第6話_いきなりラスボス

 その風貌は金色の短髪で、顔は外国の血が混ざっているのか日本人っぽくない彫りの深い顔をしている顔をしている。


 「北上君、なんでこんなところに?キミも用事があったの?」と石田は探るように声をかける。

 北上と呼ばれた金髪大男がにやりと笑う。

 「いや、まあ。用事と言えば用事かな。あんたはスカウトマンだな?」

 「よく覚えていましたね。光栄です。スカウトマン・ヘクトスです。以後お見知りおきを」

 「ああ、覚えておくよ。じゃあ、スカウトマン。そこをどいてくれないか?」

 「北上君、まだ始まってませんよ」

 「かたいこと言うなよ。スカウトマンだろ?うまいことやっといてくれ」



 不穏な流れ。嫌な予感しかしない。

 涼介はその雰囲気に掻き立てられ「どちらさま?」とスカウトマン石田に聞いた。

 石田は苦笑いをする。

 「前回の覇者です。圧倒的なその実力から、みんなから『ラスボス』と呼ばれていました」

 「前回?何の?」


 涼介が聞き返した時、石田の顔がぶれた。涼介は目で追った時にはすでに吹き飛ばされていた。パイプ椅子を巻き込み、激しい音を立てながら床を転がった。

 いつの間にか近づいていた北上。石田を殴ったため前傾姿勢。腕を伸ばせば、その顔に届くほどの近さ。だが、涼介は何もできなかった。その北上は姿勢を正し、涼介を見下ろした。

 「うだうだうるせぇな。やろうぜ、なあ?」

 北上はこちらに背を向けて歩き、無造作に置かれていた長テーブルやパイプ椅子に近づいた。

 それは机のうえにある消しゴムのカスを払うような軽い動作だった。その自然な動作で、北上の目の前にあった長テーブルやパイプ椅子が不自然に吹き飛んだ。スペースが生まれた。

 北上が振り返り、笑みを浮かべる。

 「名前も知らないお前。初めまして。さようなら」

 北上が笑いながら突っ込んできた。



 今は辞めてしまったが、涼介は多少武道の心得がある。通っていた久原道場で実践的な稽古を積んだ。その中には、姿勢を低くし、相手にタックルをするとともに足を掴んで倒すという技があり、それをかわす技もある。だが、向かってくる北上はそんなレベルのものではなかった。

 気が付いたら、北上の肩が目の前まで接近していた。


 涼介はとっさに横に飛び込んだ。すぐに体勢を戻し、かすめるように通り過ぎていった北上の方を見た。

 まるでブルドーザーが通ったあとのように、机やいすが吹き飛ばされ、新しい道ができていた。

 もう一度同じことをされたら、同じようにかわせる自信はない。涼介の全身が粟立った。

 涼介は石田の方を見た。石田は机の上に座り、足をぶらぶらさせていた。

 「石田さん、なんとかしろよ」

 その言葉を聞いて、石田の表情が明るくなる。

 「名前を覚えてくれていたんですね。感無量です。ですが、できればスカウトマン・ヘクトスと呼んで欲しいのですが」

 「うるせぇ、助けろよ」

 石田が申し訳なさそうに首を横に振った。

 「申し訳ありません。スカウトマンは手助けをしてはいけないルールになっていまして。本来、助言すらグレーゾーンなんですよ」

 「おい、なんとか……」と言いかけたところ、奥でガラガラと音を立てながら、北上が立ち上がる。

 「いいねぇ。おもしろい」

 北上が笑う。北上はさらに力を込める。肩回りの筋肉が隆起する。


 涼介は目の前の北上に違和感を覚える。北上の背後で動くものを見た。北上の背後から、なにかがこちらを覗いてくる。目の錯覚かと思ったが、やはり何かいる。少し顔を出した時、その何かと目が合った。

 全身がさらに粟立つ。駆け巡る。

 それと相反するように肚の奥が熱くなる。湧き上がる高揚感があった。



 「……セロ」

 耳からではない。涼介の頭の中に流れ込んでくる。


 「……クワセロ」

 涼介の体が熱くなる。頭の中の声が大きくなる。


 「……喰わせろ」

 はっきり聞こえた。全身が燃えるように熱い。高揚感が抑えられない。

 涼介の左腕がさらさらと崩れ始める。流れ落ちる砂が床の上で広がり、そこから生えてくるように大型犬が形成された。



 石田が机から飛び降り、声を上げる。

「涼介君。落ち着いて。抑えて」と叫んでいるのが耳に入る。

 が、なんか、もう……どうでもいい。


 涼介の視線の先には笑みを浮かべた北上がいる。

 「いいねぇ。始めようか」と舌なめずりをする。

 涼介の視界を遮るように石田が間に入る。

 「北上君。今日は辞めときましょう」と声を上げた。



 涼介の視界には石田の背中。

 すごく、邪魔だ……



 頭の中で「喰わせろ」という言葉が連呼されている。



 ……ああ、喰おう。

 抑えられない衝動で、身体が弾けそうだ。



 涼介は目の前にいる石田の肩に手を置き、そのまま横に押した。石田の体がずれ、北上の全身が見えるようになった。


 北上しか見えない。

 肚の中から湧き上がる衝動がさらに強くなる。




 ……めちゃくちゃに壊したい。





<登場人物>


■崎山高校

・伊藤涼介:高校1年生。久原道場の元門下生

・古賀星太:高校1年生。生徒会所属。涼介の幼馴染。久原道場門下生

・高山明:高校1年生。同級生。思い出作りに燃える。

・長谷川蒼梧:高校1年生。同級生。美形。


・桜井千沙:高校1年生。同級生

・笹倉亜美:高校1年生。同級生

・小森玲奈:高校1年生

・池下美咲:高校1年生


・久原貴斗:高校3年生。生徒会議長。武闘派。久原道場師範代。


■株式会社神楽カンパニー

・神楽重吉:神楽カンパニー代表取締役会長


■不明

・石田:スカウトマン・ヘクトス

・北上:ラスボス

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