第32話_喫茶店にて(伊藤康介1)

 コーヒーの香りが漂うレトロな喫茶店。その懐かしい雰囲気のせいか、ぼやけた空間にいるような錯覚に陥る。この喫茶店を指定してきた目の前にいる、タキシードを着た中肉中背の男に用事があった。

 伊藤康介は、スマホの画面を目の前のタキシードの男に突き付ける。



「これはどういうことだ」



 康介が向けたスマホの画面には動画が再生されていた。誰もが動画を配信できるサイトに、アップロードされている動画である。再生回数も伸びている。その動画には、土煙を巻き上げながら、若い男が4本の太い触手を振り回していた。まるでハリウッド映画のような映像の中で、その4本の触手は、その先にいる女の子をかばうようにして身を丸くする男に狙いを定め、伸びていく。男は、太い丸打で打ち付けられているようで、触手が振るわれるたびに体がずれるほどの衝撃に耐えていた。


 タキシードの男は、視線をスマホの画面に向け、喉を鳴らしながらストローでアイスコーヒーを飲んだ。グラスを机に戻すとその男は眉をひそめた。

「ええ。私もこの動画を見ました。伊藤さん。私はこんな弱い者いじめみたいな動画より、ワンちゃんの動画の方が好みです。ワンちゃんを見ていると……ほら、ほっこりしません?」

 康介は、タキシードの言葉に返事をすることはなかった。

 タキシードの男が苦笑いをする。

「伊藤さん、そう睨まないでください。わかっていますよ。この子でしょ」とタキシードの男は殴られている男を指で指した。その指が画面に触れ、動画が停止した。

「石田さん。家族を……弟を巻き込まないって約束だったよな」

「さすがです。こんな画質が荒くて、遠くから撮っている動画なのに、弟の涼介君ってわかるんですね」

 タキシードの男、石田が笑った。

 だが、康介は表情を崩さなかった。

「そう怒らないでください。私だってつらいんです。伊藤さん、私だってちゃんと見守ってたんですよ。ですが、偶然が偶然を呼び、いくつもの不幸が重なりまして……」

「嘘をつくな。お前の言葉なんか信じられるわけないだろ」

「ホントですって」

 石田は笑みを浮かべながら、「私、この喫茶店のコーヒー、昔から好きなんですよね」と残っていたアイスコーヒーを飲みほした。

「それで……話したんですか?ここに映っているのは弟だって」

 その言葉を聞いて、康介は石田を睨む。

 石田はグラスに残っている氷を2つ口の中に入れて、転がす。

「知ってても言えませんよね。身内にこんな野蛮で、非合法で、悪質なゲームに参加しているってバレちゃったら、十二神将降格どころか、特殊武装部隊からも外されちゃいますもんね」

 石田は口の中の氷をかみ砕きながら笑った。

「まあ、生憎、この映像ですから……画像解析してもわかりませんよ。伊藤さん意外にはね」

 石田は上着の内ポケットから4つ折りにされたメモを渡す。康介は受け取り、それを広げる。康介は文字を追い、言葉を失う。


 石田は笑みを浮かべながら「明日、この情報がそちらにも流れる予定とのことです。もちろん、知らないふりをしておいてくださいね」と言い、席を立った。

「これは……どういうことだ。なんで……」

「伊藤さん。十二神将にも見えないほど、根が深いということです」

 石田は、席に座ったままの康介の横を通り過ぎようとした時、足を止める。

「あ、そうそう。伊藤さん、私はちゃんと約束は守っていますよ。涼介君は参加していませんから」

 石田は康介の方をポンと叩いて、喫茶店を出ていった。



 康介は石田に渡されたメモを握りしめた。握る拳が震える。

 だが、努めて苛立ちを抑え込む。大きく息を吐き、ゆっくりとアイスコーヒーに口をつける。

 ゆっくりと拳を開き、くしゃくしゃになったメモを広げ、もう一度、そこに書かれていた内容を目で追った。

「私にはやるべきことがある」と誰にも聞こえないほどの声で、自分に言い聞かせるように言った。




<登場人物>


■崎山高校

・伊藤涼介(ゴーレム):高校1年生。久原道場の元門下生


・高山明:高校1年生。同級生。思い出作りに燃える。

・長谷川蒼梧:高校1年生。同級生。美形。

・桜井千沙:高校1年生。同級生

・笹倉亜美:高校1年生。同級生

・小森玲奈:高校1年生。同級生

・池下美咲:高校1年生。同級生


・木下舞(デコピン):高校3年生。生徒会会長。学校内の人気絶大。

・世良数馬:高校3年生。生徒会副会長

・久原貴斗:高校3年生。生徒会議長。武闘派。久原道場師範代。

・上田琴音:高校3年生。生徒会総務

・美馬龍之介(千里眼):生徒会2年生。生徒会会計

・和久井乃亜:生徒会2年生。生徒会監査

・古賀星太(ベルゼブブ):高校1年生。生徒会所属。涼介の幼馴染。久原道場門下生



■株式会社神楽カンパニー

・神楽重吉:神楽カンパニー代表取締役会長

・白い仮面の男:スカウトマン・プロ―トス

・鳴海玲奈:スカウトマン・デウテロス。社員。

・斎藤真一:スカウトマン・テタルトス。崎山高校生徒会顧問

・石田:スカウトマン・ヘクトス

・北上慶次:スカウトマン・エナトス、ラスボス



■コロッセオ参加者

・田中一成:予備校生

・火神直樹:赤髪

・藤田一郎:黒髪パーマメガネ

・桜井敏弥:桜井千沙の弟。中学生



■特殊武装部隊(十二神将)

・日高司:特殊武装部隊隊長

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・花村美咲:特殊武装部隊隊員

・伊藤康介:特殊武装部隊隊員、伊藤涼介の兄

・岡田紗弥:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員、アメリカ出身

・鈴木翔:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・野崎文雄:特殊武装部隊隊員、エンジニア

・名前不明:特殊武装部隊隊員、アメリカ出身、エンジニア

・イシャ・ラナウト:特殊武装部隊隊員、インド出身、エンジニア


■不明

・水野七海:日本刀を持つ女

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る