第38話_流れに乗る者(田中一成5)

 スカウトマン・デウテロスであり、愛する人、鳴海玲奈が言っていた。

「面白いことが起きそうよ」と鳴海は微笑んでいた。

 田中一郎はその意図を理解していないまま、天王墓園に訪れていた。墓園に足を踏み入れた時から、なんとも言えない重い空気を感じる。騒がしい。アニマも騒いでいる。

 騒がしい方へ向かうとコロッセオ参加者が暗闇で殴りあっていた。目の前で1人倒れ、その相手は大声をあげながら闇へ消えていった。


 玲奈が言っていたのはこれのことだったのか?


 田中は倒れている参加者に近づいた。体からアニマが離れようとしている。田中はアニマを顕現した。4本の触手を持つアニマが姿を見せる。4本の触手の付け根に口があり、目の前で倒れいている冒険者のアニマを触手で絡めて、その口へ運ぶ。


 鳴海からこのアニマを授かり、初めて顕現した時に「タコみたいね。でも、タコって名前はちょっとダサいから……英語読みでオクトパスにする?」と笑った。

 オクトパスって……田中と思う。だが、鳴海から名を与えられたことで鳴海とのつながりを強く感じることができた。名前が気に入ってなくても満足していた。


 アニマの名前だってそうだ。玲奈を信じればいい。これまでそれですべてうまくいっている。これからもきっと……


 まだ状況は飲み込めていない。だが、息を潜めていると、コロッセオ参加者たちは勝手に倒れていった。


 目の前で、勝手に倒れていくバカども……


 田中は鼻で笑いながら息を潜め、様子を眺めていた。倒れた者がいれば、近づきとどめを刺し、そのままアニマを喰う。これを繰り返した。せっかくなので、アニマはすべていただく。あっという間に、5体のアニマを喰った。

 正直、1体喰っただけでも気分が悪い。しばらく体調が悪くなる。だが、たった30分の間に5体も喰った。

 気分が悪いし、頭も割れそうだった。

 だが、すべては鳴海のため。

 田中は歯を食いしばり、アニマを取り込んだ副作用を耐えていた。この頭痛のせいか、理由もないのにイライラしてくるのを抑えきれなかった。


「おい、お前って……田中か?」

 田中は反射的にアニマを顕現しつつ、声の方へ振り向いた。

 男が手を挙げて「待て待て……仲間だよ」と笑みを浮かべて立っていた。

 初めて見る男だった。年齢は田中よりも年上に見える。30歳前後、金髪にピアス。田中は美容師っぽいという印象を持った。男は人懐こい笑顔で「オレも、レイナさんからスカウトされたもんだよ。スカウトマン・デウテロス3位の石井だ。よろしく」と言った。

「レイナさん?」

「そ、レイナさん。分かるよね?」


 分かるに決まっている。

 なんで、オレが聞き直したのかわからないのか?

 なんで、お前が下の名前で呼んでいる?

 なんで、レイナさんって呼んでいる?

 なんで、この男がオレの玲奈をレイナさんって呼んでいる?


 ……ああ、イライラする。

 

「スカウトマン・デウテロス4位の田中で間違いないよな?」と石井が再度聞いてきた。


 玲奈さん、れいなさん、レイナさん……

 イライラする……


「田中?」


 なんで、こいつはオレを呼び捨てなんだ?


「おい」と伊藤が田中の肩に手を置いた

「……ルナ」

「なに?」

「オレに、触るな」

 田中の中で、何かが切れた。アニマを顕現させた。田中の背中から触手が伸び、そのまま、すぐ目の前にいる石井を軽く薙ぎ払った。石井を軽く突き飛ばして、二度と近づかないよう威嚇のつもりだった。目の前に浮遊する埃を手で払うような、そんな軽い力加減のつもりだった。

 だが、石井は視界から消えるように吹き飛ばされ、その体を木にたたきつけられた形になった。そのまま地面にずれ落ち、動かなくなった。

 田中は顕現している触手を見た。

 自身のアニマに違いがなかった。だが、触手が軽く感じる。いや、触手に重みを感じたことはなかったが、今はどこか浮いているような感覚に近かった。そのうえ、今まで4本だった触手の数が、8本に増えていた。


 本当にオクトパスだな……やっぱり、玲奈の言うことは間違いない……


 8本の触手を動かしてみる。振り回したくなるくらい軽く、稼働範囲も広がっている。今までよりも触手が伸びる。どこまで伸びるかは、もっと広いところでないと試せそうになかった。

 視界の端で何かがうごめいた。倒れている石井からアニマが離れようとしていた。

 田中は触手を伸ばし、そのアニマを絡めとり、アニマの口に入れた。さらなる吐き気と頭痛が増した。

 ふと、田中のアニマが騒いだ。ここにいたアニマのものとは違う、強い衝動。アニマが、直接、脳に働きかけてくるような感覚を覚える。田中はその衝動に身を任せながら、ある一定の方向に視線を向けた。

 そこには、男女のペアが西へ向かって走って行くのが見えた。前を走る男に見覚えがあった。


 アイツ……神尾公園で、オレを殴ったヤツだ。


 田中は、その男に向って触手を伸ばした。




<登場人物>


■崎山高校

・伊藤涼介(ゴーレム):高校1年生。久原道場の元門下生


・高山明:高校1年生。同級生。思い出作りに燃える。

・長谷川蒼梧:高校1年生。同級生。美形。

・桜井千沙:高校1年生。同級生

・笹倉亜美:高校1年生。同級生

・小森玲奈:高校1年生。同級生

・池下美咲:高校1年生。同級生


・木下舞(デコピン):高校3年生。生徒会会長。学校内の人気絶大。

・世良数馬:高校3年生。生徒会副会長

・久原貴斗:高校3年生。生徒会議長。武闘派。久原道場師範代。

・上田琴音:高校3年生。生徒会総務

・美馬龍之介(千里眼):生徒会2年生。生徒会会計

・和久井乃亜:生徒会2年生。生徒会監査

・古賀星太(ベルゼブブ):高校1年生。生徒会所属。涼介の幼馴染。久原道場門下生



■株式会社神楽カンパニー

・神楽重吉:神楽カンパニー代表取締役会長

・白い仮面の男:スカウトマン・プロ―トス

・鳴海玲奈:スカウトマン・デウテロス。社員。

・斎藤真一:スカウトマン・テタルトス。崎山高校生徒会顧問

・石田:スカウトマン・ヘクトス

・北上慶次:スカウトマン・エナトス、ラスボス



■コロッセオ参加者

・田中一成(オクトパス):予備校生

・火神直樹:赤髪

・藤田一郎:黒髪パーマメガネ

・桜井敏弥:桜井千沙の弟。中学生



■国防省

・K:国防省、特殊武装部隊関係者



■特殊武装部隊(十二神将)

・日高司:特殊武装部隊隊長

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・花村美咲:特殊武装部隊隊員

・伊藤康介:特殊武装部隊隊員、伊藤涼介の兄

・岡田紗弥:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員、アメリカ出身

・鈴木翔:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・野崎文雄:特殊武装部隊隊員、エンジニア

・名前不明:特殊武装部隊隊員、アメリカ出身、エンジニア

・イシャ・ラナウト:特殊武装部隊隊員、インド出身、エンジニア



■不明

・水野七海:日本刀を持つ女

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