【マテナの女子ブロック】【漫才の大会】
・
・【マテナの女子ブロック】
・
やっぱりマテナの番を見るって、緊張することだな、と改めて思った。
正直そわそわが止まらない。目も泳ぐ。俺はワックス三丁目か。
マテナたちが司会に呼び込まれて、ステージ上に座り、自己紹介が始まった。
《それでは女子ブロックですね、まずは手前のマテナからよろしくお願いします》
「構ってな! 構ってな! ウザ可愛くありたい、かまってちゃんのマテナです! いぇーい」
立派にお客さんへ向かって、ダブルピースできるところまで成長したことが素直に嬉しい。
あれから何度か大喜利ライブには参加しているし、もう緊張もしていないので、そこは心配無い。俺は緊張しているけども。
あとは、しっかり、心の中の1位を獲れればいいけども。
《それではザキユカお願いします》
「アタシは横柄なんじゃない。実際に偉いんだよ。おい、勝利の美酒用意しときな。ザキユカだ」
そう言ってから手で客席を煽り、お客さんから大声援を引き出したザキユカ。
本当に良くも悪くもお客さんたちもザキユカに慣れている。
内輪が強いと言われればそれまでだけども、やっぱり似潟県の大喜利プレーヤーの中でザキユカは特別な存在なので、人気も高い。
俺も結構頑張っているんだけどもな。
まあ女子ということと、見た目の差かな、と、思うようにして落ち着いた。実力とは思いたくないから。
《最後は斬り早紀ですね》
「はい、貴方のハートという名の敵陣を切り裂く、斬り早紀と言います。よろしくお願いします」
そう言って、いつも通りウィンクと投げキッスをした斬り早紀。
お客さんはちょっとだけ沸いた。
ほんのちょっとだったので、さっきのザキユカとの対比でちょっとウケた。
《それではお題は、中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
まあ体言止めはしやすいし、そもそもコンビ名でボケを終わらせれば何でも体言止めになるし、ボケやすいとは思うが、果たしてウケやすいかどうかと言われると難しいかもしれない。
受け手の感覚に委ねる部分が大きいし。
その分、ビギナーズラックもまま出やすいかもしれない。
いやでもザキユカとかはきっとボケの付け足しで、どんなネタをするかも言うだろうな。
というか、するネタの方向性を先に言って、最後にコンビ名で落とすとか、そっちのほうが自然かな。
最初に挙げたのはマテナだった。
これは俺の教えであり、大喜利の定石。自信が無い時ほど最初に挙げろ、だ。
後になればなるほどハードルが上がるので、とにかく初手で出しておくことは大切なのだ。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「うざうざザウルス」
ちょっとした拍手と笑い。
これはお客さんが優しく出迎えてくれただけなので、マテナには何の手柄にもならないが、まずボケを出せたことに俺は胸をなで下ろした。
次に手を挙げたのは、斬り早紀。恋愛ボケをするキャラだ。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「恋愛イマジネーションズ」
良い感じにダサかったので、結構ウケた。
このダサい感じでやっていくのなら、今日の斬り早紀は結構ウケるかもしれない。
最後に手を挙げたのは、ザキユカ。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「黒光り横柄」
最初は様子見といった感じだ。
序盤はシンプルなほうがウケやすいので、多分その定石に則っているんだと思う。
ザキユカが答えた直後にすぐマテナが手を挙げた。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「構って待って団」
まあまあのウケ。
今回は勝負じゃないので、これくらいのモノが出せれば、それなりに安心して見ていられる。
斬り早紀も早く手を挙げた。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「恋愛自慢」
ダサいなぁ、今日は斬り早紀の日になるかもしれない。
このダサさはマジで強い。
ザキユカは斬り早紀のウケに対して、ちょっと不満げな表情をしながら、手を挙げた。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「おもんないのに客いじりしかしない、いじり稼業」
ここで今のところのトップ・ウケが出た。
というかすぐにこのやるネタの説明とコンビ名のコンビネーションを使ってきた。
多分斬り早紀がウケていなければ、もうちょっと後に出したかもしれないが、斬り早紀がザキユカの予想以上にウケている感じだったから使うタイミングを早めたのだろう。
俺が予想していたよりも早くこのパターンを出してきた。
さて、それに対して斬り早紀、そしてマテナはどうするか。
マテナの前に斬り早紀が手を挙げた。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「ラブ21世紀」
まあ斬り早紀はこれである程度ウケているので、変える必要は無いだろう。
でもマテナはまだノッている感じではない。
だから俺的にはザキユカ方式でボケてほしい気持ちが強いが、果たして。
小首を傾げながらマテナが手を挙げた。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「ツッコミの声をかき消すほどずっとウザい、ヤーヤーヤー」
今までのマテナの中では一番ウケた。
やっぱりマテナはこっちのザキユカ方式のほうが合っていると思う。
ザキユカもマテナに対して、偉そうだが、手でグッドマークを出した。
マテナは嬉しそうにザキユカへ一礼した。
その間に斬り早紀が手を挙げて、お客さんが「えっ、まだ頭下げている途中だけども」みたいな雰囲気になった。
どうやら斬り早紀はもう周りが見えていないらしい。これこそ正当なゾーンってヤツだ。ワックス三丁目とは違う本物のゾーン。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「保健体育」
ここもしっかりウケた斬り早紀。
ずっと中2みたいな回答をしている斬り早紀が、もし印象審査ならちょっとリードか。
ここで斬り早紀のことを少し睨みながら、ザキユカが手を挙げた。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「うんこ座りしながら漫才する、屯の田村田村」
両方とも田村という苗字なんだ、というツッコミが容易にできるな。
ザキユカはいつも通り、安定してウケている。
次はマテナが手を挙げた。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「ウザい店員の役がピカイチ、注文ボタン」
マテナもそこそこウケているので、良かった。
その余韻もそこそこに即斬り早紀が手を挙げた。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「両片思い」
でもまあ段々ウケが弱くはなってきている斬り早紀。
斬り早紀のボケに慣れてきている証拠だ。
本来ならここでボケのパターンを変えるべきだが、まあ斬り早紀にそんな頭脳は無いだろう。
斬り早紀がまた手を挙げて、2連続となった。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「愛の科学室」
完全に飽きられた感じ。
そんな空気に、自信満々そうに手を挙げたザキユカ。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「校長先生真向ディス漫才、売ってんぞ喧嘩」
最低なボケにかなりウケた。
最低すぎるだろ、そのコンビ。
すぐさまザキユカが手を挙げた。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「粗末テスト」
急な変化にお客さんも戸惑いはあったが、ちゃんとウケた。
こういう緩急の付け方がザキユカは巧いし、正直俺は感謝した。
マテナのウケ的に、マテナは長い文章にしないと、少なくても今回のこのお題ではウケないだろう。
でもずっとザキユカがその長いボケをしていると、そっちはそっちで場が慣れてしまう。
そこでザキユカはマテナがウケやすいように、あえて短いボケを放ったんだと思う。
偉そうじゃなくて偉いと言っているが、確かにザキユカは偉いと思う。
マテナが手を挙げた。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「ウザ漫才と言われることが嫌ではある、シュール・ツーバイフォー」
急に出てきたクソダサ単語に結構ウケた。
絶対シュールを志向しているんだけども、ベタとか言われているんだろうな。
斬り早紀が手を挙げた。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「恋のストレートジュース」
まあちょっとしたウケ。
やっぱりこの感じは飽きられているが、斬り早紀はずっと気付かないだろう。
ライブ的には良くないけども、このまま気付かないままでいてほしいとも思う。
そうすればマテナがビリにはならないから。
ザキユカが手を挙げた。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「上から魔眼」
同じ中2っぽいボケでも、ザキユカのほうがウケている。
ザキユカは満足げにニヤニヤした。
すぐに斬り早紀が手を挙げたが、ザキユカは舐め切っているような表情だった。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「アイラブ愛」
まあ斬り早紀はもうこんなもんだろう。
魅せるライブで、これは失速極まりないけども、正直こんな感じだと思う。
また即手を挙げたのはザキユカだった。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「2のBの陰口」
嫌な陰湿感がウケた。
やっぱりザキユカは強いと思っていると、マテナが手を挙げた。
結構熟考していたようだけども、果たして。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「かまってちゃんに優しすぎる先生がコンビを組んでくれました、私たちの教室」
ここでワッと沸いた。
何だかエモい回答だったからだ。
というかここでエモい回答が出るとは誰も思っていなかったので、かなりウケている。
俺は願った。
もう一発エモい回答を出してくれ、と。
今まさにマテナからエモい回答が出ることを望まれている空気。
ここで決定打になるようなエモい回答が出れば、マテナがトップ・ウケになる可能性は十分にある。
果たして、どうなるか、の前に、ほぼ振り要員の斬り早紀が手を挙げた。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「びんびんハートマーク」
ここにきてダサすぎたので、ちょっとウケた。
やっぱり大喜利は前後の回答にも左右される。
巧みなエモい回答を待っている空気で”びんびんハートマーク”はやっぱりちょっと笑ってしまう。
ザキユカも鼻で笑いながら手を挙げた。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「腹下し小僧」
多分ザキユカはマテナからエモい回答が出ると予測して、被らないボケをしたんだと思う。
できるだけマテナの邪魔をしないように、と。
さて、場は整った。
あとはマテナが決めるだけ。
果たしてマテナは気付いているだろうか、そしてボケきれているだろうか。
いや、ここはもう弟子を信じるんだ。
マテナの底力を信じるんだ。
マテナが手を挙げた。
《中学生が即興で組んだ漫才コンビの名前》
「気付いてくれない幼馴染に構ってほしくて結成、ほんのちょっとの勇気」
さっきよりも大きく沸いた。
でもあと少し、あと少し足りなかったな、とは思った。
しかしながら上出来だ、とも思った。
すると、お客さんのウケが弱くなってきたタイミングでザキユカがマテナのほうを見ながら、こう言った。
「コンビ名の由来、相手の男子のほう教えてもらっていないヤツじゃん」
その一言さらにウケた。
拍手笑いまでいったこの一連の流れが、このブロックのトップ・ウケとなって、終了した。
全ブロック終了し、エンディング・トークでザキユカはこう言った。
「うちのブロックのトップ・ウケがマテナだったの、めちゃくちゃ悔しいわ」
マテナは首をブンブン横に振りながら、
「そんなことないです!」
と言うと、ザキユカが、
「勝者が卑下することは失礼なことだから。お客さんに手を振っていればいいんだよ」
と言い、マテナは会釈してからお客さんに手を振ると、みんな歓声を上げてくれた。
ザキユカの助けは確かにあった。
でも、あのマテナのボケが無ければ、最後のあのウケは無かったわけだから、誇ってもいいと思う。
家に帰ったら、たくさん構ってやろうと思った。
・
・【漫才の大会】
・
いつもの生活。
マテナとの日々に慣れきったある日、急にマテナがこんなことを言い出した。
「ナカテンさん! 漫才の大会に出たいです! 一緒に出ましょう!」
突然の、思ってもいない台詞にキョトンとしていると、
「私、もっとナカテンさんとお笑いがしたいので、今度一緒に漫才しましょう!」
漫才、なんて正直したくない。
何故なら俺は昔、漫才コンビを組んでいて、不仲で解散したことがあったからだ。
特に解散直前なんて酷いモノで、舞台中にミスると下がった舞台袖で腹をグーパンしていた。
まあグーパンしてくるのは相方だけだけども、俺も相方がミスった時はだいぶキツイ言葉を使っていたと思う。
とにかく当時は相方が自分の足を引っ張ていると考えてしまっていた。
今考えれば、どっちもどっちだし、そもそも自分も全然至らなかったんだけども。
だから俺はコンビを組むということがトラウマなのだ。
――と説明したほうがいいのか、でもマテナは何も考えずに喋っている可能性があるので、まずはそういう部分は隠して会話したほうがいいかな、と思って俺は、
「いや漫才なんて難しいだろ、作り方も分からないし」
と言って適当に断ろうと思っていると、マテナが、
「いやいや! もっといろんなことに挑戦するべきです! 私と一緒に漫才の頂点を目指しましょう!」
まるで飼い主を見上げる子犬のように、目を輝かせながらそう言ってくるマテナ。
いや急に漫才だなんて言われてもなぁ、と、乗り気ではない感じでそっぽ向くと、
「こっち見てください! ナカテンさん! 騙されたと思って一回出てみてください! 私と!」
結構しつこいなと思い、俺はマテナの目を見ながら、
「いや何でそんなに漫才をやりたいんだよ」
「もっといろんなジャンルでウケたいんです! 私! で、漫才を組むにはやっぱり一番仲良い人がいいと思って!」
「一番仲良い人という括りなのかよ、俺」
マテナは大きく頷いた。
いや師弟関係という話だったのに、いつの間にか本当にただの友達になっちゃってるな。ううん、結構序盤でなっていたけども。
まあマテナが俺と漫才コンビを組みたい理由は分かった。
しかも本気みたいだ。
正直面倒だ。
やることも、説明することも。
さて、どうすればいいかなと悩んでいると、そんなことは露知らずマテナが自分のペースで喋り出した。
「とにかく! 大喜利を羅列する形でいいんで、漫才を作りましょう!」
「いや漫才ってそんな単純なモノじゃないだろ」
「じゃあ天丼とか考えます! でも天丼を考えるのはナカテンさん、得意なんじゃないんですかぁ?」
「まあそうかもしれないけども」
と俺が言った刹那、すぐさま俺の手を握ってきて、
「じゃあそれでいきましょう!」
「それでいくってなんだよ、やること確定なのかよ」
「当たり前じゃないですか! 弟子の願いを叶えるのが師匠じゃないですか!」
「そういう自分の都合で師弟関係に戻すなよ、友達なら対等だろ」
するとマテナが満面の笑みになりながら、
「対等なら水掛け論ですよねっ? 私はずっと漫才したいと言い続けますよっ? いつ折れるかどうか見物ですね!」
「サイコパスの拷問じゃん。じゃあもう分かったよ、ただし一回だけのお試しコンビだからな」
結局過去を説明することが嫌過ぎて、成り行きでお試しコンビを組むことにしてしまった。
というかマテナは言い出したら聞かないからな。
まあさすがに急にマテナと不仲になることもないだろうと思って、組んでもいいかと思った。
と、自分で考えた時、やっぱりマテナと不仲にはなりたくないんだな、と思っている自分を再確認した。
最初だったらどうでもいい相手として組んでいいと思ったかもしれないが、今は大切な存在として組んでいいと思ったんだな、って。
大切。
そう、マテナは大切な存在だ。
この関係がどういう日本語で合っているかどうか分からないけども、とにかく大切な存在なんだ。
そんな大切な存在と不仲にはなりたくない。
じゃあ漫才コンビを組まないほうがいいのか?
そんなことをまたぐるぐる考えだしそうになっていると、マテナが小首を傾げながら、
「何を言ったあとに悩んでいるんですか! まあ入り口はお試しコンビで大丈夫です!」
と言って笑った。
いや
「長い道のりみたいに言うな」
というわけで、今日が2人とも休みということもあり、というかそういう日を狙って言い出したんだろうけども、そのまま漫才を作ることにした。
まあ暇つぶしにはなるだろう。
マテナが嬉しそうにこう言った。
「じゃあ私がやりたいお題を考えていたので、それに大喜利方式でボケを作っていきましょう」
「そのお題ってどういうの?」
と俺が聞くと、マテナが急にファイティングポーズをとりながら、
「大盛りステーキを前にファイティングポーズをとる大食いファイター、で、いきましょう」
「あー、つまりダブルボケということ? ボケるほうが視覚的に分かりやすくしながらお題を振って、で、ボケるほうが一言かますっていう」
「そうです! それでいきましょう!」
「いや元々はダブルボケと考えていなかったのかよ」
マテナは照れ笑いを浮かべながら、後ろ頭を掻いた。
本当に考えてはいなかったんだ、と思いながらも、俺は、
「じゃあこれに対して大喜利でボケていって、最後にまとめて漫才にするわけだな」
「そういうことです!」
「まあ大喜利は好きだからやってやるか」
この漫才の作り方なら喧嘩になりそうな感じもしないし、いいだろう。
マテナは俺の大喜利を好いていてくれているわけだから、変な反論もしてきそうにないし。
俺は咳払いをしてから、
「じゃあ俺ボケるぞ」
と言ったところで、マテナがどこからともなくマイクを取り出して、
《大盛りステーキを前にファイティングポーズをとる大食いファイター》
と、マイク独特のエコー感はあるけども、小声でそう言った。
「いやまあアパートの中だから小声にすることは正解だけども、マイクの意味が無いだろ」
《こっちのほうが司会感が出ていいでしょ》
「いや普通の会話もマイク通すのかよ」
《マイクの練習もしないといけないと思っています》
そう言ってニコニコしているマテナ。
一体何がそんなに楽しいんだという気もするが、まあ楽しいならそれでもいいかとも思った。
「じゃあ答えるぞ」
《大盛りステーキを前にファイティングポーズをとる大食いファイター》
「味覚バカです」
《基本的な滑り出しですね》
「いや審査するなよ、ツッコめよ、どうせなら」
と俺が言うと、マテナは、
《じゃあナカテンさんはとりあえずボケてください。私はナカテンさんのボケを寸評するんで》
「いやダブルボケはダブルツッコミであれよ、ちょっと独特な漫才にするんじゃないよ」
《いいじゃないですか、それも個性で。私って何かツッコミって感じじゃないんですよ》
「まあいいや、ここのディティールにこだわっていてもしょうがないから、今はガンガンやっていくぞ」
と言いながら俺は手を挙げた。
《大盛りステーキを前にファイティングポーズをとる大食いファイター》
何だかマテの嬉々とした声で、ちょっと恥ずかしくなってきた。
そんなに一緒に漫才を作ろうとすることが楽しいのか。
それならまあいいか。
俺は答えた。
「最初から味変でいきます」
《これは失礼ボケですね》
「いやそうじゃなくてもうハッキリと『失礼だろ』ってツッコめよ、評論家口調やめろよ」
《まあ私のことはどうでもいいとして、どんどんボケて言ってください》
そんな普通の言葉もマイク通して喋るんだと思いつつ、俺はまたすぐに手を挙げた。
《大盛りステーキを前にファイティングポーズをとる大食いファイター》
「あと3人用意してください」
《ベタながら序盤はそれでいいでしょう》
「一応交互にボケるという設定なんだろ? 評論したあと自分でボケるのハードル上がってしょうがないぞ」
俺がそう諭すように言うと、マテナが少し悩んでから、
《ハードルを全てくぐっていくようなボケをしたいと思っています》
「それじゃダメだろ、もっと自分も大喜利がしたいという欲を出せよ」
《まあこの辺の会話もそのまま採用にしちゃいましょう》
「いやあとでちゃんと整えるわ」
と俺がツッコむと、マテナは口角を上げながら、
《ナカテンさんはちゃんとツッコミできていますよ! ささっ! ボケてボケて!》
「何だよ、その司会術。全然上手くないからな」
《大盛りステーキを前にファイティングポーズをとる大食いファイター》
いや勝手に言い出すなよ、と思いつつも、俺は一応一回手を挙げてから喋りだした。
「残した記念の写真撮影」
《残しているのにファイティングポーズというギャップボケですね》
「いやまあ評論することができるだけボケを考えられるようになったことはいいことだけども」
《そんな師匠みたいなツッコミしないでくださいよ》
と、顔をプィッとそっぽを向けながら、マテナが言ったので、
「いや師匠なんだよ!」
と強めにツッコんだ。
一体どんな漫才を作り上げようとしているんだ、本当にマジで整える作業はちゃんとあとでやったほうがいいな。
俺がまた手を挙げようとすると、マテナが、
《情景を描写したボケもいいですけども、基本は台詞になっているボケですからね》
「いや俺に教えるな、アドバイスしてくるな」
《大盛りステーキを前にファイティングポーズをとる大食いファイター》
「アッパーでステーキを口に飛ばして食べます」
それに対してはマテナはゆったりと拍手をした。
いや
「ツッコむんだよ、大物のような拍手をするんじゃないよ」
《ちゃんとアドバイス通りできて、師匠も嬉しいです》
「いや俺が師匠なんだよ、マイク通して喋っているから本当に師匠の審査員っぽいけども俺が師匠なんだよ」
とツッコんだところで、マテナが首を横に振ってから、
《漫才の時は私だけマイクを使っているわけじゃないので、今のツッコミは本番の漫才の時はカットですね》
「当たり前だろ、ちゃんとカットも加工もするんだよ、漫才にする時は」
《でも私はできるだけ撮って出しでしたいんですよ》
「じゃあ撮って出しを事前に作るなよ」
それに対しては何の反論も無かったので、俺はまた手を挙げた。
《大盛りステーキを前にファイティングポーズをとる大食いファイター》
「既に肉汁だけ拳の中に入ってます」
《気味の悪いホラーボケといったところでしょうか、いいでしょう》
「いいか悪いかじゃなくて、どう面白いかツッコむんだよ。漫才が相乗効果になっていないんだよ」
と言ったところで、マテナがうんうん頷きながら、
《結構私の理想通り進んでいますね、じゃあそろそろオチの強いボケお願いします》
「そんな振り無いだろ、ダメなテレビディレクターじゃん。ちゃんと導いてくれよ」
《どうぞぉぉおおおおお!》
「デカどうぞ一発じゃないんだよ、まあいいよ、もう」
と言いつつ俺は手を挙げると、
《大盛りステーキを前にファイティングポーズをとる大食いファイター》
「猪がステーキになるまで殴りました」
《殴った摩擦で加熱もしたわけですね、乱暴ポイント入りました》
「いらないポイントを俺に加算させるな、乱暴なのはマテナのポジションだろ、何目線だったんだよ。もういいよ」
それに対してマテナは万歳してから、
「すごい! ちゃんと漫才みたいに終わらせた!」
「あっ、マイク通して喋るの止めたんだな」
「今、万歳しているの見えていなかった?」
「いや万歳しているのは見えているけども。じゃあマテナはボケたりしないんだな、ダブルボケじゃないんだな」
と俺が気になっていることを聞くと、マテナは腕を組んで、少し唸ってから、
「今回はこれで結構いい感じだから、ナカテンさんが一方的にボケてもらおうかなぁ」
「じゃあまあどうせ一回だけの即席コンビだからこれでいいか。あとは漫才の形にするため整えるぞ」
それから俺とマテナはまた新しくボケを追加しつつ、漫才らしい形に成形していった。
時間は経過し、ばっちり練習もし、フリーエントリー制の漫才ライブの当日になり、ライブ会場に行き、これから出番の直前となった。
マテナは少々そわそわしている様子を見せながら、俺に話しかけてきた。
「ナカテンさん、緊張しているんじゃないんですかぁ」
「いやマテナが緊張しているんだろ、俺は漫才の真似事とかしたことあるから全然緊張していないぜ」
と、ついポロリと昔に関係することを言ってしまって、自分の中ではハッとしたが、マテナはいつも通りな感じで、
「えっ、したことあるってズルじゃん。ズルしてるじゃん」
「ズルとかじゃないから。ただの経験だから」
マテナは俺の肩を掴んで揺らしながら、
「いや俺たち初めての共同作業だなみたいな空気を練習の時、出しておいて、今更それはズルじゃないですかぁ!」
「そんな結婚式みたいな空気出していないわ。ただまあマテナと初めて漫才することは事実だろ」
「そうですけども、何か勝手に抜け駆けされたぁ!」
「まあ直前でもそうやって声を出せていれば大丈夫だろ。大喜利ライブで場数を踏んだことは無駄じゃない。ちゃんと度胸が据わってきていると思う」
俺が淡々とそう言うとマテナは少し頬を赤らめながら、
「えへへっ」
と言って笑った。
そこはただ笑うだけなんだと思いながら、俺たちは司会から呼び込まれて、舞台上に立った。
「「はいどうも、よろしくお願いします」」
2人できっちりユニゾンさせてスタートした。
俺はいつも漫才をやっているような感じで、スラスラと喋りだした。
「師弟関係です。よろしくお願いします。俺が師匠の中村天丼で」
「私が弟子のマテナです!」
マテナもしっかり声が出ているようで、やっぱり心配ないようだ。
ここからはあの時アドリブでボケていった大喜利を、漫才の形に落とし込んだネタをしっかりするだけだ。
ちょっとだけマテナの笑い待ちができていない時があったけども、それは笑いが起きている証拠でもあるので、気分良く漫才を終わらせることができた。
こんな気分良く漫才を終わらせられたことって初めてかもしれない。
結果はなんと俺たちの師弟関係が優勝をした。
優勝と言っても8組しか出ていないライブだったけども、それでも会場で一番の拍手を受けた時、すごく嬉しかった。
帰り道、マテナはこんなことを言った。
「これから漫才もいいかもしれないですねっ」
その時は俺も、この今の高揚感に合わせて、
「そうだな」
と答えた。
この瞬間は本当にそう思ってしまったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます