信頼できない語り手
「どうせ入院生活の話とか聞きたいんだろ、お前」
「よくおわかりで」
――久樹が上着のポケットから取り出したヤクルトを一気飲みして息をつく。
生ぬるくなってそう。……いや、冷房きいてるし大丈夫か。別にどうでもいいけど。
「おとといも担任と委員長たちに話したからな」
「え、こまりんとマッキー来てたの? そんな話ぜんぜん……」
「とうとう愛想尽かされたか? ざまあみろだな」
二人が「この衝撃を久樹にも味わわせたい、内緒にしておこう」なんて言ってたことまで話す義理は無い。ムダに傷つけ。
「……意識戻ってからは状況の説明、検査、リハビリ、オンナノコ訓練。ヒマつぶしに勉強。……あと親にTTFC契約してもらったから観られなかった分のニチアサと公式チャンネルの配信追っかけて、あとテキトーに色々観てた。以上」
聞きたいことも話したいことも山ほどあるけど、みたいな顔。……こいつホント全部出るな。
「えっと……オンナノコ訓練、って?」
よりによってそこから……自業自得か。情報与えたのは俺だし。
「……オンナノコのカラダについて保健体育、それとトイレとかシャワー室『女性用』使うようにのクセ付け。――ああ、そうそう。生理については実践込みでの勉強だったな。朝トイレに行ったらパンツに血ぃついてんの。ちょっとだったけど。初めてハダカ見た時以上にこの身体が女ってコト嫌でも分からされちまったなあ」
わざと露悪的な口調で、あざけるように話してやった。
これから社会的に俺がどう扱われるとか福祉がどうだとか定期検診がとか、そういう説明もあったけど別に話す必要ない。
「ついでに下着もオンナノコ用。残念ながら下はボクサーと変わんないようなやつ、上はタンクトップにパッドが付いたやつ。ほら」
――Tシャツをめくってインナーを見せつける。
はは、久樹固まってる。ズボンも脱いでみせるか――。
「……なんで後ろ向くんだよ。かわいいオンナノコの下着だぞ、地味だけど。ああ、ドーテーにはこれでも刺激強すぎたか?」
でも挑発するみたいに続けてやる。
こっち向け。見ろ。振り向け。負けろ。もしくは怒れ。
「……ごめんね、辛いこと話させちゃって。ふつうに特撮の話とか、オレの近況とか……そういう話がよかったよね」
善人ぶりやがって。……本当にむかつく。
「シャツ、しまってくれると嬉しいな。……それでさ、なんか楽しい話しよう? 持ってきたコーカサスカブト城で遊んでもいいし。……実はちゃんとシュゴッドも持ってきててさ。ほんとは二段サプライズで出す予定だったんだけど――」
どうしてそんな困った声出してるんだよ。……もういい。
「……しまった」
――久樹がゆっくりこっちを向く。
「うん、ありがとう。――よし! じゃあさっそく箱か、ら……!?」
なんで泣いてるんだ俺。
……くそ、止めたいのに勝手に身体が涙出してる。嫌すぎ。早く止まってほしい。
あー、ぐすんぐすん泣いてる俺、声かわいー。傍から見てもカワイイだろうなー。誰からも心配されるだろうなー。……くそが。
「ええと、ティッシュ……あった! はい、芹那。あとゴミ箱はーっと……」
――びしょ濡れティッシュを量産してはゴミ箱にぽとぽと落としていく。
……やめろ、頭撫でるな。背中さするな。ほっといて。なんで俺にかまうの。
「……おまえの手、大きいな」
「んー? ……そうかな、特段大きくないと――……あ、そっか。……そうだよね」
――ぴた、と手のひらの動きが止まる。
ついでにそのまま離れてほしい。
「ひさき」
……弱々しい声。これホントに俺の声か?
「……うん。なあに?」
気持ち悪いほど優しい口調だ。……子供扱いされてんのかな、俺。また背中さすってきてるし。
「手。……手、見せて」
「手? ――えっと、これでいい?」
パーの左手。今の俺の手よりでかい。重ねるとよく分かる。……あったかい。
「にぎるな。きしょい」
俺のより硬い気がする。……でも肌だからか、ある程度は柔らかいな。
「……芹那」
「両手でにぎるな。……なんだよ、柄にもなくシリアスな顔しやがって」
「学校には戻るの?」
「いちおう。戻ったらまず期末テスト。倒れて受けられなかったからな」
「あのっ、……――制服、なんだけど」
「ズボン。……担任にもそれ言われた。うちの学年にはいないけど、女子でも履いていいのは知ってる。サイズ変わっちまったから、今までの着るわけにはいかないけど。……あと言っとくけど、体育の着替えは保健室。トイレは仕方無いから女子用。なんか言うヤツいたら委員長がシメるってさ」
……少し表情やわらかくなった。
「そっか、こまりんが味方してくれるなら安心だね。まあ……少なくともうちのクラスは良い意味で関心ある人か、ない人のどっちかだと思うから――そこも大丈夫かな」
「どうだかな」
……トモダチ多い久樹が言うから間違いないんだろうけど、シャク。
「……あのさ」
「なに」
またシリアスに戻った。……なんなんだよ一体。
「結婚しよう?」
また何言ってんだコイツ。
「いや今すぐじゃなくて。……いやしたいけど……そうじゃなくて。ええと……あのさ、『健やかなるときも、病めるときも』って。オレ、そうしたいなーって」
……頭がほんとにダメになった?
「そのためには芹那にもオレのこともっともっと好きになってほしいし、オレといて『いいな』ってたくさん芹那が思えるようにしたいし……えーと、とにかくオレ、頑張るから!」
「ムリ。拒否。ありえない」
じっと真っ直ぐ見てくるのがうざいから、そっぽを向いてやった。お前と目線なんて合わせてやらない。
「まずは友達……いや、親友から? 友達以上恋人未満、とか言うし。うん、その中間からっ」
「誰が親友だ」
「オレオレオレオレ!」
タオル振り回してしばいてやろうか。
「かえれ」
「えー」
「荷物持って。はやく、はーやーく。ペットボトルも。ヤクルトはいい、捨てとく」
――久樹を部屋の出入口に押しやる。
シュゴッドは置いてってほしいと思いかけたけど、早く帰したいからやめとく。多分かさばるし。
「オミヤゲありがとう。じゃーな」
「えー! まだオレ芹那とブンドドしてなーい」
楽しそうに笑うな。ムカつく。
「ドア開けて。出て。……じゃあ、鍵しめるからな。サヨーナラっ」
ぴしゃん。追い出してやった。ざまあみろ。
「……ん」
通知音。……げ、久樹から。
『今日のところは勘弁してやる』
『おぼえてろー』
『スタンプを送信しました』
『スタンプを送信しました』
『スタンプを送信しました』
『スタンプを送信しました』
「――ああもう、うざい!」
未読無視だ未読無視!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます