【2人ということ】

・【2人ということ】


 ただあの日を境にマテナはしつこく俺へ漫才をしようと言うようになっていった。

 最初は「そうそう」と流していたが、そのしつこさは増していき、俺の”漫才で優勝した嬉しい気持ち”も薄まっていき、また、段々過去のトラウマを色濃く思い出していき、マテナの発言が本域でウザくなってきた。

 これは心地良いウザさじゃなくて、マジのウザさ。

 だって俺は大喜利がやりたくて今の生活をしているんだから。

 大喜利が俺の人生で、それ以外は刺身のツマみたいな存在。

 無くても困らないし、何なら無くて安くなるなら無いほうがいい。これは完全に刺身のツマの話だけども。

「ナカテンさん! そろそろまた漫才やりましょうよ!」

 ほら、また口を開けば、こんな感じだ。

 ちょうど自分の高校が明日から休みになるタイミングで、金曜日の夕方にこんなことを特に言い出すんだ。

「俺はそんなことしている暇無いよ、大喜利ライブは毎週末必ずどこかでやっているんだから」

「でも私、正直大喜利よりも漫才かもしれません。だから漫才を教えてください」

「知らんわ、そんなこと」

 と言っても俺の視界に入ってくる面倒な司会術。

 段々イライラしてきてしまい、俺は少し大きな声で、

「大喜利が忙しいんだよ!」

 と言うと、少しムッとして、口を尖らせたマテナ。

 まあ機嫌の悪いまま放置していけば大丈夫だろ、と思っていると、急にニヤニヤし始めたマテナ。

 何か浮かんだんだろう、このモードに入ると本当にウザい時があるからな。

 即、論破してやろう、そう思って構えていると、マテナが口を開いた。

「というかぁ、大喜利極めてもしょうがないじゃないですかぁ、漫才やりましょうよぉ、日本一になったら売れますよぉ」

 俺はその言葉にカッとなってしまった。怒り心頭とはまさにこのことだと思う。

「大喜利を極めてもしょうがないってどういう意味だよ!」

 一瞬怯んだような身振りを見せたが、すぐさまマテナが応戦する。

「いやでもぉ、大喜利日本一になるためには一回テレビで売れないと今はダメじゃないですかぁ。大喜利だけやっていても天下はきっと取れませんよぉ」

「うるさい! オマエに大喜利の何が分かるんだよ! 俺の邪魔するなら俺の目に映るな! 目障りだ!」

 と言った瞬間に言い過ぎたかもしれない、と思った。

 でもそれよりも早い速度でマテナは無言で家から走って出て行ってしまった。

 やってしまった……のか? いやでもあんなことを言うマテナだって悪いわけだし。

 いやでも24歳が18歳にマジで怒るのも大人げない、いや年齢差なんて関係ない、俺とマテナは対等だから。

 対等だからって、言っていいことと言って悪いことがあるし、言って悪いことを言ったのはむしろマテナのほうだ。

 何であんなことを言うんだ、そんなに俺と一緒に漫才がしたいのか? そんなに俺に魅力はあるのか?

 いや自分の魅力なんて自分で考えても分からないだろうけども、じゃあ俺には何か魅力があったのかなぁ。

 そう思われていたにも関わらず、俺はキレてしまって。

 そもそも何で俺は大喜利だったのだろうか。

 昔の相方に『大喜利だけで有名になってやる』と啖呵を切っただけではない。

 俺は芯から大喜利が好きだった。

 ずっと、ずっと前から。

 でも何故大喜利だったのか。

 学生時代、友達がいなかったから?

 大喜利で友達ができたことが嬉しかったから?

 違う、1人で切り裂いていく姿がカッコ良かったからだ。

 でも今は1人じゃない。

 物理的にも家にマテナがいて。

 そもそもマテナ以外にも切磋琢磨する仲間たちがいて。

 まあその中でも一番仲の良いマテナが物理的に去ってしまった。

 何か上手くいかないな。

 本当に上手くいかないんだ。

 その通りなんだ。

 大喜利だけやっていても、大喜利の日本一にはなれないんだ。

 全部全部、マテナの言う通りなんだ。

 ザキユカもそんなことを言っていて、その度に俺は嫌な顔をしていたっけな。

 要は図星だったんだ。

 理想だけ追いかけても、世界はその理想通りにはできていなんだ。

 今、大喜利最高峰はテレビの中にある。

 それをライブの中にしたいが、ライブの中にしたい人間がそのテレビで天下を獲らなければそうはならないだろう。

 何事も広告塔というモノは必要だ。

 俺がそれになるには、やっぱりテレビの大喜利最高峰に出なければならない。

 そのためには売れないといけない。

 そう、俺は現実逃避をしていた。

 知っている。

 全部全部知っていた。

 大喜利だけやっていればいつかトップに立てるという幻想を勝手に持っていた。

 本気で大喜利に取り組めばそうなると、ずっとずっと思い込もうとしていた。

 でももう現実逃避は止めよう。

 今はチャンスがある状態だ。

 俺のことを慕ってくれる弟子がいて、そいつが漫才をやりたいと言っているんだ。

 その弟子と俺は仲が良いんだ。

 俺なんかのことを尊敬していてくれるんだ。

 そんなチャンス多分早々無いと思う。

 ここを逃したら俺の人生はまた泥沼だ。

 マテナを探しに行こう。

 俺の予測ではきっとあそこにいるから。

 家を出て、電車に乗って、あの公園に着くが、目の見える範囲にはいない。

 でも大体そういうヤツがいるところは分かっている。

 例えば、そう、こんなタコ型の遊具の中に、

「マテナ」

「あっ! ファンですか! はい!」

 そう言いながら遊具の中で横になっていたマテナが上体を起こした。

「マテナ、ファンじゃない。俺だ。中村天丼だ」

「ナカテンさんのフルネーム! えっ! どうしたんですか! 追ってまで叱りに来るなんて……」

 そう言って恐怖に震えだしたマテナ。

 いや

「そうじゃない」

 俺は一旦深呼吸して、隣に座ってから、冷静に喋りだした。

「全てマテナの言う通りだ。大喜利だけやっていても何にもならない。それなのに逆ギレしてしまい、本当に申し訳なかった」

 そう言って頭を下げる俺に、下から覗き込むように見てきたマテナが、

「謝らないでください! というか私の言う通りじゃないです!」

「いやマテナの言う通りなんだ。だからもしマテナが今もさっきと同じ気持ちでいてくれたら、俺と漫才コンビを組んでほしい」

 その言葉に目を丸くしたマテナ。

 俺は続ける。

「今、大喜利日本一はテレビの中にある。だからテレビスターにならなければ日本一にはなれない。そのためには何かで有名にならなければならない。それを考えたら、マテナと一緒に漫才することが一番良いと思う」

「そんな……えっと、ピンネタとか、他の人と組むとか方法がありますよ……」

「いや、マテナが嫌ならばそれでいいんだ」

「嫌じゃないです……ううん! 私はナカテンさんと漫才コンビを組みたいです! ナカテンさんとだったら絶対上へいけます!」

 そう言って俺の手を握ってきたマテナ。

 俺はその手を優しく握り返しながら、

「ありがとう。俺もそう思うよ」

 マテナは握った手を振り払ったので、いや振り払うのかよ、と思った刹那、マテナは強く俺のことを抱きしめてきて、

「これからずっとずっとよろしくお願いしますね!」

 と楽しそうに言った。

 それが何だか気恥ずかしくて、すぐさま離れた。

 ここ公園だし。

 子供に見られたら良くない大人に見られてしまうから。まあ子供よりも子供の保護者に見られたらだけども。

 とにかく

「じゃあ家に帰って早速ネタ作ろうぜ」

「はい!」

「当たり前だけども大喜利もやっていくからな」

「当然です!」

 俺とマテナは一緒に家路に着いた。

 結局俺は元々コンビを組んでいた、という過去の話はしなかった。

 しても意味が無いと思ったからだ。

 どうせ言ったところでマテナは「そんなヤツと比べてないで私だけ見て下さい!」みたいなこと言うだろうし。

 もう過去は過去でいい。

 俺にとって大切なのは現在と未来だ。

 俺はマテナを信じて歩んでいこう。

 マテナの顔を見ていると、トラウマなんてちっぽけなモノだと思えてくる。

 不思議だ。

 今の今まであんなに怖かったのに。

 コンビを組んでしまったら、マテナと不仲になるかもしれないと思っていたのに。

 でもさっきまでの現状、コンビ組まなきゃ不仲になるという逆の状況だったので、何だかその辺のことが反転したらしい。

 まあ何はともあれ気持ちが晴れたことは良いことだ。

 マテナの晴れ晴れとしたこの表情があれば、俺も頑張れるような気がする。

 それから俺たち”師弟関係”は漫才ライブにも出場するようになっていった。

 多少漫才としての繋ぎ目が粗くなったとしても、大喜利感を前面に押し出した漫才をして、大喜利と言えばこのコンビとなっていった。

 こういったイメージ戦略は重要だ。

 漫才がウケればウケるほど、大きな大喜利ライブにも呼ばれるようになっていった。

 ライブは不満無く呼ばれるようになっていった。

 でもまだテレビは出られなくて。

 似潟県は日本で2番目の都道府県で、地域のテレビ番組ながら全国で放送している番組がたくさんある。

 それに出られれば知名度もどんどん上がっていくだろう。

 だから俺とマテナは入りたい事務所の所属を目指すため、養成所に入ることにした。

 養成所は平日コースと土日コースがあって、マテナは高校もあるので土日コースに入った。

 勿論、マテナの父親に連絡して保護者の許可も得た。

 マテナの父親からは「君が保護者ですよ」と言われたが、法律的な保護者でお願いします、と言って許可を得た。

 というわけで、ここ、片玉コメディスクールで事務所所属を目指すぞ!

 と、思って行った初日、そこにはなんとザキユカがいたのだ。

「あっ、ナカテンとマテナじゃん、おつー」

「いや何普通に言ってんだよ、知っていたのかよ、いや俺誰にも言っていないけども。あっ、マテナ言った?」

 と、俺はマテナのほうを見ながら話を振ると、

「いや! ナカテンさんと秘密という話にしていたので、言ってないです!」

 それらに対してザキユカが総括するように柏手を一発叩くと、

「だってアタシも知らなかったし。でもいたからビックリしたー」

「いや全然ビックリしていなかったけども、ザキユカは」

 ザキユカは淡々としながら、

「まさかナカテンとマテナも片玉コメディスクールとはなぁ、大喜利界隈ではアタシだけだと思っていたのに」

「確かに一番の大手ではないけども」

 と俺が相槌を打つと、ザキユカは、

「でも今勢いあるもんな、片玉プロは」

 マテナは嬉しそうに、

「そうですよね! やっぱり今は片玉さんですよね!」

 というか

「何でザキユカが事務所入りを目指すんだよ、オマエそういうのじゃないって言ってたじゃん」

 ザキユカはニヤニヤしながら、

「いや元々アタシはナカテンとコンビ組みたかったぜぇ?」

 それに対して俺は、

「そういうのいいからマジのヤツ言えよ」

 と言うと、ザキユカは面倒臭そうに後ろ頭を掻き、

「まーなぁ、なんというかさ、最近師弟関係は頑張ってるじゃん」

「いや俺らの話はどうでもいいんだよ」

「それでな、何かアタシもちゃんと頑張りたいと思って」

 俺は少々驚きながら、

「えっ? 俺らに触発されたの?」

「そういうキモイ言い方すんなよ、影響受けただけだよ」

「いやそっちのほうがハッキリ言っているような気がするけども」

「というわけで、アタシはアタシで好きにやるけども、ライバルということで切磋琢磨しようぜ」

 と言いながら俺とマテナにそれぞれグーを差し出したので、それぞれグータッチをした。

 というかザキユカが俺らに感化されて事務所入りを目指すって、何か珍しいな。

 ずっと一匹狼でいくんだと思っていたから。

 ……って、俺もか。

 俺もずっと大切なところは1人で生きていくとコンビを解散してから思った。

 でもマテナと出会って変わったんだ。

 2人も悪くないって、むしろ2人のほうがいいって。

 きっとザキユカもマテナのせいで変わったのだろう。

 変わったと言っても、それは好転だと思う。

 ふと思った。

 俺はいつかマテナに恩返しをできるかなって。

 いや師匠らしく、マテナを引っ張っていこうと思ったその時だった。

 前から誰かの声がした。

「あれ? オマエ、キモ村じゃね?」

 キモ村という言葉を聞いた瞬間に、一気に寒気がした。

 キモ村、それは俺が暗黒の中学時代に言われていた呼び名だったから。

「その焦り顔、キモ村じゃん。ヤベェ、目で犯されるわぁ」

 そう言いながらニヤニヤ笑うツインテールの女子。

 顔をしっかり見た時、すぐに分かった。

 二瓶だと。

 何でお笑いの養成所に二瓶がいるんだと思っていると、ザキユカが前にズイッと出てきて、

「キモイのはオマエだろ。アタシはナカテンとマテナと会話してんだよ。勝手に入ってくんな、空気読めや」

 その言葉に怯んだ二瓶は舌打ちしてから去っていった。

 俺はもうあの頃の気持ちになって、体の芯から震えていると、ザキユカが俺の両肩を掴み、

「因縁ある雑魚か?」

 と言ってきたので、なんとか震えが物理的には止まった。

 でも心臓は汗をぐっちょりとかいている。

 一体どうすればいいんだ、とか思ってしまう。

 いやしかしどうにもできないよな、どうにもできないよな、なんて、同じ言葉を心の中で連呼している。

 ザキユカは言う。

「もしかすると、ナカテンが昔言っていた中学時代の女子か?」

 そのタイミングでマテナが、

「あっ、前にオンライン大喜利した時も何かそんなこと言ってた」

 とポツリと呟いた。

 そうだ、そうだな、ここはちゃんとハッキリ言ったほうがいい。

 俺は拳に力を込めて、こう言った。

「アイツは俺が中学時代に告白した二瓶だ、二瓶律子だ」

 ザキユカはアゴのあたりを触りながら、

「あー、ナカテンが昔言っていたクラス全員いる前で返事を返して、さらに罵倒して、1年間イジメてきたヤツねー」

「全部言うじゃん、オマエ」

「だってマテナだって知っておいたほうがいいだろ」

「恥ずかしいだろうよ」

「いいや、恥ずかしいのはナカテンじゃない。そんなことをした二瓶ってヤツに決まってんじゃん」

 そう理路整然といったように、俺の目を見ながら真剣に言ったザキユカ。

 正直ザキユカのこんな表情初めて見たので、心臓がドキッとしてしまったので、目を逸らすと、ザキユカが、

「惚れんなよ」

 と言って笑った。

 いや

「惚れないわ」

 と思っても、まだ心臓がドキドキしていると、マテナが俺の腕を掴んで、

「私は理解しました! アイツには絶対勝ちましょう!」

 マテナはさっきよりもやる気に溢れている瞳をしていた。

 いや大丈夫だ、きっと大丈夫だ、俺はあの時と違って味方もいる。

 頑張ってやっていこう。

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