第11話 旅立ちビックリ新たなトラブルの予感はいりません

 こんばんは、ブロワリアです。

 あれから夕食も摂らず真っ直ぐ帰った宿屋の部屋で私とプルメリアは向かい合わせで互いのベッドに座っています。

 朝の元気はすっかり消え失せて、私もプルメリアも重い空気に包まれています。

 「追手ではないみたいだったから、まだ大丈夫だとは思うんだ」

 「うん」

 実は私たち、冒険者になるために村をこっそり飛び出して来たんです。

 置き手紙ぐらいはしましたが、多分私の父はすごく怒っているはずで見つかれば連れ戻されると思います。

 「村を出てまだ二週間ちょいだしね、いくら冒険者になったとしても連れ戻されちゃうよね」

 「だよね」

 冒険者として冒険者ギルドに登録されれば国籍を失います、同時に国に縛られることも無くなります。

 代わりにギルドには縛られるのですが、犯罪者でもない限りは冒険者は柵を気にしなくても良くなります。

 けれど駆け出しの駆け出しで冒険者としての実績も経験もまだ全くない私たちが、今村の連中に見つかればきっと連れ戻そうとするでしょう。

 冒険者ギルドへの登録も抹消されかねません。

 父は、そういう人はなんです。

 色んな事情が重なってプルメリアにも私にも村にあのままいる訳にはいかなかった、冒険者への夢は諦めたくなかった、そして何より時間がなかった。

 解決策を模索して説得も試みましたが、なしのつぶて。

 結局私たちの選んだ方法は褒められるものではないってわかってる、でも。

 「プラムを出よう」

 プルメリアが力強く言いました。

 「どこに行くの?」

 どこに逃げても見つかるんじゃないかって不安が込み上げてきます。

 俯いて動けなくなりそうな縮こまる心に涙が出そうです。

 プルメリアはベッドを降りると私に歩み寄って固く握っていた私の両手に手を置きました。

 「帝都に行ってみない?」

 「帝都……あ!卵!」

 「うん、それに明日の船に乗れたらコリウスさんにも追いつけるかもしれないよ」

 プルメリアが笑顔を見せます、私もコリウスさんに会いたい。

 「明日出るならダリアさんにも話さなきゃね」

 船の乗船チケットは明日にならないともう購入出来ないけど、乗れないことはないでしょう、大部屋で帝都まで三日間は少し不安ですが今はそんなこと言っていられません。

 それにダリアさんとお別れするのは寂しいけど、冒険者を続けるならいつかはお別れしなければなりません。

 「また、時間が経ったらさ、プラムに来ようよ」

 「そうだね」

 行き先を決めた私たちは部屋を出て階段を降りました。

 そして明日の朝食のためにスープの下準備をしているダリアさんに声をかけました。

 「そうかい、行くのかい」

 寂しくなるねと言いながらダリアさんは手を握って笑ってくれました。

 「そういえば、ダリアさんの息子さんも冒険者なんですよね?」

 「ああ、そうだよ。ナスタっていうんだ、もしどっかで会ったら手紙くらい寄越すように言っておくれよ」

 「ふふ、わかりました」

 「帝都行きの船に乗るんだよね、少し待ってなさいな」

 ダリアさんはそう言って自室に向かい暫くして戻ってくると手に封書を持ってきました。

 「これを乗船手続きの時に渡すといいよ」

 ダリアさんは封書をプルメリアに渡しました、口添えでしょうか有り難いけれど良いのでしょうか。

 「二人とも夕飯は食べたのかい?」

 「いえ、あ、まだです」

 食欲なんてすっ飛んでいましたから。

 「じゃあ簡単なものだけど一緒に食べようか」

 屈託ないダリアさんの笑みに私たちは「はい」と答えてその日はたくさんのお話をして賑やかな遅めの夕食を食べました。

 翌日、快晴です。

 窓を開けたら良い風が吹いています。

 「幸先良いね」

 「うん」

 プルメリアのクローゼットは見事に一晩で空っぽになりました。

 いくらマジックバッグとはいえ、あれだけ溢れかえっていた荷物は本当にあの中に収まったのでしょうか、疑問です。

 私たちはお互いのベッドの上にダリアさんへのお礼の言葉を認めた手紙を置いて綺麗に片付いた部屋から出ました。

 階段を降りると待ち構えていたダリアさんから「お昼に船で食べなさい」とお弁当をいただきました。

 「お世話になりました!」

 「また、絶対来るからダリアさんも元気で!」

 「二人に旅の女神の加護がありますよう、いってらっしゃい」

 何度も何度も振り返り手を振る私とプルメリアをダリアさんは見えなくなるまで見送ってくれました。

 噴水広場から大通りを抜けると港の入り口があります。

 入り口すぐの大きな建物が手続きなどを請け負う事務所になっていて、舟券もここで購入の手続きをします。

 「帝都行きの船に乗りたいんですが」

 「帝都行きね、はいはい」

 ちょっとまってねぇと恰幅の良いおじさんが船の空席を調べます。

 「あ、これ泊まってた宿屋のおかみさんから船の手続きの時に出すように言われたんですが」

 プルメリアがダリアさんから預かった封書を渡しました。

 「はいは……え、ダリアってあのダリアか!」

 「へ?」

 「船券は直ぐに発行するから少しだけ待ってな」

 それまでの間伸びした対応から一変、おじさんは急にシャキシャキと動き出しました。

 「え?」

 「ああ、船代はいらねえよ、ダリアの口利きなら大歓迎さ」

 恰幅の良いおじさんは上機嫌で手続きをしてくれていますが、ダリアさん何者ですか?それより料金は?帝都まで雑魚寝のタコ部屋だって結構しますよ?

 「そ、そういうわけには……」

 思わずお金を出そうとした私をおじさんが遮ります。

 「ダリアの友人に金なんか貰えねえって」

 「あ、あのダリアさんって」

 「ああ、ダリアは元Sクラス冒険者だ、十数年前の魔獣によるスタンピードで壊滅寸前のプラムにたった一人で乗り込んできて魔獣の群れに立ち向かってな、見事に殲滅!あれは痺れたねえ、返り血で真っ赤に染まったダリアの立ち姿はまるで戦女神の如くってな、ダリアはこの街を救った英雄さ」

 なんですと?!

 なんですと??!

 驚いて同じことを繰り返してしまいました。

 「え、Sくらす冒険者?ダリアさんが?」

 「一人でスタンピードを魔獣の群れを殲滅……あのダリアさんが……」

 プルメリアも驚いています。

 私も驚きすぎて訳がわかりません。

 気風良く笑うダリアさんが脳裏に浮かびますが、正直繋がりません。

 「今は落ち着いてどこかに腰を据えたって聞いてたが、そうかプラムに居るのか」

 おじさんは嬉しそうにしてます。

 「ほら、船券だ。あそこに見える赤い旗の旅客船が帝都行きの船だ、あと二時間ほどで出航だからそのまま乗ってくれ」

 「は、はい」

 ダリアさん、次にプラムに来た時は冒険者の頃のお話も聞かせてくれるでしょうか。

 私たちはおじさんに背中を押されながら桟橋へ向かいました。

 プルメリアはくるりと私を振り返り手を差し出しました。

 「ブロワリア、行こう!絶対またプラムに来よう!」

 「うん!」

 私はプルメリアの手を取って二人桟橋へと駆け出しました。

 今回乗る旅客船はかなり大きな船です。

 帝都まで三日、二泊を船で過ごすのでそこそこの広さがないと帝都に行く人々の多さで大変なことになってしまいます。

 乗船を待つ行列に並び甲板にあがった頃には出航まで十分もありませんでした。

 「あ、あれ!あれダリアさんじゃない?マリーさんも居るよ?」

 冒険者ギルドの時計塔、てっぺんの鐘の傍に二人の姿が見えます。

 って、そこ屋根ですよね?危ないですよ二人とも。

 私たちは二人に向かい大きく手を振りました。

 ダリアさんとマリーさんも手を振っているようです。

 やがて出航の汽笛が鳴り、船がゆっくりゆっくり離岸していきます。

 「見えなくなっちゃったね」

 「うん」

 小さくなる人影、街並み、どんどん離れていく岸をいつまでも見てましたが、どうにも甲板が騒がしい気がします。

 「なんだろう、揉め事かな」

 プルメリアも同じだったようで振り返り甲板で騒ぐ人々に目を向けました。

 「貴様ら!俺を誰だと思っているんだ!」

 「ですから一番良い船室にご案内を……」

 「あんな狭いところにお坊ちゃんを押し込めるつもりか!」

 「お坊ちゃんはやめろ!」

 金髪のいかにも上等な服を着た私たちと変わらない年端の少年とお付きの方でしょうか黒い燕尾服の老紳士、怒鳴っているのは鎧を着込んだ数名の騎士?ですかね、が船員さんと思われる青年と何やら揉めています。

 あ、なんだかややこしいトラブルの予感がします、巻き込まれないうちに船内の大部屋へ……。

 私はプルメリアと目を合わせて無言で頷き合うとそっと彼らの背後にある船内への扉に向かい足音を立てないようにして進んでいった。

 もうすぐ扉に手が届くといったところでガシリと肩を掴まれた。

 「あ!アンタたちだろ?ダリアの連れ!」

 連れではないですが??

 「アンタらの個室、用意してあるから案内するよ」

 船員さんらしき青年がキラキラした目を私たちに向けながら意気揚々と案内しようと船内へ向かいます。

 「は、はい?え?個室?」

 プルメリアも目が合うなり船員に詰め寄られて目を丸くしています。

 「いっちばん眺めの良い部屋用意したからよ」

 晴れやかに笑う船員さんが扉に手をかけようとしました。

 「待て!」

 「貴様!さっきと言っていることが違うではないか!」

 例の騎士のうちの一人が船員さんに掴みかかります、止めた方がいいのかなって船員さん手を振り払っちゃいました、大丈夫かしら。

 船員さんはわざとらしい大きなため息を吐きました。

 「いやだから其方さんには一番良い部屋、此方のお二人には一番眺めの良い部屋っすよ、違ってません」

 其方さんと指された金髪の少年が吊り上がった目を私たちに向けました。

 うわぁ、これ絶対巻き込まれるやつじゃないですかぁ。

 目を合わせてはいけない、そう本能が告げている。

 私とプルメリアは青い空を見上げて気が遠くなるのを感じていた。

 先行き不安です。

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