第25話_お祭り終わり

 神尾神社の社の裏にあたる場所。神尾公園の外周に沿って整備されている遊歩道が通っており、その脇にベンチや自動販売機、公衆トイレなど、ちょっとした休憩できるスペースがあった。


 星太は、担いでいた大学生をベンチに座らせた。まだ、意識は戻っていない。

 大学生を指さしながら「涼介、食べる?」と言った。意識を失っている大学生のアニマを喰うには絶好の状況ではあった。だが、涼介は首を横に振った。

 「やめとこう。喰って、こいつが意識不明で目を覚まさないってことになったら、俺たちが怪しまれるだろうから」

 「だよね。撮られているかもしれないからね」


 アニマを喰われた人は、そのまま意識が戻らない。生徒会長の木下が言っていた。それに、同じく生徒会メンバーの久原が喰った相手も目を覚ましていないらしい。

 もし、大学生のアニマを喰って、この大学生の意識が戻らないと分かれば、対峙していた涼介や、当て身を加えた星太が傷害罪とか、過剰防衛とかで、このあと大変なことになる可能性があった。そんなめんどくさいことが起きる可能性が少しでもあるくらいなら、ここはスルーしたほうがいい。


 涼介が思いを巡らせている間、星太は大学生のポケットを探り、スマホと財布を取り出していた。

 「え?星太……金取るの?」

 「違う、違う。次、襲われないとも限らないから、身元だけは確認したほうがいいかなって……」

 星太はスマホを操作する。が、パスワードがかかっており、すぐに操作をあきらめた。次に財布の中身を確認する。1枚のカードを引き抜いたとき、星太は手を止めた。

 「この大学生……じゃあないな。この人、予備校生だね。名前は、田中一成さん……まあ、大したことないから、次に襲ってきたとしても大丈夫だろうけど」

 星太が見つけたカード。予備校の学生証を自身のスマホのカメラ機能で写真を撮っていた。

 涼介は星太の行動を眺めながら「俺は襲ってこられたら困るんだけど。俺はいっぱい、いっぱいだった……」と言葉を返す。

 「そう?」

 星太は田中のスマホと財布をベンチに置き、今度は自動販売機で水を買ってきた。ふたを開け、躊躇なく田中の顔にその水をかけた。


 これは涼介も一時期通っていて、星太は今も門下生として所属している久原道場のやり方だった。稽古中に気を失ったものに対して、容赦なく水をぶっかける方法。涼介も何度かやられたことがあった。


 だとしても……

 「星太って普段おとなしいのに、やることは派手だよな」

 涼介の言葉に「そうか?普通だよ」と平然とした顔をしていた。



 星太にかけられた水が口に入ったのか、田中は咳き込みながら飛び起きた。辺りを見渡す。状況を理解するまであまり時間はかからなかった。

 涼介は、田中と目がばっちり合った。

 何を言ったらいいのかわからないまま、苦し紛れに「よぉ」とぎこちなく手を挙げた。

 涼介は挨拶のつもりだったのだが、田中は「ごめんなさい……殺さないで……」と青い顔しながら、ベンチの上で、土下座のような恰好をした。

 その様子に涼介も慌てて「殺さないですよ」と声をかけた。

 だが、星太は追いかけるように、優しく声をかけた涼介とは真逆の少し低い声で「謝らなくてもいい。力を使うなよ」と威嚇するように言った。

 涼介が驚いた。おとなしい星太のイメージと違う言動。だが、それが効果的だったようで、田中は慌てて首を縦に何度も振った。

 「田中さん。学生証は押さえていますからね」と星太はベンチに置いてある田中のスマホと財布を指さした。

 田中はその所在に気付き、慌てて拾い上げ、それぞれを握りしめる。

 「もう……勘弁してください。許してください。許してください。許してください……」

 大学生は大声で頭を下げたまま連呼した。

 「うるさい」と星太の一言。その言葉で田中は口を止めた。

 「田中さん。あなたは、目立ち過ぎた」



 少し離れたところが騒がしい。その騒がしさの中で「あっちに人がいるぞ」と誰かが大声で言っているのが聞こえてきた。

 野次馬なのか、犯人探しなのか、遅れて到着した動画撮影組なのか。おそらく、全部だろう。

 神尾神社に騒ぎの元凶の姿はなく、集まった人たちは捜索範囲を広げている。

 いくつかの足音が近づいてくる。

 星太が「3人近づいてきているよ」と言った。おそらく、星太のアニマ、ベルゼブブが見張っているのだろう。

 涼介も遊歩道のその先を探ろうと集中した。まだ、人の姿は見えない。が、今にも見えてきそうで……目が離せなかった。



 「さあ、どうしようか……」

 視線をそのまま、涼介は腕を組んだ。

 だが、先ほどの低いトーンの声とは違い、いつもの星太が「でも、もう、大丈夫なんじゃない?」と言った。

 涼介は星太の方を見た。星太は、笑顔で指を指していた。

その指の方に視線を向けると、ベンチには誰もいなかった。


 田中が消えていた。

 「マジかよ……」

 「逃げ足は見事だね。でもまあ……大丈夫だと思うよ。写真押さえているし。気も小さそうだし。多分、もう襲ってこないと思うよ。それに、来たとしても、楽勝、楽勝」と星太が笑顔を見せた。

 「それにしても、さっきは……らしくなかったな。やり過ぎじゃなかったのか?」

 涼介の言葉に星太は頷いた。

 「そうだね。でも、コロッセオに参加している以上、僕たちも、田中って人も命がかかっているからね。適当にやっていると、自分たちがやられちゃうよ。それに……」

 「それに?」

 「多分、あの人。何人か喰ってるよ。あんな気の小さい人が喰っているってことは、参加したくない人とか、自分より弱い人とかを狙っている可能性がある。このまま放すとまた襲うよ、あの人」

 「なんで分かるんだ?」

 「うーん。説明しづらいだけど、僕のアニマは無数のハエを操作するだろ?結構負担かかるんだよ……脳みそというか、神経というか。かなり過敏に研ぎ澄まさないと、思ったように使役できないんだよね。今の涼介と一緒で、最初は使役の訓練をずっとしていて、そのあたりが鍛えられたのか、なんとなく分かるんだ。アニマの違和感というか、揺らぎみたいなものが」

 「そっか……」

 「まあ、とにかく今日のことで、あの田中って人が懲りて、無駄なやる気を出さなくなってくれたらいいんだけどね」

 そう言いながら、星太は軽く伸びをした。



 「あっ」と星太は声を上げ、身体を動かしていたのを止めた。

 「ねぇ、涼介。お祭り……終わりかなぁ」

 遠くからパトカーと救急車のサイレンの音が近づいてきていた。


 「そうだな。終わりだろうな」

 「そっか……小森さんとのおしゃべり、結構、楽しかったんだけどなぁ」




<登場人物>


■崎山高校

・伊藤涼介(ゴーレム):高校1年生。久原道場の元門下生


・高山明:高校1年生。同級生。思い出作りに燃える。

・長谷川蒼梧:高校1年生。同級生。美形。

・桜井千沙:高校1年生。同級生

・笹倉亜美:高校1年生。同級生

・小森玲奈:高校1年生

・池下美咲:高校1年生


・木下舞(デコピン):高校3年生。生徒会会長。学校内の人気絶大。

・世良数馬:高校3年生。生徒会副会長

・久原貴斗:高校3年生。生徒会議長。武闘派。久原道場師範代。

・上田琴音:高校3年生。生徒会総務

・美馬龍之介:生徒会2年生。生徒会会計

・和久井乃亜:生徒会2年生。生徒会監査

・古賀星太(ベルゼブブ):高校1年生。生徒会所属。涼介の幼馴染。久原道場門下生



■株式会社神楽カンパニー

・神楽重吉:神楽カンパニー代表取締役会長

・白い仮面の男:スカウトマン・プロ―トス

・鳴海玲奈:スカウトマン・デウテロス。社員。

・石田:スカウトマン・ヘクトス

・北上慶次:スカウトマン・エナトス、ラスボス



■コロッセオ参加者

・田中一成:予備校生



■特殊武装部隊(十二神将)

・日高司:特殊武装部隊隊長

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・花村美咲:特殊武装部隊隊員

・伊藤康介:特殊武装部隊隊員、伊藤涼介の兄

・岡田紗弥:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員、アメリカ出身

・鈴木翔:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・野崎文雄:特殊武装部隊隊員、エンジニア

・名前不明:特殊武装部隊隊員、アメリカ出身、エンジニア

・イシャ・ラナウト:特殊武装部隊隊員、インド出身、エンジニア


■不明

・水野七海:日本刀を持つ女

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