第39話_捕食の脅威(古賀星太1)

 天王墓園北側。星太は、生徒会メンバーで3年の上田琴音と共に息を潜めていた。

 星太はハエ型のアニマ「ベルゼブブ」を顕現し、無数のハエを周囲10メートルの範囲に配置した。誰かが通れば、配置しているハエに接触する、もしくは、ハエの視界に入る。その情報は星太に伝わり、状況を把握することができるセンサーのようなこともできる能力である。

 そのセンサーに反応があった。誰かが、星太のハエの群れを突っ切った。星太はすぐに、ハエと視覚共有をする。

 1人の女を補足した。女は、星太たちのすぐ隣で待機していたチームに接触した。その女がそのチームの1人に触れた瞬間、湯気にも、煙にも見える白いもやが立ち上った。それと同時に、耳をふさぎたくなるような悲鳴が響いた。

 星太はハエの目でその女の顔を見た。女は響く叫び声を背に、ケラケラと笑っていた。

 その叫び声がきっかけとなった。この周りで同士討ちが始まり、地獄と化した。



 上田がアニマを顕現する。そのアニマは「モグラ」と名付けられていた。名前の通り、穴を掘ることに特化したアニマ。

「急に襲われるの嫌だから……落とし穴作っとくよ。古賀君、落ちないように気を付けてね」

 星太はうなずき、目印としてその落とし穴の付近にハエを1匹配置した。

 上田が3つ目の落とし穴を作っている時、上田が小声で「ちょっとまって」と言いながら、スマホを取り出した。「世良君からメッセージだ」と言い、穴を掘る手を止めた。

「舞……あ、舞って会長のことね。会長のもとへ集合だって」

 生徒会副会長の世良からの帰還指示である。おそらく、同じようなことが各地で起きているだと、星太は想像できた。



 星太と上田がいる天王墓園北側。生徒会会長の木下と世良は西側にいる。ここからだと比較的近い。

 涼介は東側にいるため、木下の場所まで一番遠い位置にいる。涼介と美馬のペアは戦闘向きではないため、星太は涼介と合流しようかと考えた。が、その考えをすぐに捨てた。暗闇での移動のため、すれ違う可能性も考えられるため、星太はまっすぐ木下の元へ移動することに決めた。


 星太が前に立ち、上田が続く形で木下がいるところに向かう。星太は、ハエの配置をさらに広範囲に広げた。範囲を広げることで、ベルゼブブの使役に意識を集中するため、近くの注意が散漫になったり、気づかなくなったりする恐れがある。危険であるが、反射神経だけでは上田を守ることができない。

 「上田先輩、なにか気付いたことがあったら言ってください」

 「わかったわ」と小声で返事をした。

範囲を広げることで、周囲の状況が詳しく見えた。恐怖に突き動かされ、近くにいる者を敵だと錯覚し、襲う。襲われた者も敵だと思い、全力で応じる。そのような構図の戦いが、あちこちで起こっている。

 ラスボスを倒すという目的で集まった仲間。だが、だれも仲間とは思っていない。そこに信頼はない。

 星太はその同士討ちから距離をとり、避けるように歩いた。まっすぐ西には向かわず、ジグザグに歩いているにも関わらず、上田は文句を言わずついてきていた。



 突然、星太が配置しているハエを貫き、何かがこちらに向かってきていた。かなり早い。

 星太は上田を突き飛ばし、星太自身も転がるようにその何かを避けた。

 太く伸びた植物のつるのようなが、地面を突き刺していた。

 太さは違うが、見覚えがあった。

「予備校生の田中さん……だっけ?」

「うるせぇよ」と田中が暗闇から姿を現した。

「やる気?この前、許してくださいって言ってなかったっけ?」

「うるせぇ……うるせぇ……うるせぇ……」

 星太は、以前とは雰囲気の違う田中に気味の悪さを感じた。目つきもどこかおかしい。ベルゼブブも騒いでいる。



 ……あれからも、喰ってるな。



 今にも、暴発しそうな雰囲気の田中に身構えた。

「ああ、お前もうるせぇんだよなぁ。お前は、絶対オレが喰ってやる……」

 田中がアニマを顕現させた。背中から4本の太い触手が伸び、その先は星太の方に向け、ゆらゆらと漂わせていた。

 星太は、いつ引き金をひくかわからない拳銃を向けられているような気分だった。前触れなく攻撃され、気がつく前に撃ち抜かれる。そんな攻撃が、今まさに受けようとしていた。

 星太が通う久原道場。実践的な稽古をするこの道場では、拳銃ではないが、棒術への対策として、これに近い稽古をする。相手が前触れなく棒で突いてくる。それを、かわすという稽古である。

 いきなり突かれる攻撃を、簡単にかわせるわけがない。相手の攻撃を待っていてはかわせない。目で見てかわすことなんてできない。そのため、相手の呼吸や目線、筋肉の緊張や弛緩などで攻撃してくるタイミングを知ることで、初めてかわすことができる。

 星太は田中の目を見、呼吸を見、アニマの挙動を見る。そのタイミングを見逃さないようにした。

 田中が呼吸を止めた。



 ……来る。



 一呼吸の間もなく、目の前に触手の先が届こうとしていた。

 星太は、1本、2本、3本、4本とかわし、田中との距離を縮めようと、一歩踏み込んだ。

 ここで無駄な時間を使うわけにはいかない。星太は一瞬で終わらせたかった。

 だが、想定してなかった5本目の触手が伸びてきた。距離を縮めようとしていた一歩が、星太の身体を前進させており、4本目までの触手よりも早く目の前まで来ていた。

 星太は、転がるように5本目をなんとかかわした。

 だが、6本目が目の前まで来ていた。体勢を崩している星太は、かわすことをあきらめ、左腕をたたむようにして、肩でその触手を受け止める。

 触手の一撃は想像以上に重かった。星太の身体がずれるほどの衝撃。腕がしびれて力が入らなかった。

 田中は、何かを確信したようだった。笑いながら、何度も触手をこちらに向けた。周囲の木は触手で削られ、足元からは土ぼこりが舞い、視界が悪くなっていった。

 星太は田中との距離を保ちつつ、ハエを田中に接近させ、その触手の数を数えた。8本あった。

 さすがに8本はかわせない。前回会った時は4本だった。以前の4本の触手はここまでの力も速度もなかった。田中はたった2週間でここまでアニマを成長させている。



 ……どんだけ、喰ったんだ?



 星太は、田中との距離をさら取る。だが、その触手はどこまでも追いかけてくる。伸縮性があるのか、距離が伸びれば伸びるほど、その触手は細くなる。だが、細くなってもお構いなしに、追いかけてきた。

 星太は田中の注意をこちらにひきつつ、田中の触手を捌いた。さらに距離を取り、ここから離脱した。


 田中の攻撃範囲からはずれた時には、上田の姿も見えなくなっていた。

 上田とはぐれてしまった。

 星太は、田中の近くに展開していたハエ1匹を田中の背中に止まらせ、上田を探した。




<登場人物>


■崎山高校

・伊藤涼介(ゴーレム):高校1年生。久原道場の元門下生


・高山明:高校1年生。同級生。思い出作りに燃える。

・長谷川蒼梧:高校1年生。同級生。美形。

・桜井千沙:高校1年生。同級生

・笹倉亜美:高校1年生。同級生

・小森玲奈:高校1年生。同級生

・池下美咲:高校1年生。同級生


・木下舞(デコピン):高校3年生。生徒会会長。学校内の人気絶大。

・世良数馬:高校3年生。生徒会副会長

・久原貴斗:高校3年生。生徒会議長。武闘派。久原道場師範代。

・上田琴音(モグラ):高校3年生。生徒会総務

・美馬龍之介(千里眼):生徒会2年生。生徒会会計

・和久井乃亜:生徒会2年生。生徒会監査

・古賀星太(ベルゼブブ):高校1年生。生徒会所属。涼介の幼馴染。久原道場門下生



■株式会社神楽カンパニー

・神楽重吉:神楽カンパニー代表取締役会長

・白い仮面の男:スカウトマン・プロ―トス

・鳴海玲奈:スカウトマン・デウテロス。社員。

・斎藤真一:スカウトマン・テタルトス。崎山高校生徒会顧問

・石田:スカウトマン・ヘクトス

・北上慶次:スカウトマン・エナトス、ラスボス



■コロッセオ参加者

・田中一成(オクトパス):予備校生

・火神直樹:赤髪

・藤田一郎:黒髪パーマメガネ

・桜井敏弥:桜井千沙の弟。中学生



■国防省

・K:国防省、特殊武装部隊関係者



■特殊武装部隊(十二神将)

・日高司:特殊武装部隊隊長

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・花村美咲:特殊武装部隊隊員

・伊藤康介:特殊武装部隊隊員、伊藤涼介の兄

・岡田紗弥:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員、アメリカ出身

・鈴木翔:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・野崎文雄:特殊武装部隊隊員、エンジニア

・名前不明:特殊武装部隊隊員、アメリカ出身、エンジニア

・イシャ・ラナウト:特殊武装部隊隊員、インド出身、エンジニア



■不明

・水野七海:日本刀を持つ女

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