【マテナからのお願い】

・【マテナからのお願い】


 居酒屋のバイトが終わり、家へ帰ってきた午後10時。

 夜間のバイトを入れないのは単純に眠いからだ。俺は睡眠が好き。

 なので、SNSの確認もそこそこにシャワー浴びてすぐに寝ようと思ったその時、マテナから連絡が来ていた。

『明日、休日ですよね。明日は私の家の掃除を手伝ってください』

 何故師匠という立場の相手に、家の掃除を……。

 俺は

『何で』

 と返信すると、すぐに返ってきて、

『男手がほしいんです。結構大掛かりな掃除の予定なので』

『他に知り合いはいないのかよ』

『ナカテンさんが一番安心です』

 俺が一番安心か、まあそう思ってくれていることは嬉しいけども、俺が安心じゃないんだよな。

 18歳の高校生の家に単身で乗り込むって、かなりキツイ行為なんだけどな。

 まあザキユカが居ればいいか、と思って、ザキユカにそんなようなことを連絡すると、

『アタシは掃除パス人間。行ったら絶対手伝わないといけなくなるから絶対行かない』

 と絶対を2回も混ぜてきやがった。

 さらにザキユカの追伸として、

『兄貴みたいなテンションで行けばいいじゃん、そもそも』

 と書かれてしまった。

 兄貴みたいなテンションか、まあそう思えばまだ不自然ではないか。

 年齢も6歳違いしかない……いや6歳はまあまあ差があるわ。いないことはないけども。

 俺はまず行きたくない。

 ただし俺が返信して以来、マテナから怒涛の『来てほしい』連絡がきている。

 掃除に男手、まあほしいと言えばほしいか。

 仕方ない、ここは俺が折れよう。

『じゃあ明日な。いつもの公園を待ち合わせ場所にしよう』

『ありがとうございます! 絶対ですね! 絶対ですよ!』

 マテナも絶対2回入れてきやがった、流行ってんのかな、と思いながら、その日はすぐにシャワーを浴びて寝た。

 次の日、待ち合わせ時間の連絡も昨日のうちに来ていたので、その時間に公園へ行くと、マテナがもうそこに待っていた。

 俺が視界に入るなり、マテナは開口一番に、

「ササッ! 気が変わらないうちに行きましょう!」

 と言って俺の腕を引っ張ってきたので、その即座感が怪しく思ってしまい、腰が引けてしまうと、

「今更逃がさないんですからね! 絶対に掃除をさせます!」

「いや何か勢いがすごくて、本当に掃除だけ、だよな?」

 と何らかの罠じゃないかどうか確認すると、

「当たり前ですよ! 掃除だけに決まっているじゃないですか!」

 やたらデカい声で叫んだマテナは、あんまり俺と顔を合わせようとせず、俺を引っ張る。

 何だこの怪しさ、もしや家へ行ったら怖いお兄さん方がいて、脅されるとかあるのか?

 大喜利の師弟関係は犯罪のキッカケ作り? いや犯罪のキッカケ作りで大喜利の師弟関係ってなんだよ。

 しっかり大喜利のライブにも出ちゃってるし、遠回りすぎるだろ。

 でもこのマテナの何か隠している感がめちゃくちゃ気になる。

 俺はもう一押ししておくことにした。

「本当に掃除以外のことは無いんだろうなっ!」

「なっ! 無いです! 掃除してもらうだけです! 本当それだけ! で、ですぅ……」

 先細りになった声、完全にコイツ黒だ、何か隠している。

「マテナ、もし怖いお兄さん方とか部屋で待っていたら、俺はオマエを探し出し、何らかの復讐をするぞ」

「そ! そんなことするわけないじゃないですか! 私のことそう思っていたんですかっ! ……酷い……」

 デカい声のまま責め立ててくると思っていたら、最後は肩を落として俯いた。

 あっ、この路線では本当に無いんだな、と思いつつ、俺は避けていたマテナの顔を見ると、マテナは瞳に大粒の涙を浮かべていた。

 いや!

「なっ! 泣くなよ! 泣くなよ! おい!」

 と心臓をバクバクしながら声を荒らげてしまった俺。

 マテナは首をブンブン横に振ってから、

「まだ泣いてないです!」

 と言いながら、涙を一筋流した。

 うわっ、泣いた……まさか18歳の女子を泣かせてしまうとは……というかこんな簡単に泣くなんて……だって、そう思うじゃん……と、自分の中で言い訳しつつも、何だか鬱になってしまうと、マテナが精一杯の笑顔を振りまきながら、

「そういうことは絶対無いです! 私はナカテンさんのこと好きなんですから! 絶対にそんな悪いことはしません!」

 また絶対を2回言った、流行ってんだな……って、好きって、えっ、好きって言った今? いやでもそれは師匠としてとか、尊敬の好きだろうな、うん、と何か勝手に壁を作った。

 いやだって、18歳の女子が24歳を異性として好きと言うはずないし、18歳の6歳上はだいぶオジサンだから。

「とにかく今は掃除です! 掃除を手伝ってください!」

 そう言って俺の前を歩きだした。

 一瞬”今は”という言葉が引っ掛かったけども、嫌なことを言われて泣くほどの子が俺を犯罪に巻き込もうとしてくるはずがないと思い、もう疑うことは止めた。

 公園から歩いて10分のところに、マテナのアパート、否、マンションがあった。

 結構高層な感じ、玄関にちゃんと人がいるほうのデカいマンションだった。

 本当に親が金持ちなんだろうな、といった感じ。

 マテナは手慣れたようにカードを使って中に入り、エレベーターにもカードをかざして、どんどん中へ進んでいった。

 かなりセキュリティも強めのマンションで、犯罪するためだけに借りるようなマンションではなかった。

 いやまあまだ心の中で疑っちゃっていたけども、もうここまできたらそれは無いな、と思った。

 犯罪するんだったら、もっと安いマンションで、叫び声を上げても誰も来ないようなところがいいはずだ。

 マテナは6階の部屋に住んでいるらしく、601号室にまたカードをかざして、入った。

 入る前から大体分かっていたが、俺の部屋のおよそ3倍ある。いやもっとある。

 ホテルのスイートルームみたいな印象。いやホテルのスイートルーム入ったことないから分からないけども。

 マテナは俺のほうを見ながら、

「じゃあ全部やっていきましょうか!」

 と言って笑った。

 いや

「全部って何だよ、居間とか寝室とかだけじゃないのか」

「私が寝室するので、ナカテンさんは居間を掃除してください。全部綺麗にしてください」

「いやだから全部ってなんだよ、結局トイレ掃除とかやらせるだけだろ? トイレ掃除くらいしてやるから」

「トイレは私がします! 恥ずかしいんで! ナカテンさんは居間を全部お願いします!」

 さっきからずっと全部って言う……絶対よりも全部のほうが流行ってんのか?

 まあとにかく

「この家具も拭くということか?」

「はい、全部です」

「この家具って備え付け?」

「はい、備え付けですよ。備え付けのヤツは特に綺麗にお願いします。テレビとか、棚とか、テーブルもそうですね。乾拭きで大丈夫なので。とにかく全部お願いします」

 何だ、全部掃除するって。

 何で、全部掃除するんだ。

 まるで

「マテナ、こんな良いマンションに住んでいるのに引っ越すのか?」

 俺がそう言うと、マテナは無言で寝室のほうへ行った。

 まさかこんなシンプル無視が横行するとは。

 何かマテナのセキュリティ上、俺に引っ越すかどうか言うのは良くないと考えているのか。

 まあ24歳のオジサンに全部公開する18歳のほうがヤバいから、それはそれでいいけども。

 じゃあ乾拭きのタオルもテーブルの上に置いてあるし、早速掃除でもしていくかな。

 棚は天井まで届いているので、確かに身長の高い男性のほうが掃除しやすい。

 動く棚は動かして、下の埃をとった。

 大体綺麗にし終えると、マテナも寝室から出てきた。

 ただし、段ボールを持って。

「ナカテンさん、寝室の中にある段ボールを一旦、居間に持ってきてくれませんか」

 いや

「引っ越す気満々じゃん」

 と思ったことがそのまま口から出てしまった。

 するとマテナがへへっと笑った。

 何その笑い方と思いつつ、俺は寝室に入ると、寝室はもう備え付けのモノしかないような状態で、絶対引っ越すことが分かった。

 段ボールは3つ、縦に並べて一気に掴むと、全然持てたので、多分服関係のモノしか入っていないと思われる。

 俺はそれを居間に持ってきてから、

「引っ越し業者呼んだら良かったのに」

 と言うと、マテナは眉毛を八の字にしながら、ちょっと会釈した。

 何がそんな困ったりしているんだ。

 俺、変なこと言ってるか? と思っていると、マテナが俺の顔色を伺うように、腰を下げて喋りだした。

「ナカテンさん、ちょっとお話があります」

 変な話であることは察した。

 でもどっち方向だ。

 やっぱり犯罪方向か? それともお金を貸してくれとか、そういう系統の犯罪か?

「なんだよ、マテナ」

 と一応返事したけども、嫌な汗を背中にかき始めた俺。

 正直ちょっと怖い。

 マテナは言いづらそうに口を開いた。

「音楽、夜中に、なんですけども、夜中に音楽掛けて踊っていたら、騒音問題になりまして、ここを出ていけと言われました」

 何その自業自得しかないエピソード。いやもう自業オンリーだけども。

「親にその話をしたら、激怒されてしまいまして、行くあてが無ければ実家に帰ってこいと言われまして」

「じゃあ実家に帰ればいいじゃん、実家のほうがそもそも安心だろうに」

「実家は何か、執事がたくさんで落ち着かないんです」

「そんな金持ちなのかよ」

 執事がたくさんって、そんな野良犬がたむろっているみたいに言うなよ、と思っていると、マテナは少し語気を強めながら、こう言った。

「でも行くあてはあるんです」

「あぁ、良かったじゃん」

 友達の家へ行くんだろうな。

「ナカテンさんの家です」

 ……えっ?

「ナカテンさんの家に居候させてください!」

 そう言って頭を下げたマテナ。

 いやいや、待て待て、マジの待てなだわ。

 もうおもんない駄洒落が浮かぶくらい待ってくれ。

「ナカテンさんしか頼る人いないんです! お願いします!」

「分かった、ザキユカを紹介してやる」

 そう言って俺はすぐさまスマホでザキユカに連絡した。

 すると

『アタシは好きに恋愛したいんでパス。ナカテンはあれだろ? 中学生の時に酷い振られ方して恋愛不信なんだろ? じゃあいいじゃん』

 クソ、アイツ……俺の古傷をえぐりつつ、断ってきやがった……。

 いやでも実際

「まだ他に知り合いの女子いるから、全員に声を掛けるわ!」

 と、何かめちゃくちゃデカい声でマテナに対してそう言うと、マテナは首を優しく横に振って、

「ナカテンさんじゃないと安心しないんで、ナカテンさん、お願いします」

 と言って手を差し出してきた。

 何この告白感、俺は絶対嫌なんだけども。もう犯罪じゃん。それはそれで犯罪じゃん。思っていない方向で犯罪だったじゃん。

 俺は真摯な態度でこう言った。

「18歳の女子高生を24歳のオジサンが家に泊まらせることは犯罪です」

「でも親の許しがあればいいんですよね! だからこれからナカテンさんの家に荷物を置いたら、ナカテンさんの家に私のパパ呼びます!」

 何そのやり口、もう犯罪じゃん、それはそれで犯罪じゃん。

 限りなく犯罪じゃない方向に持っていっているけども、それはそれで犯罪だよ。

 俺はもう無視して帰ろうとすると、

「ナカテンさん、私のカードが無いとマンションから出られないです」

「そういうシステムなんだ」

 俺はポツリと呟いた。

 いやいや、じゃあそれよりも、

「マテナ、男性と一緒に暮らすって危険がいっぱいだぞ。そのことは分かっているのか?」

「男性と一緒に暮らすのは危険かもしれないですけども、私は男性とじゃなくて、ナカテンさんと暮らすので大丈夫です」

「いや俺にそんなどこに安心感があるんだよ」

「今まで会話してきてです!」

 そこまで信用されていると何だか揺らいでしまうところもあって。

 じゃあ分かった。

「とりあえず荷物を持って俺の家まで行ってやるから、そこからそのあとのことは考えるか」

「そうしましょう!」

 俺は段ボールを3つ、マテナは段ボールを1つ持って、マンションを後にした。

 そしてそのまま駅に直行し、最寄りで降りて、俺の家に着いた。

 玄関のところで段ボールだけ床に置いて、立っている俺とマテナ。

 俺はマテナに対して、

「男の一人暮らしだから部屋クサイだろ、居たくないだろ。安心しろ、俺が手当たり次第、女子に連絡するから」

「大丈夫です! 何か豆板醤の香りがして美味しそうです!」

 いやまあ出掛ける前に豆板醤の炒めモノ作ったけども。

 まあ匂いの話はどうでもいいんだ。

「じゃあまず誰から連絡するかな」

 と呟きながらスマホをイジり始めると、そのスマホをバッと取り上げてきたマテナが、

「女子と一緒にいるのに、スマホをイジらないで!」

 とニコニコしながら言ってきた。

 いや

「付き合いたての男女かよ、女子に連絡してマテナの家を探すんだよ」

「というかナカテンさんってそんな女子の知り合い多いんですかっ! ちょっと不潔ですよ!」

「不潔じゃないわ。女子だってモテてる男のほうが、女子の知り合いの多い男子のほうがいいって話じゃないか」

「それは俗説で人それぞれです! ナカテンさんは硬派なほうが合ってます!」

 何だよそれ、まあ実際そんな女子の知り合い多いわけじゃないけども。

 全員大喜利プレーヤーか芸人だけども。

 いやでも

「スマホは返せよ」

「スマホは返しますけども、その前に私、パパに連絡するね」

 と言いながら、俺のスマホで電話番号を打ち始めたので、

「いやそれ俺のスマホ!」

 とオーソドックスにツッコむと、マテナが、

「パパとナカテンさんも連絡先を交換すると良いと思います」

「分かった。それはあとでしてやるから、スマホは返せ」

「そんなに見られちゃいけない写真が入っているんですかぁ?」

 とニヤニヤしながら俺にスマホを返してきたマテナ。

「いやこのタイミングでそのウザさを出してくるな」

「どんな写真が入っているんですか?」

「普通に人と一緒に撮った写真だよ、県外の大喜利プレーヤーと撮った写真」

「県外にも大喜利プレーヤーいるんですね!」

 そう言って何だか喜んだマテナ。

 俺はため息をついてから、こう言った。

「ここ似潟県は日本で2番目の都市だ。当然、1位の西京都にも大喜利プレーヤーはいるし、他の県にもいっぱいいる」

「何だかワクワクしますねぇ!」

 そう言って心が躍っているようなマテナ。

 いやまあ大喜利の話は楽しいが、それよりもまず、

「連絡するから、泊めてくれそうな女子に」

「それよりもまずパパに会ってください!」

「いいよ、大丈夫だよ」

「でも実際、どっちにしろ私のパパに会っておけばナカテンさんの不安も払拭されるかもしれませんよ!」

 ……確かにそうか、マテナと一緒にいる限り、ずっと怪しいオジサン感は付きまとうが、マテナの父親と知り合いになっておけば、いざとなった時、マテナの父親に助けてもらえる。具体的に言うとお巡りさんから怪しまれた時。

「じゃあ分かった、マテナの父親とは一旦会おう。それで俺が大喜利の師匠していることも言うさ。そっちのほうが諸々安心だな」

 俺がそう言うと、マテナはすぐさま自分のスマホで連絡し、電話し始めた。

 何かサラサラと俺の住所を言った時はちょっと怖かったけども、電話も終わり、あとは待つだけといった感じになった。

 何十分後くらいに来るかなと思っていると、チャイムがすぐ鳴った。

 何だろうと思いながら、玄関を開けると、そこには見慣れないオジサンが立っていた。

 するとマテナが、

「パパ! 私のGPS見てすぐ傍にいたんだね!」

「当たり前じゃないか。アテナが新居へ住むと聞いてな」

 新居。

 新居というか俺の家だけども。

 マテナの父親は俺に目をやると、すぐさま頭を下げながら、

「娘をよろしくお願いします」

 と言ってきたので、

「いや何をっ?」

 と、ついタメ口で叫んでしまった。

 するとマテナの父親は、

「同居人としてよろしくお願いします。恋愛は組み合ったら後は流れでみたいなモノなので、フィーリングさえ合えばですね」

 それに対してすぐさまマテナが、

「ちょっとぉ! 恋愛とか止めてよぉ! 私とナカテンさんはまだ師弟関係なんだからぁ!」

 いやその前に、

「組み合ったら後は流れで、って、相撲の八百長メールの一文じゃないですか」

「さすが大喜利プレーヤーさん、ツッコんでくれますね、ハハッ!」

 そう快活に笑ったマテナの父親。

 いや、前面に感じるマテナの父親の明るさはどうでも良くて。

「俺のこと怪しくないですか? ヤバい犯罪者だったらどうするんですか?」

「それもアテナの自己責任ですよ。わたくしの家庭は放任主義ですので。それに」

「……それに?」

「会議室での大喜利、見ていましたよ。頭のキレるお方なんですね、尊敬しますよ」

 ……そういえば、こんなオジサンいたなぁ……そうか、マテナが父親を呼んでいたのか、あの大喜利ライブの時に。

 いや

「だとしてもヤバい人かもしれませんよ?」

「だからそれはもうアテナの自己責任なので。何か困ったことがあったら、こちらに連絡してください」

 そう言ってマテナの父親は俺に名刺を差し出したので、受け取った。

 俺は名刺持っていないから申し訳無いなと思いながら、名刺の文字をなんとなく見ていると、俺は驚いてしまった。

「宇佐せんべい! あの! ハッピーダンスの宇佐せんべいですか!」

「弊社の製品を仰っていただき、ありがとうございます」

「いや! マテナって宇佐せんべいの宇佐なのっ?」

 と俺がマテナのほうを見ながら言うと、

「ウザいの宇佐だと思っていた?」

 と言って笑った。

 いや!

「そうは思っていないわ!」

「私は宇佐せんべいの宇佐なんですよぉ、甘じょっぱいですよぉ」

「宇佐せんべいのハッピーダンスはな!」

 そんな会話をしていると、マテナの父親が、

「おやおや、トークがスウィングして、まさに組み合ったら後は流れで、ですね。優勝争いが掛かったモンゴル人同士の相撲といったところで、失礼します」

「いやそんな唐突の相撲ディスしないでください! 優勝争いしているほうが勝つように手を抜くため、組み合うとか止めてください!」

「そのツッコミがあれば大丈夫ですね」

「いや何がですか!」

 俺のツッコミを聞いて、ニッコリと会釈してからマテナの父親はいなくなった。

 俺の頭の中は、何故か照岩富士と逸岩城の相撲が浮かんでいた。いやもう何故かではないけども。

 というか宇佐せんべいの宇佐か……犯罪じゃないな、パワハラかもしれないけども。

 でもマテナへあった微レ存の不信感も無くなり、俺は何だか急に安心してしまい、胸をなで下ろしている途中にマテナが、

「じゃあ住んでいいよね」

 と言ったので、つい

「ふぁーい」

 と返事してしまうと、マテナが急に俺の手を握りながら、

「はい! 言質とった!」

 俺はビクンと体を波打たせながら、

「ちょっと待った! 違う! 今の返事は何か安心からくるアレ!」

「私に安心してくださったんですね! ありがとうございます!」

「そうじゃなくて! 今のはそもそも『ふぁい』だったじゃん! 『ふぁい』に言質は無いだろ!」

「いや『ふぁい』も全然言質として使えます! 私はこの家から出ませんからね! 無理やり外に出そうとしたら逆に叫び声を上げます!」

 うわっ、ヤダヤダ、その脅し!

 もう力づくとか無理になったじゃん。

 じゃあもう観念するしかないか、と思って、

「まあマテナの出どころも分かったので、住んでもいいとします。布団はまあ客人用があるので、それで寝てください。でも部屋は一つしかないからな」

「むしろ狭いほうが落ち着きます! でも! ナカテンさんは落ち着きませんかねぇっ?」

「落ち着かないに決まっているだろ!」

 女子と二人で生活なんてマジで大丈夫か……特に俺……。

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