第7話_渇望

 ……壊したい。咬みちぎりたい。


 涼介の頭の中は、欲望に埋め尽くされていた。

 その欲望に応えるように、左手から生まれた砂の大型犬が遠吠えをあげた。涼介の左腕は少し細くなったところで、砂の流出がおさまっていた。


 対峙する北上は手招きをしながら「来い」と不敵に笑う。

 砂の大型犬が駆け、北上の太ももに咬みつく。砂の犬と同時に駆けた涼介が遅れて、腹部に拳を思いっきり入れた。が、はじき返されるような感覚を覚える。車用のタイヤを殴ったような感じだ。

 北上の前蹴りで後ろに吹き飛ばされる。遅れて砂の大型犬も吹き飛ばされたのか、涼介の隣まで後退してきた。



 不思議と痛みはない。恐怖もない。あるのは渇望のみ。


 涼介は細くなった左手を突き出す。その左手から、さらに砂がこぼれはじめ、すべてがなくなった。そのあとすぐに、足元に広がった砂から生えてくる。砂の大型犬が4体。合わせて5体。


 北上は舌なめずりをした。楽しそうな表情を見せる。

 「来い来い」


 ……遠慮なく。


 砂の大型犬5体が北上に飛びかかる。

涼介も距離を縮め、今度は北上の顔を殴る。太ももを蹴る。膝を腹部に入れる。また殴る。何度も殴る。


 「おい……そんなんじゃあ、足りねぇぞ」


 北上の拳が動いたのは見えた。が、身体が反応しなかった。まともに腹部に受け、涼介は吹き飛んだ。


 息が止まった。涼介はうずくまった。

 不意打ちだから?そうじゃあない。尋常じゃないくらいその拳が重い。久原道場で何度も殴られたことはあるが、比べられないほどの1発。

 腹部から抜け続ける息。次の空気を求め、口をぱくぱくと動かし、やっと息が吸えた。


 壊せ……咬みちぎれ……喰わせろ……


 内なるものの声が頭の中で響く。が、身体が拒否をしている。足が動かない。

 涼介は、北上の方に視線を向ける。

 砂の大型犬5体が果敢に北上に飛びかかっている。が、北上に難なく捌かれている。

 そのうち1体の首元を北上が掴んだ。

 「こんなもんか」と北上は手に力を込める。その1体の頭と胴体が離れて足元に落ちた。


 涼介は目を疑った。

 北上の背後から、何かの手が伸びる。その手は足元に落ちた砂の大型犬の頭部と胴体両方とも生きずりこんだ。その後、すぐに涼介の視界が一瞬真っ白になった。



 ……なんだ、これ?


 意識がはっきりした時には、原因不明の脱力感に襲われた。文字通り、力が入らない。

 涼介は北上の方に視線を戻す。

 砂の大型犬2体目、3体目、4体目と次々に掴まれては、首元を握り潰され、北上の背後に引きずり込まれた。そのたびに、視界が真っ白になり、どんどんと力が抜けていった。


 いつの間にか、内なる声も聞こえないくらい小さくなっていた。


 北上が最後の1体を掴む。無残にも首と胴が離れた。北上の背後から頭部が引きずり込まれた。

 さらに体の力が抜ける。もう、涼介には立ち上がる気力すら残っていなかった。

残った胴体に手が伸びようとした時、涼介の視界の中に何かが飛び込んできた。

 人。しかも、手に細長い何か持っている。

 反った棒状のもの。薄暗いせいではっきりとは見えないが、日本刀のようなものを連想させた。



 「水野さん、ナイスタイミングです」

 その存在を忘れていた石田が歓喜の声を上げた。が、その水野と呼ばれた人が「名前をバラすな」とにらんだ。

 水野と呼ばれた人。その声は女性のものだった。



 水野は、北上に対して日本刀と思われるものを振り下ろす。薙ぎ払う。撥ね上げる。

 だが、北上の表情は冷めていた。というよりも、退屈そうだった。

 北上は右手を振り上げ、そのまま下ろす。水野を張り倒すような形になった。

 その場で体勢を崩した水野は、転がるようにして北上との距離をとった。

 水野との距離ができたことで、北上の全身が見えた。水野に何度も斬られたはずなのに、傷ひとつ負ってなかった。代わりに、北上の足元に砂が少し散っていた。



 「興ざめだ」

 北上は、服に着いた埃を払い、もと来た通路へと戻っていった。


 「スカウトマン」

 北上の言葉に、石田は「はい」と飛び上がるように返事をした。

 「そいつの名前は?」

 「女性の方?」

 「違う、砂の方だ」

 「伊藤涼介君です」

 小学生の低学年生が発表するときのように、石田はハキハキとフルネームを言った。しっかりと言った。


 ……おい、簡単に個人情報を漏らすなよ。


 その後、北上はこちらに振り返って何かを言っていたが、声が遠くなり意識を失った。



 涼介の近くを一閃の軌跡を残し、何かが通過し、そのまま去っていった。




<登場人物>


■崎山高校

・伊藤涼介:高校1年生。久原道場の元門下生

・古賀星太:高校1年生。生徒会所属。涼介の幼馴染。久原道場門下生

・高山明:高校1年生。同級生。思い出作りに燃える。

・長谷川蒼梧:高校1年生。同級生。美形。


・桜井千沙:高校1年生。同級生

・笹倉亜美:高校1年生。同級生

・小森玲奈:高校1年生

・池下美咲:高校1年生


・久原貴斗:高校3年生。生徒会議長。武闘派。久原道場師範代。


■株式会社神楽カンパニー

・神楽重吉:神楽カンパニー代表取締役会長


■不明

・石田:スカウトマン(ヘクトス)

・北上:ラスボス

・水野:日本刀を持つ女

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