第2話 行き過ぎた結末

3.11は日本に限らず全世界に衝撃を与えた大震災だった。

巨大地震、津波の恐ろしさをまざまざと見せつけられた大災害だ。


「この地震で藤沼ダムが崩壊し、死者が八名、全壊家屋は20棟に届こうかというほどでした。」


四ノ宮の言葉で、反発ばかりのリーダー達の顔色が変わった。


「然し、ため池も法整備されていると聞く。」


住民側のその質問は、四ノ宮の用意にある。


「確かに農林省によってため池台帳が整備され、ある程度の確実なデータが蓄積されてはいます。そこで皆さんリーダーの方々に是非ともこれからいう事を実際の大震災の時に実行していただきたいと思っています。」


四ノ宮の言葉に身を乗り出すもの、息を飲むもの様々な表情がある。


「逃げる方向を間違えないでほしいのです。」


気が抜けるような言葉だった。

かすかに笑うものもいた。

その中の一人が、


「津波が来る方向に逃げるような人間がいるか。いくらパニックと言っても迫ってくれば逃げる、当たり前に反対に走って逃げるだろう。」


場内に笑い声が響く。

四ノ宮の表情は重く暗い。


「そうですね、ごく当たり前に逃げればいい、然し、その逃げ場が無いとしたらどうしますか?」


場内の笑いが険悪さに変わる。


「逃げ場がない、どういう事ね?」


一人の老人が怒鳴った。


「正確には逃げる暇がないという事なんです。ため池から住宅までの距離を考えると津波の速度は人間の速さでは逃げる事が不可能だと言う事です。」


「それじゃあ、俺たちは犬死するしかないということか。」


悲痛な叫びのように四ノ宮には聞こえた。


「そうならないように、皆さんが誘導して内陸津波が起こり得る場所、つまり、ダムや、溜池に隣接する場所は垂直非難という方法をとるよう促していただきたいのです。」


全員がイメージから、「上に逃げるということか。」と分かった。


「頑丈な建物、もしくは、近くの高い場所に避難する事が最善です。近代になりビル群が立ち並ぶようになりました。会社もしくは法人所有の高いコンクリート建築物、他にマンションやアパートなど、3階以上の建物の所有者には是非協力を頂き、また、行政の方々には漂流物の衝突力が少ない円筒形の津波避難タワーの建設の協力を要請します。こちらからも国への働きかけなど全面的に協力いたします。然し、建物の耐震性は、津波に耐えられるかどうか、詳しいデータがありません。建築基準法を満たしていれば安全と言うわけではないという事を理解してください。それと、ダム、溜池が決壊した場合のハザードマップは概略程度のもので、どのくらいの時間でその場所に到達するかは、まだ正確には解明されていません。」


住民の動揺は会場を揺らすほどだ。


「それじゃぁ、ため池が崩壊したら、わしらはお陀仏だと言うのか。」


行政側も動揺のていだ。


「四ノ宮さん、そんな大げさな事を。」


四ノ宮の言葉は、現在日本が抱えるため池問題の核心だった。

然し、ハザードマップは制度を上げつつ完成に近づいている事は確かだった。




「それともう一つの問題があります。」


行政職員全員、それにコミュニティリーダー全員がもうやめてくれと騒ぐ中、四ノ宮は怯まずもう一つの恐ろしいデータを繰り出した。


「それは、南海トラフ大震災が起こった後、もう一度地震に見舞われる可能性が出てきたというデータです。」


この事は行政会議でも言わなかった。

その場で決断した研究結果報告だった。


 南海トラフにおいてフィリピン海プレートとユーラシアンプレートの間でモーメントマグネチュードの地震が南海トラフ大震災以降10年から50年の間で起こる可能性ある事がデータ解析されている。


「これは仮にですが、仮に南海トラフ大震災直後にこの内陸地震が来た場合、揺れが長期化しこの地域は壊滅する可能性があると言う事です。其れが四国、近畿、東海に起こり得るというシュミレーションデータが現実に有るのです。」


四ノ宮の発言は周りを不愉快にしたいだけの愉快犯というレッテルを張ったにすぎなかった。

実際、これは膨大な歴史資料から計算された精密なデータだった。

続けて四ノ宮は全員の動揺を抑える為こう言い放った。


「動揺を押さえてください。今日の説明会の趣旨は、家屋の耐震性の見直し、ため池の危険性、逃げる場合は垂直非難、この事を胸に刻んで、起こり得る災害に対応する為の懸け橋として、コミュニティリーダーの皆さんに頑張っていただきたいと言う事です。あそこまで5分だから助かるとは思わないように促してください。」


コミュニティリーダー達は危機迫る恐怖と四ノ宮への不信感とこの会義への怒り顔で沈黙している。

四ノ宮は、最後のセリフはこう決めていた。


「皆さん、災害はどこでも起こり得る事です、であれば日本全国民で協力し合うそれが必要な事です。災害は南海トラフだけではありません。皆さんにとってのライフライン、電気、ガス、水道。これも共有し合うのが個人個人を守ることにもなります。『分け合う精神』今はもう死んでいるような言葉ですが、ここに居る年代の方々ならば分かると思います。戦後の日本は全員の協力で乗り切れたのです。協力は困った人への又困った時への日常として受け入れていただきたい。」


最後の言葉は蟠ったこの会場を包み込むように一瞬浄化した。

信田が信頼しているのは、四ノ宮のどんな状況も覆す人の気持ちを包み込む弁術でもある。




 コミュニティ会議は情報の共有という要件を達成し、四ノ宮にとっては意義のある会で終わった。

会議後、反省会と称して、行政との打ち上げがあった。

彼の胸中には、「自分は、ただ、周りを慌てさせ、追い込んだだけ」の人の様に思えて仕方がなかったが、情報の開示が叫ばれる昨今、今回ほどの見える化は無いだろうとも思った。


 その夜、四ノ宮は眠りに落ちる事無くジェットスターで四国から成田へ戻った。


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