第7話 世界は目まぐるしく動くけど私たちはそれどころじゃないんですよ

 コリウスさんの手紙を受け取った私とプルメリアは、昨日ずっと呆けていました、おはようございますブロワリアです。

 グラジオラスさんとガウラくんは予定通り港町プラムを発ってました、コリウスさんは私たち宛てに宿屋の女将さんのダリアさんに手紙を預けて本職の仕事の為に行ってしまいました。

 手紙を預かったダリアさんの話では船に乗り帝都から飛空艇で別の国にいくという事でした、昨日まで賑やかだったから二人だけになると寂しさを感じます。

 何よりコリウスさんにありがとうもさようならも言えなかったのが心に残っています、ダリアさんはコリウスさんと旧知の仲らしくコリウスさんは湿っぽいのが苦手だからきっと顔を合わせて言えなかったのでしょうと言ってました。

 けれど、そのずっと打ちひしがれていては折角コリウスさんから修了したよと修了記念のアミュレットをいただいたのでに甲斐がなさすぎます。

 昨夜眠る前にプルメリアと相談して今日は初めて二人だけで依頼を受けようと、一昨日の戦利品である真珠や鉱石の一部を商業ギルドで売却し、今は冒険者ギルドの依頼掲示板をプルメリアと見ています。

 「むぅ」

 プルメリアが眉間に皺を寄せています。

 「角鼠はやっぱりもうないね、近場の薬草採取も悪くわないけど近すぎるし」

 薬草採取などの依頼はこれをメインに受けるというより、他で受けた依頼のついでに採取したら持って帰ってその場で依頼を受けてすぐに取引するという形が多いらしく、薬草採取のみというのは依頼を受けるにしては少し頼りない、報酬も頼りないのです。

 「あ、ねえプルメリアこれどうかな」

 角鼠退治で散々足を運んだ農場近くの森、その中腹にある木漏れ日の洞窟の入り口付近に生えているヒカリキノコの採取依頼を見つけました!

 洞窟の奥に入るわけではないし、ここは武器を持たない一般人は森の中腹まではいることはない、程々に魔獣が出る場所にある洞窟だ。

 街に近いだけあって強い魔獣は出ない筈の場所、これより奥に三日ほど歩いて山の麓付近まで行くと魔猪などが生息しているのです。

 森の中腹は木が密集していて中型から大型の魔獣は移動がしづらいらしくてまず出没しないと聞いています。

 何かに遭遇するとしても狩残した角鼠ぐらいでしょうか。

 「変に討伐受けるよりいいかもね、日帰り出来る距離だし」

 「じゃあこれにしよう」

 プルメリアは掲示板に貼られたヒカリキノコ採取依頼書を剥がして受付カウンターに行こうとしましたが、ふと足を止めました。

 「あれ?」

 掲示板の横に昨日まで無かった「特別依頼」が出ています。

 紙がちょっと豪華です、さすが特別依頼ですね。

 「探し人、元ジューエール国第一王女トルマリン、情報求む、か」

 美しい水色の長い髪の若い女性の姿絵が描かれている依頼書を見ましたが、報酬額が桁違いです、何かあるのでしょうか。

 元ジューエール国とは数年前の内乱で無くなった現在私たちがいる帝国より遥か東にある国です、先日酒場で少し話題になっていた議会が出来た国ですね、王女さまなんて私たちに縁はありませんが、探しているのはその議会のようで遠い国の騒動がここまで聞こえてくることにも驚きました。

 まあ、本当に私たちには関係ないですが。

 「まだあまり落ち着いてないのかな。しばらくは東に行かない方が良さそうだね」

 プルメリアも探し人がどうのより情勢が気になったようです。

 まあ気にしても私たちにどうこうはなさそうですし、とりあえずは二人だけでの初めての依頼ですよ。

 私たちは受付カウンターに今日もにこやかに座るマリーさんに依頼の受理を告げて森に向かいました。 

 プラムの農場地区を抜け森に入り周りを注視しますがやっぱり角鼠の姿は見当たりません。

 木々に囲まれた薄暗い森の中、慎重に周囲を警戒しながら獣道を歩きます。

 今のところ普通の野生動物がチラホラ見えるだけです、油断は出来ないですがウサギなどの姿が確認出来るので小動物を捕食するような魔獣は近くに居ないと思われます。

 二時間ほど獣道を進むと、小さな洞窟の入り口が現れました。

 プルメリアと一旦目を合わせて周囲に意識を向けます。

 ここまで会話らしい会話をしていないのは話し声で魔獣が近寄ってくるのを避けるためです、万が一にも魔獣が私たちを先に見つけるのは避けたいのです、先手必勝は常套手段ですし、私たちは二人しかいません。

 複数の魔獣を相手にするのは危険だと判断しました。

 周辺に魔獣の気配はありません、プルメリアはマジックバッグから灯り用の魔道具を取り出しました、ポゥと緩い光が覗き込んだ真っ暗な洞窟を照らしました。

 入り口から目測で十、二十歩辺りからポツポツと淡く発光したものが見えます、おそらくあれがヒカリキノコでしょう、細く長い軸に小さな笠がついたキノコが全体を緩く発光させています、光ってるだけに美味しくはなさそうです、一応食用なんですけどね。

 乾燥して薬の材料になるんです、薬膳料理に使うこともあるんですよ。

 光ってるのを見ると食べたいとは思いませんが、食いでも無さそうですし。

 薄暗くてちょっと怖いけど、思い切って先頭に立ち洞窟に進入します。

 直ぐ後ろにプルメリアが付いて前方に灯りを向けます。

 足元は湿気って所々地面から突き出した岩に苔が生えています。

 何事もなくヒカリキノコが自生している所へ着きました。

 ヒカリキノコを摘みながら奥へと進みます。

 この洞窟はかなり小さく、奥まで一本道で最新部まで距離もありませんが、少々蛇行しています。

 足音が洞窟内に反響するため、私もプルメリアも無言でヒカリキノコを摘んでいました、結構たくさん採れたと目を合わせて頷いた時ー。

 ガサッ

 洞窟の入り口の方で音がしました、私とプルメリアに緊張が走ります。

 プルメリアは手早くヒカリキノコを麻袋に詰めてマジックバッグに入れました、私はロングソードを鞘から慎重に抜き出して構えます。

 ガサッガサッ

 ある程度の規則正しい音に足音である確信を得ました、音はどうやら洞窟に反響して届いているようで距離がありそうです。

 私たちは入り口が見える所まで慎重に慎重に息を潜めて戻っていきます。

 眩い入り口に黒い影が見えました、何かが入り口に立っている!

 「っっっ」

 背丈は子どもくらいでしょうか、二足歩行の背を少し丸めた独特の姿、プルメリアが灯りの魔道具を消しました。

 ようやく慣れてきた目にその醜悪な姿が見えました。

 「……ゴブリン」

 プルメリアが小さく呟いています。

 ゴブリンが棲む洞窟はここよりもっとずっと森の奥にあるはず、最悪です。

 増えました。

 一、二……全部で五体確認出来ました。

 なんとかやり過ごしたい、二人で相手をするには分が悪い相手です。

 カツンと足元にあった石が転がりゴブリンたちが洞窟の中に視線を向け……目が合いました。

 「下がるよ!ブロワリア!」

 プルメリアが袖を引いて洞窟の奥に向かい走り出します、同時に灯りの魔道具を作動しました。

 ゴブリンが奇声をあげて追ってきます。

 「奥に狭くなってるとこあったでしょ、あそこを抜けて待ち伏せしよう!」

 「わかった!」

 一気に走り抜け迫るゴブリンとの差を気にしながら一部狭くなった場所を抜けてゴブリンを待ち伏せます。

 上手く位置を取って壁沿いに身を潜めました。

 ガサッガサッギャッギャッ

 近づいてくる気配に私はロングソードを構え直しました。

 「えいっ!」

 ゴブリンが狭い通路を抜けてきた瞬間にソードを振り下ろしました。

 断末魔の悲鳴と噴き出す血飛沫に通れなかったゴブリンたちの興奮した声がします。

 足元にドサリと斬ったゴブリンが倒れてピクピクと痙攣しています、興奮し血走った目で残りのゴブリンが通路を覗き込んでいるのが見えました。

 次、次と狭い通路を抜けてきます、間に合いません!

 防戦一方の私たちは徐々に洞窟の奥へと追い込まれて行きます。

 それでも何とかゴブリンの数を減らしながら防戦しているうちに突き当たりに着いてしまいました、ゴブリンは残り二体。

 私は大きく深呼吸してロングソードを構え直します。

 プルメリアがヒールをかけてくれました。

 「わぁぁぁぁ!」

 「ギャッギャッ」

 ゴブリンと同時に飛び出します、真っ直ぐに飛び掛かってきた方に向けソードを振り下ろし、下がったゴブリンにソードを突き刺しました。

 その隙を突いてもう一体が横から飛びかかってきたのを、プルメリアが棍棒で殴り飛ばしました。

 ゴスッと鈍い音がしてゴブリンが吹き飛びました、ソードに刺さったゴブリンを前蹴りで突き飛ばして私は無我夢中で吹き飛ばされてフラフラしているゴブリンにソードを突き立てました。

 やがて静寂が訪れ私は尻餅をつくようにへたり込んでしまいました。

 ゴブリンは血溜まりの中で動かなくなっていました。

 「もう、大丈夫かな」

 「ねえ、ブロワリア見て」

 プルメリアの方へ視線を向けます、プルメリアが何かを見ているその方向を見るとそこに手のひら大の卵がありました。

 紫から白へのグラデーションがまるで鉱石のような美しい卵です。

 「魔獣の卵?見たことないよね」

 「うん、本にもなかった」

 こんな卵は見たことがありません。

 ふと、手帳らしき紙束を見つけました。

 「プルメリア、これ」

 「手記、かな?かなり古いね」

 殆どの文字が読めなくなっている手記をかろうじて読み解くと、どうやらどこかのテイマーと呼ばれる魔獣使いがここに隠したもののようです、数十年前の日付が書き込まれています、どうやら内容的に危険はなさそうですが気になります。

 「持って帰ったらまずいかな」

 プルメリアの言葉に否定も肯定も出来……肯定しちゃったらだめかな?

 そもそもゴブリンやこの周辺に出没する角鼠は卵から孵るわけではないので、それらが産まれてくることもないし、卵の大きさも掌に乗る程度、なら……。

 「持って帰って鑑定してもらわない?」

 「うん」

 手記と卵を持って私とプルメリアはゴブリンを避けながら入り口へと向かいます。

 そのまま新しく何かに遭遇することもなく私たちは洞窟を脱出、休まずに森を素早く抜けてプラムの街に向かいました。

 

 

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