【授業】

・【授業】


 最初の授業は相方決めの自己紹介及びフリートークとなった。

 全生徒が床に座って、自己紹介する時だけ立つといった感じだ。

 まずは苗字のあいうえお順で自己紹介することになり、最初が宇佐アテナ、つまりマテナとなった。

「初めまして! 宇佐アテナことマテナです! もう相方はナカテンさんがいるので新たにコンビを組むことは無いのですが、それ以外の授業の時は一緒に仲良くお願いします!」

 まあこんな感じでいいんだろうな、と、講師のほうを見て思った。

 一瞬ナカテンって誰だろうみたいな顔をしたが、そこはあとで俺が自ら言えばいいか。

 自己紹介はつつがなく進行し、俺の番になった。

「中村天丼という芸名で大喜利ライブなどに出ています。ナカテンと呼ばれています。マテナとコンビです。よろしくお願いします」

 講師も他の生徒も”コイツかぁ”みたいな表情をしていた。

 ちゃんと伝わったみたいで良かった。 

 さて、俺の次は、あっ、そうか、アイツか。

「二瓶律子です。まさか中学時代のキモ村、あっ、中村天丼って言うんだっけ? キモイ芸名のヤツと一緒になるとはねぇ。まあキモイ手を使って自分より若い子とコンビ組んでるヤツには負けません。よろしくお願いします!」

 そこで何かちょっと周りがウケた。

 多分周りから見ると俺が本当にキモイ手を使って若い女子と組んだヤツに見えているらしい。

 そこをちゃんと指摘したからウケたんだろう。

 というか、そういう笑いでウケる他の生徒ってちょっとレベル低くないか? とか思った。

 まあ事務所に所属できる生徒はほんの一部という話だし、大体の連中は落ちるんだろうな。

 そんなことを考えながら俯いていると、最後にザキユカが自己紹介しだした。

「ちーっす、ザキユカです。あっ、山崎由香です。馴れ合う気無いんで。アタシのライバルはナカテンだけなんで。そういうこと」

 そう言って他の生徒たちを睨んだザキユカ。

 尖りすぎだし、俺を巻き込むな。

 いや巻き込んでくれて良かったのかもしれない。

 どうせ俺も、レベルの低い笑いで笑う連中と馴れ合う気は無いし。

 こんなところで知り合いできなくても、普通に大喜利ライブで知り合いいっぱいいるし。

 フリートークの時は普通にザキユカとマテナと俺で固まって話していた。

 遠くに座っている二瓶が時折こっちを見て、ギャハハハと下品に笑っていたことが不快だったけども、マテナが、

「あんな連中のほうを見ないで私だけ見てください!」

 と言ってきたので、あぁ、俺、向こうばっかり見ていちゃったか、と改めて反省した。

 そろそろ時間も終了といったところで、大群になった二瓶たちがこっちへやって来て、座っている俺たちを見下すようにこう言った。

「キモイ連中は一生ウケないだろうね」

 その二瓶の言葉に大爆笑した二瓶の団体。

 俺は無視しようと思ったが、マテナが心配そうに俺のことを見てきたので、ここはハッキリと言うことにした。

「いや俺はオマエたちよりは面白いから大丈夫だ」

 それに対して二瓶は、

「いや絶対ウケない!」

 と言って笑いながら去っていった。

 いや既に場数を踏んでいる俺がウケないこと無いだろ、と思いつつその時は終わった。

 授業も終わり帰り際にザキユカが、

「ちゃんとナカテンも啖呵を切れて、お母さんも安心しましたぁ」

「いやオマエは俺のお母さんじゃないわ」

 次からは早速、ネタ作りの時間を経て、ネタ見せがあるらしい。

 まあ俺たちはもうネタがあるからいいけども。

 それから時間の経過は何だか早く感じだ。

 平日マテナは高校へ行き、俺はバイトか大喜利ライブ。

 就寝までの時間は二人でネタ作りをして。

 そんな生活をしていたら、すぐに土曜日になった。

 教室にイスや机の類は講師の前にしかない。

 壁はホワイトボードになっている面と鏡になっている面がある。

 講師は基本的にホワイトボードになっている面の前で立ち、授業を行なう。

 まずはネタ作り及びネタ合わせの時間。

 それぞれ教室の外に出てもいいし、何なら施設の外に出てもいい。

 ネタ見せの時間に戻ってくれば、どこで練習してもいいし、そもそも施設もそんな広くないので、外に出ることが基本みたいだ。

 俺とマテナは近くの公園で時間を潰した。

 すると知らない2人組の男性が俺に話しかけてきた。

「キモ村さん、女の前でカッコつけてますね」

 明らかに年下の男性だし、その呼び方は二瓶関係の連中ということだ。

 俺はマテナの手前、ちゃんと言う。

「俺は中村だ」

 するとその男性はそれぞれ、

「うわっ、女の前だからイキッた! キモ!」

「というかマテナちゃんだっけ? そんなヤツと一緒にいるより俺らのグループ入ったほうが面白いよ、絶対」

 それに対してマテナは毅然とした態度で、

「いや! ナカテンさんと一緒のほうが絶対笑いが多いので!」

 と言うと、それに怯んでその男性2人組はその場を去った。

 俺は何だか申し訳なくなり、マテナへ

「ゴメンな、俺のせいで変な連中に絡まれて」

 と言うと、マテナが首を横にブンブン振ってから、

「全然ナカテンさんのせいじゃないです! 気にしないでください!」

 まあ確かに気にしている顔されるのもそれはそれで腹立つだろうし、俺は平常心の意識した。

 とにかく!

「さて! 最後の練習するか!」

 嫌な雲を振り払うように大きな声を出した俺。

 それに共鳴するかのように、

「はい!」

 とマテナも大きな声を出した。

 そして練習も終わり、時間も経過し、俺とマテナは教室に戻っていった。

 ネタ見せは講師が引いたくじの順で行なうことになった。

 まあいつ出ても余裕だなといった感じでいる俺、マテナも。

 ザキユカも余裕そうだった。

 でもザキユカがネタしているところなんて見たことないけどな。大丈夫か、コイツ。そもそも何するんだ?

 最初にネタをしたのは、あの俺たちに絡んできた知らん男性二人組だった。

 内容は漫才。正直カスだった。ありきたりな告白漫才で使い回されたボケばかり。でも一部の連中にはめちゃくちゃウケている。

 特に、二瓶の近くにいる連中にバカウケだ。

 特に、というか、二瓶の近くにいる連中にしかウケていない。

 その瞬間、嫌な雰囲気を察した。

 コイツら、まさか、自分の仲間には笑って、仲間以外に笑わないようにしているのでは。

 その予感は的中してしまった。

 二瓶の近くにいなかったコンビには一切笑わない。

 俺は少し面白かったので、笑ってしまうと、二瓶の近くの連中がバカにするような目でこっちを見た。

 で、他の二瓶軍団が出れば二瓶軍団が笑い、それ以外だと一切笑わない。

 それだけならまあ別に、といったところなのだが、最悪なのが、講師がこのウケ量に左右されて審査コメントを言うところ。

「ウケが少ないということはボケが弱い証拠だ。しっかり作り込め」

 や

「すごい爆笑だったな、期待の新人だ。この調子で頑張れよ」

 と。

 どうやらこの講師には笑いを見る目が無いらしい。

 そんなヤバい環境でザキユカの番になった。

 ザキユカは生徒たちの前に立ち、こう言い始めた。

「振られたお題で偉そうなコントします。お題ください。じゃあそこの笑い軍団、面白いお題よろしく」

 と言って手をそちらに向けると、その中の一人が、

「ゲロ吐き散らし宇宙人」

 というカスのお題を出し、そのお題にまた二瓶軍団が爆笑した。

 全然面白くないだろ、キモイだろ、と思っているとザキユカがコントを始めた。

 偉そうに「俺にゲロを吐かせていいと思っているのか! 早くUFO専用の酔い止めを買ってこい! UFO専用だぞ!」とか言うコントで、そこそこ面白かった。

 というか即興でお題もらってやるコントなんて、よく余裕の状態でいられるな。

 カスみたいなお題でもしっかりネタになっているし。

 結局、ザキユカは二瓶軍団以外で今のところトップ・ウケだ。

 さて、その次は……俺とマテナだった。

 講師が

「師弟関係だぞ」

 と言うと、すぐさま二瓶軍団が、

「コンビ名キモイ」

「おもんなさそう」

「劣等生出た」

 など散々に物言うが、逆によく俺たちのコンビ名覚えているなとも思った。相当粘着質だ。

 俺とマテナは大喜利感を前面に押し出した漫才。

 交互にボケて、交互にツッコんで、その時のそれぞれのウケ具合で微妙にやり取りを変えるという漫才だ。

 二瓶軍団は笑わないが、他の人たちはある程度笑ってくれているのが嬉しい。

 でも基本的に、他の人たちもまだ俺たちに心を許したわけじゃないので、全体的にウケを我慢する傾向があって、まあ低調な印象だった。

 当然講師の言葉も厳しく、

「他の人のネタに対して真摯な対応するような笑いやすい層を笑わせられていない」

 と言った時、正直愕然としてしまった。

 二瓶軍団のことを”他の人のネタに対して真摯な対応するような笑いやすい層”と言ったからだ。

 ダメだ、この講師と思っていると、二瓶軍団の誰かが、

「ネタが荒い」

 と言うと、すぐさま他の連中が、

「というか面白くない」

「演技力が足りない」

「オーラが無い」

 などいろいろ口々に言い始めて、最後に講師が、

「今のは金言として受け取るように」

 と言って最悪だと思った。

 来週は演技の授業をやるらしい。

 でも正直もう養成所には来たくなかった。

 いやしかし所属になるには養成所に行ってアピールしないとダメだからなぁ。

 次の週になり、演技の授業が始まったわけなんだけども、それも良くなかった。

 演技の授業は数人で行ない、ランダムで配役が決まり、一緒に演技するメンバーは講師のくじ引きで決められるのだが、俺の時だけ他の一緒になったメンバーが明らかに手を抜くのだ。

 時にはデカい声を出して俺の喋りを遮ったり、聞こえないフリをしたりと、やりたい放題だ。

 さらには二瓶軍団が前来た時よりも明らかに大勢になっていた。

 完全に二瓶軍団がスクールカースト1位で、俺やザキユカは最下位といった感じだ。

 講師もそのことに対して全然気にすることなく仕事をしているので、本当に嫌になる。

 次の週のダンスの授業はもっと最悪で、俺は元々運動音痴だったので、二瓶軍団からバカにされまくった挙句、

「初めてウケたじゃん」

 と言われて、はらわた煮えくりかえった。

 でもまあ踊れないことは確かに事実なので、それはもう仕方なかった。

 さて、その次の週は大喜利の授業らしい。

 ここは気合を入れて講師にアピールするしかない、と思って、その週の平日から俺は気合マックスで大喜利ライブに出場していた。

 そして当日、大喜利の授業の日になり、俺とマテナは声を掛け合って教室に着いた。

 講師がやけに今日だけはやる気のある声で喋りだした。

「今日は見学の人が後ろにいるけども、まあいつも通りやりましょう」

 後ろを振り返ると、長い前髪にマスクを付けた人がいた。

 俺が言うのも何だか陰気な人で、少し違和感を抱いた。

 まあお笑いをする人は結構極陽気と極陰気しかないし、この教室も最初の頃は陰気が多かったから別にいいか。

 今はその陰気も皆二瓶軍団に入って陽気になっているけども。

 講師はアゴのあたりを触りながら、

「じゃあ今日は大喜利の授業だな、お題は何が良いかな。よしっ、うちのエース・二瓶律子に決めてもらうか」

 もう完全に講師の中では二瓶がエースになっているんだな、と思った。

 確かに二瓶が何かやると、嘘みたいに大勢爆笑する。

 どうやってそんな人望を集めているのか分からないが、とにかくウケる。

 まるで好きな人がちょけたみたいにウケる。

 好きな人がやっているから何でもウケるみたいなウケかたをするんだ。

 二瓶は小首を傾げながら、

「じゃー、いたずら、何をした? かなか?」

 その言葉に二瓶軍団が沸く。

「良いお題じゃん」

「最高だし」

「やっぱ律子さんは天才だな」

 いやどこが? カスお題じゃん。

 拾うべき要素が少なくてパワーワード勝負のお題。

 パワーワードは受け手のセンスによる部分も多いので、受け手が雑魚ならこの大喜利はきっと雑魚の大喜利会になるだろう。

 しかし講師はそんなこと気にする素振りすら見せず、

「じゃあそれで決定な。ライブらしくお題を振る時は《マイク通して言うかな》」

 と講師が実際にマイクを通して喋ると、それに万雷の拍手をした二瓶。

 それに呼応するかのように拍手をしだした二瓶軍団。

 照れ笑いを浮かべる講師。

 そのリアクションから察するに、どうやら講師ももう二瓶軍団のようだった。

 講師は嬉しそうに笑いながら、

《やっぱり律子は場の空気を作るのが上手いな》

 と言った。

 いやいやいや、完全に贔屓してるじゃん。

 もうなんだよ、外れの講師だよ、思った。

 大喜利は何人か組になって答えるらしい。

 その同時にやる相手はまたしてもくじ引きらしい。

 最初に選ばれたのが、俺とザキユカと二瓶と最初のほうに絡んできた若い男性の片割れだった。

《エースと劣等生が当たるとはな》

 と講師が言った時、自分の耳を疑った。

 つい

「劣等生って俺ですかっ?」

 と声に出してしまうと、それに周りがちょっとウケて、

《自覚していることはいいことだぞ》

 と講師が言うと大爆笑が巻き起こった。

 何で俺が劣等生なんだ、とか浮かんだけども全てこの大喜利でひっくり返してやると思って、黙っていると、二瓶が

「ビビって黙ったし」

 と言って笑った。

 講師も腹抱えて笑っている。

 何だよ、これ。

 講師も一緒に笑っているから、中学時代よりも酷いじゃん。

 でもこんなことで俺は折れないぞ、と強い闘志を燃やすとザキユカがグーを俺に差し出してきたので、グータッチしておいた。

《じゃあ一応自己紹介してからやるか、見学の子も来ているから。じゃあ劣等生、やれ》

 マジでぞんざいな扱いだな、と思いつつ、俺は

「サクサクの天ぷらと回答をどんどんあげていきます。中村天丼です。よろしくお願いします」

《ひゅー、寒いねぇ! 次! 次!》

 講師の腕を組んで凍えるポーズで教室が大爆笑。

 笑っていないのはマテナも含めてもう数人だ。

 この教室はほとんどが二瓶軍団になっていた。

「偉そうじゃない。本当に偉いんだよ、クソが。ザキユカだ。とりまよろしく」

《はい次ですね、うちのエース! 二瓶律子!》

 ザキユカも軽々しく飛ばすように扱い、すぐに二瓶になった。

 鳴りやまない拍手、二瓶は何だか慌てているようなクサイ演技をしている。

「ちょっとぉ! ちょっとぉ! ハードルが上がっちゃうからぁ!」

 やっと拍手が止まったところで、

「一生懸命ボケるので笑ってくれると嬉しいなっ、二瓶律子です。滑らないように頑張ります!」

 大喜利ライブの定石で言えば最悪の自己紹介だが、この場ではこれが最高の自己紹介だ。

 またしても拍手が響き渡った。

《さすが全員が認めるエース、二瓶律子だな。次が最後だ。尻上がりに盛り上がる自己紹介をよろしく!》

 いや俺が下がりの最初みたいに言うなよ、まあもういいけども。

「どうも、二瓶律子の一番のナイト、ナイトマン岸です。つまんない連中がいて盛り下がることがあっても! 俺が盛り上げ続ける!」

 またしても二瓶軍団が盛り上がる。

 というかコイツ、ナイトマン岸って言うんだ、クソダサいな。

《じゃあスタート!》

 と言った同時に俺は手を挙げたが、全然俺を当ててくれない。

 こんな妨害までしてくるのかよ、と思っていると、後ろの見学の子が、

「挙げてますよ」

 と講師へ向かって言うと、

《あっ! いや! まずは景気の良い一発から始まったほうがいいかなと思いまして!》

「いや大喜利なんて何から始めてもいいんじゃないんですか?」

《えっとぉ、そうですねぇ……》

 と会話しているタイミングで二瓶が手を挙げたので、

《じゃあまずうちのエースから行きましょう! いたずら、何をした?》

「石投げた!」

 幼稚園児の初めての大喜利かよ、と思っているとこれがもうすごい大爆笑。

 ワックス三丁目の滑ることが一番面白いってなった時のおもんなさじゃん。

 大体笑い終わったところで、改めて手を挙げて、

《じゃあ劣等生、いたずら、何をした》

「落とし穴の中からゆっくり現れた」

 落とし穴の中に事前にいるって何? というボケ。

 いたずらというお題を生かして、ドッキリの時に使われる事柄を使ってボケて、お題の真芯を振ることにした。

 結果は、二瓶軍団以外が笑う感じ。

 それに対して講師は、

《センス無い連中用のボケでしたー》

 と言って、その一言で二瓶軍団が爆笑した。

 何なんだよ、これ、やってもやっても地獄じゃん、と思ったけども、もう精一杯やるしかないので、俺はすぐさま手を挙げた。

 しかしそれはまた無視して、次に手を挙げたザキユカを差し、

《いたずら、何をした》

「トンネル開通式典の話が長い町長をトンネルの中に閉じ込めた」

 いやせっかく開通させたのに、崩しているじゃん。

 そんな悪くないボケだけども、やっぱりウケない。

《やっぱこんなもんだね》

 と講師が言って、最後に手を挙げたナイトマン岸を差した。

「石投げたパート2!」

 何か純粋に滑った。

 こんなホームで純粋に滑ることってあるんだと思った。

 ナイトマン岸はデカい声で、

「空気が悪かった!」

 と叫ぶと、二瓶が、

「あるあるー」

 と言ってナイトマン岸を指差すと、ナイトマン岸はほっこりとした笑顔になって、教室もめちゃくちゃ笑った。

 本当ただただ人望しかないヤツのボケじゃん。

 何も面白くないのに人望だけはあるという。

 でもどうやってその人望を手に入れたのか謎だ。

 あんな最初の頃、尖って見えた陰気な連中まで二瓶軍団と一緒になって笑っている。

 一体どんな裏技があるんだろうか。

 まあそれより自分のことだ、俺はまた手を挙げた。

《じゃあ劣等生、挽回できるか、いたずら、何をした》

 いちいちうるせぇな、と思いつつ、

「長寿の湯を掛けた」

 悪そうなお題は良いこと風にする、というベタな手法。

 でもまあ序盤はこんな感じでもウケる……のは、あくまで普通の大喜利ライブということか。

 二瓶軍団にはウケず、それ以外の人がちょっと笑うだけだった。

 すぐさま二瓶が手を挙げながら、

「尻ぬぐいします!」

 と言い、その一言で「おぉー!」と教室に感嘆の息が響いた。

 いやまだ言っただけだろと思った。

《いたずら、何をした》

「石投げたパート3!」

 またしても大笑いをかっさらった。

 いや2が滑って、3でウケることなんてないだろ。

 えっ? これ高度な笑いなんですか? とか思っているとザキユカが手を挙げて、

《負けてるからなー、いたずら、何をした》

「おもんないことでウケるヤツに石投げた、血まみれだ」

 と酷すぎる回答をして、ちょっと俺は吹き出してしまったが、二瓶軍団はすごい嫌悪の表情になっていた。

 それに対して講師が、

《僻みは良くないぞ。まあ後で僕に謝罪に来ればいいけどね》

 と言いながらザキユカに近付き、肩のあたりを触ると、ザキユカがその手を払いながら、

「触んな、キモイわ」

 と言って教室の空気がとんでもない雰囲気になった。

 しかし見学の子は慌てる様子はなく、じっとこちらを見ていたので、見ているお客さんがいる以上ボケないとと思って手を挙げた。

 でも当然ながら俺を差す声は無かったので、

「ボケますね」

 と言うと、ザキユカが、

「いたずら、何をした」

 とお題を振ってくれたので、すぐさま俺は

「色仕掛けドッキリで陰キャの魂を壺に閉じ込めた」

 その回答の直後だった。

 何故か二瓶軍団のほうが何かザワァというような、妙な空気を出した。

 マジで滑るというよりは何だか核心が突かれたような表情。

 それを見ていたザキユカがすぐさまボケを書き始めて、

「ナカテン、お題振れ」

 と言ってきたので、

「いたずら、何をした」

 と言うとザキユカはニヤニヤしながら、

「エースが色仕掛けで操っている」

 瞬間、少し悲鳴のような声も聞こえた。

 そうか、そうだったのか、二瓶は色仕掛けで人望を得ていたんだ。

 ということは講師も既に色仕掛けで手中に落としているということでは。

 なんて汚いことをするんだ。

 色仕掛けならアイドルになれよ、と良くないことを考えてしまったじゃないか。

 よしっ、それさえ分かれば何も怖くない。

 いやまあ元々そんな怖くなかったけども、理由の汚さが分かれば思い切り軽蔑ができる。

 俺が手を挙げると即ザキユカが、

「いたずら、何をした」

「おばあちゃんのおはぎに陰キャの魂を入れた」

 陰キャの魂を天丼にしたボケ。

 二瓶軍団以外にはトップ・ウケだ。

 この”天丼のフリ”のボケで、ここまでウケたのは嬉しい誤算だ。

 ザキユカがすぐに手を挙げたので、今度は俺が、

「いたずら、何をした」

「講師が『エースみたいにヤラせてくれないかな』と思いながら肩を触る」

 今度はこの回答が二瓶軍団以外に一番ウケた。まあマテナは笑っていなかったけども。引いていたけども。

 また俺が手を挙げて、ザキユカが、

「いたずら、何をした」

「麻婆豆腐の婆を背負い投げした」

 ババアの天丼ボケ。これもウケた。

 ザキユカもまた手を挙げて、

「いたずら、何をした」

「色仕掛けババアが定年を廃止にした」

 今回はどうやらザキユカの勝ちだなと思っていると、講師がデカい声でこう言った。

《根も葉もないこと言うな! 辞めさせるぞ! オマエら!》

 と何故か、俺も含まれている風だったので、ちょっと困惑していると、ザキユカがニヤニヤ笑いながら、

「いやただのボケですけども。そういう分別つかないお笑いのお方ですか?」

《うるさい! うるさぁぁあああああああああああい!》

 と荒らげたタイミングで、かなり良い間で、

「いやうるさいのはオマエだろ」

 と見学の子が声を発した。

 それにハッと口元を抑えた講師。

 見学の子がマスクを外し、髪の毛も外し、って、えっ? カツラだったんだ、というか、その顔は……!

「次のライブで出る子を事前に見に来て良かったな。エースの子、クソつまんないじゃん」

 講師に詰め寄っている見学の子は、片玉プロダクションの正真正銘のエース・電光石火の浩成さんだったのだ。

 講師は慌てて、

《今日は調子が悪いだけで!》

 と言うと、

「いやめちゃくちゃウケてたじゃん、えっ? 色仕掛けってマ? おい、ハッキリ言えよ、志垣」

 そう人差し指で耳を掻きながら、つまんなそうに講師を睨む浩成さん。

《いや、そのぉ、色仕掛けというか、まあ、そういうこともあるのかなぁ、って》

「だから売れない芸人を講師にするのは反対だったんだよ、俺は。志垣なんて同期で一番おもんなかったヤツだから」

 というか何で浩成さんが似潟県にいるんだ。

 主戦場は西京都のはず。

「まあエースも別にいてもいいけどさ、えっと、中村天丼とザキユカもライブに出させてやってよ」

 と言って俺とザキユカを見た。

 というか、

「何かライブあるんですか?」

 と、つい口をついてしまうと、浩成さんが、

「この時点で有望な新人は事務所ライブに呼ばれることもあるんだよね。こんだけ大喜利できればネタもできるだろ、期待してるから。俺も出るから滑らないでね」

 そう言って教室を後にしようとしたその時、最後にまた振り返って、

「志垣、上には連絡しとくから」

 と言うと、講師は焦りながら浩成さんの後ろへ走っていき、

「ちょっと待てよ! 浩成! 違うんだって!」

 と言いながら、浩成さんと一緒に教室の外に出て行ってしまった。

 残された俺たちはどうすればいいか分からず呆然としていると、ザキユカがこう言った。

「マジで色仕掛けしていたのかよ、お笑いの養成所をなんだと思っているんだよ。遊びじゃねぇんだよ。本気じゃねぇヤツは今すぐ去れや、カス」

 さらに二瓶を睨みながら、

「お笑いに命を賭けるヤツしかいらねぇよ、人気者になりたいだけなら別の道に行けや。目障りだ。雑魚」

 すると二瓶は高笑いをあげてから、こう言った。

「本当に面白くない人間が色仕掛けだけでウケると思っているのっ? 私には私の魅力があるからウケてんの! 講師だって私の才能もあって笑っているに決まっているじゃない! 事務所ライブは一緒に運良く出るんでしょ? そこでバキバキにしてやるんだから!」

 それに対して二瓶軍団からはパラパラとした拍手。

 明らかに勢いが衰えていた。

 それに少し怖気づいた二瓶が、

「はい! 盛り上がる!」

 と言うと、一応二瓶軍団全員拍手した。

 一瞬二瓶の”盛り上げる”が、持ち上げるに聞こえたな。

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