【相談】【教える】

・【相談】


「いや面白いじゃん、ネタになるから絶対弟子取るべきだろ」

 俺とザキユカの家の間にある、いつもの居酒屋でザキユカに相談すると、すぐにこの答えが返って来た。

「ナカテン、結局18歳ということが気になっているだけなんだろ? そんなん考えるなよ、誰もすぐに淫行だ淫行だって言わねぇよ」

「いや結構言うんだよ、現実社会は。うるさい輩が多いんだよ」

「ナカテンって、あれだろ、藤原ちゃんとは仲良いだろ? 藤原ちゃんは16歳だろ」

「でも男子高校生だから、藤原ちゃんは」

 ジョッキに入った残りのビールをグイっと飲んでから、ザキユカはこう言った。

「今の時代、男子も女子もねぇよ。藤原ちゃんは可愛いんだから、男から狙われてもおかしくねぇわけだよ。多様性知らない? 多様性って言葉」

「いちいち腹立つ言い方すんなよ。いやでも実際問題、現実社会は男子高校生と一緒にいても何も言われないけども、女子高生と一緒にいると何か言ってくんだよ」

「それはポリスがカスなだけじゃん、それなら男子高校生の時にも言ってくるべきじゃん」

「俺にそれを言うなよ」

 ザキユカはデカいゲップをして、口の周りを腕で拭いてから、

「とにかく絶対面白いじゃん、弟子にするって。アタシは絶対弟子にしたほうがいいと思う」

「オマエに相談したことが間違いだったよ」

「ん~、そんなことねぇだろ、弟子にした時、味方が多いほうが得じゃね? アタシはナカテンの味方をしてやる。これって結構強いことだぜ? それこそ古いポリ公には異性の味方って強いんだぜ?」

「ポリスの時点で嫌な言い方しているんだから、ポリ公までいくなよ。まあ味方してくれるのは有難いけども」

 俺はツマミの煮魚を口に入れていると、ザキユカが、

「制服が何か怖かったのか? じゃあアタシが私服で会えって言ってやるから。大丈夫、女は私服になったら年齢分かんないから」

 確かに休日でも制服だったのが何か怖かったのはある。

 それならじゃあ、

「宇佐アテナってヤツはザキユカのことも知っていたから、ちょっとグループチャットにオマエいれるわ。服のこと言ってやって」

「服のことはいくらでも言ってやるけども、アタシをグループチャットに入れると、弟子容認派だからオマエの思惑の逆いくぞ」

「いやもういいや、とりあえず弟子とることにするわ。何かもう曲げない感じのヤツだったし。ただし、ザキユカ、絶対俺の味方でいてくれよ」

 俺がそう言うとザキユカはフフッと笑ってから、

「何だよそれ、プロポーズかよ」

「プロポーズではないよ」

「まあ分かったよ、味方でいてやる。何か困ったことあったら助けてやるから。結局密室で2人っきりでグループチャットしてるのも微妙に怖いんだろ?」

「そうそう、何言い出すか分からないから、とにかく俺は味方がほしいんだよ」

 そんな会話をしながら、俺はザキユカをグループチャットに入れると、すぐさま宇佐アテナから連絡が来た。

『ザキユカさんだ! すごい! ファンです! あの偉そうな大喜利! すごく好きです!』

 すぐさまザキユカはスマホをタップして、

『偉そうじゃなくて、アタシは偉いんだよ。よろしく』

 と打った。

 コイツのふてぶてしさ、マジで頼りになるなと思いつつ、俺はまず服の話を切り出した。

 すると宇佐アテナが、

『女子高生なんで制服が一番可愛いんです! だから私服も全部制服です!』

 と書いてきやがったので、そういうヤツ、本当にいるんだと思った。

 それに対してザキユカはなんと打つのかと思って、待っていると、

『負けた。制服で来い』

「いやおぉおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおい!」

 これは口で出た。

 ザキユカに向かって声を放った。

 それに対してザキユカは、

「しょうがねぇじゃん、制服って可愛いしさぁ」

「何のためにグループチャットへ入れたと思ってるんだよ! オマエの一番の利点、もう死んでんじゃねぇよ!」

「じゃあこうしよう」

 と言ってザキユカが打った文字は、

『ナカテンが大喜利を教える時はアタシも行くから。何か二人っきりだと淫行だと思われるかもしれないから嫌なんだってさ』

「後半の文がいらないから! 有難いけどね! 有難い一文だけどね! 最初は!」

「でもそうじゃん。ハッキリ言わないと伝わらないぜ」

「淫行って文字を18歳に送るなよ! もうそれがセクハラだろ!」

 俺が語気を強めて言うと、

「アップデートし過ぎオジサンじゃん」

 と言ってザキユカが笑った。

「いや今の時代、アップデートし過ぎくらいがちょうどいいんだよ」

 と会話していると、宇佐アテナからチャットが来た。

『分かりました。本当は2人っきりが良かったですけども、ザキユカさんの話も聞きたいので、逆に嬉しいです』

 良かった。

 淫行のくだり無視してくれている、と思っていると、

『淫行ナシ、アタシアリ』

 というザキユカの文字が出現した。

「いや、マジで淫行はナシだけども書かなくていいから。マジで女性から女性もセクハラなんだよ」

「アップデートしてんね! 生もう一杯!」

「いやどんなタイミングで注文してるんだよ」

 結局、宇佐アテナは淫行には一切触れず、グループチャットは一旦終了した。

 本当にザキユカに助けてもらえる時は来るのだろうか。いやまあ助かったと言えば助かったけども。


・【教える】


 今日は宇佐アテナに大喜利を教える日。

 実は午後には早速実戦が入っている。

 まず慣れろといったところだ。

 フリーエントリー制で、参加者が500円払って参加するようなアマチュアのライブだ。

 とはいえプロだって参加していいので、プロがやって来る時もある。

 俺は一応プロとして参加している。

 まあ事務所に所属していないフリーで、お笑いで生計を立てているわけじゃないので、アマチュアと全く同義だけども。

 普通にバイト生活の俺、ザキユカだってそうだ。

 売れない芸人を雇うことが趣味の飲食店って結構あるので、俺もザキユカもそういうところでバイトしている。

 ……つい俺は自分の考えていることから数珠繋ぎでいろんなことを考えてしまうな、まあザキユカも宇佐アテナもいなくて暇だから、いろいろ考えてしまうんだろうな。

 だからこそ大喜利スタイルも考える型なんだけども。ただ、こう数珠繋ぎで考えていると、何だかわびしいほうへいってしまうから本当は止めたいんだけども。

 生計立てられずバイトまでいくと悲しくなるんだけども。でも自分で考えているのだから仕方ない。どんどん繋げて考えてしまう俺の性格が悪いんだ。

 さて、どうやらまず宇佐アテナのほうが先に来たようだ。この公園に。そう、公園。

 俺と宇佐アテナが会話していた公園の、机のあるテーブル席が今日の集合場所だ。

 朝の早い時間帯で、まだ子供もいないので、ここでじっくり大喜利を教えるわけだ。

 ファミレスで教えられたらそれが一番いいのだが、なんせ金が無くて、バイトで生計を立てていて、いや良くない良くない。

 この思考回路は良くない。また鬱になってしまうところだった。

 俺は脳内で物事を考えすぎるきらいがある。まあそこが一長一短の性格というヤツなんだけどな。

「ナカテンさん! 今日はよろしくお願いします!」

 宇佐アテナが頭を下げながら、快活にそう言った。

 俺は座りながら適当に手でイスへ促すと、宇佐アテナは俺の手が指し示した正面じゃなくて、俺の隣に座り、

「こう座るとカップルみたいで楽しげですよね!」

 と言って笑った。

 いや

「カップルみたいじゃダメだろ、俺の社会性が死ぬだろ」

「でもこっちのほうが家庭教師みたいで禁断の愛が生まれそうじゃないですか、何だか素敵!」

「禁断の愛を生ませたいんかい。いや年齢的に絶対アウトだけども」

「ただそれっぽいって言ってるだけじゃないですかぁ、もぅ~」

 そう言いながら肘で俺の脇腹をついてきた宇佐アテナ。

 やっぱりコイツ、ちょいちょいウザいな。ウザナと呼ばれていただけあるな。

 というか

「俺、一応宇佐アテナの師匠ということになるんだから、そんなウザいアクションするなよ」

「そこは友達関係みたいな感じでいけたら楽しいですよね!」

「それは多分俺から言う台詞で、宇佐アテナから言う台詞じゃないんだよ」

「それよりも宇佐アテナってフルネームやめてくださいよ、マテナとかウザナとかあるじゃないですか、私」

 いやその両方、半ディスりだろ。両方悪口の欠片を核に入れてるだろ。

 じゃあまあ、

「宇佐な、宇佐、これから宇佐って呼ぶから」

 俺が吐き捨てるようにそう言うと、宇佐アテナ、というか宇佐はう~んと唸ってから、

「まだ距離が遠いなぁ、もう一声! もう一声するとこ見てみたい!」

 と宇佐が言ったところで、後ろからザキユカの声がして、

「もう一声して禁断の愛か?」

 と言ったので俺はそっちを振り返りながら、

「そのくだりはもう終わったよ」

 ザキユカは俺の対面に座って、

「どういうトークすればそうなるんだよ、アタシの指図を待てよ」

「そもそもザキユカに指図されたくないわ」

「いやアタシの指図、最高だから。アタシにとって」

「じゃあもう完全にエゴの指図じゃん、やめてくれよ」

 そんな中身の無いトークをザキユカとしていると、宇佐が急に俺の頬をつねってきて、

「基本は私のターンですから!」

 いや

「言葉で言えば分かるから。というか弟子が師匠に向かってつねるとか無いだろ」

「あります! 今の若い師匠と弟子の関係はつねりアリです!」

 と宇佐が声を上げると、ザキユカが、

「こりゃ一本とられたな、ナカテン」

 と言ってきたので、俺は呆れながら、

「どっちも何も上手いこと言っていないんだよ。俺は一体何を一本とられたんだよ」

 それに対してザキユカは即座に、

「チンコじゃね?」

 いや!

「そういう発言すんじゃねぇよ!」

 と俺は声を荒らげると、宇佐が、

「いやそれくらい大丈夫ですよっ、私は小学生の頃、コロコロコミック派でしたからっ」

 と言って笑った。

 いやコロコロコミックは確かにチンコ出がちだけども、18歳なってからのチンコは嫌だろ、と言いすぎるのもキモイので、ここはもうこれでスルーして、

「じゃあ早速、大喜利の基本を教えるか」

 と言ったところで、宇佐が、

「というかここで勉強会するんですか? 勉強会って言ったら普通ファミレスですよね?」

 と金銭面の話を出してきたので、いや、金銭面の話では無いだけども、そこに触れる話をしてきたので、俺はハッキリと、

「いやあんま金無いからさ」

 すると宇佐はキョトンとしながら、こう言った。

「えっ、この会の幹事である私がお金出しますよ?」

 いや

「幹事は俺だし、高校生にお金を出させるのはいいよ、大丈夫だよ」

「あっ、ほら、私、一人暮らししているって言ったじゃないですか。それで親からお金いっぱいもらってるんですよ。うち、子がヒクほど金持ちですし」

 その台詞に目の色をすぐさま変えたのが、ザキユカだった。

「ドリンクバーの旅に出掛ける準備、アタシはできている!」

「旅じゃないだろ、ドリンクバーあるところは近間の飯屋だろ。というか高校生にタカろうとするな」

「いいじゃん、そういう時代じゃん。ボーダーレスな時代じゃん」

「ボーダーレスを身勝手に使うなよ」

 しかし宇佐も全然前のめりで、

「ボーダーレス! いいですよね! 師匠も弟子もボーダーレスで楽しくやりましょうよ! さっ! ファミレスへレッツゴー!」

 そう言いながら立ち上がった宇佐に、ほぼ同時に立ち上がったザキユカ。

 いやいや

「でも高校生にファミレスを奢ってもらうって、そんなことできないわ」

 それに対してザキユカが、テーブルを叩きながら、

「そういうプライドのせいでナカテンは死んでいくのかよ!」

「死ぬわけじゃないから、安っぽい公園で今日はいくだけだから」

「でもアタシはもうドリンクバーの口になってるんだぞ!」

「何味か決めろよ」

 と言ったところで宇佐が、

「味を決めなくていいのがドリンクバーですから合ってます!」

 それに対してザキユカが、

「ほらほらほらぁ! 女子は柔軟で頭が良いからな!」

 と叫んだ。

 いやまあ

「ドリンクバーの味の件はじゃあそうかもしれないけども、高校生に奢らせることはさ」

 ザキユカは小首を傾げながら、

「じゃあ奢らせなきゃいいじゃん、ナカテンは自分で払えばいいじゃん」

「だから俺は終始金欠気味だって知ってるだろ」

「でもあることはあるでしょ?」

 確かに。

 ドリンクバーのお金も一切無いわけではない。

 でもだ、でもだ、節約できるとこはしたいのだ。

 だからハッキリと、

「節約したいことは節約したいんだよ。ファミレス行って一人だけドリンクバー頼まないとか無理じゃん、だから」

 と言ったところで宇佐が、

「じゃあ立川流みたく弟子が師匠にお金を払いますよ! それがそのドリンクバーです! というかちゃんと家庭教師みたくお金を払います!」

 すると即ザキユカが、

「じゃあアタシが師匠してやるわ!」

 と言いながら、元気良く手を挙げた。

 それに対して宇佐は、

「すみません……私はナカテンさんの弟子になりたいので……」

 と手を合わせながら言って、ザキユカは肩を落とした。

 いやでもザキユカが師匠をすれば俺に世間的な危険性は無くなるのか、いやまあ今断られていたからそうはならないんだろうけども。

 とか、考えていると宇佐が、

「ナカテンさん! お金どんだけ払えばいいですか! 言い値でお願いします!」

 と言った刹那、

「一回5万!」

 そう、ザキユカが叫んだ。

 いや

「ザキユカは関係無いだろ」

「いやその中からアタシは2万もらうから」

「社会的な用心棒代、えげつないな」

「でもナカテンと宇佐ちゃんが二人きりだとヤバいでしょ、警察犬が来るでしょ」

「さすがに犬は来ないわ、密輸じゃないから」

 そんな会話をしていると、宇佐が、

「5万なら出せますけども、どうしましょうか?」

 と言ってきて、俺は心底ビックリしながら、

「いや! 5万いけるのかよ!」

 とバカみたいな声で叫んでしまった。

 それに対して宇佐は、

「はい、お小遣いはいっぱいもらっているので、家庭教師を付けるんだとしたら全然それでも大丈夫だと思いますっ」

「いや! 家庭教師なんて大それたモノじゃなくて大喜利の師匠だぞっ? 人生においてカスのカスじゃん!」

「ちょっとぉ、ナカテンさん、そんな卑下しないでください。大喜利しているナカテンさんは最高に面白くてカッコイイです!」

 そう言ってからキャッキャッと笑いながら拍手をした宇佐。

 いやまあ悪い気はしないけども。半分バカにしているとか、そんな雰囲気は一切感じられないし。

 じゃあもうこんだけ慕われていればドリンクバー奢られても、それキッカケで見下されることはないのかな、とか思ってると、宇佐が、

「というか私は少しでもナカテンさんの力になりたいんです! お金くらい使わせてください! というか推しにお金を使うって当然のことじゃないですか!」

 う~ん、まあ、なんというか、論破されたってヤツかな、推しにお金を使うことは当然か、誰かの推しになったことなかったけども、なってみると何かめちゃくちゃ喜ばしいな……と、思っていると、ザキユカが、

「ナカテンって、クールなポーカーフェイスみたいな雰囲気醸し出してるくせに、めっちゃ顔に出るな」

 と言ってきたので、俺はハッとしながら口元を手で隠した。

 すると宇佐が、

「確かに! 何か軟化したっぽいですね! じゃあこの勢いでファミレスに行きましょう!」

 めちゃくちゃ頭の中、見られていたっぽい。

 もう今更カッコ付けても仕方ないので、俺も立ち上がり、

「じゃあよろしくお願いします」

 と言って一礼した。

 それを見た宇佐は、

「いやもっとフランクな関係でいきましょう!」

「それは師匠から言う台詞ではあるけどな」

 と一応、最後の尊厳としてツッコんでおいた。

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