それから(後)

「芹那、支度終わったー?」

 ――促されるまま、久樹の前に座り込む。

 この肉体からだになってから、なんとなくあぐらが安定しない気がする。これも男女の差ってやつなんだろうか。

「じゃあ、今日もスプレーから始めるね――」

 …………。

 何話したらいいかわかんない。別に、ムリに話す必要無いけど。

 ――髪に寝癖直しをスプレーして、ドライヤーで乾かして。

 手ぐしの感触がいちいち優しいの、むかつく。……でもコイツなら誰にでもこうして接するんだろうな。俺がトクベツってわけじゃなくて。

「よし、ドライヤーはもう大丈夫そうかな。髪の毛とかすね」

 ――毛先からゆっくりほぐすように、丁寧にじっくりやさしく。

 もともと几帳面なタイプじゃないだろうに。自分は寝癖つけてるくせに。ヒトのことばっか。

「……あのさ」

「んー?」

「もっと自分のために時間使いなよ、って思うんだけど。……俺なんかのためじゃなく」

 どうせ言っても聞かないんだろうけど。

「うーん……オレが芹那にすることって、究極的にはオレのためといいますか……。オレのやることなすこと、芹那が本当に心底嫌なら考えるけど。そういうわけじゃないでしょ?」

「ホントーにシンソコイヤ」

「えー?」

 ――久樹がくすくす笑う。ちいかわみたいなリアクションやめろ。

「……いちいち気ぃ遣われるのも嫌。昨日もその……ヒステリーみたいになって悪かったけど、でもなんていうか……お前はそんなつもりないんだろうけど……」

 冷静になってみれば、久樹は『誰にでもそうする』ヤツだって分かってる。……でも俺からしたらいちいちコイツの『優しさ』が目について、自分が守られたり気遣われるくらい弱いものになっちまったんだって気がしてきて……それで結果的に、久樹に当たり散らかすような真似をして。

 ……自分がどんどん嫌になる。

「……ごめんね。芹那のこと、困らせたいわけじゃないんだけど」

「別に謝らなくていい。……俺が素直にヒトの好意を受け取れないだけ。悪い意味でワガママなだけ」

 ……こんなこと言いたいわけじゃないのに。ホント人付き合いって嫌だ。余計なこと思ったり、言っちまったり。……だから一人でいたいんだけど。いたいんだけどなあ。

「ありがとう。芹那は優しいね」

 久樹の優しさが俺は苦しい。今は特に。

 ……拒否して跳ね除ければいいのに、どうしてそうしないんだろう。昨日だって結局、帰ってしばらくしたら無意識にスマホ開いて謝ってた。頭が冷えたにせよ、久樹とはもう距離を置こうと思ってたのに。

 鼻の奥がつんとする。得体のしれない感情が自分の中でうずまいて、不安がじんわり押し寄せる。

「……ごめん、ちょっと薬飲む」

 ――ブラッシングが一段落したのを見計らって、久樹より先に立ち上がった。台所に移動して、吊り下げポケットから『不安時に飲んでください』の袋を取り出す。

 ……眠気は少し出るかもだけど飲まないよりきっとマシ。早く効き目が表れてほしい。

 いつか、こうして誤魔化す以外の解決策が見つかりますように。――そう思いながら、薬をひとつ飲み干した。

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