女優を夢見る少女と「俺が日本一の探索者になったら結婚しよう」と約束した

白夜朝夕

第1話 プロポーズ

「なあ一条、俺と2人で日本で最高のダンジョンハンターにならないか?」

「え?」


俺とクラスメイトである峰浜 京太しかいなくなった静かな教室で、彼は俺に向かってそんなことを唐突に言ってきた。

クラスメイトと言っても勉強出来て、顔もいい峰浜は根暗側な俺とほとんど関わりなんてものはなく、話しかけられただけでも本当にびっくりした。


「もう一度言おうか?」

「いや、大丈夫。理解が追いついてないだけで」

「そうか」


ダンジョンハンター、または探索者という職業が現代では多く普及している。現代社会にダンジョンが出現してはや数十年。既に世界に浸透している謎多きダンジョン。

そんな世界に中学3年生が飛び込もうと言っているのだ。

そんなものすぐに納得できるわけが無い。


「ダンジョンは命懸けの職業だから、そんなに簡単になりたいと決心できない」

「まあ、そりゃあ...そうだろうな」

「それに俺は死にたくないし」

「死ぬとは決まってないだろ」

「その危険性があるって話」


学年で1番の成績を収めているくせに物分りが悪い。たった数回の会話だけでそれがわかった。


「なら、お前ってどうやって生きていくんだ?」

「え...そんなの、普通に勉強して大学まで行って、普通に働いて、出来たら結婚とかして、そうやって普通に人生を過ごせばいいだろ」

「お前って普通で満足するタイプ?最近見てたんだがそうは見えなかった」

「...。確かに俺は普通じゃ満足出来ない。でも仕方ないだろ。俺って峰浜みたいに勉強できる訳じゃないし、特別何かができるわけじゃない」


峰浜に図星をつかれて心臓がドキッと脈拍を打った。気色の悪い感触でそれはずっと続いていた。図星を疲れるのがいちばんきつい。

しかもそれ峰浜はよくわかっているんだと思う。


「たしかに才能とか他にもいろいろ必要なものあるけどさ、一条のそれって恥をかきたくないからってやらない理由を作っているだけじゃないのか?」

「いや、まあ...ちが...」

「それにさ、俺知ってるぜ。お前が軽く格闘技やってるの。それなりに成績残せてるのも」

「でも、才能あるやつには簡単に負けてしまうから、諦めてしまったんだよ」


こいつ、的確に俺の弱点にジャブを何度も繰り出してくる。鼻につく感じがさっきから消えない。

誤魔化そうとしたのにそれを間髪なく遮ってきて。


「ならさ、それを活かせるダンジョンハンターにならないかって話。それと同時に配信業も初めようぜ」

「話が繋がってないんだけど。なにが『ならさ』なんだ。わけがわからない」

「細かいことは気にすんな!俺と一緒にやる!そう言ってくれたらいい」

「いや、危険だから...」

「もう一押しか...」


なんか峰浜のやつ親指と人差し指を顎に当てて何かを考え始めた。もう一押しって。余程のことがないと俺の考えは変わらない。

何か策があるのか?


「なあ、一条って好きな人がいるだろ?」

「は?いないし、別にそんな人いない。ほんとに」


嘘だ。俺には好きな人がいるし、付き合いたいって心から思ってる。でも俺にはその人と付き合えるだけのものを持っているわけじゃないし、仲がいいわけでもない。時々目が一瞬だけあう程度だ。


「当ててやろうか?」

「だからいないって!」

「西園寺 胡桃だろ?」

「いや、えっと、違う!」

「いや、わかるって。お前、西園寺のことずっと目で追ってるから。それに西園寺って、この学校で1番人気あるしな。顔も性格もよし。好きにならない理由がないよな」

「...」


何を言っても誤魔化しきれないか。

何もかもバレバレ。これは人生の墓場まで持っていくはずだったのに。

というか俺そんなに西園寺さんのことを目で追ってたのか。もしかしたらそれに気づいてキモイって思われてそう。そんなふうに思われてたら死にたくなる。


「安心しろ。多分西園寺もお前のことを気になってると思うぜ?」

「嘘つけ、おだてても無駄だぞ。そもそもまともに会話したこともないんだから、そんなきっかけさえもないだろ」

「確かにそうなんけど、女子から話聞いて言ったらそんなことを仄めかしてたからさ。ちょっと観察したら西園寺もお前のことを目で追ってたし」

「た、たまたまだろ」


口ではそう言ったけど本当は心の中では有頂天になっていた。それが真実かどうかは定かでは無いが、その可能性があることに気分が高揚した。

むしろ喜ぶなって方が難しい。


「だけど、知ってるか?」

「な、何を?」


急になんだ。深刻そうな顔をして、なにかまずいことがあるのか?まさか西園寺に彼氏がいるとか言わないよな?


「西園寺って女優をめざしてるらしいぜ」

「うん」

「もうそのための活動も始めてるらしい」

「だろうな。それだけの顔とルックスを持ってるし...。それで?」

「何が言いたいかって言うと、そんな女と付き合うためには、釣り合うだけの何かが必要だと思わないかって話」

「いや、そんなことは無いだろ。身分とか気にしてるみたいだ。今の時代ありえない」

「ありえない、と思うだろ?でも世間はそうじゃないんだ。納得できないやつの方が大多数だ」


なんだか雲行きが怪しいな。仮に、仮にだ。本当に西園寺が俺の事を好きだっていうことがあったとしても俺は彼女と付き合えることがないってことなのか。世界はなんて残酷なんだ。

平等とか世界では難癖つけるくせにこういうのも許せない人がいるなんて...。


「だからさ、俺と一条で日本で最高のダンジョンハンターになって釣り合うだけの何かを持とうって話だ。俺と一条ならできる!」


さっきとは違う目をしている。何かを覚悟した時の目だ。ギラギラと輝いてるし、燃えているようにも見える。不思議と俺もそれに惹き付けられる。


「で、できるのか?」

「できるんじゃなくて、やるんだよ。2人で協力して」

「それに最高って、最強じゃないのか」

「女優と付き合う、ゆくゆくは結婚したいなら最強よりも最高だろ!この世で一番の力を持つことが最強なら、この世で1番応援されたやつが最高だ。祝福されるなら後者一択だ」


話がどんどんと壮大になっている。全ては峰浜の思惑に乗せられているからだ。でも、俺はそれを振り切れない。

西園寺が俺の事を気になっているってことが事実か分からないのに。

死ぬ可能性を考慮しなければならないことさえ、考えるのをやめかけている。


「なあ、西園寺のことが気になるって言うなら一旦告白してみればいいじゃないか。振られてるやつこの学校に何十人といる訳だし。それに卒業生、他学校の人もいるらしいぜ。お前が砕けても噂にもならねえし、恥じることなんてそもそもないんだ。」

「それはそれで傷つくな。少しくらいは噂になって欲しい。いない人間扱いは俺に効く」

「そうか、まあいいや。なんて告白するか俺にやってみろよ。一旦練習だ」


そういうと峰浜は教卓の上から降りて俺の目の前に来た。男二人で教室。なんだか怪しい雰囲気だ。

人によってはこういうの好きそうだな。


「えっと、好きです、俺と付き合ってください」

「普通だな。ダメ、ボツ」

「普通でいいだろ。へんに捻るより」

「おいおい、よく考えろ。西園寺が女優になってテレビに出演したときに、どんな風に告白されたか聞かれたとするだろ。そしたら普通にって言ったらつまらなすぎるだろ。そこでウケるかウケないかは一条にかかってるんだぞ。」


おお、流石学年一優秀なやつだ。俺に考えつかないことをすぐに思いついてくれる。

こいつに一生ついていこう。


「はい、もう一度だ」


そうだな。今度は一ひねり入れて特徴あるやつにしよう。そして俺がどれだけ好きなのかを表せたらベスト。


「俺が日本で最高のダンジョンハンターになったら付き合ってください!」


腰は45°に曲げて右手を差し出す。もちろん差し出す相手は峰浜。視線は足元へ移す。


これでどうだ!

と満足感に浸っていると教室のドア付近からドサッとバッグを落とした音が聞こえてきた。

誰か聞いていたのか、そう思ってその方向へと恥ずかしさを耐えながら顔を向けるとそこには話の中心人物である西園寺がたっていた。


目には涙をうかべ両手は震えていた。可愛らしい口はぽかんと開いたまま。

何がどうなっているのか理解できないという顔だ。


俺はすぐに西園寺の目の前に立った。


「えっと、聞いてた?」

「うん、峰浜くんとお幸せに」


そう簡潔に言うと西園寺は下駄箱の方へと走り出した。無我夢中に、背後からの静止の声は聞こえていないようだった。廊下に落としたバッグはそのままだった。


「おい、一条、早く西園寺を追え!!多分西園寺は一条が俺に告白したって勘違いしてる」

「は、なんでなんだ」


だけど、一部だけ切り抜いたら確かに峰浜に告白しているように見える。それを西園寺がちょうどみたって言うのか?ありえない話じゃない。


ならやるべき事は誤解をとくこと。

すぐに追いかけないと。




「西園寺さん!待ってくれ、多分誤解してる!」

「大丈夫。私、男の子同士でも理解するから。言いふらさないし、心配しないで」

「違う!そうじゃなくて、あれは告白の練習をしていただけなんだ!」

「誤魔化さないで。私を信用して」


西園寺の目の中はぐるぐると渦を巻いていた。外からの情報のインプットを遮断しているみたいだった。

こういう時はよりインパクトのあることを言って症状を緩和してやればいい。

あれだ。昭和のブラウン管テレビが叩いたら治るみたいに。


「違う、俺が言いたいのはそれじゃない!」

「じゃあ、何が言いたいの?」



「俺が言いたいのは...西園寺さん!俺が日本で最高のダンジョンハンターになったら俺と結婚してくれ!って言葉だ!」


あれ、なんか違う。そういうことじゃない。

そもそも俺は付き合ってくれって言わなきゃいけないんだ。でも俺なんて言った?

あ、結婚してくれだった。

終わった。重いヤツって思われた。


そんなふうに重い気持ちになっていたところ後ろから峰浜の笑い声が聞こえてきた。


「あっはっはっはっ!一条、お前!結婚してくれって。段階すっ飛ばしすぎだろ。でも面白い!」

「くぅぅ、つい。」

「なあ、西園寺。こいつの気持ちは本物だ。だからさ、その返事は俺たちが日本で最高のダンジョンハンターになった時に教えてくれないか?」

「私、そんな事しなくても...」

「いや、結婚のことな。付き合うとかは別の話だけど。西園寺って女優目指してるんだろ?多分今の一条じゃ釣り合わないって言われると思うんだ。だからさ、俺たち2人で這い上がってみせるから」

「女優とか、地位みたいなもの関係ないよ」

「知名度の問題なのかもな。まあ、だから少し待っててくれ。なあ、一条?」

「ああ、すぐに追いつくから!」

「うん...ありがとう。でも、いつまでたっても私の返事は変わらないと思うよ。


いいよ


って言葉」


なんだか今の西園寺の顔今までに綺麗だな。

さっきまでのゴタゴタした後のせいなのか?

それともまた別の理由なのか。

不思議だ。


「そっか。良かったな一条」

「え、あ、うん」


心臓がバクバクしてる。多分破裂するかも。全速力の後よりも強く鼓動を打ってる。


「それじゃあ、俺たちは今日から二人でダンジョンハンターだ!」

「あ、ああ」




なにがなんだかわからない。

話も急展開すぎるし、恋人もできた?わけだし、俺の人生のこの日だけはきっと忘れられないものになる。





YouTubu にダンジョンハンターのチャンネルを作る。

登録者は1名。

これが誰なのかなんて分かりきってる。


俺たちの道はここから始まった。

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