第8話 帰還しました報告です、どうやら大変なことになってきたみたいです

 木漏れ日の洞窟からプラムに帰還した私とブロワリアは真っ直ぐ冒険者ギルドに向かいました。

 こんにちは、プルメリアです。

 普段は混雑する夕方の広場をすんなりと突っ切り足早に冒険者ギルドの建物へと向かいます、時計塔が近づいてきました。

 木製の扉を開きザワザワした屋内に入る、とギルド内が私たちの到着とともにシンと静まり返りました、何だろう。

 「プルメリアさん!ブロワリアさん!大丈夫ですか?」

 慌ててカウンターをヒラリと飛び越えマリーさんが駆けつけました。

 え?マリーさん、すごくないですか?助走もなく飛び越えましたよね?

 「え?はい、大丈夫ですよ?これ、ヒカリキノコです」

 私はマジックバッグからヒカリキノコの入った麻袋を取り出してマリーさんに渡しました。

 私をジッと上から下まで観察するように見ているマリーさんの眼鏡のレンズに私が血まみれで写っています、ひぇっ。

 「あ、あれ?え、うわっ」

 ブロワリアも自分の状態に気づいたようです、自分の体を見下ろしてオロオロとしていますっていうかちょっと涙目になってるね。

 そりゃあ皆んなビックリして静かになっちゃうよ、全身ゴブリンの返り血だらけになってた。

 私たちに怪我がないと見てとったマリーさんがプルプルと震えていますね、心なしか丸い尻尾がぶわっと膨れたように見えます。

 「ひとまずシャワーを浴びて来てください」

 いつもの優しい笑みではない黒い笑みを浮かべて低くマリーさんが唸ってギルド内に設置された簡易シャワー室に押し込まれました。

 「そこに!備え付けの洗濯用魔導家具があるので!服も!洗ってくださいね!」

 マリーさんの迫力に押されて私とブロワリアは洗濯用魔導家具に脱いだ服を入れ起動させて、仕切りで分けられていくつか並ぶシャワーに入り蛇口を捻ると熱いお湯が勢いよく飛び出した。

 ゴブリンの返り血がこびりついた髪や顔を熱い湯で流すと、やっと冷静になってきました。

 狭い洞窟での複数のゴブリンとの交戦は思っていた以上に私を疲弊させていたみたい。

 熱いシャワーに生きている実感が湧いてきました。

 洗濯から乾燥までやってくれる洗濯用魔導家具が止まるのを待ってシャワーから出ると先にあがっていたブロワリアが眉尻を下げながら「思ったより緊張してたのかな」と呟きました。

 ブロワリアは革の鎧に付着した返り血を丁寧に拭い、洗い終わった服に着替えました。

 私も洗い立ての服を着てシャワー室を出ました。

 改めてマリーさんに結果報告です。

 麻袋の中のヒカリキノコをカウンターに出します、結構な量だし微光とはいえ集まるとかなり光るので眩しいです。

 「うん、ヒカリキノコは充分ですね、余分もこちらで買い取って良いのかしら。?」

 依頼の規定量を大幅に越えたヒカリキノコを冒険者ギルドで買い取ってもらいます。

 「それで、何があったの?」

 マリーさんがヒカリキノコをカウンターの中にある奥の部屋に持って行ってから私たちに問いました、ちょっと眼鏡が光ってる気が……。

 「ゴブリンが出ました、五体」

 「え?」

 「洞窟内で交戦しました、五体はきっちり討伐したので……ただ、ゴブリンの遺体はそのままになっています」

 後始末をする余裕も何もなかった。

 ただ逃げ帰るのに必死だった、情けないけどそれが今の私たちの実力なんだ。

 「無事に帰還することが最優先ですから……うん、わかったわ、すぐ調査隊を組織してもらうように上官に申告します、みんな!聞こえたわね!分布が変わった可能性もあるから暫くは農場区域側の森及び山岳部への立ち入りは禁止です!」

 マリーさんがいつになく厳しい声を張り上げました、ギルド内が騒めいています。

 「近いうちに調査隊の募集があると思うからCランク以上の冒険者はそのつもりで準備をしておいて下さい!」

 テキパキと指示を出してマリーさんは奥の扉の向こうに消えて行きました。

 ギルド内の空気がちょっと重い、あの森はかなりの広さがあるし調査隊の組織となれば調査が完了するまで森での採取も出来なくなる、依頼も森に関する内容のものがかなり多い。

 それに今回のヒカリキノコのような薬の材料となるものが長く採取出来ないのはとても困るんですよね。

 長引けば価格も不安定になっちゃうし。

 「待たせちゃったわね、これが今回の報酬でこっちがヒカリキノコの買取料金」

 ドサリと袋に入った大金が置かれて私もブロワリアもビックリです。

 「ヒカリキノコはこの辺りだと木漏れ日の洞窟にしか自生してないのよ、調査も恐らく時間がかかるし今後しばらく相場はかなり高くなるはずだからね」

 通常の買取額より三倍高く買い取ってくれたらしい。

 「それとこっちは情報料」

 ゴブリンの目撃と討伐、その情報に対して出されたものも少なくない金額で私たちは引き気味になっちゃいます。

 「ゴブリンは単体ならそう怖い魔獣ではないんだけど、アイツら群れになるから……」

 群れになるから対する調査隊も人数が必要になる。

 簡単にはいかない調査を案じてマリーさんは長い息を吐いた。

 「あ、あとこれ!」

 私は思い出したように卵を取り出してマリーさんに見せました。

 「卵?随分と珍しい色ね」

 「木漏れ日の洞窟の最深部で見つけました」

 マリーさんが暫く卵を見て「え?」と短い声をあげました。

 「手記っぽいのもあったんで回収したんだけど、これ何の卵かわかります?」

 「えっとごめんなさい、木漏れ日の洞窟の最深部に卵なんてないはずなんだけど?」

 手記をペラペラと読みながらマリーさんが後ろで事務作業をしていた青年に耳打ちして青年が奥の扉に入りました。

 直ぐに奥の扉が開き、赤毛の体躯の良い髭を蓄えたおじさんがやってきました。

 おじさんは何も言わず手記をマリーさんから受け取りそれをパラパラと読んでから顎に手を当て卵を見ながら思案していましたが、やがて私たちに視線を向けて口を開きました。

 「俺はプラム冒険者ギルドの所長ノウゼンだ、ゴブリンの情報ありがとな。お前らが無事で良かったよ、卵だが俺たちは専門外だから商業ギルド辺りの鑑定士にでも聞いてみてはどうだろう、俺も長らく冒険者をやっていたが初めて見る卵だしな」

 手記を返しながらノウゼンさんが赤毛の髭を撫で難しい顔をしました。

 そして改めてゴブリンとの交戦や洞窟内部の構造、また森自体に洞窟までは魔獣に出会わなかったことなどを詳しく聞かれた、特にゴブリンとの戦闘の話にはかなり詳細に質問攻めにされてしまった。

 「細くなった通路ってのがな、そもそもないんだよ、道幅はほぼ変わらないんだ木漏れ日の洞窟はよ。それにアソコは散々冒険者が立ち入って探し尽くされている。ヒカリキノコがあったなら木漏れ日の洞窟で間違いはないんだろうが……考えられるなら隠し部屋か元はあった部分が何らかの事情で今まで閉ざされていたか……その辺りも調査隊に調べてもらうか」

 ノウゼンさんは相変わらず難しい顔をしていますが、少し穏やかな目を私たちに向けました。

 「今日は帰っていいぞ、暫く森への立ち入りも出来んからなあ」

 相変わらず顎に生えた赤毛の髭をさすっているノウゼンさんが、うんと頷き私たちを見た。

 さっきからノウゼンの質問攻めにずっと緊張していたブロワリアがホッと肩の力を抜いたのがわかった、わかる偉い人とか緊張しちゃうもんね。

 「はい、では失礼しますね」

 私はカウンターの上の報酬をマジックバッグに入れてマリーさんとノウゼンさんに礼を言ってギルドを出た。

 私たちが扉を閉めると同時にギルド内が一気に騒がしさを増した、怒号が扉を越えて耳に届く。

 暫くは依頼もあまりないかもしれない。

 疲れもあり夕飯を買う気にもなれず、私たちは真っ直ぐ宿屋に向かった。

 「ありゃあ」

 宿屋に着いてひと息、ベッド脇の椅子に座りながら村にいた頃から愛用していた樫の木の杖(誰です?棍棒って言ったのは)を手入れしようと取り出して私はため息を吐いた。

 「ヒビがはいっちゃってる」

 「私も刃こぼれが酷い」

 ブロワリアもロングソードの手入れをしながら肩を落としている。

 「明日は商業ギルドに行ってから鍛冶屋通りに行ってみる?」

 「うん、そうだね」

 すっかり草臥れていた私たちは明日の予定を確認してかなり早いけれどベッドに入った。

 明日も忙しくなるね、きっと。

 

 

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