アイデンティティ・メルトダウン

 プールでの遊び疲れが押し寄せてきたのか、血糖値的なアレなのか、あるいはそのどっちもか。ぼんやりし始めた芹那にこまりんが仮眠をすすめてくれて――ほどなくして芹那は片付けた和室でひとりお昼寝タイム。

 そこから約一時間後、リビングでのボドゲ大会が一区切りしたところでこそっと芹那の様子を見に来たオレなのであった。

 ……というのが現在のあらすじなわけだけど。

「天使かな?」

 和室で扇風機のそよそよした風を受けながら折りたたんだ座布団を枕にタオルケットをかけて眠る――ありふれた『夏』のひとコマでもその主役が芹那なだけでなんかもはや宗教画。全国のサイゼに飾られちゃう。

 同時に、オレと芹那が恋人同士――もしくは親子みたいな関係だったら、おでこかほっぺにチュッとしちゃってただろうなあ……ってくらいにこう、愛おしいっていうのかな? 誰より可愛く感じて大切にしたい、みたいな気持ちがふわふわ溢れてくる。まだそこまでの関係じゃないから、そっと髪やほっぺを撫でさせてもらうだけに留めるけど……。

「……ふふ」

 芹那、ほんと一度眠るとぐっすりだなあ。すやすや気持ちよさそう。……一緒に寝たら芹那の寝息ASMR効果でオレも気持ちよく眠れるかな? うーん、お泊りとかでワンチャン検証できたり……修学旅行の布団くらいの距離でもじゅうぶん効果が見込めそうだし。……いや、できるならしたいけど……添い寝……。


「――はっ」


 軽く肩を叩かれる気配に振り向けばそこにはこまりんの姿。

「かき氷でお腹冷やしたワケじゃなかったんですね、ひと安心です」

 いつもよりトーンダウンなボリューム、芹那への配慮ハナマル満点。

「あー……『トイレ』って抜けたから。ごめんね、心配かけちゃった」

「いえ、ワタシもこうして芹那くゃんの寝顔を拝む口実ができたのでチャラにしてやりますよ」

 冗談めかしてこまりんが言う。理解ある委員長に感謝。

「……その『芹那くゃん』って言いにくくない?」

「ワタシとしては親しみを込めて『芹那ちゃん』と呼んでしまいたいところですが、彼ないし彼女を思えば踏み切れないところがありまして。……ご存じの通り、彼ないし彼女……及び他人の前ではできる限り、今まで通りの『丁字』です。あだ名的な呼び方を好むタイプじゃないのもありますし」

 ――『彼ないし彼女』。そういえばTS病のひとって、二人称はどうなるんだろう?

「芹那、第二の人生デビュー! ってノリノリなタイプじゃまず無いしね。逆に『俺は男だー!』って感じでもないけど……。なんていうか……性別変わったこと、一応は受け入れようとしてる、みたいな……」

「……それでいて、過剰に適応しようとしているような。……そして『諦め』というか、そんな雰囲気も感じます。『自分は自分だ、心まで女性になったわけじゃない』と言いながら、己が『女性』であることを『諦めて』受け入れようとするような」

「……うん。それでなんか、芹那の思う『女の子』って偏ってる気がしないでもない」

 もっと言えば『男』に対しても。……そこにこまりんの言う『諦め』がプラスされて変なことになっちゃってるみたいな。

「女性や男性である以前に、ワタシたちって『個』なんですけどね。最初に面会したときはもっとその辺り理解しているものとばかり思っていたのですが……」

 どんな姿でも自分は自分。でも『自分』が今までの『自分』じゃない。今までの『自分』じゃいられない。……たとえ周りの配慮や理解があっても、完全には。

 ……オレだって芹那を少なからず、かわいいとか以前に『女の子』として見ちゃってる。もし男同士だったらおなかを見せられても恥ずかしくは思わなかっ……いや、芹那のことを意識してたら同じだったかも? ……いやでも、ほら、着替えとかトイレはもう一緒にできないし。うん、そういうとこでそういうとこで。

「どうして急に赤べこ化? ……いえ、正直シリアスブレイクな動作に少しほっとしている自分もいますが」

「これでもシリアスしてたんだけどなー。……でもまあ、オレにシリアスは似合わないか」

 あんまり重苦しいのは自分でも耐えられないし。できるだけ明るく楽しくいるのがオレらしさかな。

「……芹那が思う芹那らしさってなんだろ」

「また温度差で風邪引くようなテンションになりましたね……。

 ……あまり言いたくはないですけど、良いイメージは無いんじゃないですか? 前提として消極的で……自分にとっての『不幸』を受け入れようとするゆえですかね、なんか逆に自ら面倒なタスクを買って出るような部分もあるじゃないですか。中学の頃から」

「じゃあより一層、芹那の周りをハッピーとか安心でいっぱいにしてかなきゃね」

「簡単に言いますね……。それはそれで混乱が起きるんじゃないですか? アッパーリミットってやつです、幸せに耐えられなくて自らそれを台無しにするっていう――」

「あ、それ芹那にあるかも、近いの。なんかね、今日も『配慮とか良心が逆にむかつく』『着せ替え人形にされたり変な目で見られた方がマシ』って……なんかさ、コレ台無しになりたがってない?」

 こまりんの目、一瞬でまんまるから半円に。

「容赦無く着せ替え人形にしてやりましょうか、逆に。……なんですかそのベタフラッシュ背景が似合いそうな無言のリアクション」

「え、だって、だって……」

「幼児ですか貴方。……先程の発言に軽い苛立ちが含まれていたことは認めますけど……なんて言ったらいいんですかね、もういっそ、望むようにしてやったらいいんです。……それを貴方の手で楽しい催しに変えてやるんですよ。得意でしょう、そういうの」

 ――――……。

 ……あ、なんか浮かびかかったけどパッて消えてった。うう、もう少しで良いアイデア出る気がするんだけど……!

「……いいですよ持ち帰って。聞けたところで今すぐ実行できるアイデアでも無さそうですし」

「たすかる〜……」

 理解ある委員長に感謝(再放送)。


「やはりここに居たか」


「あ、マッキー……に、ツナ氏」

 オレに続いてこまりんまで帰ってこなくなったから、心配して探しに来た……ってとこだよね。いやはや申し訳ない。

「丁字……はぐっすりだな。見事なまでのグッドスリープだ」

 ――芹那の方に目を向ければ、相変わらずのすやすやっぷり。

 こまりんと結構話し込んじゃってたけど、狸寝入りの心配はゼロ。たまにほっぺもちもち触ってたけど当然のように無反応だったし。

「もし丁字くんが起きてたら一緒にゲーム、って話してたけど……ふふ、残念だけど、もう少し寝かせてあげたほうが良さそうだね」

 ズレたタオルケットの位置を直すツナ氏、お姉さんみがある。……下のきょうだいがいたりするのかな?

「そうですね。……ワタシたちは一足先に戻りましょうか。ゴハ、行きますよ」

「……あ、うん」

 最後にそっと芹那の髪の毛を撫でて、そろりと廊下を目指していく。

 ……芹那のための楽しいアイデア、マッキーとツナ氏にもちょっと聞いてみようかな?

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