【オンライン大喜利】【企画大喜利ライブ】

・【オンライン大喜利】


 マテナとの生活はあっという間に過ぎていき、1ヵ月が経過した。

 特に何か起きるわけでもなく、ただ友達のように会話している。

 師弟関係というかもうハッキリ言ってただの友達だ。

 いることが普通で、いない日々なんてもう考えられなくなっていた。

 そんなある日、全国の大喜利プレーヤーに誘われて、俺はオンライン大喜利をすることになった。

 パソコンのカメラで顔を出して、みんなで趣味で大喜利するだけのヤツ。

 一緒に大喜利する相手は俺が大喜利プレーヤーとしてライブに出る前から、交流のある人たち。

 ネット上で大喜利するコミュニティがあって、その仲間たちといった感じだ。

「今日はよろしくお願いします」

『よろしくお願いします』

『よろー』

『よろおねー』

 まあこんな感じだ。

 俺とは高校生の時からの知り合いで、実際にオフ会で会ったこともあるので、こんな感じだ。

 今の時代はオンラインで顔を出せるようになって、便利な時代だと思う。

 しかしそれを良く思っていないヤツがいた。

 そう、マテナだ。

 俺はマテナと一緒に住んでいるとはザキユカ以外、誰にも言っていないので、マテナには台所のほうで隠れてもらっている。

 勿論、この間、マテナに構うことはできないので、そのことを説明すると、ガックシとあからさまに肩を落としていた。

 さて、この中で一番年上で面倒見の良い肘掛歳三さんがお題を発表した。

『戦車から大勢の人が飛び出してきた、で、いきましょう』

 抽象的なお題。

 まさしく大喜利が好きなヤツのお題といった、不親切なお題だ。

 パワーワードで押し切ってもいいし、何なら全く関係ないことを言ってもいい。

 マテナにはそういう手法は言っていないが、あえてお題に沿わなくてもいい、真芯を強振しなくてもいいお題かもしれない。

 まあここにいるメンバーはかなりの大喜利スケベなので、そんなお題お題を気にしなくていい。

 とりあえず1答しておくか。

「ここがラーメン屋台の通過ルート?」

 ちょっとしたウケ。

 まあガチの勝負じゃないから、そんな考えてボケる必要も無いかな。

『ナイフ一発で負けを認めた黒ひげ危機一髪スタイル』

『やぁりまぁっすー』

『匂いの充満、そのアンチです』

「遅咲き軍はここからが強い」

『こんにちは、移動ケバブ屋さんです……移動ケバブ屋さんです?』

『ステゴロ派』

『戦車の勉強終わりました、これから外装を学びます』

 こんな感じにどんどんボケていったところで、俺の横目に人影が写った。

 マテナだ。

 マテナがお尻歩きしながら俺に近づいてきて、なんと俺の足を自分の足でグイグイと押してきたのだ。

 いやそんな構ってほしいみたいな行動止めてくれよ、とも今はマイク使っているから言えないし。

 ついマテナのほうへ視線をやると、肘掛歳三さんが、

『ナカテンさん、どうしたんですか? 火の消し忘れですか?』

 と言ってきたので、

「いやもう全然、ちょっとした物音です」

 と答えると、マテナが好きな柑橘系の香水をシュッとこっちへ向かって飛ばしてきた。

 いや白山かよ、出禁の多い白山かよ、マジでマテナ、出禁にさせるぞ。

 そのあともまたマテナは足でグイグイ押してきた。

 俺は胡坐をかいて参加していたのだが、だんだんマテナの足が体の中心へやってきて、つい「あっ!」と叫んでしまった。

 すると、一番年下で短いボケばかりする生滝が、

『敵襲か!』

 と叫んだ。

「いや全然そういうのじゃないから」

 と言っても、マテナの足攻撃は止まらず。

 マテナの足は俺の股間のほうに近付いていき、それはいくらなんでもやりすぎだろ、気付いていないのか? と思っていると、急にワックス三丁目がデカい声を出した。

『足の亡霊だぁ!』

 一瞬ビックリしたが、すぐに何のことか分かった。

 それはマテナの足が写りこんでしまったんだ、と。

「あっ、同居人の足だから気にしないで」

 とすぐさま非を認めて、また大喜利に戻ろうとすると、生滝が、

『今の女子の足だった! 絶対女子の足だった!』

 と騒ぎ始めた。

 生滝とはずっと下ネタトークしていた仲なので、生滝がこのモードに入るともう戻らないことは良く知っている。

 肘掛歳三さんは、

『まあまあ、何かいろいろあるんでしょうね、似潟県にいると』

 みたいなことを言ってくれているが、生滝は止まらない。

『顔見せてよ! 同居人の顔を見せてよ!』

「いや同居人は顔出すの嫌がっているから」

 と言った刹那、隣から声がした。

「私はマテナという名前で大喜利している似潟県の大喜利プレーヤーです!」

 その声と重なるくらいのタイミングで生滝が、

『女子がおったぞぉぉおおおおおおおおおおおおお!』

 と叫んだ。

 いや興奮しすぎだろ、生滝。

 ちょっと黙っていたワックス三丁目も、

『いやナカテン、マジかよ』

 と生唾を飲み込む音がした。

 いやオマエの生唾を飲み込む音デカいな、通信を越えてくるなよ。

 そして生滝は止まらない。

『同じ大喜利プレーヤーとして顔を見せてください!』

「いや生滝はほとんどライブに出ないじゃん、同じ大喜利プレーヤーじゃないから」

『でもネットで大喜利はやってるから! オレ先輩だから!』

「マテナもマテナだよ、声を出すなよ」

 と俺はマテナのほうを見ながら、言うと、

「別にいいですよー、私は全然良いんですよー」

 と笑った。

 生滝の興奮はもう止まらない。

『顔見せて! ナカテンの同居人の顔が見たい!』

「顔見たところでなんなんだよ」

『顔によるよぉ!』

「だとしたら何か怖いわ、怖さをハッキリ伝えてくるな」

 と言ったところで、肘掛歳三さんが、

『まあ同居人さんの意思は勿論、ナカテンさんの意思もありますから』

 やっぱり肘掛歳三さんは大人だなと安心していると、一気にマテナが距離を詰めてきて、完全にパソコンのカメラの範囲に顔を入れた、瞬間、

『『カワイイーーーーーーーーーーーーーーーー!』』

 生滝とワックス三丁目が叫んだ。

 ワックス三丁目、オマエもか……いや、ワックス三丁目、オマエもか、って何?

 生滝はもう完全に唾飛ばしながら喋っている。オンラインでも分かる。

『どういう関係というか彼女じゃん! というか若くねっ? でもあれじゃん! ナカテンは女性不信じゃなかったんかよ!』

 生滝に昔の話をされたくなかったので、生滝よりも大きな声で、

「まあいろいろあって! 今は女性と一緒に暮らしています! こちらの! マテナのお父さんも公認なんで大丈夫!」

 ついマテナのお父さんも公認という意味分からん情報も入れてしまったが、これで生滝も収まったか、と思ったが、

『だってナカテン! 中学生時代に同級生から酷い振られ方して以来、異性が嫌いなんだろっ? どういうことだよ!』

 全部言いやがった。

 すぐに全部言いやがった。

 その言葉に俺以上に驚いたのが、マテナだった。

「えっ、異性が嫌いなんですか……?」

「いや! だからいいんだよ! 俺はマテナのこと女子として見てないから、異性として見ていないから一緒に住めてんだよ!」

「そ、そうですか……」

『いやそんなん無いわぁぁあああああああ!』

 生滝がもう体を反りながら渾身のツッコミをしてきた。

 大丈夫か、そんなデカい声というくらいの。

 生滝は一切ペースが落ちず、

『えっ? やってんの? ナカテン、ついにやってんの?』

「ついにとか言うなよ、全然モテていない感を出すなよ」

『だってナカテンは風俗行かないんだろ?』

「普通に風俗とか言い出すなよ」

 と会話していると、ワックス三丁目が、

『僕も風俗は行かないなぁ、潔癖症だから』

「いやオマエの潔癖症トークはこの際いいんだよ! まず風俗をどうこう言うなよ!」

 生滝は何か早口で、

『というかさ! というかさ! いわゆる男女の関係なのっ? それだけ答えて!』

「ちょっと、マジで止めろよ、生滝。そういうのじゃないから。そういう下ネタ言うのマジで止めろよ」

 と俺はちょっとドスの利いた声で言うと、さすがに生滝は黙ったので、俺は畳みかけないと、と思って続ける。

「せっかくマテナが俺の友達だからと思って、顔を出すのも許したのに、そういうこと言うんじゃ何か違うってなるだろ。女子がいたら紳士であれよ」

 それに反省したように俯く生滝とワックス三丁目。

 いやワックス三丁目はそんなアレじゃなかったけども。

 ちょっと重たい空気になってしまったが、肘掛歳三さんが、

『まあまあ、ちょっとハシャイじゃっただけだから、よしっ、じゃあこれからナカテンさんはマテナさんとタッグね、5人で大喜利しましょうか!』

 と言ってくれたので、マテナも俺の隣に座って、

「よろしくお願いします!」

 と言った。

 それに生滝とワックス三丁目は今更恥ずかしそうに会釈した。

 きっと、ちゃんと顔が写って、ハッキリと自分たちへ向けて挨拶されたから、照れてしまったんだと思う。

 基本的に俺も生滝もワックス三丁目も、女性に慣れていない連中だからな。肘掛歳三さんだけは結婚しているけども。

 そのあとは5人で楽しく大喜利をした。

 マテナもしっかり答えられていたので、良かった。


・【企画大喜利ライブ】


 今日は、企画大喜利ライブに呼ばれているので、ライブ会場に向かっていた。

 あれからマテナも何度か大喜利ライブに参加し、場数は踏んでいるが、まだしっかりと勝ててはいない。

 だから本来企画大喜利ライブに参加できるほどのレベルに達していないのだが、俺のコネと、あとは華要員として大喜利ライブに出場できることになった。

 いや今日は出場というよりは出演か。

 あくまで大喜利を魅せるだけのライブなので、優勝者の決定みたいなことは特に無い。

 一応MVPくらいは決めるみたいだけども、主催者がなんとなく判断するみたいな感じだ。

 テーマの決まった大喜利を魅せていくといった感じで、今日は”体言止めナイト”だ。

 ボケは全て体言止めで、名詞で終わるボケをするという日。

 まあ気負わず、楽しむだけのライブだから気持ちは軽い。

 ライブ会場に着くなり、出演する組の説明を受けた。

 今日はコンセプトを持って組のメンバーを決めているらしく、くじ引きではなかった。

 マテナは女子ブロックとして、マテナ・ザキユカ・斬り早紀が出演する。

 俺は歴長いブロックとして、俺・牛山平太、そして似潟県に遠征でやって来たワックス三丁目が出演する。

 ワックス三丁目がゆっくり俺に近付いてきて、

「マテナさん、マジ可愛いっすね。あとでツーショットの写真撮ってもらってもいい?」

「俺に聞くなよ。マテナに了承を受けろよ」

「というかマテナさんに話しかけていいの?」

「普通の大喜利プレーヤーだよ、俺の女とかじゃないから。そして決して俺は反社じゃないし」

 マテナも説明が終わったみたいで、こっちへ手を振りながらやって来た。

 それを見たワックス三丁目は急に高い声で、

「ダメだよ! 眩しすぎだよ!」

 と叫んだ。

 何だよコイツ、相変わらずマジでバカっぽいなと思っていると、マテナから、

「ワックス三丁目さんですよね! ライブ頑張りましょう!」

 と言いながらワックス三丁目の手を握った。

 ワックス三丁目は挙動不審になりながら、

「まっ、まあなっ」

 という意味分からん反応をした。

 いや緊張しすぎだろ。

 まあいいか、

「ワックス三丁目が記念にツーショットの写真撮ってほしいってさ」

 と俺が言うと、ワックス三丁目がすぐさま、

「そういうのはいいよ!」

 と毅然とした態度で叫んだ。

 いやオマエが言い出したんだよ、と思っていると、マテナが、

「えぇー、私は記念に撮りたいですけどねぇー」

 とニヤニヤしながら言っている。

 ワックス三丁目は困惑しながらも、

「じゃっ! じゃあもういいよ!」

 と言いながら、ツーショットを了承した。

 結局、自分のスマホでも撮っていた。

 マテナがザキユカに呼ばれて、そっちのほうへ行くとワックス三丁目が、

「おい! すごい子だな!」

 と言いながら俺の肩を叩いてきた。

「いや何かヤリマンみたいに言うなよ、全然すごくないよ、普通だよ」

「でもグイグイきて! グイグイきて!」

「ほら、オンライン大喜利の時も言ったけども、基本かまってちゃんだから」

「最高じゃん!」

 ワックス三丁目は鼻息が荒かった。

 ちょっとだけ怖かった。

 時間が経過し、ついにライブ開演となった。

 まずトップバッターとして、場を温める要員として、歴長いブロックからライブがスタートした。

《はい、司会者の八代です。まずは歴長いブロックとして、ナカテン、あっ、中村天丼、牛山平太に、今日は隣の福間県からやって来ました、ワックス三丁目です。じゃあ順番に自己紹介どうぞ》

「天丼大好き、サクサクのてんぷらと回答をいっぱいあげます。よろしくお願いします」

 最初なんで飛ばしすぎず、というか飛ばすヤツがいるので、俺は静かにスタートした。

 今回は基本的にはバトルじゃないので、誰か一人が目立ったって別にいい。

 まあ最終的には俺が目立つように回答を頑張るが。

「ほぼ本物の乳牛、牛山平太だモー。今日はよろしくだモー」

 牛山平太もちゃんと抑えた感じで自己紹介をした。

 今だけは、俺たちは振りだから。

 さぁ、暴れろ!

「うぉぉおおおおおおおお! 一丁目! 二丁目! 飛んで! ワックス三丁目だぁぁぁああああ!」

 意味は分からないが勢いはある。

 ただただ声量だけでウケている。

 最初こうやって叫んだくせに、大喜利のボケ自体は静かな訳の分からないヤツ。

 ただ困ると叫び始めるけども。

 さて、叫び始めるとめちゃくちゃ面白いから困らせたいと思っている。

《ではお題はこちら、将棋がアップデートして追加された駒。それでは体言止めナイト、スタートです》

 将棋という要素が基本だが、このアップデートという言葉を上手く使ってもいいかもしれない。

 スマホゲームの更新としても使われるし、最近は価値観のアップデートという言葉を使うこともある。

 まず初手はもらっておこう。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「フェミニズム」

 結構ウケた。

 まあアップデートという言葉を上手く使えたからだろう。

 そのあとすぐさま牛山平太が手を挙げた。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「乳牛が乗っていますというステッカーが貼られた駒」

 赤ちゃんが乗っています、を、強引に乳牛にしたボケ。

 ウケはそこそこくらいだった。

 でもまあ牛山平太は明確な乳牛キャラというモノがあるので、何度も繰り返し乳牛が出現することにより、笑いが増幅する。

 最初はこんなもんだろう。

 さて、ワックス三丁目は大丈夫だろうか、と少し心配してしまう。

 何故ならワックス三丁目は二段階でボケることが得意で、やや体言止めは苦手なほうだと俺は思っているから。

 果たして上手く波に乗れるだろうか。

 勝負の日でもないので、今はちょっとワックス三丁目に気を掛けるか、と思っていると、ワックス三丁目が手を挙げた。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「寿司、刺身が乗っている米」

 と、米を駒というイントネーションで言ったワックス三丁目。

 これは正直牛山平太よりもウケた。

 牛山平太の駒という体言止めを意識しつつの米。

 ただの寿司じゃん、という分かりやすいツッコミもできて、良い感じだ。

 さて、俺はもう少しこの”アップデート”で遊ぶか。俺は挙手した。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「ゲームバランスの調整により、無敵時間が長くなる仕様になった歩」

 これもウケた。

 まあ歩に無敵時間なんて元々無いからな。一番弱いヤツだし。

 それにしてもやっぱりアップデートという言葉を使うことは悪くないみたいだ。

 他のメンバーもあえてなのか、アップデートという言葉を使わずにきてくれているし。

 多分バトルなら牛山平太が俺のアップデートに被せてくるのだろうけども、今日は俺のモノにしてくれている。

 そんな牛山平太が手を挙げた。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「マップ上に牧草、牧草を手に入れた駒は全部牛」

 まあまあウケている。

 体言止めにしたことにより、違和感のあるラストになって、その可笑しさも相まっている感じ。

 本来”牛になる”と言いたいところなんだけども、体言止めだから変に勢いがある。

 ワックス三丁目も手を挙げた。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「寿司、刺身が乗っているヨネ子さん」

 どうやらワックス三丁目のことを不安に思うことは無いみたいだ。杞憂で助かった。

 さぁ、ここから俺もどんどんギアを入れていくか、と思いながら手を挙げた。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「前作・囲碁をプレーしていると使えるようになる碁石」

 囲碁は将棋の前作じゃないだろ、というボケ。

 勿論、ゲームっぽさを意識している。

 そろそろアップデート遊びもキツくなってきたし、さて、どうするか。

 牛山平太よりもワックス三丁目が先に手を挙げた。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「寿司、刺身が乗っているON&ON&ON(オネオネオーン)の米」

 ……ゆるく滑ったな、今。

 いや俺は好きだけども、ちょっと分かりづらいだろ。

 なんというか天丼かますごとに、ちょっとずつ弱くなっていっていることも良くないし。

 牛山平太がすぐに手を挙げた。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「闘牛士、まだ牛の実装はまだだけども先に闘牛士」

 ウケている。

 やっぱりどんなライブでも基本的には分かりやすさが大切だと思う。

 さて、牛山平太もワックス三丁目も長めのボケが多いし、こっちは短めで攻めるか。

 俺は冷静に手を挙げた。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「パワハラ」

 追加されちゃ、増えちゃダメだろというボケ。

 そこそこのウケ。

 まあアップデートボケはそろそろ終わりかな。

 順番で言えば、次はワックス三丁目かなと思ったら、牛山平太が手を挙げた。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「赤い布、まだ牛の実装には至っていませんが、先に赤い布」

 さっきの闘牛士からの繋がりでボケている。

 ウケはそこそこだけども、きっとこれも前振りだろう。

 俺はワックス三丁目も待とうと思って、チラリと見たら、ちょっと目を丸くしてしまった。

 何故ならさっきのちょっとした滑りだけでもうワックス三丁目が慌て始めているのだ。

 明らかに挙動不審に目が泳ぎ、パニックているようだった。

 まあワックス三丁目の住んでいる地域には大喜利ライブが無いから、久々で滑りに慣れなかったんだろう。

 仕方なく、俺がまた手を挙げた。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「飛車角全部」

 お客さんの反応に『アップデートでボケないんだ』というような期待外れ感もちょっとあったけども、さっき”パワハラ”というゆるいアップデートボケをしたおかげで、グラデーションができて、そんな滑るということにはならなかった。

 さて、ここから自由にボケていくか。

 次こそワックス三丁目か、それとも牛山平太か、と思っていると2人とも手を挙げなかった。

 こういう魅せるだけのライブは無音が一番ダメだ。

 勝負ならその沈黙の間さえもスパイスだが、楽しく見てもらうライブで無音は正直面白くない。

 俺はあんまり自信は無いが、すぐに手を挙げた。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「香車2」

 そこそこのウケ。

 まあそこそこ程度にはウケるだろうと思っていたけども、この程度のウケは勝負の場ならいらないな、といった感じ。

 さて、牛山平太はともかくワックス三丁目は、と思っていると、やっと手を挙げた。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「寿司! 刺身の米!」

 あっ、もうワックス三丁目、完全にテンパっているな、と分かった。無論、会場全員。

 困ると叫び始めるが、もう出てきている。

 でもそれはそれでありだと思う。

 ワックス三丁目は叫んで滑る時、めちゃくちゃ面白いから。

 牛山平太のほうを見ると、まだっぽく首を横に振ったので、俺が手を挙げた。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「実物のwi-fi」

 wi-fiは見えないだろ、と簡単にツッコめるボケ。

 まあ俺は悪くない感じだ。

 だが、だが、ワックス三丁目はどうだろうか。

 何だか上の空のような表情で手を挙げた。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「ワックス! オールバックの角!」

 意味分かんなすぎてウケたけども、ワックス三丁目はもう何が何やらという顔だ。

 これはもうワックス三丁目のゾーンと言ってもいいだろう、全然集中はしていないけども。

 多分、ワックス三丁目が意味分かんないこと言えば何でもウケる空気になっている。

 それもこのワックス三丁目のオドオドしつつも、回答する時はデカい声を出す身なりのおかげだ。

 さて、牛山平太は、と思ったところで、手を挙げ、

《将棋がアップデートして追加された駒》

「牛」

 で、爆笑が起きた。

 会場からも「やっと実装された」というような声が聞こえる。

 やっぱりそうだ。

 牛山平太はもうだいぶ前にこのボケを書いていた。

 でも実装されるまで時間が掛かったという演出のため、ここまでボケずに待っていたのだ。

 そのための振りをやらされる俺の身にもなれよ、とも思うが、まあそれも俺への信頼があってのことだろうと思うようにした。

 俺は爆笑のあとに答えたくないので、ちょっと待つと、ワックス三丁目が手を挙げた。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「三丁目の夕日! このあとすぐ!」

 めちゃくちゃウケた。

 もう体言止めじゃないから。

 体言止めじゃないというボケ、誰かすると思っていたけども、この状態のワックス三丁目がするならもうみんな納得だろう。

 もうウケのあとしかないので、俺は仕方なく、浮かんでいたが出さなかった、とっておきを出した。

《将棋がアップデートして追加された駒》

「ブラジル人FW」

 上手く波に乗ってこれも大きめにウケた。

 でもまあこのブロックのトップ・ウケは間違いなく、ワックス三丁目だった。

 ただワックス三丁目のウケは拍手をもらえるウケではないので、多分牛山平太もそこは気持ち的に余裕だっただろう。

 どちらかと言えば、最後拍手ゼロで大ウケになる感じだ。

 そんな感じで俺の歴長いブロックは終了した。

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