【マテナの初戦】

・【マテナの初戦】


 フリーエントリー制のライブ。

 ライブ会場もライブ会場じゃない。公民館の会議室だ。

 500円の参加費を払って、アマチュア・プロ入り混じって大喜利をする。

 フリーの芸人とアマチュアには明確な線引きも無いので、そんなアマチュアという言葉さえも無意味だ。

 やって来るのは、ただの大喜利プレーヤーだけ。

 一応お客さんもやって来るが、大喜利プレーヤーの知り合いだったり、その人もただただ見に来た大喜利プレーヤーだったり、本当に純粋なお客さんは居たり居なかったり。ちなみにお客さんはタダ。

 勿論、キャパが大きくなれば出場者には優勝賞金が用意されて、お客さんもお金を払うようになるんだけども、こういう公民館の会議室での大喜利ライブはこんな感じだ、と、改めてマテナに説明した。

 マテナはお客さんとして何度か大喜利ライブを見に来たことがあったので、大体は理解していた。

 でもアマチュアの境界線のことはよく分かっていなかったみたいだ。全員プロだと思っていたらしい。まあ全員プロでも同義だけど。

 今日は知っているメンバーしか来ていないので、俺は心持ちが楽だ。

 ただマテナは、とチラリと見ると、

「ま、まままま、まあ、気楽に、やりっます……」

「いやそんなガチガチに緊張するなよ」

「そんな、いつも大喜利ライブに来ていたのに……」

「まあ見るとやるのは全然違うからな」

 と会話していると後ろから声がした。

「天丼さん! 今日はよろしくお願いします!」

 主催者のワッキー若村だ。

 俺は振り返って一礼した。

 すぐさまワッキー若村はマテナのほうを見て、

「天丼さんの知り合いですか? お客さんはまだ中に入っちゃダメですよ!」

「いやほら、俺の弟子になりたいとか言ったヤツを連れてくるって言ったじゃん、それがこのマテナのこと」

 するとワッキー若村は驚きながら、

「こんな小さい女の子だったんですね! ビックリしたぁっ! じゃあどうぞどうぞ!」

 といつもの屈託の無い笑顔でマテナを誘導するワッキー若村。

 やっぱりワッキー若村の大喜利ライブが最初で正解だったなと思っていると、マテナが、

「小さくないです! 私はもう18歳ですから!」

 それにワッキー若村は、

「18歳だったんですか! いやお若く見えますね! 最近の方々はっ! ササッ、順番を決めるのでこちらのパイプイスに座っててください!」

 俺もパイプイスに座り、今日参加する大喜利プレーヤーが集まった。

 今日のメンバーは、俺にマテナ、ウシボケの牛山平太に、漫画のように可愛いおじさんこと、どん兵衛、香りの使い手・白山、そして一旦用を足してからやって来ると言っていたザキユカの6人だ。ザキユカはまだ来ていない。

 3人の組を2組作って、上位1名が決勝でタイマンというルールで、審査は見に来たお客さんが全体の印象で評価する。きっと拍手だな、今日の感じだと。

 ワッキー若村が作ってきた手作りのティッシュ箱くじ引きで、組を決めた。

 その結果、俺と牛山平太とどん兵衛が第1組、マテナとザキユカと白山が第2組となった。

 ワッキー若村の小さな大喜利ライブだが、出ているメンバーはなかなかの手練れだ。

 マテナの前で最下位とかカッコ悪いから、しっかりやらないといけないな。

 ワッキー若村は初めて大喜利ライブに参加するマテナへ熱心に説明をしてくださっている。

 それにマテナはしっかりメモしながら聞いていて、本当に真摯だなと思った。

 そうこうしていると、ヤニ臭さ全開のザキユカもやって来て、時間にもなり、開場となった。

 ザキユカ、オーソドックスにタバコ吸ってただけじゃん。

《さぁ、始まりました! ワッキー若村のワイワイライブ! 早速大喜利に参りましょう! 第1組! 中村天丼! 牛山平太! どん兵衛!》

 俺と牛山平太とどん兵衛はホワイトボードが置いてある机の前に座り、ホワイトボードを手に取った。

 さぁ、大喜利ライブはもう審査が始まっている。

 最初から最後まで良い印象を得なければ。

 自己紹介は俺が最初なので、前回みたくホワイトボードに何か書く時間は無い、が、絶対何かしたほうがいいので、

「中村天丼です。今日も挙手とサクサクの天丼をあげまくりたいです」

 といつもの挨拶をした。

 これが何になるわけじゃないけども、いつものヤツなので、一応言った。

 初めて見る人もいるかもしれないので、天丼とはあの天丼だと口頭で伝わるように。

 俺はここでチラリとマテナのほうを見た。

 第2組のメンバーはお客さんと同じ席で試合を見ている、はずなんだけども、マテナはもう完全に上の空になっていた。

 全然俺と目が合わなかった。もうヤバいんじゃないかと思った。

 まあこれ以上マテナを気にしても仕方ないので、試合に集中するか。

「モッ! モッ! マイイィィイイイイイン! お元気乳牛の生まれ変わり! 牛山平太だモー!」

 俺のローテンションとの対比を見せるため、あえてハイテンションのほうで振り切ったんだろう。

 今日の牛山平太はハイテンション・バージョンか、結構キツイな。

 コイツは勢いが乗っているほうが強いから。

「あのっ、僕はどん兵衛って言います。よろしくお願いしマッチョ」

 と、どん兵衛は小太りな体を揺らしながら、申し訳程度にサイドチェストした。

 さて、お題はどんなお題か。

 できれば叫ぶ系以外のお題が良いんだけども。牛山平太のハイテンションを封じるようなお題ならいいんだけども。

《お題は『架空の陸上スポーツを実況してください』です!》

 実況! 完全に叫びお題だ、これはヤバい……もうマテナの心配してられないな。

 まずは先手を打つ。

 叫び系のお題は初手をすぐに出したほうがいい。

 何故なら、叫び系は徐々に叫びに慣れていき、後半は何を答えても薄味になるからだ。

 また最初にしかウケないという笑いもあるので、出せば誰でもウケるボケを俺がもらおう!

《早速手が挙がりました! 中村天丼、どうぞ! 架空の陸上スポーツを実況してください!》

「これはまさに架空の陸上スポーツだぁ!」

 そこそこのウケ。

 架空の陸上スポーツというワードをそのまま使う実況なんてないだろ、スポーツ名を言うだろ、というボケ。

 俺は文字を書く時間が無かったので、叫んでいる実況っぽい人の絵だけ描いて答えた。

 マイク付きのヘッドセットを描けばそれらしく見えるから。

 次からは分かりやすく、ちゃんと文字を書こう。

 あくまでこれは実況というお題なので、言葉、つまり台詞でボケたほうがお題の真芯に当たる。

《はい、牛山平太いきましょう。架空の陸上スポーツを実況してください》

「乳牛が全選手を越えていったぁっ!」

 まずは様子見といった感じに、簡単に乳牛を使っただけのボケ。

 ハイテンションとは言っても、元は冷静沈着な牛山平太なので、この辺はちゃんとしている。最初から飛ばさない。

 どん兵衛はまだ考えているようなので、俺がまた手を挙げた。

《おっ、中村天丼2答目っ、架空の陸上スポーツを実況してください》

「実況も全選手を越えていったぁっ!」

 相手のボケを奪った天丼。

 これは結構ウケた。

 これにすぐさま反応したのが、どん兵衛だった。

《おっ、どん兵衛きました。架空の陸上スポーツを実況してください》

「実況も全選手を越えてWIENER」

 出た、どん兵衛の駄洒落ボケ。しかも英語使い。

 駄洒落をする時、みんなが分かる英語を使うとウケが増幅する。

 しっかりどん兵衛も初手でウケたので、胸をなで下ろしている様子だ。

 さて、そろそろこの天丼も終わりだろう。

 大体、元ネタ含めて3答したらもうそのボケは終了となる。飽きられてしまうから。

《さて、中村天丼早くも3答目だ!》

 ワッキー若村の司会はいつも最初に何か言うので、その間に文字や絵を書き足すことができる。

 つまり、そこを計算して早めに手を挙げて、喋っているうちに書くのだ。

《架空の陸上スポーツを実況してください》

「砲丸100個! コンプリート決まったぁっ!」

 陸上の要素を使ったボケ。

 あと砲丸100個使うスポーツ、後片付けとか大変だろ、とツッコめるボケ。

 このボケもそこそこウケた。なかなか悪くないペースだ。

《さぁ、牛山平太どうぞ、架空の陸上スポーツを実況してください》

「給水所の乳牛! まだ出ず!」

 なんで生絞りなんだよ、もう絞ったヤツ並べておけよ。

 いや俺は心の中でツッコむよりも、自分のことだ。

 だが、その前に、

《どん兵衛の2答目ですね、参りましょう、架空の陸上スポーツを実況してください》

「この焼き肉が焼ける音、これぞジュッジュ競技だぁ!」

 十種競技の駄洒落か、これはWIENERよりはウケていない。

 バカバカしさは悪くないが、もうちょっと流れに合わせたほうがウケるだろう。

 そう、

《はい、中村天丼、いきましょう。架空の陸上スポーツを実況してください》

「給水所の乳牛負けました、焼き肉です」

 『給水所の乳牛負けました』まで考えていたのだが、直前にどん兵衛が焼き肉と答えたので、それを付け足した。

 俺の大喜利はある意味正統法ではない。

 人の答えを聞いて、それに合わせて変化する大喜利。

 一番強い、トップの大喜利プレーヤーはゾーンに入るイメージだが、俺にそこまでの才能は無い。

 だからこそ、こういうズル賢く戦わなければならない。

《それでは牛山平太、架空の陸上スポーツを実況してください》

「乳牛勝ちました! ジャイアントキリングならず!」

 乳牛が王者側なのかよ。

 これは結構ウケてしまって、ちょっと冷や冷やしてきた。

 俺の流れだったのに、否、俺の流れだったからか。

 他人のボケを使ってボケたほうが面白いという、俺の流れだったからこそ、牛山平太にそれを使われた。

 やっぱり牛山平太はどんな状況でも勝利を手繰り寄せようとする”頭”がある、要注意だ。

《はい、どん兵衛いきましょう、架空の陸上スポーツを実況してください》

「タバコの吸い殻飛んだぁ! ヤニ投げの覇者! 圧巻!」

 決して悪くない駄洒落ボケだが、やっぱりウケは悪い。

 どん兵衛は周りの空気に合わせるほうじゃないので、どうも流れが掴めていない感じだ。

 どん兵衛自身も最初に他人のボケを使うという流れに加担したせいで、上手くいっていない。

《それでは中村天丼、架空の陸上スポーツを実況してください》

「ヤニ投げのヤニが陸上レーンまで今回もいったぁ!」

 今回もいくのならば、陸上競技場の造りに問題があるだろ、というボケ。

 元ネタのどん兵衛から比べると、だいぶウケた。

 それにより、俺がどん兵衛に負けることはなくなったといった感じだ。

 お客さんの印象審査なので『あの時のどん兵衛よりウケていたなぁ』と思わせることは重要なのだ。

 さらに審査の時にどん兵衛を思い返した人が、数珠繋ぎで俺を思い出し、じゃあ中村天丼でいいかとなることもあるので、誰かにハッキリと勝っておくということはやっていいことなのだ。

 卑怯だけども、めちゃくちゃ卑怯だけども。

《さぁ、牛山平太、架空の陸上スポーツを実況してください》

「乳牛の喫煙は牛乳が不味くなるのでイエローカードだ!」

 ヤニ流れに、あえてのサッカーボケ、陸上から離れたことを言い始めた。

 そろそろだ、俺が序盤に浮かんだボケを出すタイミングは。

 自信のあるボケが浮かんだからって、すぐに出してはいけない。

 何事もタイミングがあるのだ。

 そうだな、やっぱりここはどん兵衛が流れとは関係無い、全く違うボケをしたタイミングで出すことがいいだろう。

 俺のこのボケも流れには合わないので、流れに合わないボケをする流れで出すことが一番だ。

 と、思っていたら、

《それでは牛山平太、2連続ですね、いきましょう、架空の陸上スポーツを実況してください》

「牛乳棒高跳び! ミルクが弧を描く!」

 ちょうど、牛山平太が違うボケをしたので、ここで出そう。

 牛山平太もヤニをまた使ったら4連続になるから避けたみたいだ。

《中村天丼、参りましょう、架空の陸上スポーツを実況してください》

「必死な人ほど立ち上がったぁ!」

 そもそも座っていたのっ? じゃあそりゃ立つだろ、というボケ。

 これがめちゃくちゃウケた。

 結局、これがトップウケになって、第1組は俺が勝ち上がった。

 満場一致の拍手を受けている時、俺は急に緊張し始めた。

 でも知っている、それは俺の緊張じゃない。

 これからお客さんの前に立つ、マテナ大丈夫かな? の緊張だ。

 俺と牛山平太、どん兵衛は客席に移動し、交代するようにマテナとザキユカと白山がパイプイスに座った。

《それではマテナから自己紹介いきましょう!》

 ワッキー若村が拍手しながら、マテナのほうを向いた。

 しかしマテナは一向に喋ろうとしないので、ワッキー若村が、

《出番ですよ! 自己紹介ですよ! マテナさん!》

 と声を掛けると、あからさまに声を震わせながらマテナが喋りだした。

「えっと、あの、滑らないように頑張ります……マテナです……」

 俺はつい『あっ!』と思ってしまった。

 これは一番やっちゃいけないことなのだ。

 自己紹介で滑るとか、あとはお手柔らかにとかは絶対言っちゃいけない台詞で、これを言うことにより、ウケるとか滑るとか意識しているんだとお客さんが思ってしまい、見る時、お客さんのほうもマテナで緊張してしまうのだ。

 結果、こういうことを言うと逆に一番滑るのだ。

 でもまさかマテナがこんなことを言ってしまうなんて、そこのケアをもっとすれば良かったのだろうか。

 しかしながら俺なんかに師匠になってほしい、と言ってきた時は緊張の欠片も感じなかったので、こういうことは大丈夫なヤツだと思っていた。

 いざとなると違うのか、というか俺にそんな威厳みたいなことを全然感じなかったということか、まあ確かに俺に威圧感は無いけども、コンビニの店員とかに異様に舐められるけども。

《それでは次はザキユカ、どうぞ》

「構ってな! 構ってな! 構ってなのウザ可愛いマテナです! ……って、これマテナの自己紹介のヤツ! アタシはなんもウザくねぇし! 偉いだけ! つーわけで、よろしくぅ」

 そう言いながら、ニヤニヤとピースしたザキユカ。

 というかマジで助かった。

 最初にマテナが自分のキャラを言うことはボケる上で重要だったから。

 ザキユカにはこういう助け合いの精神があるので、助かる。

 まあそれでもマテナに負けるはずがないと思っている、強者の余裕だけど。

《マテナにはそんな自己紹介があったんですねっ、それでは最後、白山お願いします》

「ウケる香水してきたので、絶対勝ちます。勝利の香りを魅せましょう、白山です」

 相変わらずウケる香水って何なんだよ、というようなことを言う白山。

 コイツは要注意だ、本当に要注意人物だ、要注意過ぎて、とあるライブでは出禁になっているからな。

《では第2組のお題はこちら、米山謙信の曲で絶対でてこない歌詞、です!》

 今、人気ナンバーワンのシンガーソングライター・米山謙信の曲で絶対でてこない歌詞か。

 米山謙信自身、奇天烈な歌詞もあるので、それにあえて寄せるか、それとも本当に出てこない言葉で攻めるか。

 ただどっちにしろパワーワード勝負といった感じはする。

 あとはマテナの場合なら、かまってちゃんなアイドルソングの歌詞にすれば「真逆だろ」とか「絶対やんないだろ」などの分かりやすい心の中ツッコミを引き出すことができる。

 ただそれをマテナに伝える術は無いので、果たして自分で気付けるかどうか。

《まずはザキユカいきましょう、米山謙信の曲で絶対でてこない歌詞》

「やわらかく、あまく、木村農園の桃」

 まずはCMソングからいったか、確かにシンガーソングライターは寄せたCMソングは一番作らないだろう。

 最初だけあり、そこそこウケている。

《それでは白山、米山謙信の曲で絶対でてこない歌詞》

「口臭がキツくて悲しくて」

 ほんの少しだけウケた。

 白山は香りをテーマにボケてくる。

 ただそれだけならまだいいんだけども。

《ザキユカ2答目ですね、参りましょう、米山謙信の曲で絶対でてこない歌詞》

「オマエを指図させろ、金はオマエが払え」

 ザキユカの横柄ボケ。

 というかシンガーソングライターでそんな金、金言っているヤツ聞いたことないから。

《白山も2答目ですね、いきましょう、米山謙信の曲で絶対でてこない歌詞》

「お正月もカレーよね!」

 白山はカレーも良く使う。きっと香りが強いからだ。

 ボケのウケはあんまり、だったタイミングで、白山が手を挙げずに、口を開いた。

「ちょっと、滑る香水付けてきちゃったみたいですね」

 それにちょっとウケたお客さん。

 いや滑る香水ってなんだよ、そんなモノ、家に置いておくなよ。

《ザキユカ早くも3答目》

 といったところで早くも3答目、というか、マテナが1答もできていないだけなんだよな。

 大丈夫か、マジで。

《米山謙信の曲で絶対でてこない歌詞》

「大賄賂(おおわいろ)一発くれ」

 賄賂はチマチマもらえよ。長く関係を築けよ。

 というかマジでマテナ大丈夫かと思っていると、ザキユカが、

「マテナ、構ってほしさに無回答は良くないぜ。そういう注目の浴び方は感心しねぇなぁ」

 ここでお客さんも笑った。

 これはザキユカなりの優しさだとは思うけども、正直逆効果だったと思う。

 お客さんも笑ったことにより、もしかしたらマテナは笑われたと思い、怖くなってしまったかもしれない、って。

 今、お客さんが笑ったのは、完全に場が暖かくて優しいという意味なんだが、マテナはそれが分からないかもしれない。

《それでは白山、米山謙信の曲で絶対でてこない歌詞》

「滑る香水付けてきちゃった」

 ここで今日初めてちゃんとウケた白山。

 さて、このまま大喜利だけでノレばいいんだけども、と思った刹那、

「ちょっと空気変えるために部屋に香水充満させますね」

 と言いながら、香水を何回かシュッシュと宙へ向かって飛ばした。

 出た、白山の悪ノリ。

 これで出禁になっているのに、変わらずやるって、ある意味強心臓だな。

 会議室に舞う柑橘系の香りに、一瞬異様な空気になりかけたので、俺はマジでヤバいと思って、ガヤを叫んだ。

「柑橘系と牛乳が合わさって、瀬戸内海ヨーグルトになっちゃうモー!」

 牛山平太の声真似をしながらのこの台詞は、しっかりウケて一気に場が和んだ。

 すぐさま牛山平太が、

「モイーン、今の僕が言ったことにしていいですかー?」

 もウケて、空気がまた整った。

 というか柑橘系の香りが舞ってヤバくなるってマジなんなんだよ、柑橘系は和ませろよ、マジで止めろよ、白山。

 ただお客さんは和んだが、大喜利プレーヤーの場は完全に荒れ、ザキユカは挙げていた手を引っ込めた。

 確かに今ボケるのは無駄打ちだもんなぁ。

 張本人の白山は単純にボケが浮かんでいない様子だ。

 まあ浮かんでいないからこその行動なんだろうけども。

 ちょっとした沈黙が流れて、お客さんの何人かが、俺や牛山平太のほうをチラチラ見てきた。

 いや俺たちはボケないから、とか思っていると、ついにマテナが手を挙げた。

 というかこのタイミングで? 変なクソ根性あるな、マテナって。

《マテナ参りましょう! 米山謙信の曲で絶対でてこない歌詞》 

「彼女できたってホント? えっ? 何系? 何系?」

 マテナの初回答はしっかりウケた。

 いやそんなウザくてチャラいヤツの台詞、絶対歌詞にしないだろ、と、心の中でツッコミやすいボケをしっかり出したのだ。

 ウケたマテナに、しまったという表情をした白山。

 そしてその状況を待っていたザキユカが満を持してといった表情で手を挙げた。

 誰かがハッキリとウケたあとに、それ以上のウケをして印象をかっさらう。

 それが印象審査の基本だが、ウケないといけないので、それは難しいことだ。

 でも、でもだ、それがザキユカなら、

《ザキユカどうぞ、米山謙信の曲で絶対でてこない歌詞》

「f××k ディストピア、ユートピアとsex」

 あまりにも暴力的なパワーワードでかっさらったザキユカが、第2組の勝者になった。

 俺の誤算的嬉しいことと言えば、2位がマテナだったことだ。

 ただし、その1位と2位の差は大差だったけども。

 ザキユカは勝ち残りでそのままパイプイスに座ったまま、そこに俺がやって来て隣に座った。

《それでは決勝戦を始めます! ではそれぞれ自己紹介をどうぞ! まずは中村天丼からどうぞ》

「海老天丼くらいのハード天丼で圧倒します」

 ハード天丼というパワーワードを一発。

 とにかくザキユカが放ったあのパワーワードの印象を消したいから。

《ザキユカも自己紹介どうぞ!》

「f××k ディストピア、ユートピアとsex、ザキユカだ。よろしく」

 またしてもあのパワーワードがウケてしまった。

 これは完全にザキユカの流れだ。ヤバい。

 でもマテナが目の前で見ている。

 師匠が勝たなきゃどうしようもないだろ。

《決勝戦のお題は、UFOから7人の宇宙人が出てきた、です!》

 UFOから宇宙人、つまり何かが出てきたということだ、他の何かが出てもいいだろう。

 また7という数字をイジってもいい。勿論、宇宙人が何かを言ったみたいにしてもいいし、取っ掛かりはたくさんある印象。

 まずは初手をもらう。

《それでは中村天丼いきましょう、UFOから7人の宇宙人が出てきた》

「我々は、宇田宙人(うだそらと)だ」

 それなりのウケ。これでいい。

 誰もが浮かぶ”我々は宇宙人だ”をモジってボケる。

 あと、全員宇田宙人なわけないだろ、とツッコめる。

《ザキユカどうぞ、UFOから7人の宇宙人が出てきた》

「7人の侍に憧れています」

 7の数字をイジってきたか。

 まあまだまだ7という数字はいけるだろうな。

《中村天丼2答目、UFOから7人の宇宙人が出てきた》

「吹き出しの『こんにちは!』も出てきた」

 これは絵で描いた。UFOのお尻から漫画の吹き出しで『こんにちは!』と書いた。

 バカバカしさがあって、結構ウケた。上々の滑り出しだ。

《ザキユカも2答目、UFOから7人の宇宙人が出てきた》

「我々で六大陸を指図していきます」

 横柄ボケがしっかり決まった印象、あと一人余るだろ感もあるし、7人じゃ無理だろ感もある。

 ザキユカは7という数字を取っ掛かりにしているので、俺はあえて被らずいくか。

 なまじザキユカがウケている分、これに勝つ数字ボケがまだ浮かばない。

 変に被せてウケがイマイチだと、一気に負けた感が出てしまうからだ。

《中村天丼いきましょう、良いペースですね、UFOから7人の宇宙人が出てきた》

「同時にトイレに入りたい、ありますか?」

 まあまあウケた。

 順番決めとけよ、とか、UFOの中に無いんかいとか、ツッコミやすいボケだから。

《ザキユカですね、どうぞ、UFOから7人の宇宙人が出てきた》

「オマエを入れてトーナメントに参加させてやる」

 急に宇宙人とトーナメント嫌だな、ウケも順調といった感じか。

 でも相手の順調はこっちの不穏を意味する。

 なんとか、流れを俺に引き寄せたいが。

《中村天丼いきましょう、UFOから7人の宇宙人が出てきた》

「コント:天丼屋」

 これは結構ウケた。

 いや7人グループのお笑いあんまり聞いたこと無いわ、って感じに。

 宇宙人だから知らないのかよ、といった感じに。

《ザキユカどうぞ、UFOから7人の宇宙人が出てきた》

「ラッキーセブンと思ったヤツ、前に出ろ、それがオマエのアンラッキーデイ」

 ちょっとウケが弱くなった印象。

 ここだ、ここが俺のあのボケの出しどころだ。

 ちょっと人数が意味あるボケで、かつ、今のボケには勝てるボケ。

 しっかり印象を稼ごう。

《中村天丼ですね、UFOから7人の宇宙人が出てきた》

「全員先鋒で出たい」

 お客さんが大笑いした。

 みんな弱気なのかよ、という笑い。

 ザキユカの表情も曇って、手が止まった。

 ここは畳みかける。

《おっと、中村天丼、2連続、参りましょう、UFOから7人の宇宙人が出てきた》

「そもそも全員大将の器ではない」

 この天丼に拍手笑いする人もいた。

 大将の器のヤツ、7人いたら1人くらいいろよ、といった感じ。

 ここで俺が勝ちを確信したその時だった。

 ザキユカが自信満々に手を挙げた。

《ザキユカいきましょう、UFOから7人の宇宙人が出てきた》

「f××k ディストピア、ユートピアとsex」

 なんとこのボケがまたしてもウケてしまったのだ。

 このボケの賞味期限長すぎるだろ、と思ったけども、こういうお題を跨いでの天丼は嫌う人もいるので、完全に勝ちが消滅したわけではない。

 俺も起死回生の一手を打たなければ。

《中村天丼どうぞ、UFOから7人の宇宙人が出てきた》

「緊張している時ほど強気に出る。それが母星で学んだこと」

 ザキユカのボケと自分のボケを繋げたようなこのボケは、ザキユカの分も巻き込んで、めちゃくちゃウケた。

 その後、何答かしたけども、そこで時間が終了になり、審査及び結果のフェーズ。

 タイマンなので、最初の俺への拍手で勝者が大体分かる。

 果たして結果は、結果は、俺への万雷の拍手で俺の優勝が決定した。

 6人しかいない大喜利ライブだけども、やっぱり優勝は嬉しい。

 俺はマテナと共に会場を後にし、マテナから今日の感想を目いっぱい聞いた。

 最寄りの駅で別れて、俺は家路に着いた。

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