第19話 崩落

「そのネイルかわいいね」


「え?うん...」


 私に話しかけられた隣の席の山田さんは俯きながらそんな返答をする。


「ね、山田さんって隣のクラスの橋田くんのこと好きなんでしょ?」


 そう言うと目を丸くして驚く彼女。


「...何で知ってるの?」


「知ってるよー。私はクラスメイトのこと何でも知ってるから。山田さんさえ良ければ連絡先教えてあげようか?」


「...」と、目が泳ぐ。


 動揺、迷い、不安、興味...。

手に取るようにその情緒が分かる。


「どうする?」


「...えっと...お願いします」


「うん!じゃあ、伝えておくね!」


 私はどんだけ立場が不利になろうとそれをひっくり返せるほどの情報と話術を持っている。

高校生なんて大概が惚れた腫れたを繰り返すだけの単純な生き物。


「ね、坂下さん。ちょっといい?」と、帰り道に声をかける。


「...」と、無視する坂下に私は続ける。


「宮城さんと小野坂さんが坂下さんの悪口言ってたよ。高飛車だとか、ブスのくせにかわいこぶってるとか」


「...はぁ?2人がそんなこと言うわけないじゃん。...あんた必死だね。そうやって私たちの仲を切り裂こうとしてるのが見え見えなんですけど」


「そんなことないよ?私はただそんな悪口を言われている坂下さんが可哀想で...」


「可哀想なのはむしろあんたじゃん。ボス猿気取りの王様が平民に泣きつくなんて可哀想でしかないんだけど」


「ひ、ひどいよ...坂下さん。私はそんなこと...」


「2度と私に話しかけんな」


「...」


 まぁ、こっちを落とすのは無理か。

けど、2人の方はどうかな...。


 こうして私は少しずつ仲間をつけて、少しずつ人間関係を壊していった。

所詮は出会って3ヶ月程度の薄い関係ばかり。

そんな薄氷の関係など、ハンマーの一撃さえあれば簡単に壊滅する。

人間関係ほど壊れやすく脆いものはない。


 ◇


「気づいてる?」


「そりゃ、一緒のクラスでわからんわけないだろ。人の懐に潜り込んだり、人間関係壊すのうめーよ。たった2週間と少しで見事に立場を逆転させやがった」


「えぇ、そうね。あなたが言っていたことはどうやら本当のようね。諸悪の根源はあの女だった」


「まぁな」


「それであなたはこのあとどうなると予想しているの?」


「流石にわからん。けど、今の行動はただの仲間集めには見えないのは間違いない。人間関係を壊してるのも別の作戦のための前準備に見えるけど...」


「そう。あなたが分からないんじゃ仕方ないわね。ちなみに園原さんの方はどう?何か動きはあった?」


「特にねーな。多分、今はそれどころじゃないしな。園原がいるグループも崩壊寸前に見えたし」


「そう。まぁ、今はそんなことよりテストのためにちゃんと勉強しましょう」


「...おう」


 そう言いながら黙々と勉強を続ける俺と加賀島。


 すると、コンコンとノックされる。


「お兄ちゃんー。胡桃さん来てるよー」


「...は?」


 その言葉に耳を疑う。

それは塩田が家に来たことではなく、妹があいつのことを下の名前で読んだことにだった。


 少しすると階段を登る音と共に奴が現れる。


「こんにちは、圭人くん」

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