第37話_衝動と恐怖のはざま

 美馬は言った。間違いなく言った。

「今、オレたちを狙っている。さっき攻撃したやつがそうだ」

 涼介の同級生であり想い人の弟、桜井敏弥がこちらを狙っている。桜井敏弥が近くにいる。

 涼介は、敏弥の方に向かいたいという衝動と、敏弥からいつ攻撃を受けるのかわからいという恐怖のはざまに立っていた。


 涼介の砂の壁を何かが貫いた。それに遅れて砂の壁が崩れ落ちた。

 美馬が「お前の知り合いの攻撃だ」と小声で言った。

 見えないが何かを飛ばして攻撃するアニマということは理解できた。先ほど攻撃でなんとなく方向も分かった。だが、こちらから見えているわけではない。それに美馬の顔も右方向に動いている。おそらく、移動しながら自身の場所を特定されないように攻撃しているのだろう。

 涼介は立ち上がろうとした。だが、美馬が腕をつかむ。

「伊藤。お前の知り合いはこちらを狙っている。だが、この状況だ。こちらばかりに集中できるわけじゃない。すぐにこちらへの視線を外すだろう。だからと言って、オレたちは戦いに向いているペアではない」

 美馬は、涼介を諭すよう早口で言葉を続ける。

「伊藤は一旦離れようと言った。賛成だ。わかっているだろうな。お前はオレを守る係だからな」

 涼介は腰を下ろし、先ほど失った砂の壁を補充した。

「よし、会長が呼んでいる。一旦、お前の知り合いから視線を外すぞ」

 美馬は顔を動かし、一定方向に向けた状態で顔を止めた。

「こんな状況になって、すぐに副会長から合図がきた。所詮、烏合の衆ってやつだ。多分、会長も、副会長もこんな状況になることを想定したんだろうな。判断が早すぎる」

 美馬は鼻で笑う。

「伊藤、会長と合流した後、ちゃんとお前の知り合いをロックしてやる。その代わり、今はやるべきことをやれ。オレはアニマを顕現するリスクのせいで何も見えない。オレを無傷のまま、会長のもとへ連れていけ」

 美馬のたたみかけるような言葉のおかげで、涼介の頭の中が冷静になった。確かに、戦えない美馬を放置して敏弥を追いかけることはできない。かといって、この混乱の状況の中、美馬をかばいつつ、周りの者の襲撃などをかわしながら敏弥を追いかけることも不可能。それ以上に、美馬の機嫌を損なうと、敏弥を見失うことになる。

「わかりました」と涼介は、美馬の言葉に従った。



 天王墓園の東にいる涼介と美馬。美馬の指示で、南側を回り込むようにして、西側にいる会長の木下、生徒会長の世良のいるところへ向かうことにした。

 涼介は、涼介と美馬を囲うように5枚の砂の壁を顕現したまま、美馬の腕をつかみ、引きずるように進んだ。


 急造で結成されたラスボス討伐同盟。お互いのことをよく知らない、隣の人の顔すら知らない者たちのチーム。もしかすると、火野グループ、藤田グループ内といえども、お互いの顔を知らないってことも起きているかもしれない。美馬の言う通り、烏合の衆。

そんな脆弱な集団が、ラスボスグループと思われるものに襲われているのだ。しかも、敵の顔もわからない。隣にいる人が敵かもしれないと思うと、恐怖に駆られるのは当然であった。

 進んでいく道中、近くにいる誰かが攻撃してきて、砂の壁が弾ける。敏弥の攻撃と思われる攻撃が砂の壁を貫く。

 だが、涼介はいろんな感情や衝動を無理やりにでも抑え込んだ。相手が誰であろうが抵抗するのではなく、美馬の腕をつかんで移動することに集中した。


 天皇墓園の南側にさしかかる。涼介たちがいた東側と同じことが起きていた。

参加者なのか、ラスボスの仲間なのかは区別がつかない。つくわけがない。周辺にいる全員が手当たり次第、奇声をあげながら、近くの者を襲っているようにしか見えなかった。ここでも、みんなが襲われる恐怖に打ちひしがれていた。

 狂気という言葉が涼介の頭によぎる。その言葉がぴったりに思えた。涼介は背中に冷たいものを感じつつ、時々、予告なしで受ける攻撃を砂の壁で防ぎながら、西へと進路を変えた。


「涼介、このまままっすぐ200メートル先に……会長たちがいる」

 美馬の言葉に、涼介は弾かれるように顔を向け、目を凝らした。進んで行くうちに、前方でしゃがんでいる3人の姿が見えてきた。木下、世良、和久井の姿があった。

 木下がしゃがんだまま手を振り、「おつかれぇ」と言った。まるで待ち合わせをしていたかのような笑顔だった。

 涼介と美馬は、3人に近づいたところで、同じようにしゃがんだ。

「美馬、伊藤。よく無事で戻ってきた」と世良が言った。

 涼介は、無事合流できた安堵もあり、疲労感に襲われる。座り込みたいところだが、そうもしていられない。

 敏弥を追わないといけない。この狂気の中、敏弥が他の参加者に喰われないという保証もない。

 涼介は会長の方に体を向ける。

 「会長、美馬さんを頼みます。少し離れます」

 涼介の言葉に、世良が「ダメだ」と即答する。

 世良のメガネが光ったような気がした。その奥の鋭い眼光が涼介を貫く。


 怖ぇ……

 涼介は、こんな状況なのにヘビににらまれたような気持になる。だが、この視線から逃げるわけにはいかない。行かないといけない。涼介は次の言葉を探していた。


 その様子を見て、木下が口をはさむ。

「伊藤君、単独行動はめっちゃ危ないよ」

「わかっています。でも、俺、行かないと……」

「ダメだ」と世良は即答した。

「世良君、ちょっと待って」と木下が世良をなだめる。

「ねぇ、伊藤君。理由を教えて。私は生徒会のみんなを巻き込んだ責任があるの。みんなを守る義務もあるの。だから、ちゃんと答えて」


 涼介は頷き、正直に話すことにした。同級生の弟、桜井敏弥がコロッセオに参加していること。同級生の桜井千沙に停めて欲しいと言われたこと。もしかすると桜井敏弥がラスボスの仲間かもしれないこと。知っていることすべて話した。

 だが……


「ダメだ」と世良が即答した。

「うーん。確かに、ダメっぽい話よね。ちょっと危険すぎる気がするね」と木下が首を傾げる。

「バラバラになると、会長を守り切れなくなる。お互いのためにも、固まっていたほうが得策だ」

「そうね。でも同じ学校の弟君が暴れているっていうのも何とかしてあげたいわね」

 その時、美馬が「伊藤」と呼んだ。

「お前の知り合い見つけたぞ。移動している」

 涼介は美馬の所に駆け寄り、敏弥が移動した方向を確認した後、木下と世良の了承を得ないまま、飛びだした。

 涼介は、木下と世良の言葉を待っていられなかった。


 待っても、了承はもらえられないから……




<登場人物>


■崎山高校

・伊藤涼介(ゴーレム):高校1年生。久原道場の元門下生


・高山明:高校1年生。同級生。思い出作りに燃える。

・長谷川蒼梧:高校1年生。同級生。美形。

・桜井千沙:高校1年生。同級生

・笹倉亜美:高校1年生。同級生

・小森玲奈:高校1年生。同級生

・池下美咲:高校1年生。同級生


・木下舞(デコピン):高校3年生。生徒会会長。学校内の人気絶大。

・世良数馬:高校3年生。生徒会副会長

・久原貴斗:高校3年生。生徒会議長。武闘派。久原道場師範代。

・上田琴音:高校3年生。生徒会総務

・美馬龍之介(千里眼):生徒会2年生。生徒会会計

・和久井乃亜:生徒会2年生。生徒会監査

・古賀星太(ベルゼブブ):高校1年生。生徒会所属。涼介の幼馴染。久原道場門下生



■株式会社神楽カンパニー

・神楽重吉:神楽カンパニー代表取締役会長

・白い仮面の男:スカウトマン・プロ―トス

・鳴海玲奈:スカウトマン・デウテロス。社員。

・斎藤真一:スカウトマン・テタルトス。崎山高校生徒会顧問

・石田:スカウトマン・ヘクトス

・北上慶次:スカウトマン・エナトス、ラスボス



■コロッセオ参加者

・田中一成:予備校生

・火神直樹:赤髪

・藤田一郎:黒髪パーマメガネ

・桜井敏弥:桜井千沙の弟。中学生



■国防省

・K:国防省、特殊武装部隊関係者



■特殊武装部隊(十二神将)

・日高司:特殊武装部隊隊長

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・花村美咲:特殊武装部隊隊員

・伊藤康介:特殊武装部隊隊員、伊藤涼介の兄

・岡田紗弥:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員、アメリカ出身

・鈴木翔:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・野崎文雄:特殊武装部隊隊員、エンジニア

・名前不明:特殊武装部隊隊員、アメリカ出身、エンジニア

・イシャ・ラナウト:特殊武装部隊隊員、インド出身、エンジニア



■不明

・水野七海:日本刀を持つ女


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