第1話 港町プラムに着きました


 乗合馬車に乗りながら前方を見れば、小高い丘に建つ高い塀がまるで要塞の様に縦に横に伸びている。

 「あれが港町プラムね」

 「あっちに見えるのが船かな」

 金から白に変わるグラデーションの肩にかかる髪をふわりと揺らせた少女が隣に座っている少女に声をかけると、アメジストブルーのポニーテールを揺らせた少女が身を乗り出して進行方向を見た。

 長く伸びる塀の向こうにチラチラと白い帆が見える。

 「やっとここまで来たね」

 荷物を持ち直して二人の少女がキラキラと瞳を輝かせた。

 「村から一週間、ちょっと長かったけどここまで来たらもう大丈夫だよね」

 ポニーテールの少女は革鎧の位置を直しながらおどおどと隣の少女に問いかける、グラデーションの髪の少女は白いローブを整えながらコクコク頷くと街の門を潜る馬車から降りる準備を始めた。

 まだ明けやらぬ薄暗い村を逃げるように二人で飛び出したのは一週間前。

 徒歩で山をいくつも越えて着いた町で乗り合い馬車に乗り込み、幾つかの町を渡りながら乗り継いでやっとここまで来た。

 ここまで来れば村の人間に見つかることはひとまず無いだろう。

 「着いたよ」

 御者のおじさんが馬車内に向かい声をかけると少女たちは軽やかに馬車を降りた。

 「ありがとうございました」

 「ありがとう」

 「ほいほい、ああ君らギルドに行くんなら明日にした方がいいぞ」

 気の良さそうな御者が二人に向かい困ったように眉尻を下げる。

 「さっき夕方の船が着いた筈だからな、遅れると宿が取れなくなるぞ」

 来る時に見えた帆船はどうやら定期船だったらしく、港町であるプラムでは船の着く日は宿屋が争奪戦になると御者が少女たちに耳打ちをした。

 「そっか、おじさんありがとう、早速宿屋探してみます」

 「それがいい、気を付けて旅の女神の加護がありますように」

 ニッと笑って御者が手を振るのを礼を言いながら運賃を払って二人は改めて町を眺めた。

 馬車乗り場から直ぐの所、中央に噴水のある広場があり、広場を中心に様々な店舗や出店が立ち並ぶ。

 中央から伸びる大きな道の先はどうやら船着場があるらしく、船に急ぐ荷馬車が次々と向かっていく。

 少し歩いて小さめの路地を覗く。

 「あの看板が宿屋かな」

 「そうみたいだね、行ってみよう」

 ベッドの絵が描かれた看板が吊るされた店の扉を開く「いらっしゃいませ」と朗らかな声が聞こえた。

 恰幅の良い母と近い年代と思しき女性がカウンターから和かに二人を出迎えた。

 「部屋を取りたいんですけど、二人部屋空いてますか?」

 白いローブの少女が宿屋の女将らしきカウンターの女性に問いかける。

 「期間はどれくらいだい?」

 「あ、まだ決まってないんです」

 「決まってない?」

 「冒険者になりたくて、ギルドへ登録しに来たんです」

 そう聞いて「ああ」と得心がいったのか女性はにこにこと二人を見た。

 「じゃあひとまず七日ほどかね、駆け出しの冒険者さんならしばらくはこの町で幾つか依頼をこなさなきゃならないでしょう?」

 うんうんと一人頷きながら二人の前に一冊のノートを開いた。

 「ここに名前を書いてね」

 「はい、えっと私の名前からでいいかな?」

 背後の革鎧を着た少女に聞いてから白いローブの少女が羽根の付いたペンを手に取った。

 「えっと名前はプルメリアっと年齢も?十六歳っと」

 書き終えると後ろに立つ革鎧の少女にペンを渡す。

 ペンを受け取った少女が続けて名前を書く。

 「ブロワリアっと、えっと十六歳」

 書き終えて女性にノートを差し出す。

 「プルメリアちゃんにブロワリアちゃんね、私はこの宿屋の女将ダリアだよ、よろしくね」

 「よろしくお願いします」

 二人が声を合わせたのを微笑ましく見ながらダリアが鍵を取り出した。

 「二階の角部屋が今空いてるよ、周りの建物も高いものは少ないから町がよく見える筈」

 にっこり笑ってカウンターを出ると二人を連れてカウンター横の階段をダリアは登って行った。

 階段を上がり廊下を右手奥へと進む、突き当たりのドアを開いてダリアがまたにっこりと笑って二人を部屋へ導いた。

 「うわぁ、広い」

 思わず口をついて出たが、実際今まで泊まった宿屋の部屋とは全く違い、二つ置かれたベッドは部屋の端と端にありそれぞれに簡易のクローゼットやサイドテーブルが設置されている。

 部屋の鍵付き扉より簡易な扉が二つならび、トイレとシャワー室にそれぞれ繋がっていた。

 ダリアは窓を開いて部屋に風を入れた。

 「プルメリアちゃん、ブロワリアちゃん」

 名前を呼ばれて振り返るとダリアが窓際に立ち手招きをした。

 「あそこに時計塔付きの建物があるだろう、あれが冒険者ギルドでその隣に商業ギルドや錬金術ギルド、工業ギルドが並んでるわ」

 開かれた窓から外を見ると言われた方向に時計塔が見えた。

 「そこの噴水の広場を道なりに進んでいけば船着場があるの、この周辺は出店もたくさんあって賑やかなのよ、そして時計塔の反対側にある青い屋根の物見塔があるのが魔法省ね、買い物や食事なんかは大きな通り沿いが無難よ」

 教えられた場所を慌ててメモをとりながらプルメリアはダリアに尋ねた。

 「教会はありますか?」

 「教会なら、ほらそこ」

 窓から見える距離に確かに教会らしき建物が目に入った。

 位置を確認しているとダリアが簡易な町の地図を二人に渡した。

 「もうすぐ夕方だし、うちは朝食しか出ないから夕飯は酒場とかになるけど、大丈夫かしら」

 「はい、大丈夫です、色々ありがとうございます!」

 プルメリアは地図を受け取り腰にぶら下げた小さな革のバッグにそれを仕舞いながら明るく返した。

 「おや、それはマジックバッグかい?」

 「ええ、古い型なんですけど」

 うんうんと頷いたダリアが部屋を出るのに合わせて二人も部屋を出る。

 荷物はまだ置いていないが大半はマジックバッグに入れてある。

 二人分の荷物を入れてもまだ余りある容量がある小さなバッグは、空間魔法を施された旅人や冒険者の必須道具のひとつだ。

 階段を降りながらプルメリアは地図を取り出しブロワリアに教会を示した。

 「今日中に行っておきたいんだけどいいかな」

 「いいよ」

 ブロワリアはにこりと屈託のない笑みを浮かべた。

 二人は一旦振り返りダリアに行ってきますを言い再び街に出た。

 広場は船からの乗客たちが着いたのかかなりの混雑だ、逸れないように手を繋いだ二人は足早に広場を突ききり教会へ向かう。

 住宅地の中にあるせいで広場の喧騒が嘘のようにひっそりとした教会のドアをプルメリアがノックして押した。

 キィと蝶番が軋む音を立てながら扉が開く。

 少し埃っぽい匂いが鼻をつく。

 薄く褪せた赤いカーペットが真っ直ぐに伸びた先に祭壇と寂れた教会には似つかわしくない立派な女神像が手に水の入った杯を持って立っていた。

 ゆっくり祭壇に向かいプルメリアが進む、ブロワリアはカーペットを挟むように両脇に並ぶ長椅子に腰掛けた。

 「ようこそいらっしゃいました」

 音もなく女神像の横にある扉が開き、正装に身を包んだ老齢の神父がゆったりとプルメリアに向かい歩いてきた。

 「旅の方ですか?」

 「は、はい。明日ギルドに冒険者登録をしに行くのですが私の居た村では初級のヒールしか加護をもらえなくて、もしかしたらと」

 突然の神父の登場にプルメリアは上擦った声をあげた。

 慌てて話した後、伝わったか不安になりチラッと神父を見ると朗らかな笑みを讃えた神父が女神像の持つ杯に数滴小さな瓶から雫を落とした。

 「祈りを」

 「はい」

 魔法のスキル習得には属性と精霊や女神の加護が必要となる。

 放っておいて覚えれるものでも習得出来るものでもない。

 大きな教会や聖堂ではそれなりに多彩な加護が得られるのだが、村にあった小さな教会で受けらた加護は属性が白であれば大抵が得られるヒールという小さな怪我程度を治せる初歩スキルだけだった。

 大きな力を持つスキルは相応の練度や力が必要になるとはいえ、この先冒険者として生きていくならせめて解毒やヒールの上位スキルが欲しい、そうプルメリアは考えて何よりもまず教会に行きたかった。

 回復を主とする白属性のプルメリアのスキルの有無はこの先前衛で戦うブロワリアにとっての命綱にもなる、プルメリアは手を胸の前に組み祈りを女神像に捧げた。

 ほわっとした柔らかい光が杯の中の水から湧き立ち、プルメリアを包む。

 脳内に新しいスキルの知識が生えた。

 「これ、浄化かな」

 「ええ、初級の浄化スキルですね、この女神像から受けれる加護は回復と浄化、どちらも初級だと言われています」

 初級とはいえ浄化はかなり助かるスキルだ、軽度の毒だけではなく軽微な呪いも消し去ることが出来る。

 「あなた達の旅に女神の加護がありますよう」

 神父は軽い祈りを送りながらプルメリアに微笑んだ。

 プルメリアは礼を言って教会を後にした。

 「ブロワリア、お腹すいたねぇ」

 広場に戻りながらプルメリアが聞くと、ブロワリアがなにかを言いかけて困ったように口をつぐんだ。

 「何、何?」

 その様子に何かあると踏んだプルメリアが足を止めて手をひくとブロワリアは戸惑うように幾らが迷いながら口を開いた。

 「教会に来る時、大きな通りにたくさん屋台があったの」

 「わかった!屋台巡り!」

 ブロワリアの言いたいことを汲み取りプルメリアが声を上げる、ブロワリアはホッと息を吐いて緊張を流すとコクリと頷いた。

 「色んな料理あるみたい」

 「よし、今日の夕飯は屋台で買い込んで宿でゆっくり食べよう」

 そう言ってクルリと体の向きを変えて繋いだ手に力を入れてプルメリアは走り出した。

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