第36話_乱戦へ

「おい。久原が逃げていったぞ」


 美馬はアニマを顕現し、その目で離れた場所にいる久原を見ながら言った。美馬のアニマ「千里眼」。このアニマで美馬は見たいものを見ることができる。今、生徒会メンバーの久原をロックして美馬は見張っていたのだが……


「え?逃げた?」


 涼介は耳を疑った。生徒会武闘派で、習得している久原流武術で、他流試合を好んで受けるような好戦的な久原が、バケモノのように強いと称されているラスボス北上に対して、敵前逃亡するのが意外であった。


「どこに……」

「さあ、知らねぇな。だが、決戦予定地の駐車場で吹き飛ばされたあと、どんどん下っているわ」

 本当に敵前逃亡したのかもしれない。

 だが、逃亡したということは、久原はリタイアすることはなくなった。


 涼介は頭を切り替える。

 涼介はポケットからスマホを取り出し、1枚の写真を表示させた。

「美馬先輩、ここにこの人はいませんか?コロッセオ参加者の1人で、俺、探しているんです」

 美馬は目元部分だけアニマを解いて、涼介のスマホを覗き込んでくれた。涼介は心の中で拳を握る。美馬が協力してくれる。まだ、あのフィギュア効果が続いているのを確信した。

 涼介は、手に持つスマホを美馬が見やすいように傾けた。そのスマホには同級生の弟、桜井敏弥が映し出された。


 暗闇のどこかから「おい、スマホを消せ。気づかれるだろうが」と低い声色で言われ、涼介は慌ててスマホの画面を消した。涼介からは見えないが、すぐ近くの別チームからのクレームだ。

 確かにうかつだった。涼介は周りからの冷たい視線に串刺しにされている気分だった。



「伊藤、分かっているよな」と美馬が小声で言った。

「何がですか?」

「オレと伊藤の役割だ」

涼介は数日前に、美馬が言っていた言葉を思い出しながら答える。

「美馬先輩が見て、俺が美馬さんを守る」

美馬のアニマが目元まで広がっていく。

「わかっているな。じゃあ、探してやる」

 美馬はしゃがんだ状態でゆっくりと体ごと向きを変えながら、周りを見渡していく。戦車の砲台だけが360度回転していくのをテレビで見たことがあるが、そんな感じで、美馬は、体ごとゆっくりと旋回した。



 涼介はその様子を眺めているとき、離れたところから悲鳴が上がった。それは生徒会長木下と副会長世良がいる方向に思えた。

 その後、すぐに別の方向から大きな爆発音連続で3回聞こえた。

 何かが燃える匂いが届いてきた。涼介のアニマが騒ぐ。それに応じるように涼介はアニマを顕現させる。しゃがんでいる美馬との距離を体が触れ合うほど縮め、周囲を囲むように5枚の砂の壁が地面から生えてきた。


 離れたところから始まった悲鳴やざわめきが、だんだん近づいてくる。

 涼介の視界の端から何かが入り込み、あっという間に通り過ぎていった。その瞬間、涼介の砂の壁のうち2枚がはじけ飛んだ。

 それと同時に、近くで苦痛の声が耳に入ってきた。


 何らかの攻撃を受けた。遠くで聞こえていた爆発とは違うなにか。

 涼介は、急いで弾けた砂の壁2枚を補充した。

 涼介たちと同じく、近くで潜んでいた別チームの男が大声を上げながら、走り始めた。それは、威嚇なのか、悲鳴なのかわからないが恐怖の感情が入り混じった声であった。


 それがトリガーとなった。周囲の空気がおかしくなった。

 全員が立ち上がり、大声を上げながら各々が動き始めた。

 涼介のアニマが暴走しかけていたが、かろうじて抑え込み、顕現している壁を維持していた。


「バカが。周りの奴ら、自分のアニマを出して、好き勝手暴れていやがる」

 美馬が舌打ちをする。


 誰かがこちらに向かって近づいてきた。顔が見える位置に来たが、少なくとも生徒会の人間ではない知らない男。その男が、こちらにむかって飛びかかってきた。

 おそらくアニマの能力なのだろう。その男の拳は二回り以上肥大化し、その拳を構えて殴りかかってきた。

 元久原道場の門下生で、多少武道の心得がある涼介。涼介から見ても分かる。ケンカもしたことがないと思われるその男の、振り回すような拳の軌道。

 涼介は、顕現している砂の壁に隠れるように移動した。

その男は目の前の砂の壁1枚を粉砕した。が、粉砕した勢いで男の体制が崩れたところで、涼介はその男との距離を縮め、腹部に膝を入れた。男はその場でうずくまった。

 その直後、さらに別の砂の壁が3枚弾けた。それと同時に、涼介の肩を何かがかすめていった。服が裂け、そのかすめた部分が熱い。



 誰かが、何かを撃っている。


 涼介は、失った合計4枚の壁を補充する。目を凝らすが、誰が撃ってきたのかも、どこから飛んできたかも分からなかった。

周囲の人たちは誰かと戦っている。この場は乱戦となっていた。

 暗闇の中の襲撃。お互いのことを全く知らない集団。しかも、相手の顔が見えない状況。お互い近くにいる人間を襲っている。同士討ちが始まっていた。


「美馬先輩、一旦離れましょう」

 涼介は小声で美馬に言った。

 美馬は一方方向に顔を向けたまま、「ああ、その方がいいだろう。さっき、会長、副会長の方を見たが、向こうでも同じようなことが起きている。副会長から戻ってくるよう、合図も送られてきている。一度、生徒会で集まった方がいいだろうな」と返事をした。

「わかりました。では移動しましょう。美馬先輩が向いている方向に行けばいいですか?」

 涼介は美馬の顔の向きに合わせて、自分の視線も向けた。

「いや、会長たちも少し移動している。オレが向いている方向から3時の方向に会長たちはいる」

「え?じゃあ、美馬さんは何を?」

「伊藤に頼まれた男を見ている」

 美馬の言葉に、涼介の鼓動が早まる。

「ここにいるんですか?」

 涼介は美馬の方に視線を向けた。


 アニマで大半隠れている美馬の表情が強張っている。

「ああ。いるどころか、今、オレたちを狙っている。さっき攻撃したやつがそうだ」




<登場人物>


■崎山高校

・伊藤涼介(ゴーレム):高校1年生。久原道場の元門下生


・高山明:高校1年生。同級生。思い出作りに燃える。

・長谷川蒼梧:高校1年生。同級生。美形。

・桜井千沙:高校1年生。同級生

・笹倉亜美:高校1年生。同級生

・小森玲奈:高校1年生。同級生

・池下美咲:高校1年生。同級生


・木下舞(デコピン):高校3年生。生徒会会長。学校内の人気絶大。

・世良数馬:高校3年生。生徒会副会長

・久原貴斗:高校3年生。生徒会議長。武闘派。久原道場師範代。

・上田琴音:高校3年生。生徒会総務

・美馬龍之介(千里眼):生徒会2年生。生徒会会計

・和久井乃亜:生徒会2年生。生徒会監査

・古賀星太(ベルゼブブ):高校1年生。生徒会所属。涼介の幼馴染。久原道場門下生



■株式会社神楽カンパニー

・神楽重吉:神楽カンパニー代表取締役会長

・白い仮面の男:スカウトマン・プロ―トス

・鳴海玲奈:スカウトマン・デウテロス。社員。

・斎藤真一:スカウトマン・テタルトス。崎山高校生徒会顧問

・石田:スカウトマン・ヘクトス

・北上慶次:スカウトマン・エナトス、ラスボス



■コロッセオ参加者

・田中一成:予備校生

・火神直樹:赤髪

・藤田一郎:黒髪パーマメガネ

・桜井敏弥:桜井千沙の弟。中学生



■国防省

・K:国防省、特殊武装部隊関係者



■特殊武装部隊(十二神将)

・日高司:特殊武装部隊隊長

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・花村美咲:特殊武装部隊隊員

・伊藤康介:特殊武装部隊隊員、伊藤涼介の兄

・岡田紗弥:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員、アメリカ出身

・鈴木翔:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・野崎文雄:特殊武装部隊隊員、エンジニア

・名前不明:特殊武装部隊隊員、アメリカ出身、エンジニア

・イシャ・ラナウト:特殊武装部隊隊員、インド出身、エンジニア



■不明

・水野七海:日本刀を持つ女

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