第2話
「……ふっ」
激しく怒っているナツノに対して、スイーツ使いのショコラは余裕ぶっている。ナツノのことを完全に見くびっていて、とるに足らない存在だと考えているということだろう。
しかし、それは無理もないことだった。
「アンタが今考えていることを、言ってあげましょうかぁ?」
ショコラは、自分のチョコの媚薬効果で操っている男たちから、一口サイズのチョコを受け取る。
「アンタはきっと、こう考えているわぁ。……ワタシのチョコを食べてしまったら、この男たちのように操られてしまう。だぁかぁらぁ、チョコを食べなければいい。そうすれば、相手は自分と同じただの人間なのだから、何も怖いことはない……ってねぇ」
そこまで言ってから、我慢できずに吹き出すように、また「おーほっほっほーっ!」と高笑いを浮かべる。
「そ、そんなこと……」
それが完全に自分の考えていたことの通りだったので、戸惑って言葉を失うナツノ。
「確かにぃ……ワタシのチョコには、『食べた相手を完全に恋の奴隷に変えてしまう』媚薬効果があるわぁ。でもねぇ? それって、バレンタインチョコには普通のことじゃなぁい? バレンタインにチョコを貰えば、誰だって多かれ少なかれその相手のことを意識するようになる。だからそれはぁ、ワタシたちスイーツ使いとアンタたち無能力のザコたちとを切り分けるぅ、違いではないのぉ。ワタシたちスイーツ使いは、その媚薬効果とは別にぃ……それぞれが固有の特殊能力を持っているのよぉ」
「……え?」
そこで、ナツノは気づく。
さっきショコラが男から受け取ったはずのチョコが、いつの間にかなくなっている。誰かが食べたわけでもないし、彼女がどこかに捨てたところも見ていない。それなのに、チョコが消えている。
どうして……?
その疑問に応えるように、ショコラは言った。
「ワタシのスイーツ能力は『
「はっ⁉ し、しまっ……!」
気づいたときには、すでに手遅れだった。
ショコラのスイーツ能力によってほとんど
それを防ごうと手を動かしても、気体のチョコは指のすき間をくぐり抜けてしまう。口をふさいでも、鼻の穴から体内に入り込む。そして、少しでもそれを取り込んでしまったら、もうその時点でナツノの負けが確定する。
チョコの媚薬効果によって、他の男たちのようにナツノもただの操り人形になってしまうのだ。
「おーほっほっほーっ! あっけないわねぇ! これでもう、アンタも終わりよぉっ!」
勝ち誇って、また高笑いをするショコラ。
「分かったでしょおう⁉ ワタシたちスイーツ使いはぁ、アンタたちとは全然違う、チョコの神に選ばれた存在なのぉっ! アンタたちは、そんなワタシたちのオモチャでしかないのだからぁ、歯向かうなんてありえないのよぉっ! これにこりたら、さっきみたいな調子づいたバカみたいなマネはぁ、もう二度と…………うぇっ⁉」
しかし……。
その言葉は、途中で止まってしまった。
「はぁ……はぁ……」
気体に変えたチョコを食べさせて、自分の奴隷に変えたはずのナツノ。
その彼女が、今もしっかりとこちらを睨みつけている。
荒い呼吸とともに、口や鼻から滝のような血を流しながら……操られることもなく、敵対心をむき出しにしている。
「はぁ……はぁ……
口元に近づいた気体のチョコに対抗するために、ナツノは自分の舌を噛み切ったのだ。そうすることで口の中から血を溢れさせて、チョコが体内に入るのを防いだということらしい。
それは、ナツノの覚悟の力だった。
友人のパティの恋心を踏みにじり、彼女を傷つけたショコラを許せない。その怒りが、普段ならありえないような力をナツノに与えていたのだ。
しかし……それは、諸刃の剣でもあった。
「ぷ……ぷぷ……ぷぷぷーっ⁉ ア、アンタ、バカじゃないのぉ⁉ いくらチョコを食べたくないからって、そんなことをしたら自滅しちゃうじゃないのぉ! 血迷った、とはアンタのことを言うのねぇっ⁉」
「ぐっ……ぐはぁっ!」
反論の代わりに、口に溜まった血を勢い良く吐き出すナツノ。
顔は青ざめ、呼吸はさらに荒くなっていく。
(た、確かに……このままじゃあ……)
攻撃を受けたわけでもないのに、脚がふらついて意識が朦朧としてくる。
(で、でも……)
ショコラのたった一回の攻撃を避けるためだけに、すでに自分はこんなにボロボロになってしまっている。それだけ、相手と自分には大きな力の差があるのだ。
(このままじゃあ……終われない……。このままで、いいはずがない……。私は絶対に、この相手を倒さなくちゃいけない……。パティを傷つけた、この相手を……!)
それでもナツノは何も諦めていなかった。
自分の友人のために。その恋心のために。
今日、「恋する少女」の表情でチョコを選んでいた彼女を……あのときの、最高に可愛らしい笑顔を、もう一度取り戻すために。
ナツノは絶対に、この戦いに勝たなければいけなかったのだ。
その想いに応えるように……そのとき、不思議なことが起きた。
『力が……欲しい?』
(え……?)
声が聞こえる。
それは、ナツノの頭の中に直接届いているらしく、他の人間には聞こえてないようだ。
『私、
(こ、これは……)
ナツノにはその声が、さっき先輩に踏み潰されていたパティのチョコの紙袋から来ているように思えた。
『貴女には、その資格がある……。貴女は、その力で大切な人を守ってあげるのよ』
(ま、まさか……この声は……。まさか……力、って……)
「……?」
急に様子がおかしくなったナツノに、不審な表情を向けるショコラ。
彼女には、その理由までは分からなかったようだが……しかし、何か予感のようなものを感じたのか、
「な、なんだかわからないけどぉ…………アンタが出血多量で死ぬのを待ってるのも、退屈だわぁっ! か、かわいそうだから、さっさと勝負を決めてあげるぅ! 喰らいなさいっ……『
と叫んで、周囲の男たちから差し出された大量のチョコレートに対して、自分の能力を使った。
そのチョコの量はまるで、「ファンがアイドルに送るバレンタインチョコの山」のようだ。トラック数台分はありそうな大量のチョコが、ショコラの能力によって、一瞬で
混ざりあって、つなぎ目がなくなった一つの塊のようなチョコが、ナツノに向かっていく。
「ワ、ワタシのチョコで、アンタの体をまるごとコーティングよぉっ! 特大の、クーベルチュールねぇっ!」
「くっ!」
思わず、クロスさせた両手を顔の前に出すナツノ。しかし、もちろんそんなものは、これだけの量のチョコの前では何の意味もない。
そして……、
『おめでとう、ナツノ。これで貴女も、今日からスイーツ使いよ……。さあ、私の名前を呼んで……。誰よりも純粋な想いを持った貴女に相応しい……特別で高品質な、貴女の能力……その名は……』
そのチョコの塊が、ナツノの体に直撃した。
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