第3話 これは杖です、なんて言われても杖なんです

 おはようございます、プルメリアです。

 昨日は結局コリウスさんを質問攻めにして討伐や旅に必要なものを教えてもらいながら買い物をしていたらすっかり陽が落ちてしまったので、改めて今日から依頼の角鼠退治です。

 昨日聞いた商業ギルドの一番影響がある役割は品質と商店の信頼だと言われて、大変納得出来ました。

 そう、一番は信頼なんですって!商業ギルドがちゃんと鑑定してから必要な所へ売られていく冒険者が持ち込む素材や洞窟産出のお宝、他の色々も逆に冒険者が買う武器や防具、薬など商業ギルド登録店であれば品質が保障されている。

 ペナルティがあるから守るべきラインは守られている、粗悪品を売ったらちゃんと重い罰があるらしい、そりゃそうよね。

 魔獣と戦っている最中に粗悪な剣が折れたり薬に効果がなかったりしたら命がいくつあっても足りないもの。

 商業ギルド登録店であれば販売基準がクリアされたものを買える、知らなかったらうっかり出店で安易に手にした安い杖で討伐していたかも。

 昨日はコリウスさんに商業ギルド登録店の見分け方を教えてもらい、安心安全な商店を紹介してもらったので今日は準備万端。

 ブロワリアも今朝はいつもよりしっかり革鎧の調整をしてる、準備は大事よね、ってこれは防寒用のローブだから持っていかないのでクローゼットに投げとこう。

 マジックバッグの中身を整理して私とブロワリアは宿の部屋を出て階段を降りた。

 「プルメリアちゃん、ブロワリアちゃん」

 宿屋の女将さんであるダリアさんが階段を降りてきた私たちを呼び止めた。

 ダリアさんはひとりで宿屋を切り盛りしてる中々逞しい女将さんで息子さんも冒険者らしい、だから冒険者を泊めたら世話を焼きたくなると朝食を運んできてくれた時にお話を聞いた。

 カウンターから身を乗り出して手招きするダリアさんの前に立つと、ドンとカウンターに包みを置かれた。

 「お弁当、今日は朝から角鼠退治だって言ってたからね、角鼠が出る辺りは飯屋もないのよ」

 だから持って行きなさいと豪快に笑うダリアに感激して手を握ってブンブンと握手しながら振っちゃいました。

 「ありがとうございます!いただきます!」

 「怪我しないようにね」

 いってらっしゃいと送られて、私はマジックバッグにお昼ごはんの包みを入れた。

 ブロワリアも嬉しそうで何より。

 コリウスさんとは中央広場の噴水前で待ち合わせです。

 緊張のためかブロワリアが何度も鎧を確認している、なかなかに挙動不審だが私もさっきから落ち着かない気持ちになっていた。

 「大丈夫だよ」

 そうブロワリアに伝えた言葉は自分にも向けられていたんだと思う。

 そう待たずにコリウスさんがふわふわの赤い髪を揺らしながらマントを翻して手を上げてやって来た。

 「おはよう、よく眠れた?」

 「はい」

 「お、おはようございます、眠、れませんでした」

 ブロワリアが素直に言えばカラカラと笑ってコリウスさんがブロワリアの肩を叩いた。

 「そっかそっか、じゃあ農場の方に向かおうね」

 眠れなくても関係なかったみたい。

 収穫時期の近い根菜を狙って角鼠が出没するらしいので、角鼠の棲家である農場の先にある森が今回の討伐場所になるらしい。

 向かった農場は村とは比較にならない広さで一面が青々としている、すごく視界が緑なのはその向こうに見える森も絶好調に茂っているからだろう。

 「結構広い森なんですね」

 「そうね、討伐は森の入り口付近になるけど森の奥に向かえば洞窟もあるし、深部にはゴブリンも棲んでるからねえ」

 農場を抜けて私たち三人は森の入り口に立った。

 「昨日聞いた話だと

角鼠はよく狩っていたみたいだし、今日はいつも通りに二人で倒してみてね」

 コリウスさんが先を歩きながらそう言う間に森の中に入った。

 枝葉の陰で薄暗い森は入るなりガサガサと角鼠の気配が既に漂っていて、後ろをついてきていたブロワリアがスッと私たちの前に出た。

 入れ替わりにコリウスさんがスッと後ろに下がる。

 マジックバッグからブロワリアのロングソードを取り出し渡すとブロワリアはロングソードを両手で構える、私もマジックバッグから愛用の樫の木の杖を取り出した。

 「杖?」

 「はい、杖です!」

 「それ、棍棒だよね?」

 コリウスさんが私を見て目を丸くするけど、これは杖です。

 ちょっと先端が大きい杖です。

 「棍棒なんだよねえ」

 呆れたようなコリウスさんの声を無視して私はブロワリアの隣に立った。

 「プルメリアは後方支援よね?」

 「そうですよ?」

 ううんとコリウスさんが考え込む、とブロワリアがザッと飛び出してロングソードを振りかざした。

 「やぁ!」

 ビュッと風を切る音に続いてザシュッと小気味良い音がした。

 「シャーッ」

 甲高い声を上げてブロワリアの横の茂みから額に鋭い角を持つ灰色の塊が飛び出して来る。

 切り返した剣を横に流してブロワリアが飛び出してきたら角鼠を払い斬った。

 「危ない!」

 そのブロワリアの背後からさらに別の角鼠がブロワリアに向かい飛びかかって来たのを、杖の太い先端で殴りつけた。

 ガッと鈍い音がして角鼠の角が折れた。

 「プルメリア!」

 「大丈夫!」

 ブロワリアが私を気にするが、心配ないと短い返事で伝える。

 キイキイと耳障りな声をあげた角鼠に気付くと囲まれていた、背後にいるはずのコリウスをチラッと振り返ると少し離れた場所から近づく角鼠に指先からチロチロと出した小さな炎をパシュッパシュッと角鼠に当てて避けている、器用だな。

 致命傷を与えず炎を嫌った角鼠は私とブロワリアに向かって牙を剥く。

 「えいっ!はっ!」

 次々に飛びかかってくる角鼠をブロワリアが難なく斬り捨てる。

 いつもよりブロワリアの動きがいい、私も負けてはいられない。

 杖を握り直して両手で構えるとそのまま角鼠に向かい振り下ろした。

 「杖の使い方じゃないんだよねぇ」

 コリウスさんの声がしたけど杖ですよ!

 ひっきりなしに飛びかかって来ていた角鼠たちがぴたりと気配を経った。

 「え?」「あれ?」

 キョロキョロと周りを見れば、コリウスさんが手招いていた。

 「多分この辺りの角鼠は居なくなったかな」

 「そうなんですか?」

 「さっきプルメリアが棍棒で殴って吹っ飛ばしたソレが群れのボスだったみたいね」

 「棍棒じゃないです、杖ですぅ」

 そう返しながらコリウスさんが指差した方を見ると、ひと回り他より大きな角鼠が転がっていた。

 「無事な角を切り取ったら森を出ましょまう」

 「はい」

 何体もある倒れた角鼠の額の角を折って布に包んでからマジックバッグに突っ込んだ。

 「全部で十五体、依頼はクリアしてるわね」

 数をかぞえてコリウスさんが微笑んだ。

 「お疲れさま」

 言いながら一纏めにした角鼠の残骸を一瞬で焼き尽くしたコリウスさんが振り返り来た道を戻り出した。

 「別に良いんだけどこの森、農場が近いからあんなとこに残骸があると血の匂いに他の魔獣が寄って来ちゃうからねえ」

 なるほど。

 飄々としているけど、コリウスさんは教えるべきことだけはちゃんと教えてくれる。

 今の角鼠の残骸の処理もそうだ。

 言わなくてもいいはずだけど、聞く前に理由を言ってくれる。

 でも、棍棒じゃなくてこれは杖ですよコリウスさん。

 森を抜け、農場近くの小高い丘に登ると日除にちょうど良い木が立っていた。

 村の丘の上の木ほど大きくはないが休憩するには良さそうだ。

 コリウスさんがどこからか敷き布を取り出して木の下に敷いてくれた。

 「ここで休憩しましょう」

 促されてブロワリアと並んで座る、マジックバッグからダリアに持たされた包みを取り出し膝の上に開いた。

 「わっ美味しそう!ダリアさん、ちゃんと三人分作ってくれてる!」

 小麦粉の生地を薄く焼いたものに彩りよく葉野菜と焼いた鶏肉が包まれている、持ちやすいように紙でひとつずつ持ち手を包んでいるそれを三人で分けて食べる。

 「美味しい」

 「ダリアんとこに泊まってるんだっけ?」

 「はい」

 「いい宿を当てたねえ、ダリアは息子さんが冒険者でダリア自身も昔は冒険者だったらしいから若い冒険者を見ると世話を焼たがるのよ」

 ふふっとコリウスさんが笑う、コリウスさんがダリアさんを知っているのもだけど、あのダリアさんが昔は冒険者だったっていうのも驚きだ。

 「ダリアさん、冒険者だったんだ」

 「戻ったら聞いてみなさいな、気が向いたら面白い話もしてくれるかも」

 相変わらずニコニコしていたコリウスさんがまたどこからか竹で出来た水筒を取り出して私たちに渡した。

 「飲んで、果実水よ」

 受け取った水筒の栓をかぽっと抜いて飲むと爽やかな酸味が口に広がる、ほんのり果実の甘さがあって動いた体に吸い込まれていくようだ。

 「プルメリアは回復役なのよね?もちろん回復役が棍棒で戦うのもありなんだけど」

 「杖です」

 「ん?あれは棍棒「杖です」

 「ま、まあどっちでも良いけどパーティー戦での役割分担って結構大事だからね、先々を考えたらちょっと下がってブロワリアに任せても良いと思うわよ?」

 私は押し黙ってしまった。

 わかってはいるんだけど、だって、どうせならブロワリアだけじゃなく私も殴ったほうが早いんだもん。

 「二人だけなら、それもあなたたちの戦法だからいいけど、まあちゃんと役割分担をするのが理想だけど、大規模な集団戦やパーティーを組むとなればやっぱりポジションは大事なの、全体を考えたらね」

 「……はい」

 うんとコリウスさんが頷いて俯いてしまった私の頭をくしゃりと撫でた。

 「わかるけどね、自分も攻撃した方が背中を守った方がいいって思うのも」

 でも、この先も冒険者を続けるなら役割分担を考える方がいい、そう言ってるんだと思う。

 「まあ今日みたいな時なら問題はないけど、もしあの戦闘の最中にゴブリンがプルメリアとブロワリアの死角から飛び出してきたら?」

 「あ……」

 そうだ、ここはもう角鼠しか居ない村の森とは違う。

 何が出てくるかわからない、なら俯瞰から全体を見る役割が必要なんだ。

 「わかりました」

 「うん」

 敢えて下がる意味を考えて、血気に逸った自分を恥じる、でも、でも!

 「下がる意味はわかりました、でも、あれは樫の木の杖なんですぅ」

 「わかったわかった」

 カラカラと笑ったコリウスさんにさっきから黙っていたブロワリアが口を開いた。

 「火の魔法、すごかった、です」

 何故にカタコト?

 「私は魔法が得意じゃないから」

 「ん?でもブロワリアも結構魔力あるわよね」

 そうなんだ、魔力は二人とも結構あったんだけど何故かブロワリアはあまり得意じゃなかったみたいで魔法より剣を扱うようになったんだ。

 「それ、方向性の問題じゃあないかしら」

 「方向性?」

 ほうほう?方向性とな?

 「そう、私やプルメリアは体外に向けて放出する方に向いてるだけで、ブロワリアはもしかしたら内包系、いわゆる自己強化系かもしれないわね」

 「自己強化?」

 ブロワリアが珍しく前のめりになって話を聞いているから私は場所をブロワリアに譲りコリウスの隣にブロワリアを押し出した。

 「身体強化魔法、私もあまり詳しくはないけど自分に向けて、内側に向けてかける魔術、使い慣れた戦士なら自己回復も出来るとか」

 「そんな魔法があるんですか?」

 「詳しくは知らないわよ?それに自分の体を一時的に強化する分反動や負荷もかなりあるから、相応に力をつけないと扱えないって聞いたことがあるわ」

 「自己強化……強化魔法……」

 ブロワリアが噛み締めるように口にする。

 「いつか旅を続けていたらスキルを会得するチャンスがあるかもね」

 「探してみます」

 「でも今はまだ」

 「はい、まだまだ力不足です」

 ブロワリアが力強く話すのを聞きながら私もまだまだたくさんの魔法やスキルに出会いたいと思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る