第1話 コミュニティ

「四ノ宮、四国4県のコミュニティ統合資料を作ってくれ。」


四ノ宮の所属部署である南海コミュニティ課の信田課長の指示に対して「南海に動きが」と聞いたが南海トラフの異変ではなくシナリオ作りの一環である事が分かった。


 南海トラフ地震は約100~150年周期だと予測がある。

前回は1944年の昭和東南海地震になる。

2、30年の間に巨大災害から命を守る術を見つけ出さなければならない。


「分かりました。」


パソコンに向かい四国4県の統合コミュニティ資料と銘打ち住民リーダーを中心とした災害時の連携方法案を入力していく。


「思えば・・・」


南海トラフは住民にとって災害のイメージが強烈にある。

しかし、南海トラフにはエネルギー資源の乏しい日本にとって宝石より価値の高いものが存在する。

クリーンな天然ガス資源「メタンハイドレート」だ。

低温で高圧の場所にしか存在しない結晶である。枯渇するエネルギー資源に一石を投じる発見であった。


「電力供給の面が弱いよなぁ?」


巨大災害において電力供給のバックアップ機能が日本は手薄である。

被災地で供給がストップした場合、自電力の復旧作業、被災地以外からの融通供給、緊急発電による供給の3段構えで挑むが供給量は十分では無い。


「だが、現在の姿をコミュニティに報告する事も大事だ。」


四ノ宮は日本の現状と研究されている事項の両面で資料をまとめていった。


「更に計画停電。失った電力の充填策だが施設や病院等停電除外対象があることについて尊厳の問題まで踏み込まないと理解は得られないだろう。」


生活にとって電力がライフラインと言うならばそれを止める事は命の危機に値する。


地震の予測は気象に比べてかなり後れを取っている。

今はまだスーパーコンピューターによるシナリオ作成が限界だ。


「課長、これで如何でしょうか?」


出来あがった書類を信田課長の机に置き四ノ宮は出張期日を聞く準備をした。

四ノ宮はこの書類と共に四国へ飛びコミュニティ会議を主催しなければならない。

四国四県が順番に会議を開くことになっている。

今回は香川県だ。


「良し、明日行ってくれ、役所には俺から連絡入れておく。」


厳しい言葉が多い信田だが四ノ宮には全幅の信頼を置いている。

羽田から日本航空で香川県高松まで一時間ほどで着く。

朝7時40分の便を予約しその日にとんぼ返りを言い渡された。

帰りは夜8時50分のジェットスタージャパンで成田までとし、四ノ宮は一旦アパートに戻り身支度を整える事にした。


アパートに戻り下着やスーツの換えを出張用に買ったマットーネ製のボストンバックに詰め終えた時、固定電話が大泣きした。

四ノ宮は受話器を取らずに留守電機能に任せる。

会社にはスマホの番号しか教えていない。


「仕事の電話でなければ急ぐことも無い、きっと・・・」


四ノ宮には、電話の主に見当が付いている。

準備を整えながら留守電の電子音をスピーカー機能で聞いていた。


「瑞生かい、お母さんだけど。えらいそうたいぶりやな」


予期していた人物だ。


「元気かい、お金に困っていないかい。今日、猪肉と生活費少し入れて送ったからね。足りなかったらかんまんから、電話ちょうだいや。」


四ノ宮は生活に困るような給料では無い事は両親とも認識している。

それでも昭和の親と言うものはそういう思いを語るのだ。

四ノ宮は会議の準備を終え、眠りに就いた。


次の日、四国のコミュニティ会議に飛び立った四ノ宮は早速、行政側との打ち合わせに望んだ。

南海トラフ地震の起こる周期から危険な状況だと知らせる事に関して、


「起こるかどうかわからないものを公にするのはいかがなものか。」


「其れを伝えて何も起こらない場合行政の信頼を無くすのでは。」


等、命を守る事とはかけ離れた議論を繰り返す。

その後行き着くのは決まって


「スーパーコンピューターは機械であって、命あるものではないから信用するに値しない。」


と言うのだ。


結局纏まった案はコミュニティの大切さやリーダーは高齢者から選ぶ事など人的なものだけで南海トラフに関する情報は一般的に起こり得るとだけにとどめられた。

スーパーコンピューターによるシナリオは控えるよう注意が入った。

然し、四ノ宮はある事を会の席でやるつもりだ。



 次の日、四ノ宮は香川県のコミュニティセンターに出向き四国四県の代表市民に説明を始めた。


「皆さんの協力が震災から命を救う事になります。」


過去のコミュニティの活躍を静止画像、動画を使って強調して現すと、高齢リーダーたちは意気投合し


「俺たちが頑張らなんとの。」


「孫たちを助けなきゃな。」


と四ノ宮の思惑通りに会場全体が纏まった。


「香川県の住民の方には、他県に比べ特に注意をして頂きたいのは内陸津波です。」


コミュニティリーダーたちの反応に四ノ宮は探りを入れるように慎重に話す。

内陸津波はダムやため池の決壊によって起こる。

ため池は、資料で確認できているのは江戸時代までであるが締め固め工法と言う人的な施工で作られている。

機械重機が無い時代に人の力だけで大きな水たまりを支え農業に欠かせない水を蓄えたのだ。

現在は、主に前刃金式工法を使ったり、コンクリートなどで改修工事をしているが、ため池自体個人所有が多く、昔のままになっているものも多い。

ため池によっては持ち主が放棄している個所もある。


 四ノ宮が、その情報をリーダーたちに伝えると会場の雰囲気は一変した。

地震によってため池が決壊し大量の水が一気に建物などを壊す有様をイラストで分かりやすく表現したつもりだったが、危機感を与えるよりも反感が爆発した。


「じゃあ何かの、我々が、災害を齎すとでも言いたいんかの。」


現在のハザードマップでは、海からの津波は想定しているが、ため池に関しては正確なデータが公表されていない。

今回の画像などは東北地方太平洋沖地震の被災状況から立ち上げたデータだった。


「仕舞った、これは見せない方が良かったか。」


四ノ宮は、何とかその場を取り繕うと次の説明に進もうとしたが、住民の怒りが次へ進めないほどの緊張感に変わっていた。

加えて行政側も、四ノ宮の作った決壊画像が確かなものなのか疑い始めた。

場の雰囲気は最悪な状態だ。


「聞いた事のない地震だが、何時のどんな地震か。」


住民リーダーの老人の言葉に、四ノ宮は専門用語を使わず


「3.11、つまり東日本大震災です。」


この言葉で会場全てが静まり返った。

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