垂直避難

138億年から来た人間

プロローグ

地震は水の波紋。地震そのものは恐怖であって命を奪うものではなく、揺れる事から起こる建物の崩壊、津波、土石流、道路損壊等に広がる事によって絶命へと導かれる。 


 1月1日、新たな年を無事に迎えた四ノ宮しのみや 瑞生みずおは安堵していた。


「5年前を思えば」


炬燵に足を突っ込みながら何とも言えない温もりと解放感を味わいながら実家から送られた伊予柑を四分の一ずつ口に頬張った。

彼は都内の単身アパート「クラウディアハウス」で暮らしている。


映画を大晦日からずっと流し続けているせいか、映画館に向かう事も無くなった。

彼はSF映画しか見ない。

宇宙という空間は情報化社会では味わえない神秘さがあり、何でも分かってしまう社会生活から解放される唯一無二のものと解釈している。


決まりきった社会の常識を持った所で、自分のやっている仕事からは、かけ離れた事ばかり。

勿論、仕事上必要な知識は持っている。

其れは、テレビのニュースやネットの情報では知り得ない研究所の情報だ。

社会の常を知ったとして何になるのか。

最近のニュースや新聞、政治、犯罪、地方の情報、株、もろもろを知ったところで仕事の役には立たない。常識が通じないこの仕事。


「大震災と言う社会が崩壊する時の為に働くこの仕事に日常はいらない」そう四ノ宮は思っている。


「おっと、そろそろ出掛けよう」


午後3時、初詣客の引き潮時に神社に参拝するのが毎年恒例である。

アパートは主要道路から道一本外れていて騒音は殆んど感じさせない。

四ノ宮が向かう神社は乃木神社。

神社は彼の予想通りに閑散としている。

人混みを極端に嫌う四ノ宮は新年早々縁起がいいと晴れやかな気分で参拝した。


四ノ宮が人混みを嫌う理由、それは語るまでもない。

大震災がまたその場所で起こりうる状況だからだ。





5年前の3月4日午前6時、クラウディアハウス駐車場。


「ちょっとコンビニ寄れそうだな。」


朝食は何時もコンビニの総菜パンと決めている四ノ宮は、Nバンのスターターボタンを押しエンジンを掛けた。

東京ICから東名、首都3号渋谷線、首都5号池袋線、首都埼玉大宮線、首都埼玉新都市線を通り埼玉見沼へ、ここまで来ると職場である日本防災対策センター「ディフェンド」の突き出た白い三角屋根が見える。

ディフェンドは来年度、災害対策法案の指定行政機関に組み込まれる予定だ。

建物はそのままにスパコンとのシステム連携の高速化、装備も専用ヘリを新たに高性能ヘリへと乗り換える。

特例認可を得て救助活動も行えるようになった。

ヘリポートには既に配備されている。


「7時半か」


見沼のコンビニで少し休憩するのも日課だ。


「すみません」


弁当に見入っている一人がパン側にいる為、総菜パンが取りにくい。

しかも若い女性。


「あっ、すみません」


四ノ宮は意外に思った。

最近の若い女性ですみませんと言葉を返す人は少ない。

彼女の心中思惟はともかく好感の持てる態度に見えた。

総菜パンを手に入れた四ノ宮は仕事場へと向かった。


「さっきの、感じがすごく良かった。生具せいぐというか生まれた時から人を朗らかにさせる資質の様に思えた、朝から良い気分だ。」


コンビニから10分程でセンターに着いた。守衛に挨拶と登録証を見せ駐車場に車を止めた。


日本防災対策センターディフェンドは災害に伴って発生する2次3次災害の防波堤で主に自治体を跨ぐコミュニティの構築を担う。

国、都道府県、市町村に続き指定公共機関の一つに当たる。

勿論、有事の際の権限は内閣総理大臣にある。

その為の中央防災会議、市町村防災会議など行政の整備は進んでいるが、住民にとっては責務はあるとはいえ、仕事や生活を抱えている以上、防災を専門的に扱うわけにはいかない。

毎年災害救護対策などが行われているが現状参加主体は職員が殆んどで国民すべてに行き届いてはいない。

避難訓練などはその殆んどが学生、老人である事など中間世代をどう防災対策に取り込むかその手腕を発揮できるかが問題となっている。

その為、ディフェンドでは、地域コミュニティに働きかけと情報の交換を目的として活動しているのだ。

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