第2話
俺と真奈美は毎日、中庭のベンチで一緒に弁当を食べていた。
それで、クラスメイトからこんなことを言われるようになった。
「千博、彼女できたのか? 一年生の子と一緒に弁当食べているみたいだけど」
「え? あ? いや、彼女ってわけじゃ……」
「ふ~ん……なんだか付き合い悪いなぁと思っていたら、あんなかわいい子と一緒にいるとはな。どおりで教室にいないわけだ」
と、ニヤニヤされてしまう。
まぁいい。
言いたいやつには言わせておこう。
* * * * *
弁当を食べながら俺は言った。
「俺と一緒にいて、クラスのやつらに冷やかされないのか?」
「うん。言われるよ。彼氏できたの? って」
「で、なんて答えているんだ?」
「えっとねぇ、彼氏じゃないよ、って」
え?!
いやまぁ、それはそうだけど……
面と向かってそう言われると、正直、傷つく。
「それでね、クラスの子にはこう言っているの。あの人は私のお兄ちゃんなの、って」
「何だって?!」
「でさ、これから千博先輩のこと、『お兄ちゃん』って呼んでいい? 私のこともさ、『真奈美』って呼んで!」
「お兄ちゃん? なんだよそれ、俺にはそういう趣味はないぞ」
「そうなの? 男の子はみんな、妹萌えってわけじゃないのね」
「そりゃそうだろ!」
実際、俺は妹萌えではない。
「ふ~ん、そっか。その方がいいかも」
「何がいいんだよ?」
「妹萌えの妹じゃなくて、本当の妹だと思ってほしいな」
「言っていることがわからん。第一、俺は一人っ子だ。それに、妹がほしいなんて思ったことはない!」
「いいからいいから」
なんだかんだで押し切られ、結局、真奈美は俺のことを「お兄ちゃん」と呼ぶようになってしまった。
こんな呼ばれ方、クラスメイトには絶対に聞かれないようにしないと……
* * * * *
ある日の午前中のこと。
偶然、廊下で真奈美に会ってしまう。
「あ、お兄ちゃん。ちょうどよかった。昼にクラスでやることがあって、今日は一緒にお弁当食べれないの」
まわりの生徒が俺の方を見る。
俺は小声で真奈美に言う。
「バカ! みんなの前で『お兄ちゃん』はやめろって!」
「てへ」
「何が『てへ』だ!」
案の定、後からクラスメイトに言われてしまう。
「あの子、千博の妹なのか?」
頭が痛い……
説明するのも面倒くさい……
そんなこんなで、俺と真奈美の日常は続いていった。
とはいえ、お昼に一緒に弁当を食べながら小説の世界観について語り合うのは、正直なところ、楽しい時間でもあった。
そろそろ、俺が小説を書きたくない理由を真奈美に話しておこう。
嫌な思い出なので封じ込めていたのだが、真奈美には本当の気持ちをわかっていてもらいたい。
「お兄ちゃん、続編書いてよ! 売れ行きが心配なら私が十冊買うから! お友達にも勧めるから!」
「いや、何度も言っているが、俺はもう、書くつもりはない」
「いつもそればっかり」
「……俺のオヤジは、作家なんだ」
それを聞くと、なぜだか真奈美は急に黙り込んでしまった。
「……俺が大賞を取った時、まわりの奴らからこんなことを言われたんだ。『父さんが書いたんじゃないのか?』って。もちろん違う。すべて、俺が書いた作品だ」
真奈美は、じっと俺を見つめる。
「ネットではこんなことを書かれたよ。『息子を作家デビューさせるために選考委員に圧力をかけたんじゃないか』って」
「そんなこと、ないよね?」
「オヤジが何をしたかは知らんけど、おそらくはそんな圧力、かけてないと思う」
「私、お兄ちゃんは実力で受賞したと思っているよ」
「あぁ、俺だってそう思っているさ。けどな、世の中には妬むやつがいっぱいいるんだ」
「お兄ちゃんは何も悪いことしてないよ。変なこと言う人なんて、ほっとけばいいんだよ」
「あぁ、ほっといたさ。だから、それはそれでいいんだよ」
「じゃあ、なんで小説、書かないの?」
「もう、面倒なことには関わりたくないんだ」
それきり、お互い黙ってしまった。
* * * * *
帰宅してから、俺は久しぶりに父のことを思い出していた。
父は作家として売れているだけでなく、眉目秀麗であり、テレビの仕事もそれなりにきていた。
だが、俺は父のことが嫌いだ。
学校で父のことを言われるのは苦痛だった。
有名作家の息子だからと近づいてくるやつも多かった。
俺と友達になれば、それがステータスになるとでも思っているのだろう。
馴れ馴れしく話しかけてくるやつも多かった。
それで、俺はだんだん人嫌いになっていった。
* * * * *
そういえば、これまで真奈美から俺の父の話題は出たことはなかったな。
有名作家の息子だということは知らないのであろうか。
あるいは、知っていて、あえて話題にしなかったのであろうか。
どちらにせよ、真奈美と話している間は、父のことを忘れることができた。
真奈美は、「作家の息子」というフィルターを通さずに、俺と接してくれる。
本当の自分を見てくれているようで、それが嬉しかった。
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