御八角くんはおみまい!
夏休みも終盤。……芹那が倒れて、もう一ヶ月以上。
おととい芹那からスマホに通知が入ってきたのを見た瞬間、両目が飛び出すかと思った。
確実に世界一おめたでたい『おい』の二文字だった……。うれしすぎてスクショしちゃった。
――アプリを開いて、メッセージを滝登り。
軽い挨拶、それと芹那の病状について。
『起きたら性別変わってた』
読んだ瞬間びっくりした。
『TS病』――ニュースで、それとテレビのスペシャルでも見たことがある。
正式名称『性転換症候群』。すごく珍しい、病気……でいいのかな。個人的には『現象』って感じがするけど。
芹那の体調不良はその前兆と発作で、(芹那からは詳しく聞いてないけど)テレビやネットの解説的に数日の間でどんどん身体が作り変わって……ってことだよね。
つまり、漫画とかでたまにある『朝起きたら女の子に!』状態に芹那がなったわけだけど――本人いわく『別に』『どうにも』。……芹那らしいなあ。なんやかんや、会ったら発症後のあれこれについて愚痴ってきたりはしそうだけど。
『面会来るの』
『もちろん!!!、!、!!!!!、!』
そりゃ二つ返事しかないよね。こっちから「行ってもいい?」って送る前に切り出してくれたんだから。
……さて、というわけで絶賛面会前日なう。脳内でこのくだり何回やった? ってくらい色々思い起こして、メッセージ読み返して……ストレッチもしたし牛乳あっためて飲んだりもしたのに興奮で眠れない。遠足の前日でもそろそろ寝落ちすると思う。
写真について『やだ』の一点張りだったのも強いかも。芹那には悪いけど、どんな姿になったのかやっぱりすごく気になっちゃう。
オレの知ってる芹那は――ええと、まずショートの黒髪で、目はちょっとこげ茶っぽいかな? 背はオレより何センチか高いね。
……話しかけるといつもじとっと睨んできて、返事はいつもそっけなくて。口はちょっと悪いけど、でも嫌な子じゃなくて……話してるとわざと悪ぶってるんだろうな、っていうのが伝わってくる感じ。
ニチアサの話振るとだんだん口数多くなってくるの、好きだな。
そうだ、他だと甘いものが好きみたいで。いつもいちごミルク飲んでたり……あと、中学の調理実習でカップケーキ作ったとき、小さく「いい匂い」って呟いてたのもなんか記憶に残ってるんだよね。ふふ。
「……あー、早く会いたいなあ!」
大切な友達のひとり。倒れれば当然心配するし、それが快方に向かったとなれば当然すっごく嬉しくて。
学校には新学期から通えるのかな? それともまだ病院で様子見になるのかな。どっちにしても、夏休み中気を紛らすようにバイトしてた甲斐があるというもの。一緒に出かけられるならマッキーから教えてもらった穴場スポットな喫茶店に誘いたいし、そうじゃなくても元気が出るもの持っていってあげたいなあ。……てことで第一弾、明日に用意したわけだけど。驚いてくれるかな、それともそっけなく返される? あー、ほんとに楽しみだなあ……。
◇
うとうとしててバス乗り過ごすところだったの本当に危なかったなあ……。
――少し遠くの大学病院。ともかく迷わず着けてよかった。
受付に面会予約の件を伝えて、熱を測って、チェックシートに健康状態、それに『
芹那の病室に行く前、ちょっと寄り道。病院来たらつい自販機コーナーと売店は覗いちゃうよね……。オレの分のほうじ茶とヤクルト、芹那にはいちごミルク。学校でよく飲んでるのと同じパック。
少し歩いて登場したエレベーターに搭乗。……ドキドキそわそわが強まってきた。
小さくなってく景色を眺めながら、高層ビルにいるつもりでつばをごくりと飲み込んでみる。
――目的階到着。
エレベーターの扉をくぐって、テレビカードの販売機を越えて。一歩、また一歩と進むたびに鼓動がどんどん高鳴って。……走りたくなる気持ちを我慢しながら進んでいって。
「……ここだ」
――905『
芹那がここにいる……んだよね? なんか緊張してきた。第一声、どう決めよう? 「久しぶり」? 「おいっす」? 「スラマッパギ」?
……いやいや、考えても仕方ない。出たとこ勝負で、いざ!
――マナー良く三回ノック。
……足音がこっちに近づいてる。
ぱた、と止まって――しばらく間があって、するするする、とスライドドアが――。
「――――――」
「……なに腰抜かしてんの。ていうかなにその顔。そんなに驚いたか、俺の顔。すがた」
今まで見たどんな面白い漫画より、アニメより、特撮より――自分の両目が見開いてる。
……まぶしい。キラキラしてる。いつもより取り込む光量がずっと多いから?
「ぁ――……え、っと……芹那……?」
肩よりちょっと長いくらいの、ふわふわな茶色い髪の毛。
どこかで見たことあるような、でもそれよりも大きく見える、こげ茶色のじとっと睨むような目。
オレより小さいはずの背丈。
白くて透き通った肌。
細くてうすい体格。
大きめのカーディガンにスウェットズボン。
オレのより小さいサイズのサンダル。
かわいい。
……いや……かわいい、なんて言葉じゃ足りない。
息が苦しい。心臓がどくどく言って、胸が熱くて、頭の中がくらくらしてて――。
「……結婚したい」
思わず本心が口からこぼれてしまった。
「オマエの頭は尻にあるの?」
あ、やばい。もしかしなくても声もかわいい。
「……そこずっと座ってるなら、オミヤゲだけもらってドア閉めるけど」
ジト目かわいい。やばい。最強。
「なにこの紙袋……重っ、何入って……いや『DXキングコーカサスカブト』って。これあの二十体合体のヤツじゃん、オージャーの」
「さっ、――――」
サプライズ大成功――その言葉はなぜだか出ない。……いつもみたいに気軽な調子で芹那に話しかけたいのに。
「こっちは……お菓子か。……立たないならホントに閉めるけど」
「ごめ……はっ、入りますっ」
壁のスロープに掴まりながら、なんとか立ちあがる……人通りの少ない場所で本当によかった。
「……髪の毛、きれい。小さい、かわいい……」
――芹那、後ろ姿までかわいい。
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