もう小説なんて書かない

神楽堂

第1話

高校の中庭で一人、弁当を食べる。

つるむのが嫌いな俺は、いつだってひとり飯だ。


人間関係なんて煩わしいだけ。

昼食は一人きりになれる貴重な時間。

それを、とある女がぶち壊した。


千博ちひろセンパ~~~~イ!!」


誰だこいつは?


「千博先輩ですよね! 私、1年の佐藤さとう真奈美まなみといいます!」


聞いたことない名前だ。

かわいい子だけれど、いったい誰だ?

面識はないが、どこかで会ったことがある気もする。


「確かに俺は千博だけど……」


「はじめまして。私、千博先輩の大ファンなんです!!」


はぁ……

そういうことか……


── ファン ──


久しぶりに聞いたな、その言葉を。



* * * * *


ガキの頃から小説を書くのが好きだった俺は、中学では文芸部に入り、執筆に勤しんできた。

また、インターネットの小説投稿サイトでもたくさんの作品を書いていた。


そして、高一の時、俺が書いた小説が大賞を受賞し、書籍化された。

そのことをどこで聞きつけたのか、学校では全然知らないやつからもサインをねだられるようになった。


「本、すごくよかったです! 千博さんのファンです!」


そんなこともよく言われた。

この頃が俺の人生での頂点だったのかも知れない。


しかし、俺はある理由で筆を折ることにした。

作品を書かない俺の存在は、次第に忘れられていった。

そして、時は流れ、俺は高三になった。


過去に小説を書いていたことなんて、覚えているやつはほとんどいないと思っていた。

しかし、今、目の前にいる女の子は、俺のことを知っている。


「この本、千博先輩が書いたんですよね? あの……サインしてほしいです!」


ペンと共に手渡された本。

自分の作品が実際に本になったときの感動が蘇ってきた。

あのときは舞い上がるくらいに嬉しかったものだ。


今日、俺は久しぶりに作家として扱われている。

悪い気はしなかったが、今はまったく書いていない。

なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。


「はい。これでいいかな」


「ありがとうございます!!」


女の子の笑顔がまぶしい。

なんだか照れくさい。


「千博先輩……あの……握手、してもらえますか?」


「え? あ、あぁ……いいよ」


その手はとても柔らかく、そして、温かかった。


「ありがとうございます!!」


そう言うと、女の子の顔は真っ赤になり、そして、走り去っていった。

俺の手のひらには、まだ彼女の手のぬくもりが残っていた。


我に返り、自分も顔を紅潮させていたことに気がついた。

女の子と握手するなんて、しばらくなかったことだった。


こうして、昼休みは終わった。



* * * * *



翌日。

いつものように俺は中庭のベンチに座り、一人で弁当を食べる。


「千博センパ~~~~イ!!」


昨日の子がまたやってきた。


「昨日、サインしてもらった真奈美です」


つい、顔がデレっとしてしまいそうになる。

ここは元作家として威厳を保たなくては。

俺は努めて冷静を装った。


「あぁ、真奈美ちゃん……だっけ?」


「お話していいですか?」


「あぁ……いいよ」


「この本の続編は、いつ出るんですか?」


あちゃ……

そうきたか……

それも結構言われてきたことだった。


「ごめん。続編は出ない。俺はもう、小説は書いていないんだ」


真奈美はきょとんとした顔をする。


「どうしてですか? 続編、読みたいです!」


「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、俺はもう書かないと決めたんだ」


「え~? もったいないですよ! だって、二人の関係がこの後どうなるのか気になるし、それに、なんでこんな事件に巻き込まれたのか、その謎だって明かされていないじゃないですか!」


結構、読み込んでくれているみたいだ。

真奈美の言うことはもっともである。


この本は、始めからシリーズ化を狙って書いたものだった。

だから、ヒーローとヒロインはお互い好き同士なのに思いを伝えられないまま終わっているし、伏線もあえていくつか回収せずに残しておいた。

そういった、続編の余地があるところが編集部に評価されたようで、俺の作品は書籍化が決まったのだった。


「作品、ちゃんと読んでくれてありがとう。続きを読みたいと言ってくれるのは作者冥利につきるよ」


「ちゃんと書いてくださいね!」


「いや……それは……」


出版社の方からも、続編の依頼は来ていた。

しかし、俺の事情でそれは断っていた。


「なんで書かないんですか!」


「……まぁ、俺にもいろいろあって……」


真奈美は、ふくれっ面になっていた。

そんな顔もかわいいと思った。

しかし、こんなにも続編を期待されているにも関わらず、書かないと言い張ることへの罪悪感も生まれてきた。

話題を変えよう。


「ところでさ、真奈美ちゃん。前に会ったことある?」


「え? ないですよ。昨日、初めて会ったんですよ」


「だよな……」


真奈美の顔を見ていると、なんとなく既視感を覚えるのだが……

確かに、俺はこの子に会ったことはない。

けれども……


話題を変えたつもりだったが、結局は続編を書いてほしいという話題に戻ってしまい、「書かない」「どうしてですか」の無限ループにはまってしまった。


「真奈美ちゃん、お昼、まだなんだろ? ほら、早く教室に帰りなよ」


真奈美はむっとした表情で教室に帰っていった。

ふぅ……

しつこかったな……



* * * * *


その翌日。

もしやとは思っていたが、やはりそうだった。

お昼に真奈美が現れたのだ。

今日はなんと、弁当を持参している。


「千博先輩! 一緒にご飯食べましょ!」


「おいおい、クラスに友達いるだろ? 一緒に弁当食べないと、女子の世界では仲間はずれにされたりするんじゃないの?」


「うふ。心配してくれてありがとう。だいじょうぶ! 私、そんなにべったりした友達とかいないから」


「いやいや、クラスの友達は大事にしておけよ」


「じゃあ、なんで千博先輩は一人で食べているんですか?」


痛いところを突かれた。


「まぁ、俺は……いろいろあって、一人がいいんだよ」


「ふ~ん……じゃあ、私もいろいろあって、先輩と一緒に食べたいです。では、いただきま~す」


そう言うと、真奈美は俺の横に座って弁当の包みを開き、食べ始めた。


「見てください。私のお弁当、おいしそうでしょ? 毎日、自分で作っているんですよ!」


「そ、そうなんだ……じょうずだね……」


なんだか、真奈美のペースに飲まれてしまっている自分がいた。

中庭は人通りは少ないが、それでもたまに誰かが歩いていて、俺たちの方をジロジロと見てくる。


「さて、聞かせてください。どうして続きを書かないんですか? ネタ切れですか?」


「失礼な! ちゃんと考えてはあるさ」


「ですよね。じゃあ、書いたらいいじゃないですか。私、読みたいです!」


真奈美は、俺の作品を何度も読み返してくれているらしく、作品の世界観について熱く語ってくれた。

そうこうしているうちに、昼休みは終わってしまった。


「じゃあ、明日も一緒にお弁当、食べましょうね!」


むむむ……

完全に真奈美のペースにはめられている……


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