第24話_4本の触手

 生徒会長の木下は言っていた。

 「基本、アニマはとても好戦的よ。その影響を受けて、人間の方も好戦的な思考になるの。だからこそ、アニマをちゃんと使いこなせないといけない。制御しないといけないのよ」


 アイツは……どっちだ。


 涼介は大声で叫んでいる大学生に背中を向け、同級生の桜井の頭を抱きかかえた。桜井をかばうためでもあり、今から何が起きるかを見せないようにするためでもあった。


 涼介は大学生の方を見た。大学生の背中から4本の触手が伸びていた。その触手の先は4本ともこちらを向いており、いつ飛んできてもおかしくない感じがした。

 涼介はそのままの姿勢で、アニマを顕現する。左腕がテレビとかでよく見る砂漠の明るい肌色に変色したかと思うと、砂となり、さらさらと崩れ始める。ぎりぎり左腕がなくならないところまで砂へと変化させた。崩れ落ちた砂はそのまま背中の方へと移動し、分厚い膜を作り、硬化させた。


 アニマのことを知らないときは、砂の中型犬の形で顕現していた。だが、生徒会長の木下に「その犬は伊藤君がイメージをしているだけだよ」という言葉から、アニマを単に制御するだけでなく、イメージをして自由に形成させる訓練も積んだ。複雑なものは無理だが、イメージしたものを作り上げることはできるようになっていた。

 本当は、単純な形で簡単に形成できる壁にしたかった。でも、周りに人がいる。懲りずにスマホを構えている人もいる、それに桜井もいる。見せるわけにはいかなかった。


 一瞬のことだった。一呼吸もないほどの時間で、1本の触手が涼介の目の前まで届こうとしていた。

 涼介は思わず顔を背け、全身に力を込めた。

 砂で可能な限り分厚く膜を形成していた。はずなのだが、それを貫くような強く重い衝撃が全身を駆け巡った。数年前まで幼馴染の星太と武道を習っていた。そのため、打撃を受けるという感覚には慣れていた。その慣れがなければ、この痛みに心が折れていたかもしれない。

砂の膜が崩れる感覚があった。涼介はアニマを使役し、すぐにその崩れた部分を修復させる。



 「へぇ。頑丈なんだね。初めてだよ。1発で倒せなかったの」


 大学生の方を見る余裕はなかった。修復に集中し、おそらく来るだろう2発目……すぐに来た。

 衝撃が走る。さらに背中の砂の膜が崩れる。修復が間に合わない。


 「おもしろいねぇ。何発まで耐えられる?」


 間を開けずに3発目、4発目、5発目と飛んできた。

 受けるたびに背中が崩れる。

 修復する時間が足りなかった。触手が飛んでくるたびに、身体に伝わる衝撃が大きくなってくる。

 6発目がきた。

 衝撃で身体がずれた。衝撃で頭部が揺れ、脳が揺れる感じがした。

 意識が飛びそうになった。



 ヤバい。


 涼介は腹をくくる。出し惜しみをしている場合じゃあない。

 涼介は背中の膜の修復を続けるとともに、かろうじて形を維持している左腕にも意識をまわした。左腕が完全に崩れ落ち、砂が足元に落ちる。落ちたその場から小さな砂の子犬が生えてきた。

 7発目が飛んできた。修復は間に合っていない。だが、全身に力を込め、強い衝撃に対して覚悟をした。それと同時に子犬を駆けさせた。

 7発目は、全身をバラバラになったのではないかと思うほど、衝撃が全身を駆け巡った。だが、意識を失うわけにはいかない。

 大学生に気付かれないよう神尾神社の敷地の端を沿って、砂の子犬を駆けさせ、視界の外から接近させた。

 触手は8発目のための装填が完了していた。

 修復を後回しにした。それよりも、砂の子犬に意識を集中した。



 次、受けたら……終わり。


 危険な状態なのに不思議と冷静だった。涼介は焦らず、だが、迅速に砂の子犬を疾走させる。

 8発目が飛んできた。それとほぼ同時に砂の子犬が大学生の顔面めがけて突っ込んだ。砂の子犬が大学生の顔面にぶつかり、そこで弾けた。その衝撃で大学生は仰け反るような格好となった。

 8発目がわずかにそれた。涼介に直撃することなく、横を通過し、涼介の背後にある木をなぎ倒した。


 「痛ってぇ」と大学生がその場でもがいていた。

 狙い通り大学生の目に砂が入った。視界を奪った。



 その間に、抱きしめている桜井を見た。青い顔をしていたが、特に大きなけがはなさそうだった。

 涼介は桜井を起こし、安全な場所まで逃がそうとした。桜井は何とか立ち上がり、涼介に引きずられるまま遊歩道の方へ向かった。そのまま桜井の背中を軽く押し、自分よりも前で走らせ、この場を離れようとした。

 だが、顕現しているアニマがさらに騒ぎ始めた。興奮している。威嚇しているような唸り声をあげているのを感じた。理由は見なくても分かっていた。大学生のアニマが暴走し始めている。

 激しい音を立てて、木や地面を激しくたたきつける音が耳に入った。

 涼介は桜井が離れていくのを確認しつつ、後ろを振り返る。



 「クソ……クソ……ムカつく。ムカつくわ」


 大学生は目をこすり続けていた。ほとんど見えていない状態で4本の触手を振り回す。触手はさらに人を吹き飛ばし、木をへし折った。周囲の被害はさらに大きくなりつつあった。


 その様子を見て、涼介は後悔していた。

 手がつけられない。近寄ることもできない。

 中途半端な反撃がもたらした最悪な状態。

 時間が経つごとに、けが人が増え続けていた。木や物が壊れていった。

 涼介は、呆然とその様子を眺めることしかできなかった。




 「涼介……お待たせ」


 涼介の視界の端から、星太が飛び込んできた。

 星太は不規則に動く触手をかいくぐり、大学生の懐に飛び込んだ。一瞬のことだった。

 星太は大学生に当て身を加えた。触手が力なく地面に落ちる。大学生がその場に崩れ落ちそうになったところを、星太が体を支えた。


 「涼介行くよ。腕を戻して」


 星太は大学生を肩に担いで、逃げるようにこの場を去った。

 涼介は慌てて、アニマに戻るよう使役した。




<登場人物>


■崎山高校

・伊藤涼介(ゴーレム):高校1年生。久原道場の元門下生


・高山明:高校1年生。同級生。思い出作りに燃える。

・長谷川蒼梧:高校1年生。同級生。美形。

・桜井千沙:高校1年生。同級生

・笹倉亜美:高校1年生。同級生

・小森玲奈:高校1年生

・池下美咲:高校1年生


・木下舞(デコピン):高校3年生。生徒会会長。学校内の人気絶大。

・世良数馬:高校3年生。生徒会副会長

・久原貴斗:高校3年生。生徒会議長。武闘派。久原道場師範代。

・上田琴音:高校3年生。生徒会総務

・美馬龍之介:生徒会2年生。生徒会会計

・和久井乃亜:生徒会2年生。生徒会監査

・古賀星太(ベルゼブブ):高校1年生。生徒会所属。涼介の幼馴染。久原道場門下生



■株式会社神楽カンパニー

・神楽重吉:神楽カンパニー代表取締役会長

・白い仮面の男:スカウトマン・プロ―トス

・鳴海玲奈:スカウトマン・デウテロス。社員。

・石田:スカウトマン・ヘクトス

・北上慶次:スカウトマン・エナトス、ラスボス



■コロッセオ参加者

・田中一成:予備校生



■特殊武装部隊(十二神将)

・日高司:特殊武装部隊隊長

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・花村美咲:特殊武装部隊隊員

・伊藤康介:特殊武装部隊隊員、伊藤涼介の兄

・岡田紗弥:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員、アメリカ出身

・鈴木翔:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・野崎文雄:特殊武装部隊隊員、エンジニア

・名前不明:特殊武装部隊隊員、アメリカ出身、エンジニア

・イシャ・ラナウト:特殊武装部隊隊員、インド出身、エンジニア


■不明

・水野七海:日本刀を持つ女

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