オオギリギリ
伊藤テル
【大喜利の大会】
大喜利は頭脳戦だ。
・
・【大喜利の大会】
・
《それでは泥沼大喜利バトル、決勝戦を行います!》
ついに決勝戦まで上がってこれた。
絶対に負けられない。
俺含む4人の選手は席について、ホワイトボードを机に置いている。
司会者の声が響き渡る。
《それではワタクシの手前から順に改めて自己紹介をお願いします》
大喜利バトルの勝負は既に自己紹介から始まっている。
ここで弱気な発言をしてはいけない。
変にハードルを下げようと『スベっても怒らないでください』みたいなことを言うと、向こうは『この人はスベるかもしれない』や『スベるとかウケるとか、しっかり意識しているんだ』と思って身構えてしまう。
その結果、逆にハードルが上がり、ウケづらくなってしまうのだ。
だからここは強気でいくべきなのだ……と思ったところで、1人目の決勝進出者がこう言った。
「どうも! モッ! モッ! モイッ! お元気乳牛こと牛山平太だモー! 人生で一度も滑ったこと無いモー! よろしくだモォォオオオオオオオオ!」
しまった、先に言われてしまった。
そう、こうやって『人生で一度も滑ったこと無い』と、ふっかけるくらいがちょうどいいのだ。
そうすることにより、仮に滑った時でも『初めて滑りました』とか言えば、ちょっとしたウケが手に入る。
しかしそうか、先に言われてしまったか、この場合は果たしてどうすればいいのだろうか。
ホワイトボードをいじりながら、いろいろ考える。
司会者と牛山平太が会話をしているうちに考えを完成しなければ。
《いやぁ、牛山さん、決勝もウシでいくわけですね!》
「というか僕はもはやウシそのものだモー!」
《それでは頑張ってください》
「モッイィィイイイイン!」
もはやそれはウシの鳴き声なのかとも思うが、牛山平太。コイツはかなりの曲者だ。
全ての大喜利のお題でウシにちなんだボケを繰り出す、キャラクター型の選手。
基本的にキャラクターがハッキリしている選手は強い。
『こういうボケをしてほしい』という観客の期待に応えられるからだ。
この”期待に応える”という行動はかなり重要で、やってほしいことをやってくれる人は実生活でも重宝する存在だ。
主婦で例えるならば、自分が忙しかったら家の掃除を必ず代わりにしてくれるパートナーというわけだ。
何で急に俺は頭の中で、主婦で例えてしまったのかは分からないが、要はそういうことだ。
いやもう大喜利する前の脳内、いろんなこと考えすぎて酷いな、いっつも俺はこうなるから仕方ないけども。
まあ自分の脳内のために最後までやり切るか。途中で考えていたことを放棄すると、そっちのほうが混乱するから。
そのやってほしいことをやってくれる人はお笑いの世界でもそうで、同じお笑いで例えるならばダンディ坂上さんの『ゲット』だ。
ダンディ坂上さんが最後に『ゲット』とやってくれるだけで、もう気分爽快になるものだ。
その感覚が牛山平太にはある。
『ここでもウシだ!』という安心感は計り知れないのだ。
まあそれよりも早く自己紹介を。
期限はどんどん迫ってくる。
司会者が次の自己紹介を促した。
《では隣の斬り早紀さん、自己紹介お願いします》
「はい、貴方のハートという名の敵陣を切り裂く、斬り早紀と言います。よろしくお願いします」
そう言ってウィンクと投げキッスをした、斬り早紀。
所作が古いが、これは自分のキャラクターを見せるための行動だ。
斬り早紀もキャラクター型の選手で、牛山平太ほど強引に自分のキャラクターを絡ませにはこないものの、恋愛というキャラクターを使ってボケてくる。
恋愛は範囲が広く、使い勝手もいいので、巧くお題と絡ませてくる。
牛山平太がパワーファイターなら、斬り早紀は技巧派ファイターといったところだ。
さて、司会者と斬り早紀が会話をしているうち早く自分の自己紹介を完成させなければ。マジで。
《いっつも斬り早紀さんって貴方のハートという名の敵陣って言い方しますけども、貴方のハートは味方じゃないんですか?》
「男は全員敵スタートですから、合っています」
そう自信満々に言い切った斬り早紀。
それに対して、感心しながら司会者が、
《すごいこと言いますね》
「あと私は元サッカー部で、ドリブラーだったので、敵陣を切り裂くって言いたいんです」
《言いたさ優先しているわけですね、それでは隣の黒田寛さん、自己紹介をお願いします》
黒田寛はすぐさまその場に立ち上がり、デカい声でこう言い始めた。
「黒田寛です! ボクは頑張り屋です! 一生懸命ボケるんでよろしくお願いします!」
あまりの声のデカさに、ちょっとウケた黒田寛。
こうやって笑わせることも重要。
さて、俺は。
司会者と黒田寛が会話する。
まだ黒田寛は立っている。
どうやら自己紹介中は立っているつもりらしい。
《今日も元気ですね》
「はい! 朝に揚げたてアツアツのハムカツ食べてきましたから!」
《朝から揚げるんですね》
「そうですね! 気持ちはボス猿のベンツ! よろしくお願いします!」
黒田寛。
決まったキャラクターというほどではないが、今言った”ボス猿のベンツ”みたいに古いボキャブラリーを引っ張り出しがちな選手。
しかしボケの型がそこまで決まっているわけではなく、自由自在にボケていく……まあ俺と被っているヤツだ。
ただコイツは、常にフルスイングしてくるので、あまり俺と被っているようには思われない。
一発の爆発力はあるので、注意しなければならないが、注意したところで躱すことはできないので、あとはもう運任せみたいなところも、あるのかもしれない。
《それでは中村天丼さん、自己紹介お願いします》
ついに俺か、と思ったタイミングで、黒田寛がゆっくり座って、そこでウケが一つ起きた。
いや邪魔するなよ、お客さんの視線が全部オマエにいってるじゃねぇか。
こういう天然系のヤツは本当に苦手だ。
まあ自己紹介をするか。
「どうも、三度の飯より天丼が大好きな中村天丼です」
ここで俺はホワイトボートをお客さんに見せた。
実は、俺は既に”描いていた”のだ。
自分の似顔絵をな。
「今日は俺の似顔絵だけでも覚えて帰って下さい」
『顔だけでも覚えて帰って下さい』の変化球ボケの『似顔絵だけでも』だ。
本人が来ているんだから、顔でいいところをあえて似顔絵にするボケだ。
このボケはしっかりウケたので良かった。
とにかくウケてナンボだからな。
この”印象審査”というヤツは。
司会者が喋る。
《いや! そのまんま顔でいい! 一旦絵に落とし込まなくていい!》
威勢よくツッコんで下さった。
これでさらにウケて、今のところかなりいい感じだ。
《それでは4人の自己紹介も終わったので、改めてルールを紹介します》
おっ、ちょうど印象審査の話をするなぁ。
《いろんな大喜利の大会が開かれていますが、この大会の決勝では印象審査を採用しています!》
ここでよく分からない拍手が巻き起こる。
まあ何はともあれ、盛り上がっていることはいいことだ。
《1ボケ終わるごとに採点する加点式とは違って、全体の流れを見たあとに印象で審査をします。いわゆる印象点という審査方式ですね。そして審査するのは勿論、会場に来ていただいた皆様です!》
ここでも大きな拍手。
だいぶ温まっている感じがする。
まあ同じ会場でずっと予選もしているんだから、当たり前か。
この見ているお客さんが判定する印象審査の良いところは挽回のチャンスがあること。
悪いところは人気投票になりやすいところだ。
今回で言うと、唯一女性の斬り早紀には票が集まりやすい。
男女平等を謳う世界だが、やっぱり選手に限って言えばお笑いの世界は男性が多くて。
その結果、女性は目立つ。
この場合、目立つということは良いほうにしか作用しない。
さらに斬り早紀はハッキリ言って美人である。
未だにサッカーしてるんじゃないかと思うほどの茶髪ベリーショートだが、目鼻立ちはしっかりしていて、いつも上がっている口角も柔和な印象を受ける。
もうその時点で、斬り早紀は有利なのだ。
それと真逆で黒田寛も侮れない。いや真逆ではないけども。
コイツはイケメンで、さっきの自己紹介からも分かるように、ハキハキしていて少し天然。
黒髪で短髪のスポーツ刈りみたいなさわやか野郎、今流行りの髪形をしていないところが逆にお笑い好きな女子からの人気は高い。
黒田寛もいつもニコニコしていて、人当たり抜群、否、そういう点では斬り早紀以上だ。
見た目の話で言えば、牛山平太もイケメンの類ではないが、人気は悪くない。
ちょっとだけポッチャリしていて、優しい目元、ゆるキャラのような可愛げのある顔は人気がある。
そして対する俺は、痩せ型で目がキツネのように吊り上がっていて、髪の毛もボサボサ。
『狐のあやかしなのに爆弾魔』と例えられたことがある。
その時は『狐のあやかしなら薬膳カフェだろ』とツッコんだが、まあ正直否定できない見た目だ。
そんなわけで俺だけ人気は皆無だ。
でもそれで決勝まで上がってきたんだから、もう俺の優勝で良くないか?
良くないけども。
俺がいろいろ考えている間に司会者が細かい説明をしていたが、まあとにかく最後に全体の印象で審査して、審査した紙をボックスの中に入れるというわけだ。
司会者が改めてといった感じに、さっきまで喋っていた声よりも大きな声でこう言った。
《それでは! 決勝戦を始めます!》
ついに始まったか。
俺たちの後ろに配置された、ビジョンにお題が発表され、それと同時に司会者が声を上げた。
《お題1! 遅刻の言い訳を考えて下さい!》
最初のお題は『遅刻の言い訳』か、この大喜利大会のお題は考える幅が広いお題が出がちだ。
だからこそ何らかのキャラクターを持っている選手が有利な大会なわけだけども。
今回のこのお題も”何の遅刻”なのかは指定していない。
仕事の遅刻、遊びの遅刻、デートの遅刻など、好きな遅刻にしていいところがポイントだ。
当然、斬り早紀ならデートの遅刻にするだろう。
自分のキャラクターを存分に出せる幅の広いお題、それに俺はどう対応するのか。
まずは”芯”を食わなければならない。
お題の芯を捉えなければならないのだ。
お題の芯とは……の前に、まずボケておくか。
俺は手を挙げると、
《はい、中村天丼どうぞ》
と司会者から言われて構え、
《遅刻の言い訳を考えて下さい》
司会者がお題を読み上げたところで、俺はホワイトボードをお客さんのほうに見せながら答える。
「遅刻の言い訳は貴方が勝手に決めて下さい。それを採用してあげます」
こういう単純なボケは一発目に最適だ。
勿論、ある程度のウケしか出ないし、決定的な印象点にはならないが、とりあえず一発ウケておくことは自分にとって、とても重要なことなのだ。
さて、ここからはしっかり”遅刻の言い訳”という要素を考えなければならない。
遅刻の言い訳という要素を洗い出し、お題の芯を食わなければならない。
遅刻の言い訳というテーマで一番大切なこと、それは自分に正当性があると思わせることである。
つまり、遅刻してもしょうがないと思わせ、場合によっては『それは遅刻してでも成し遂げたほうが良い』と思わせるようなことを言うということだ。
自分が正義であると言うことが大切だ。
ここまで考えたところで黒田寛が手を挙げた。
司会者が差して、お題を反復する。
《遅刻の言い訳を考えて下さい》
「練汁(ねるじぇら)を混ぜすぎていて遅れました」
令和に”ねるじぇら”という懐かしいアイスを言う+漢字を勝手にあてるというボケか。
やはり思った通り、あまりウケていない。
当たり前だ。
ただ面白い単語を使おうとしているだけだから。
やはりお題に対して、芯を食わなければウケは難しい。
練汁で”ねるじぇら”と言うことがパワーワードになっているのかもしれないが、ただそれだけでは甘すぎる。
だからここで俺は黒田寛との格の違いを見せるため、こういう回答をする。
手を挙げた俺を差した司会者は、
《遅刻の言い訳を考えて下さい》
「外でねるねるねるねを作る、青空ねるねるねるね教室の子供たちに指導を行なっていました」
まず”ねるじぇら”よりも分かりやすい、ねるねるねるねにし、でも”ねる”が入っているので、明らかに黒田寛のボケを意識したような回答にし、青空ねるねるねるね教室というパワーワードを重ねる。
そこでさらに指導をしていたから遅れたという自己正当性を加えたボケ。
思った通り、ややウケ程度だが、黒田寛は自分の時とは違い、笑いが起こったことに戦々恐々している。
黒田寛は乗せると怖いヤツだが、こうやって潰せばイップスに陥り、自滅することが良くある。
これは良いボケを出せば勝てる、自己の記録更新型の大会ではないのだ。
直接対決しているスポーツのような潰し合いなのだ。
ここで牛山平太が手を挙げ、司会者が
《遅刻の言い訳を考えて下さい》
「乳牛の世話が楽しすぎました」
お題の芯を食っているとは言えないが、自分で作ったキャラクターの芯は食っているので、それなりにウケた。
あとはこうやって短い台詞にしてボケることも一つの要素ではある。
これしかないという短い台詞にすると、芯を食っていなくても笑わせてしまうことがある。
牛山平太は主に端的に言い、さらにウシを絡めるということをしてくる。
やはり牛山平太は要注意人物だ。
と、思っているとすぐさま牛山平太が手を挙げた。
《遅刻の言い訳を考えて下さい》
「自分の部屋で搾乳してみたら汚れたので掃除していました」
そりゃそうだろ、といった感じに、受け手が簡単にツッコめるボケというのも強い。
ここで重要なことは簡単にツッコめるということだ。
複雑にツッコまないといけないボケは、受け手に技量がいるので、あまり好ましくはない。
……と言うと、まさに俺の二番目のねるねるねボケがそうなので、反省しなければならない。
ちなみに搾乳を漢字で書けている牛山平太はさすがと言ったところだ。
ここがカタカナだと興醒めだから。
さて、俺もボケなければ、と思って手を挙げた。
《遅刻の言い訳を考えて下さい》
「死んだイナゴを助けていました」
よくある誰かを助けていたパターンで、何を助けていたら元のパターンよりも落差があるか。
それで俺が浮かんだ単語が死んだイナゴだった。
最初、死んだ鳩という単語が浮かんだが、鳩だと何かちゃんと土に埋めていたりしたのかなとか思わせてしまい、すぐに笑いに直結しないので、ここは昆虫にした。
あとイナゴって普通に食べたりするし、死んでいても気にならない生物なので、イナゴにした。
ここですぐさま牛山平太が手を挙げて、
《遅刻の言い訳を考えて下さい》
「元気な乳牛に助けられたものの」
ものの何だよ! そこからが重要なんだよ!
……心の中とはいえ、つい激しくツッコんでしまった、が、このボケは明らかに俺のボケに重ねてきている。
牛山平太も優男みたいなツラをしていて、エグイことをやってくるものだ。
まあ俺も黒田寛に対してやったけども、俺はほら、狐のあやかしなのに爆弾魔だから。
いや違うけども、薬膳カフェだけども、足の冷えたOLを火鍋で温める薬膳カフェの店主だけども。
さて、今のところ印象の悪いのは黒田寛と、まだ一答もしていない斬り早紀だろう。
俺と牛山平太の早いペースについていけていない。
と、思ったところで斬り早紀が手を挙げて、
《遅刻の言い訳を考えて下さい》
「田中くんゴメン! 彼氏の部屋掃除してた!」
じゃあダメじゃん、田中くん、脈無いじゃん。
いやこのボケは別にそんな悪くはないと思うのだが、あまりウケなかった。
当たり前だ、最初のボケを出すまで時間が掛かりすぎてハードルが上がってしまったからだ。
だから一発目は単純でもすぐに出せるボケを出してしまったほうがいいのだ。
最初に回答した俺のように。
勿論、斬り早紀も分かっていただろうけども、やはりこの早いペースに振り回されて、いつ出せばいいか分からなくなっていたな。
誰かが滑った後はウケづらいか否か、いやウケやすいのだ。
ハードルが下がった状態になるから。
何故そうなるのか、と考えると、あくまでお客さんは笑いに来ていて、笑いたいのだ。
前回笑わなかったら、今回は笑いたいのだ。
だからここですぐさま俺は手を挙げて、
《遅刻の言い訳を考えて下さい》
「ひったくりがいたので捕まえました。それも手を使わずです!」
いや手を使えばもっと早くて遅刻しなかったんじゃないのか的なボケ。
ひったくりを捕まえるも、お題の芯を食ったワードの一つ。
ここで俺は一気に畳みかける。
《遅刻の言い訳を考えて下さい》
「ひったくりがいたので捕まえました。それが今のパートナーです」
それがパートナーなら、じゃあ今回の遅刻の言い訳じゃないだろ的なボケ。
あと、ひったくり犯がパートナーみたいな文脈だし。
前書いた”ひったくりがいたので捕まえました”までの文字はそのまま使っているので、すぐに出せた。
さてさて、もっと畳みかけるぞと思ったところで、牛山平太がすぐさま手を挙げた。
しっかり潰しに来やがるな。
《遅刻の言い訳を考えて下さい》
牛山平太は司会者がお題を読み上げている最中にも字を書いている。
これもテクニックの一つだ。
浮かんだ時点で手を挙げて、そして読み上げ中に書くことにより、連続攻撃をしている相手の邪魔をすることができる。
今まさにそうだ。
司会者の読み上げ前に、なんとか書き終え、ホワイトボードを出しながら言った。
「乳酸菌が腸まで届いたことを見届けていたら遅れました」
いや見れないだろ、腸に届いているかどうかの光景。
ウケはそこそこだが、物理的に切られてしまったことが大きい。
ここでまた同じように”ひったくりを~”を使っても、間が空いたことにより、ハードルが上がってしまっているので、ここでこのシリーズは止めることにした。
クソ、もう一ボケくらい出したかったが。
ここでやっと黒田寛が手を挙げた。2答目か。
《遅刻の言い訳を考えて下さい》
「バカヤロー解散の余波!」
元気に答えたものの、やはりあまりウケず。
遅刻の言い訳というお題の芯を全く食っていない。
予選では大爆発した黒田寛も完全にイップスになっているようだ。
このハードルが下がったところで、と思って俺は手を挙げると、牛山平太と斬り早紀も手を挙げた。
全員、黒田寛の後を狙っていたということが少しおぞましいが、これもバトルだ。
手を挙げた順番は俺と牛山平太がほぼ同時、そして一歩遅れて斬り早紀だが、司会者が差したのは斬り早紀だった。
斬り早紀に贔屓しているということもあるかもしれないが、一番はやはり回答数が少ないからだろう。
ここで贔屓していると断定してしまうと、精神衛生上良くないので、回答数が少ないということでバランスを取ったと考えるべきだろう。
《遅刻の言い訳を考えて下さい》
斬り早紀は一呼吸空けてから答えた。
「デートに遅れてゴメン! 偶然出会った元カレと、しっぽりしていました」
いやしっぽりしちゃダメだろ、せめて言うなよ。
ウケはまずまずといったところだが、起死回生にはなっていないといった感じか。
とか考えていたら、手を挙げるタイミングが若干遅れて、牛山平太が先に答えることになってしまった。
《遅刻の言い訳を考えて下さい》
「野良の乳搾り体験があって」
何か怪しいな、ちゃんとした牧場でやりたいな。
牛山平太の巧いところは、この時はあえて”搾乳”と言わなかったところだ。
一般人は搾乳という言い方をしないので、この言い訳をした人は乳牛に対して素人ということを表現するために”乳搾り”という言い方をしたのだ。
それでウケがどうなるかはイマイチ分からないが、こういうこだわりが良いとなる可能性もある。
何故ならこれは吟味しての印象審査だから。
最終的にそういうこだわりが好きだ、となれば、そこが決め手になることもあるのだ。
さて、さっきは手を挙げるタイミングが若干遅れてしまったが、よくよく考えれればこのタイミングで良かったなと思いつつ、手を挙げた。
司会者は言った。
《さっ、これが最後の回答になるでしょう。中村天丼どうぞ》
そう最後の回答。
印象審査で重要なことは最後を締めるということだ。
いやお題2もまだあるので、これで本当に締めるわけではないのだが、この『お題1はコイツで、お題2はコイツだった』と考える人もいるので、この区切りでウケを狙うことは重要。
最後ということでハードルも上がるし、牛山平太のあとなので、難しいところもあるが、ここは思い切りいく。
こういうところで勝負しなければ、結局優勝なんてできないんだから。
《遅刻の言い訳を考えて下さい》
「電車が止まっていたので、線路を組み替えていました」
プラレール的なボケ、ウケはそこそこ程度で、ちょっと苦々しい気分にはなった。
やはり牛山平太のあとはキツかったか、まあいい、悪くても今は2位だ。
最後のお題で勝負をつけよう。
《それではお題2! 最後のお題です! お題はこちら! 毎日飽きもせず○○○》
穴埋めボケか、○○○の中の言葉を穴埋めすることでボケるお題。
お題の芯を食うならば、飽きてしまうようなことを言うことが一番良いが、パワーワードで押し切るやり方も決して悪くはないだろう。
何故ならかなり自由度の高いお題で、どんな言葉も当てはまってしまうので、それなら印象に残りやすいパワーワードで壊しにいくこともアリだ。
ハマれば、黒田寛なんかも怖くなるお題だが、まあこの横での震え具合を見れば、黒田寛はもう潰れたも同義だ。
まずは最初の一番ハードルの低いところで、俺は手を挙げる。
司会者は言う。
《毎日飽きもせず》
「同じ噛んだガム」
多分”噛んだガム”だけでも伝わったのかもしれないけども、ここは確実に『同じ』という単語を追加した。
飽きると言えば噛んだガムだろうということで、素直に使ってみたんだが、意外とウケていい感じだ。
すぐさま牛山平太が手を挙げた。
《毎日飽きもせず》
「ありがとう乳牛」
飽きないからの感謝をしているという構図か、牛山平太の人の良さそうなところも相まってかなりウケている。ヤバイ。
すぐさま流れをぶった切ろうと手を挙げたその時、同時に黒田寛が手を挙げた。
司会者は黒田寛をあてた。
回答数が少ないほうを優先といった感じだ。
それはまあいいだろう、俺としても黒田寛のあとに答えたほうがウケやすいだろう、と思ったその時だった。
《毎日飽きもせず》
と司会者が言ったところで黒田寛はザッと立ち上がってから、
「立ち大喜利!」
と叫んだ。
その座って大喜利するという固定概念をぶち破る立ち上がり。
さらに、それをそのまま言うこと。
そしてこの高すぎるテンション。
元々あった黒田寛のさわやかなキャラクターが相まって、なんとここでめちゃくちゃウケたのだ。
ヤバイ……黒田寛が乗ってしまう……俺はすぐさま自分の回答を消した。
司会者に見られたけども、今は大丈夫といった感じに、制止の手のポーズを出した。
ここでこんな普通のボケをしたら完全に滑ってしまう。
勿論、このまま終わっても負けるので、どこかで回答しなければならないのだが、俺は待った。
そう、斬り早紀の回答を。
多分牛山平太も悩んだフリをしているが、斬り早紀を待っている。
順番的に斬り早紀が答えて、みんな1答したことになる。
まるで急に順番を守るみたいなツラをしている、俺と牛山平太。
最低なレディファーストだ。
……みたいなことを考えていたら、手を挙げたのであった……黒田寛が!
ヤバイ! 黒田寛の2連続はヤバイ!
何で手を挙げないんだ! 斬り早紀!
もう書けているみたいな状態なの、見えていたぞ!
しかし司会者はすぐに黒田寛を差し、
《毎日飽きもせず》
「ハグ!」
と叫びながら、今度は自分のホワイトボードを抱き締めた黒田寛。
一瞬見せた、デカい文字で書かれたハグという文字。
しかしそのハグという文字はすぐに見えなくなった。
何故なら、字が書いてあるほうを自分の胸に付けたから。
その時だった!
黒田寛が声を上げた。
「あっ! 服に!」
なんとハグという文字が黒田寛の着ていた白いTシャツに付いたのであった!
出た! 黒田寛の天然炸裂!
ハプニング笑いだ!
一気に黒田寛の空気になった舞台上、いや! ここで俺の空気にする!
俺はすぐさまツッコんだ。
「ハグしたことによってハグと一つになったじゃん!」
この俺の一言で会場がドッと沸いた。
これは印象審査の大会だ。
大喜利だけが勝負じゃないのだ。
舞台上で起こる全てのことが審査対象なのだ。
ここで抜け出しそうになった黒田寛に待ったをかける俺のツッコミはバシッと決まり、まだまだ試合はこれからといったところだ。
しかしハプニング笑いのあとは場が荒れるわけで、なかなか次に手を挙げようとする選手がいない……って、なるだろうなぁ!
俺はここで手を挙げる。
ここが勝負だ。
俺はツッコミで一矢報いた。
だからこそここで一歩出るんだ。
ハッキリ言おう。
印象審査の大喜利の大会は大喜利の大会に非ず。
1ボケずつ審査する採点審査なら、一個一個のボケの破壊力が大切だ。
でも印象審査は雰囲気で決める方式。
つまり良い雰囲気を見せたヤツが勝つんだ!
司会者は俺を差した。
《毎日飽きもせず》
そして俺は黒田寛を指差しながら、さっきのツッコミの流れを持ったまま、こう言った。
「永遠の愛じゃん」
ウケた。
非常に単純な回答なのだが、単純なモノを欲している空気というものが確かにあった。
黒田寛が直前に出していた『ハグ』がまさに単純な回答で。
さらに短いボケが良いという空気にもなっていた。
それはまあ俺が最初に出した『同じ噛んだガム』からだけども。
とにかく大切なのは空気を読むことだ。
多分普通の大喜利の大会になっていたら、永遠の愛くらいではウケないだろう。
もっとセンスをウリにした回答のほうがウケると思う。
しかしこの空気。
この”全部をまとめてほしい”という空気。
総括してほしいという空気。
直前にツッコミをしていた俺だからこそ、出さなければならなかったアンサーソング。
それがあの『永遠の愛』という回答だった。
もう別にボケじゃないし。
でもそれがウケた。
今日一でウケた。
そしてここをピークとして、試合終了。
優勝は俺となった。
だいぶ荒れた決勝戦になったが、あくまで大喜利は頭脳戦なんだ。
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