第5話 海の幸は焼いたら香ばしいことが多いからお腹が鳴るのは仕方がないのです

 おはようございます、まだ早朝なので小声で失礼します、ブロワリアです。

 昨日の話し合いで今日は海岸沿いを船で移動し、白貝の洞窟に向かうことになりました。

 洞窟探索は私もプルメリアも初めてです、緊張で手汗がっ。

 朝からドキドキソワソワ落ち着きがない私とは違いプルメリアは平常通りにマジックバッグの中身を整理しています。

 そろそろプルメリアのクローゼットが危険な気がするのですが、時々プルメリアの目が私側のクローゼットを狙っている気がします。

 ちょっと怖いしクローゼットに物を投げ入れるのは良くないと思うのです。

 平常運転のプルメリアのおかげで私も緊張が少し和らいだ気がしますが、クローゼットという新たな緊張を強いられている気もします、なんとか死守したいと思います。

 「ブロワリア、準備は?」

 「大丈夫」

 「じゃあ出発しようか」

 まだ日の出の前の薄暗い窓の向こう、雲もなく今日も良い天気になりそうです。

 人気のない噴水の広場を抜けて大きな通りを海に向かって歩くうちに潮の香りが強くなってきました。

 前方に港が見えると漁船の水揚げや夜中に着いた船からの荷出しなど、既にたくさんの人が忙しなく働いています。

 活気があるとはこういうことでしょう。

 船着場を歩いて行くと小さな船が並ぶ場所に着きました。

 遠く見覚えのある姿が見えて私とプルメリアは人影に向かい小走りになっていきます。

 「おはよう、よく眠れたみたいね」

 コリウスさんがにこやかに迎えてくれました、私たちが着いて間もなくグラジオラスさんとガウラくんが合流です。

 「よう、早いな」

 「あなたが遅いのよ」

 コリウスさんが、やれやれとわざとらしい溜息を吐いています。

 グラジオラスさんは笑って流しています、私はグラジオラスさんの後ろに居たガウラくんと目が合いました、が、キッと睨まれてふいと顔を背けられてしまいました、え?私何かしましたか?

 「おはよう」

 プルメリアが私の様子に気付いてガウラくんに挨拶をしましたが、ガウラくんはまたプルメリアを睨んで顔を背けて……あ、プルメリアが一歩前に出ました。

 「お、は、よ、う」

 あ、顔は笑ってるのに目が笑っていません。

 「お、は、よ、う?」

 ん?ん?とプルメリアが一歩ずつガウラくんに向けて歩きながら挨拶を続けます、こ、怖い。

 「っっっなんなんだよ!」

 堪らずガウラくんが大きな声を出しました、が、そのガウラくんの顔を両手で挟んで強引に自分の方へ向けて固定したプルメリアが口角を上げながら真顔になりました。

 「お、は、よ、う?」

 「だ、かっら!なんなんだっ」

 「ガウラ、君は挨拶も出来ないのかな?」

 「は?なんでお前に挨拶なんか」

 プルメリアの両手に力が入って、挟まれた顔が、ちょっガウラくん逃げて……。

 「今から一緒に洞窟に行くからでしょう?」

 「だからってわざわざ」

 「挨拶はコミュニケーションの基本です」

 あちゃあとコリウスさんが苦笑いをしてますが止める気はないみたい、助けを求めてグラジオラスさんを見ると目が合いました、グラジオラスさんは人差し指を口に当ててシーッと合図を送ってきました、ここは様子見なんでしょうか。

 でも、プルメリアとガウラくんの仲が悪すぎて心配です。

 「うっせーな、わかったよ!おはよう!これでいいんだろ、離せよ!」

 プルメリアを振り払おうとガウラくんが身動きを取ろうとしてますが、プルメリアはびくともしません。

 「な、なんだよお前!馬鹿力が!」

 「ふふふ」

 あ、プルメリア怒ってますね、ちょっと不味いです。

 ガウラくん頑張って逃れようとしてますが、プルメリアは戦闘時に棍ぼ…杖を振り回している力持ちさんです、私も本気で腕相撲とかしても勝てないかも知れません。

 「仲良く出来なくても挨拶ぐらいしなさいよ、これから洞窟で背中を預ける相手に君の態度は良くないわ」

 「チッ」

 小さな舌打ちにプルメリアがいよいよキレそうになった瞬間、グラジオラスさんの拳骨がガウラくんの頭に落ちました。

 「プルメリアの言ってることの方が正しい」

 不服そうにしながらプルメリアから解放されたガウラくんはそっぽを向いてしまいました。

 「遅くならないうちに出発しましょうか」

 空気をガン無視してコリウスさんがそそくさと船に乗り込みました、私とプルメリアもコリウスさんを追って船に乗り込みます。

 続いてグラジオラスさんとガウラくんも船に乗ると、船はゆっくり岸から離れて海原を進み出しました。

 静まり返った船内とは裏腹に海の上を吹き抜ける風は爽やかな涼しさで頬を撫でていきます、やがて岩礁が現れて波が大きな音を立てています。

 岸のある左手には切り立った高い崖が続いています。

 「今回はリーダーを決めましょう」

 コリウスさんが私たちを見回して微笑みました。

 「リーダーって一番ランクが高いグラジオラスかずっと偉そうにしてるおばさ……いってぇぇぇ!」

 「お姉さん」

 「お、おばさ」

 「グラジオラス、この子沈めていいかな」

 「勘弁してやってくれ、ガウラお前もいい加減にしろ」

 グラジオラスさんに嗜められたガウラくんがとっても不機嫌です、でもさっきから冷んやりと冷たい空気を撒き散らしているコリウスさんがもっと怖すぎます。

 「グラジオラスや私じゃあ意味がないでしょう、戦闘時に後方に下がるプルメリアがいいんじゃないかしら」

 「わ、私ですか?」

 名指しされたプルメリアが珍しく慌てています。

 でも私もこの中でだとプルメリアが一番ふさわしいと思うんです。

 「わ、私もプルメリアがいいと思う」

 「え、なんで?」

 わかっていないらしいプルメリアがオロオロしてます、普段は私の方がオロオロワタワタしてるのでちょっとだけ楽しいです。

 「だってプルメリアは回復するために後ろからみんなを見るでしょ?」

 「そりゃあ、まあ」

 「ちゃんと回復に徹するなら状況を一番早く広く見れるプルメリアがリーダーの方がいいと思う」

 ただし、いつものように棍ぼ……じゃない、杖を振り回さないなら。

 「うっ……わかりました、頑張ってみます」

 責任重大だぁとまだ泡を食うプルメリアはちょっと可愛いですね。

 岩礁帯が開けて、半円に窪んだ入江に入ると砂浜が見えました。

 砂浜から沖に向かい船をつける木製の桟橋が伸びています、桟橋に横付けるようにして船が止まり船頭さんが長い一枚板で橋を作ってくれました。

 波に揺れる不安定な板の上を歩き桟橋を抜け砂浜に足を付けました。

 目前に広く深い洞窟が口を開けています。

 「さあ、着いたわよ」

 「いよいよですね!」

 プルメリアがワクワクしているのが伝わって私も身を引き締めます。

 プルメリアが腰のマジックバッグから私のロングソードとプルメリアの棍ぼ……杖を取り出し、私たちは武器を手にしました。

 コリウスさんはロッドと呼ばれる杖の一種で先端に精巧な飾り彫りされた三日月が付いた杖をだしました。

 先端の三日月に嵌るように丸く赤い魔石が埋め込まれている美麗なロッドです。

 グラジオラスさんが灯り用の魔道具を使いました、これが凄く便利なんです。

 少し値が張るけれど絶対必要な一品なんですよ、まず魔道具だけに魔力が無かったり少なかったりしても誰でも使える上に、なんと使用者に追従するから手に持つ必要もない。

 大昔は松明やランタンを使っていたらしいんだけど、片手が塞がるために現在の魔法省や魔塔の人たちが開発、改良を重ねて超小型化に成功。

 今や冒険者の必須魔道具の一つです、私たちも昨日買いました!でも今日はグラジオラスさんの魔道具で探索です。

 さて、陣形ですが先頭はBランク冒険者であるグラジオラスさん、長剣を使用するようです。

 その後ろに私とガウラくんが並びます、ガウラくんは両手に短剣を持っています、刃を小指側に向けて柄を握っています。

 その後ろをプルメリアが、最後尾をコリウスさんが歩きます。

 さあ、いよいよ洞窟に入りますよ。

 砂浜から続く地面はやがて砂が薄くなり岩肌が露出しています、ぬるりと滑る足元に気をつけながら進んでいくと入り口の光が届かなくなった辺りから湿気った砂地に変わりました。

 横幅にかなりの余裕があり、剣を振るのも難なくいけそうです。

 「あ、みっけた」

 横を歩くガウラくんが列を離れて前に屈みながら砂地の地面に手を入れて何かを取り出しました。

 直ぐに戻ったガウラくんが私に向けて掌を開きました、その手の上にコロンと小指の爪ぐらいの白い玉が乗っています。

 「普通の真珠だな、お前らにやるよ」

 「え?え、いいんですか?」

 唐突な申し出にビックリしているとガウラくんがふいっと顔を背けました。

 「朝の、詫び……悪かったよ」

 ガウラくん、実は良い人なのかもしれません。

 薄い魔道具の明かりに照らされた耳が赤くなっている気がします。

 「あ、ありがとうございます」

 小さな声になってしまいましたが、ガウラくんには届いたようで「ん」と短い返事が聞こえました。

 私は受け取った真珠を直ぐ後ろを歩いていたプルメリアに渡すと、プルメリアはそれをマジックバッグに入れて「私もちょっと言いすぎたよ、ごめんね」と謝りました。

 そんな私たちのやり取りをグラジオラスさんとコリウスさんが生暖かい目をしながら見ていることに私たちは気付きませんでした。

 しばらく進んでいるうちに、ガウラくんの真珠発見率がとても優秀だと知りました。

 「ああ、いや、そういうスキルがあるんだ」

 ガウラくんが教えてくれました、便利ですね、いつか私も欲しいですがガウラくんには多分無理と言われてしまいました。

 洞窟を更に奥へと進んでいるとガサガサと前から音がして先頭のグラジオラスさんが片手を上げて止まれの合図を出しました、飛び出して来たのは蟹に似た甲羅に大きな鋏を持ち一つの飛び出した黒い目、腹に大きな口を持った成人男子ほどの身丈がある海獣の一種、ストーンクラブです。

 名前の通り背中に岩のようなものがたくさん付いています、これで岩肌に擬態して獲物を待つらしいです。

 私はロングソードを構えました、先頭ではグラジオラスさんが長剣を構えてストーンクラブと睨み合っています。

 ザッと横からガウラくんが飛び出しました、短剣を器用に大きな鋏のある節の部分に当てました。

 私も続いて飛び出します、ストーンクラブは背中の岩だけではなく外殻もかなり硬いのですが、関節部にある節はやや柔らかいのでソコを狙い近い場所にあった岩を足場に飛び上がり振りかぶった両手に力を入れてロングソードを振り下ろしました、ガウラくんが先に短剣で斬りつけたためストーンクラブは意識をガウラくんに向けています、その隙をついた一撃がストーンクラブの節に入りました。

 ガコンと大きな爪が地面に落ちました。

 ストーンクラブが痛みに反対の爪をガウラくんに向け殴りかかりますが、ガウラくんは難なくそれを避けて爪を伝い駆け上がると一つ目を斬り落としました。

 視界を失ったストーンクラブがブンブンと残った爪を振り回して暴れます。

 運悪く出鱈目な動きをする爪が私の肩を掠めるとツキンと痛みが走りました。

 「ヒール!」

 すかさずプルメリアが私を回復すると私の横を駆け抜けていきました、え?駆け抜けた?

 「プルメリア!」

 「よくもブロワリアに傷をつけたな!喰らえ!」

 ブロワリアが棍棒を振り上げました。

 もうこうなるとアレは棍棒なんですよね、言いませんけど。

 プルメリアが景気良くストーンクラブを棍棒で殴っています、嘘でしょ……剣でも早々傷が付かないストーンクラブの外殻にヒビが入ってますよ。

 「みんな下がって」

 唖然としているとコリウスさんの声が背後から聞こえ、振り返る間もなく赤く揺れる火の矢がビュッと空気を裂いてストーンクラブに飛んで行きました。

 それを見たプルメリアがピョンピョンと後ろに飛び退きました。

 炎の矢が当たったストーンクラブが勢いよく燃え上がり、やがて動かなくなりました。

 「……すごく、香ばしい」

 プルメリアがポツリと零しましたが、本当に良い香りが……プルメリアのお腹が鳴りました。

 「甲殻類って焼くと良い匂いがするよね」

 とグラジオラスさんが笑いを噛み殺しています。

 「ちょっとお前らが変なこと言うから腹減って来ただろう」

 短剣を仕舞いながらガウラくんが合流しました。

 「ってか、プルメリア!お前何で棍棒なんか使ってんだよ!お前は!後方から支援だろ!」

 ガウラくんのお叱りは尤もです。

 「はぁ?棍棒じゃないわよ、杖よ杖」

 「いや、棍棒だろうよ……そ、そんなことはいいんだよ!後衛が前線に出てどうすんだ!」

 それはそう。

 ガウラくんがプルメリアを叱っていますが周囲に漂う香ばしい匂いにとうとう私のお腹が鳴りました。

 ストーンクラブ、焼いたらすごく美味しそうな匂いがします。

 ……流石に食べませんよ?

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