【片付け】

・【片付け】


 こういう小さな大喜利大会は主催者と参加者の境目があまり無いので、片付けのお手伝いをしてから帰ることが基本だ。

 いやまあ基本ではないのだが、こうしたほうがまた次も呼ばれやすいのだ。俺の印象審査は終わらない。

 主催者も大喜利大会に参加するし、今日のメンバーだと牛山平太がアニマル大喜利クラブという大喜利イベントを定期的に行なっている。

 俺は主催はせず、参加者オンリーだけども、大会運営としてお手伝いすることはままあるのだ。ちょっとだけだが、ギャラも出るし。

 牛山平太と俺は仲良く、机の両端を持って片付けていると、牛山平太が、

「モー、ナカテンはやっぱり印象審査強いモー」

 コイツはオフでも全然ウシである。むしろオフのほうがウシだ。正直カッコイイとすら思える。

 いやそんなことより、ちゃんと会話しないと。

「牛山平太は採点強いからいいじゃん」

「採点が強いはたまたまで、印象審査強いが本物の芸人って感じがするモー」

「採点強いほうが実力だろ」

「でも空気掴むほうが芸人っぽくて憧れるモー」

 空気を掴むか、牛山平太にはハッキリ見破られている感満載で、ちょっと恥ずかしいな。

 しかしバカにしている感じは一切無く、本当に目を輝かせてそう言ってくれているので、嬉しい。

 牛山平太はマジでウシなので、ウシのように純朴な部分もあるのだ。

 さっきは最低なレディーファーストをしていたけども。

 片付けも大体終わり、牛山平太は主催者に挨拶をして帰って行った。

 斬り早紀はずっとこまごまとしたモノをこまごまとイジっている。若干邪魔になっている印象。

 ちなみに黒田寛はアホなので、もう帰っている。

 プレーヤーとして人気はあるのに、あんまり大会に呼ばれない理由がちゃんと見えてしまっている。

 俺も力仕事は終わったし、もう帰るかなと思ったタイミングで後ろから声をした。

「ナカテン、今日調子良かったじゃねぇか」

 この場末のバーでママをしているような、ハスキー女はアイツしかいない。

「ザキユカ、オマエいたんだ」

「暇だからナカテンを観に来てやったんだぜぇ」

 そう言いながら俺の肩に腕を回し、グリグリと頭を頬に擦りつけてきたザキユカ。

 いや

「グリグリ止めろよ、汚いし怖いし何なんだよ」

「綺麗で役得だろ、テンション上がれよ」

「何の役があったんだよ、今の俺に」

 と思いつつも、ザキユカのデカい胸が当たって、ちょっと喜んじゃったじゃん。

 相変わらず、柑橘系の香りが妙に爽やかだし。オマエのようなキャラは酒臭くあれよ。

 ザキユカは何がおかしいのかケラケラ笑いながら、俺から少し離れて、こう言った。

「今日は祝杯あげてやろうか?」

「いいよ、俺は別にザキユカ勝っても祝杯あげたことないし」

「そりゃ男が女誘ったらヤる雰囲気出るからな、でも女が誘えば友達同士だ」

「友達じゃないだろ、俺はオマエのことライバルだと思っているんだからな」

 俺がそう溜息つきながら答えると、ザキユカはアゴのあたりを触りながら、

「そうやって対等に見てくれる男は好きだぜ」

「対等なら良かった、なんならザキユカはちょっと俺の先へ行ってるから」

「そんな褒めんなよ、おっぱいしか出ないぜ」

 と言って、Tシャツをめくり上げて、胸を見せてきたザキユカに俺は、

「おぉぉおおおおおおおおおおおおおい!」

 と魂だけのツッコミと共に、ザキユカのTシャツを下に下げた。

 するとザキユカは恥ずかしがっているポーズをしながら、

「いやナカテン、Tシャツ破く気かよ……大胆だなっ」

「下げるパワーを破くパワーと勘違いするなよ! というか勘違いするだろ! そんなことされたら!」

「まあナカテンならアリかな、アタシ、両方イケるし」

「さらっと両方イケることをカムアウトすんなよ! まあ知ってるけども! それは!」

 焦った俺を見てニヤニヤ笑っているザキユカ。

 コイツは本当俺のことをイジるの好きだな。マジで単純に好きなのか? コイツ。

 まあいいや、とにかく

「俺はもう普通に帰るから。そもそも祝杯あげるような大会じゃなかったから、これ」

「そうか? 結構大きな大会だと思ったけども。というかこれ以上の大きな大会ってもうテレビとしかないんじゃないか?」

「そんなこと無いだろ、年に一回の天下統一戦とかあるだろ」

「もうさ、ナカテンはもっと上の舞台に羽ばたくべきだろ。テレビの大喜利大会にも呼ばれるんじゃないかぁ?」

 そう言いながら俺の肩を肘でグイグイ押してきたザキユカ。

 相変わらず距離が近い。

 身長も俺と同じくらいあって、女子にしては高身長なので、威圧感も若干ある。

 まあそんな威圧感にはビビらず、

「出れたらいいけどなっ」

 と言っておくと、ザキユカが、

「でもテレビの大喜利大会に出るには、一回テレビで売れないとダメだよな。どうする? アタシと漫才コンビ組んでみるか?」

 またこの話になってしまった、と思った。

 まあ薄々感じていたけども。

 俺は溜息をついてから、

「俺がコンビにトラウマがあることは知ってるだろ? 啖呵を切った手前、俺は大喜利だけで売れてやるんだからな」

「あの昔の相方に『大喜利だけで有名になってやるよ!』と言ったヤツだろ? でもまあその昔の相方だって今どこで何しているかどうかも分かんないんだから、もういいだろ。コンビ組もうぜぇー?」

「誰かと組むにしてもザキユカとは組まないから、オマエは遅刻癖があるから」

「いつか真人間になるからさぁー」

 そう言って笑っているザキユカ。

 分かっている。

 これはただのいじりで、本気でコンビを組んでほしいと言っているわけじゃない、と。

 まあいつものじゃれ合いみたいなもんだ。

 でも、それでも、俺にとってはコンビを組むということは触れてはいけない聖域みたいなものなので、このボケは苦手だなと思って、少し嫌な顔が、多分表情に出たんだと思う。

 するとザキユカは少し斜め上のほうを見てから、

「んー、まあそろそろナカテンも家でシコって寝たいみたいだし、じゃあ次にデカい大会でアタシと当たったら、負けたほうがオゴリってことで」

「別にシコって寝る気は無いけども、デカい大会の話は分かったよ。オゴリ絶対だからな」

 そんな感じで俺はザキユカと別れて、会場の外に出ると、そこでまた誰かに声を掛けられた。

「あの! 中村天丼さんですよね!」

 何だこの聞いたことない声は。

 大体大喜利会場に足を運ぶヤツは、プレーヤーも観客も声が濁っているのに。

 こんな澄んだアニメ声なんて初めてだ、と思いつつ振り返ると、案の定、見たこと無い顔のヤツが立っていた。

 身長は低く、正直中学生くらいの背で、顔の印象もそんな感じだ。

 ツインテールで目が大きい、口も大きめで舞台映えする感じ。いやコイツ、多分舞台出ていないだろうけども。

 まあ総じてアニメの美少女戦士といった感じだ。俺を退治しに来たのか? 売れない芸人だからか?

「中村天丼さんで合ってますよね!」

「いやまあそうだけども」

「今日の大喜利大会で優勝しましたよね!」

「はいはい、しました、しました」

 何だ何だ? 握手してほしいとかそういうことか? 出待ちのファンかな?

 こんな『狐のあやかしなのに爆弾魔』にファンがつくとはな、いや薬膳カフェだけども。

 でも俺の薬膳カフェは疲れたOLを対象にした薬膳カフェだから、中学生はご法度だ。いやエッチな薬膳しているわけじゃないけども。

「中村天丼さん! 私! 中村天丼さんの大喜利好きです!」

 マジかよ、マジでファンじゃん。

 やった、欲しい物リスト公開しようっと。

 いや中学生に貢がせるとか最悪だけども、欲しい物リスト公開してもいい時期なのかもしれない。

「私を是非! 弟子にして下さい!」

「……えっ?」

 訳の分からない言葉に生返事をしてしまった。

 えっ、弟子? 今、弟子って言った? 何その制度、俺、その制度の輪の中にいないけども。

「中村天丼さんの大喜利ってクレバーでカッコ良くて、鋭い目つきも好きです! あっ! 好きって言っちゃった!」

 何だか一人でキャッキャッしてらっしゃる中学生。

 いやいや、中学生感を強く出すんじゃないよ、周りの見えていない中学生感を色濃く出すんじゃないよ。

「とにかく! 中村天丼さん! 私に大喜利を教えて下さい!」

 そう言って頭を下げながら、手を差し出した中学生。

 何この昭和の告白番組感、いやあれは平成か? いやそんなことはどうでもいいんだ。

「すみません、俺、中学生に大喜利教える気は無いんで」

「ちょっとぉ! 中村天丼さんったら! 高校生にはむしろ大人っぽいですね、と言ったほうが喜びますよぉ!」

 いや知らんわ、高校生だったなんて知らんわ、むしろ小学生かもしれないと思っていたわ。

 いやいやどっちにしろ若いわ、そんな若い子に大喜利教える気はさらさら無いから。

 だから

「俺、大喜利を教えるとか興味無いから」

 そう言いながら俺は家路に着くことにした。

 今日は変な女に絡まれまくるな、と思いつつ、道中にある公園のほうをふと見た。

 藤の花が咲き始めた初夏、また今年も熱くなるのかな、とか、どうでもいいことを考えていると、

「中村天丼さんって、公園に住んでいるんですかぁっ?」

「えっ? ……えぇぇぇえええええええええええええええええええええ!」

 なんとさっきの高校生が俺の後ろにピッタリついてきていたのだ!

 いや!

「オマエ! 駅までついてくるって出待ちのオジサンかよ!」

「あっ、これから駅に行くんですねっ」

「いや今は行けないわ! オマエがついてくるから!」

「じゃあ公園でちょっと喋りましょうかっ?」

 そうニコニコしながら言ってきた高校生。

 いや!

「オマエがついてこなければそれで済むんだよ!」

「オマエじゃなくて私は宇佐アテナと言います。これからよろしくお願いします」

「これからなんてないわ! というか大喜利したいんだったら勝手にやれよ! 高校生でもフリーエントリーのライブ、普通に出てるから!」

「私は師匠をちゃんと決めて頑張りたい派なんです!」

 そう拳をグッと握って、力強くそう言ったウサ・アテナというヤツ。

 いや、

「このご時世、師匠をちゃんと決めるパターンがちゃんとしていないんだよ。フリーでガンガンと力付けていくのが今のやり方だから」

「じゃあ私は古風なんですね!」

 そう言ってムフーと鼻息を飛ばしたウサ・アテナ。

 いやどこに得意げになれる部分があったんだよ。

 というかマジで、

「俺さ、今年で24だからさ。高校生と二人きりで喋っているとかかなり怪しくなるから、近寄らないでくれますか?」

「大丈夫です! 私は18歳になったばかりなので大丈夫です! 18って大丈夫な年齢ですよねっ?」

「いや20じゃないと大丈夫じゃないけども」

「いいえ! 今の時代はもう18で立派な大人なんです! 知らないんですか! じゃあ常識は私が教えるので、大喜利は中村天丼さんが教えて下さい!」

 何か常識知らず判定されてしまった……。

 絶対にこのウサ・アテナというヤツのほうが非常識なのに。

 というか、コイツ本当に18歳なのか? やっぱり中学生にしか見えない。

 高校生でも中学生でも、どっちでも通るような制服をして、短めのスカート。

 いやそもそも何で土曜日という休日に制服でうろうろしているんだ?

 いろんな疑問が浮かんだ結果、まずこのことから確認することにした。

「ちょっとウサ・アテナさん、学生証見せてもらっていい?」

「えっ、それって裸の画像を強要してきた芸能人みたいな意味合いですか? そんな! いくら私が中村天丼さんを尊敬しているからって、そんな! 学生証付きの画像を見せろだなんてそんな!」

 そんなことを言いながら、両手を頬に当てて、顔をブンブン横に振っているウサ・アテナ。

 いやいや

「そういう淫行的なヤツじゃないから、マジで。マジで18歳かどうか疑っているんだよ」

「こっちだってボケですからね!」

 そう言いながら、キリッとこっちを見てきたウサ・アテナ。

「そういうボケ、正直大人は困るから。止めなさい」

「ただのブラックジョークですよ! 知らないんですかっ?」

「ブラックジョークという存在は知っているけども、急にボケられてもボケかどうか分からないから。お笑いって関係性だから」

「早速お笑いを教えて頂き、有難うございます!」

 そう言って勢いよく頭を下げてきたウサ・アテナ。

 ヘッドバットくらいの風速だった。怖っ。

 俺は少々戦々恐々していると、ウサ・アテナが顔を上げて、

「まあ立ち話もあれなので、ベンチに座ってトークしましょうか!」

「それは本来俺が言う側の台詞だろ」

「中村天丼さんが言ってくれないので、私から言うことにしました!」

「言うまで我慢するんだよ」

 と言いつつも、一応2人で公園のベンチに座った。

 ヤバイ、完全に流されている、と思うんだけども、どうも調子が狂うというかなんというか。

 いや分かっている。分かっているんだ。

 俺だって浮かれているんだ。ファンなんていなかったから。

 仲が良い人間は全員自分と同じ立場の大喜利プレーヤーばかりで、面白かったと言い合う仲はたくさんいるが、こんな一方的にファンという感じの人はいなかった。

 そんなヤツが目の前に現れて、少し、いやかなりテンションが上がっているんだ。

 だからこそ、だからこそ、とりあえずの安心として18歳かどうかの確認をしたいんだ。

 18歳でも高校生の場合、結局世間から冷ややかな目を受けることだってあるが、とりあえず俺は18歳と一緒にいるんだ、という謎の区切りを力強く感じたいんだ。

「まあとにかく18歳の証拠になるようなモノを俺に見せてくれないかな」

 と俺がまたさっきと同じように切り出すと、急に目を光らせたウサ・アテナ。

 一体何なんだと思っていると、

「じゃあ弟子にしてくれたら見せてあげます!」

「いやそういう交渉のタイミング、ここじゃないだろ。18歳かどうかをまず確認させろよ」

「いいや! 弟子にしてくれないと確認させません!」

 そう言って顔をプイっと横に向けたウサ・アテナ。

 うわっ、何だろう、段々中学生なんじゃないかなと思えてきたな。このガキっぷりがすごい中学生みたいだ。

 よしっ、分かった。

「俺はオマエを中学生だと断定して、もう家に帰る。残念だったな、18歳だと確認できればまだチャンスはあったのにな」

 もし中学生だったら、中学生とずっと会話している24歳はマジでヤバすぎるので、ファンとは言え、この場を去らなければならない。

 さようなら、俺の初めてできたファンよ、きっと中1だろうから6年後また会おう、と思って立ち上がると、ウサ・アテナは俺の腕をグイっと掴んで力いっぱい下に引っ張った。

 まるで俺がザキユカのTシャツを下げた時ばりの強さで。

「危なっ!」

 俺はそのままベンチに尻もちをついた。いやまあベンチだから座っただけだけども。

「残念! 私の名前はアブナじゃなくてアテナです!」

「オマエの名前を言ったつもりじゃないんだよ! 単純に危なかったんだよ! 24歳の男、舐めんなよ! 急な動作ですぐにケガするんだからな!」

「24歳の男なら18歳の力に負けないでほしいけどもね!」

 そう言ってニコニコしているウサ・アテナ。

 ヤバイ、サイコパスだったらヤバイ、身の危険がある、とか思っていると、

「じゃあ特別サービス! 中村天丼さんに学生証を見せます!」

 と言ってバッグの中をガサゴソし始めた。

 何が特別サービスだよ、さっさと見せろよ、マジで、と思っていると、ウサ・アテナ、いや、宇佐アテナは学生証を見せてきた。

 生年月日の確認、今は西暦アレだから……間違いない、確かに宇佐アテナは18歳だ。5月で18歳になったばかりだが、間違いなく18歳だ。

「アテナってカタカナなんだ」

 と、ふと思ったことが口に出ると、宇佐アテナは、

「じゃじゃん! ここでクイズです! 私は学校でなんて呼ばれているでしょうか!」

 と人差し指を立てながら、そんなクソみたいなクイズを始めたので、

「答えないからな」

「答えないと終わらないです!」

「何が?」

「全部!」

 全部が終わらない、のは……怖いなぁ、と何か思ってしまった。

 結構目がマジで、本当に全部が終わらない可能性が出てきたので、俺はとりあえず答えてやることにした。

 まあ18歳だと分かったし、俺のファンということも間違いないみたいだから、答えてやるか。

 こんなオッサンとずっと喜々として会話しているなんて、まあファンで間違いないだろ。

 じゃあ、

「アテナちゃんとかじゃないのか?」

「大喜利だと思ってもいいですよ!」

「嫌だよ! そういうノリはマジで嫌だよ! ずっと大喜利して生きているほうのヤツじゃないんだよ! 俺は!」

 すると、少し残念そうに口を尖らせた宇佐アテナ。

 いやまあいるけどもね、ずっとボケ続ける人。

 でも俺はそういう人、ちょっと苦手なんだよな、普通の会話もしたいし。

 とにかく

「はい、答えたから答えを言いなさい」

「いやまず一回くらいボケて下さいよぉ!」

 そう言いながら俺の肩に手を置いてきた宇佐アテナ。

 何だコイツ、急に距離を近くしてきやがった。

 どこにそんないけると踏んだポイントがあるんだよ。

 じゃあここでしっかり距離を取るべきだな。

 ちょっとキツイこと言ってやるか。いわゆるブラックジョークで攻めて嫌がらせをしてやるかな。

「そうだな、宇佐アテナはウザいから、ウザアテナかな?」

「惜しい! それは中学時代! もう一声!」

 とめちゃくちゃ嬉しそうに叫んだ宇佐アテナ。

 いや、いやいや、

「酷い言われようじゃん、中学時代。あとこれのもう一声って、もっとキツくなるということ?」

「キツイとかは無いです! 愛称なんで!」

「いや悪口言われてんじゃん、中学時代」

「それは愛あるバカヤロウってヤツですよ!」

 何だその昭和の言葉。

 古さは黒田寛の語彙力か。

 黒田寛、あっ、そうだ、

「黒田寛を師匠にしてもらったらいいんじゃないか、アイツ、イケメンだし。今日の大喜利もウケてたじゃん」

「いや計算じゃないし、あういうラッキーくんみたいなのはあんまり好きじゃないです」

 しっかり分析した上で好きじゃなかったか、じゃあまあ俺か、そうか、俺か……そんな嫌じゃないな、正直。

 やっぱり俺は浮かれているんだ、だからずっと話し込んでしまっているんだ。

 24歳のオッサンが18歳と会話することなんて、ほとんど無いからテンション上がってんだ。

 どうしよう、いや実際どうしよう、俺、と考えていると、宇佐アテナが腕でバッテンを作りながら、

「タイムアップ! 正解はアテナと構ってを掛けて、カマッテナでしたぁ!」

「いやそれはもうウザアテナじゃん」

「そもそも本当はウザナなんでそれも違います!」

 本当はウザナじゃないんだよ、ずっとディスられてるじゃん。

 宇佐アテナはやけに得意げに、

「ちなみに私の流行らせたい言葉は『なぁ! なぁ! カマッテナぁ!』です!」

「もうモロ自分でいくスタイルなんだな、悪口を」

「悪口とかじゃないですよ、そんなイジメられているみたいに言わないで下さいよぉ!」

 そう言いながら俺の肩を掴み、揺らして来た。

 だから何でそんな距離が近くなっているんだよ、意味が分からんわ。

 とにかく、

「こんな怪しい24歳の弟子になんてなろうとするなよ、親御さんが心配するだろ」

 ちょっと攻め方を変えてみることにした。

 10代は親を出せば怯むことだってあるだろうし。

 すると宇佐アテナはアゴに手を当てながら、

「まず私をあだ名で呼ぶことにしませんか?」

「いや! そんなんどうでもいいし、距離近くなっちゃうだろ!」

「だからいいんじゃないんですかぁ!」

 そう満面の笑みでニコニコしてきた宇佐アテナ。

 何か一瞬、一瞬だけども、コイツとは長い付き合いになるような気がした。

 だって俺がここで振り切ったとしても、コイツ、また俺の出場する大喜利ライブに来るよな。

 同じように出待ちして、また話し掛けてくるに違いない。

 よっぽど俺がここでコイツに酷いことでも言わなきゃ、コイツは絶対また現れる。

 で、俺だ。

 対する俺だ。

 俺はどうだ。

 初めてのファンができて喜んじゃってるじゃねぇか! チクショウ!

 嫌だ! 酷いことは言いたくない! でもさすがに18歳を弟子にする痛いヤツにはなりたくない!

 だからどこかで妥協案を打ち出さなければならない、どこだ、どこで妥協する?

 いやあるぞ、方法は全然ある、やってみる価値はあるな。

「というか俺はファンとはあんまり交流しない派だからさ、このくらいでトークはおしまい。じゃあな」

 決まった。きっとこれは決まった。カッコイイ芸人として改めて尊敬されるくらいだ。

 俺は颯爽と立ち上がって、腕を引っ張られて、尻イテェってなって……あっ。

「中村天丼さん、本当に交流しない派ならもういなくなっていると思いますよ。でも中村天丼さんは違う。なまじ根が優しいせいで、ずっと私に付き合っている。もっとハッキリ言ってあげようか! 中村天丼さんは私とトークしていて、決してまんざらではない!」

 そう俺のことを指差してきた宇佐アテナ。

 クソ! クソクソ! その通りだ! 図星丸出しだったのかよ!

 こんな分析するんだったら、確かに黒田寛の弟子にはならないわ!

 俺はまず深呼吸した。

 もう何を言ってもダメだと思ったからこそ、深呼吸した。

 いや、まだある、まだ作戦はある。俺を舐めるな。

 こう言われたからこそ言う道もある。

 それは、

「分かった。宇佐アテナさんの言うことは分かったし、正直恥ずかしながら図星だ。初めてファンが出現して浮かれていた。ファンとして俺のことを好いてくれていることは嬉しい。だが、弟子となると君の人生を背負わないといけなくなる。俺はまだ半人前だ。人の人生を背負えるほどの人間じゃない。もし俺がもっとビッグになった時、君の弟子を受け入れるかもしれない。ただ今は無理だ。今はまだ自分が修行の身だからだ」

 出た、誠実な対応の術。

 結局一番強いと言われている誠実な対応の術だ。

 これを喰らって、NOと言える人間は果たしているかどうか。

 さぁ、宇佐アテナ、誠実な俺に惚れつつ諦めろ!

「じゃあ一緒に高め合っていけばいいじゃないですか! 誰かに何かを教えて改めて知ることもありますよ! 修行し合いましょう!」

 うん、ダメだこりゃ。

 つい昭和のコントの終わり方が頭に浮かんじゃったけども、マジでダメだこりゃ。

 それと同時にもう俺は負けそうだよ。弟子にしちゃいそうだよ。

 宇佐アテナが20歳なら間違いなく弟子にしているよ、もう。

 でも18歳の、それも女子高生を弟子にするって何かヤバくないか。

 じゃあやっぱこっち! こっちでいく!

「親御さんが不安に思うと思うぞ、どこぞの馬の骨か分からない24歳の弟子になる娘って」

「あっ、それは大丈夫ですよ! うちの親は放任主義で一人でできるところまでしろという教育方針ですから! 困ったら助けてやるから大胆にやれ、が、口癖みたいなもんですよ! だから一人暮らしなんです!」

 そう言いながらピースサインを俺に向けた宇佐アテナ。

 何だよ、もう本当何なんだよ、死角無いのかよ。

「じゃあこうしましょう!」

 柏手一発叩いた宇佐アテナ。

 一体何を言い出すんだと思っていると、

「私は中村天丼さんをザキユカさんとかから言われているナカテンさんと呼ぶんで、私のことはカマッテナだと長いんで、マテナと呼んで下さい!」

 いや!

「呼び方はどうでもいいんだよおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 今日一のツッコミをしてしまった。

 黒田寛にツッコんだ時以上の声を出してしまった。何故ならこれが魂のツッコミだったから。

 何だよこれ、どうあがいても相手のペースになってしまう。どっかで切り返さなければ。

 そうだ、これでいこう。

「まあ分かった、一旦呼び名はいいとして。君の家は放任主義なんだろう? 一人でできるところまでするんだろ? なら、君は一人でできるところまで大喜利に参加してみたらいいんじゃないか? 誰かに頼るよりも、まず一人で参加してみて、それで分かるところがあるんじゃないか!」

「でも私はしっかり考えた上で行動しているんです! 絶対ナカテンさんのようなお方の弟子になったほうが良いと!」

 マジで距離詰めてきやがった……いやもう埒が明かない、このままじゃもう押し切られるだけだ。

 一旦仕切り直そう。

「まあ俺もいきなり言われて混乱しているから、SNSのIDを交換しようじゃないか。まず考える時間がほしい」

「あっ、ツブヤイターはもうフォローしていますから! 私のアカウント名はカマッテナなんで、それをフォローして下さい!」

「そうか、じゃあまあ分かった。今日はこのへんで」

 そう言って俺は立ち上がった。

 やっとちゃんと立ち上がれた。

 俺は駅へ向かった。

 ふと、後ろを振り返ると、公園の前で俺に向かって手を振る宇佐アテナがいた。

 俺が振り返らなかったら、手を振り損だろとか思った。

 たとえ見なくても手を振っていたいと思うあたり、マジなんだろうけども、いやはやどうすればいいのか。

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