第3話

 ……。


 ナツノに直撃したチョコの塊が、彼女の体を覆い尽くす。

 そして、すぐに外気に触れて固まって、ナツノの形のチョコの彫刻を作り上げた。


「ふ、ふふ……ふふふ……」

 その状況に、ショコラは薄ら笑いを浮かべている。

「な、何よぉ……急におかしな様子になるから、ガラにもなく、ちょっとビビちゃったけどぉ……。け、結局、何もなかったじゃないのぉっ! そ、そりゃそうよねぇっ⁉ ワタシたちスイーツ使いは、アンタたちザコとは違う特別な存在なんだからぁ! このワタシに、最初から勝てるはずがなかったのよぉっ! お、おーほっほっほ……おーほっほっほーっ!」

 そして、最終的には調子を取り戻したように、また高笑いをぶちかました。


 しかし……。

「ねえ……誰と話してるの?」

 そんな彼女の背後から、ありえない声が聞こえてくる。


 それは、眼の前でチョコにコーティングされて身動き取れなくなっているはずの、ナツノの声だった。

「は、はぁっ⁉」

 慌てて振り返るショコラ。

 しかしそれよりも早く、

「ふぐぁっ⁉」

 後ろにいたナツノが、カエルの形、、、、、をしたチョコを彼女の口の中に押し込んでいた。

「ぐ、ぐはっ! げほっ!」

 喉に詰まったそれを、咳き込みながら吐き出すショコラ。


「ああ……そっか。それは、あんたがさっき私にぶつけてきたチョコだから……。私が作ったバレンタインチョコじゃないと、他人に食べさせても媚薬とかにはならないのか……」

 落ち着いて、今の状況を考察しているナツノ。その様子には、さっきのような必死さはない。それどころか、もう全てが終わっているとでも言うような、余裕さえある。

 しかも、何故かさっき彼女が自分で噛み切った舌の傷も、すでにふさがっていた。


「け、けほっけほっ……ア、アンタ、まさか!」

 チョコを出し切ったショコラは、ようやく、何が起きているのかを理解したようだ。


 さっき、ショコラがナツノにぶつけた大量のチョコ。ナツノがそのヒトカケラを拾うと、それが、彼女の手のひらの上で次第に形を変えていく。

 ナツノは何もしていないのに、勝手にリアルなカエルの形に、変わっていく。

「でも……食べさせなくても、ぶつけて武器くらいにはなるかな?」

 くしゃ。ナツノは手をグーの形に閉じて、そのカエルを握りつぶす。それから、もう一度その手を開くと……その手の中にあったのはつぶれたカエルではなく、スズメのような小さな鳥になっていた。

 ちょうど飛び立つときの姿勢になっていたその鳥型チョコを、ショコラに向かって投げつける。

「⁉」

 ショコラは、ギリギリのところでそれを避ける。

「ア、アンタも、ワタシと同じような能力をぉ……!」


「そうね……。大事な友だちを守るために、私は力をもらったの……ついさっきね」

 ナツノは、また手の中で鳥を作る。

「私のスイーツ能力は、『王道ゴディバ・体験エクスペリエンス』……チョコを使って好きな生き物の形を作れる。この力で、自分の形を作ってアンタを油断させたり……カエルや鳥を作ったり……切った舌を塞ぐような形を作ったってわけ」

 そして、また鳥チョコをショコラに向けて投げつけた。

 

「くっ!」

 避けるショコラ。

 反撃されると思っていなかったナツノに反撃され、しかも、ザコと思っていた彼女がスイーツ能力まで手に入れてしまった。その事実に、いまいましそうな表情を作っていた彼女だったが……。

「……ぷ」

 その態度を、すぐに豹変させた。


「ぷぷぷ……ぷぷぷぷーっ!」

 急に、腹を抱えて笑い始める。

「な、なによそれぉ⁉ 『生き物の形を作れる能力』ぅ? 鳥やカエルを作れるぅ? そんなの……やっぱりザコじゃないのぉーっ⁉ その程度のことでいい気になって……バカ丸出しだわぁーっ! おーほっほっほー……ごほ、ごほっ。あぁ! 笑い過ぎてむせちゃったわぁっ!」

「え? そう?」

 ナツノはまた、チョコで作った動物を投げつける。しかし、ショコラは今度はそれを避けたりせずに、手で受け止めた。

「……ふっ」

 その手が触れた瞬間……ナツノが作ったチョコの動物は、液体のように滑らか、、、になって、地面に落ちてしまった。


「だぁかぁらぁ……動物が作れたから、それが何だって言うのよぉっ! そんなの、私が触れば今みたいに一瞬で無効化できるのよぉ! っていうか、チョコで動物作るなんて、頑張れば普通に誰にだってできるでしょうがぁ⁉ そんなのはぁ、私たちのように神に選ばれたスイーツ使いとは全然違うわぁっ! あぁ、やっぱりザコなアンタじゃあ、ザコな能力しか使えなかったってわけねぇ⁉ こほっ……ザ、ザマーミロだわぁっ! さ、さあ、ここから本格的に…………うぅっ⁉」


「……ようやく効いてきた?」

 突然その場にうずくまったショコラに、ナツノが微笑みを向ける。

「実はさっき、あんたにカエルを食わせたとき……私、あのカエルの中に他の動物の形も作っておいたの。気づかずに食べちゃったら、面白いかなーって思って……」

「な、なに……を……」

 彼女はまたチョコを手にとって、その形を変えていく。

 その形は……。

「トゲトゲ……イガグリとか? ウニとか?」

 触ったら怪我しそうなほどに鋭利なトゲをもった生き物たちだった。


「ぐ、ぐはぁっ!」

 また咳こむショコラ。しかも、今度はそこに血が混じっている。

「バ、バカな……ありえない……。チョコで作ったトゲなんて……体温で溶けるに決まって……」

「うん、そうだね。だから私、融点を上げるためにチョコのトゲの表面が砂糖でコーティングされるように能力を使ってみたの。あんたが必死にチョコを撹拌テンパリングしてくれてたから、そういう都合のいいトゲトゲをつくるのはそれほど難しくなかったし」

「……く、くそっ!」


 完全に状況が悪いと悟ったショコラ。ナツノに背を向けて逃げようとする。

 しかし、喉や食道を突き刺すトゲの痛みでうまく体が動かせず、その場に転んでしまう。

 そんな彼女に、恐ろしい笑顔を浮かべたナツノがにじり寄ってくる。

「逃さないよ? だって私、最初に言ったよね? 私の大事な友だちを傷つけたあんたのことは……絶対に許さない、って」

 そう言う彼女の手には、抱きかかえるほどの大きさの、チョコで作られたヤマアラシがいた。

「触ったらチョコを液体とか気体にできるって言っても……私が一緒に触って能力使ってれば、形を変えることは出来ないんじゃない? どっちの能力が勝つか、勝負しようか?」

「ひ、ひぃっ⁉」

「覚悟してね? ……パティの心の痛みは、こんなもんじゃないんだから!」

「ゆ、許してぇ……? ち、ちがうのよぉ……? ワ、ワタシは、悪気があったわけじゃぁ…………ひ、ひぃぃぃーっ!」



 それから。

 延々と続く悲鳴のなか……今までのショコラの悪行を充分に復讐したナツノ。



 この戦いの発端となった友人のことをそこでようやく思い出したのか、彼女のもとに戻ってきた。

「パティ」

「あ……。ナツノ、ちゃん……」

 途中から状況が飲み込めず、ただただ呆然としていた彼女だったが、ナツノに話しかけられて正気を取り戻したようだ。


「ごめんね、パティ。なんとか、元の形に戻してみようとしたんだけど……」

 ナツノの手には、踏みつけられて粉々になったパティのチョコ――それを、ナツノの能力で形を変えてなるべく元に近い形に復元しようとしたもの――がある。

 しかし、ただでさえ不器用なナツノのやったことであり、しかも「生き物の形」しか作れないという制限もあったので、元の形とは似ても似つかない。

「ダメ、か……そ、そりゃダメだよねー⁉ や、やっぱり、もう一回新しいの買って来よう⁉ ね⁉ お、お金なら、たぶん私も半分くらいは出せるし! そうして、今度こそ本当に、先輩に…………え、えぇっ⁉」

 そこで、パティがナツノに抱きついた。


「ちょ、ちょっとパティ? い、いきなり、何を……」

「もう、チョコなんてどうでもいいよ。ナツノちゃんが私のために頑張ってくれたこと……それだけで私、充分だから」

「パティ……」

「それに……もう、先輩にチョコあげる気がしないっていうか……」

「え?」

「もっと、チョコをあげたい人ができちゃった、っていうか……。チョコだけじゃなく、愛の告白も……」

「あ、あれ? パ、パティ……? そ、それって……」


 抱きついていたパティが顔をあげる。そして、言った。

「ありがとう、ナツノちゃん……大好きっ」

 それは、目を潤ませ、頬を紅潮させた……明らかな「恋する少女」の表情だった。


「ちょ、え……えぇぇぇーっ⁉」


 結局。

 その日は、当初ナツノたちが想像していたものとは全く違ったものとなってしまった。しかし同時にそれは、彼女にとって忘れることの出来ない、とても素晴らしいバレンタインだった。




 だが、このときの彼女たちは、まだ知らなかった。

 この出来事がのちに、この街全体を巻き込むような大きな事件へと繋がり……ナツノたちをさらなる苛烈な戦いの渦へと導いていく、ということを……。

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CHOCOの奇妙な冒険 紙月三角 @kamitsuki_san

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