと手のひらを合わせた。
「怪我はない?」
「大きな怪我はないかな」
ひっきりなしにかけていたヒールで既に魔力は底をついている。
私たちは顔を見合わせて笑った。
「お姉ちゃん!」
パタパタと軽い足音を弾ませて少女が飛びついてきた。
「お姉ちゃんたちすごかったね!」
相変わらず少女はキラキラとした目で私たちを見ていた。
「あの、マーガレットを助けて頂いてありがとうございます」
母親が涙を流しながら礼を言うのを両手で制した。
「当たり前のことをしただけですから」
ブロワリアも困ったように笑いながらマーガレットと呼ばれた少女を嗜める。
「無事で良かったけど、危ないことしちゃだめだよ?」
私たちの言葉を理解しているのかいないのか、マーガレットはまだキラキラとした目で私たちを見ていた。
ふと背後に気配を感じた。
「少し、良いだろうか」
気まずそうにかけられた声に私たちは顔をそちらに向けた。
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