第四十一話


「その人たち、廻船問屋鳴海屋の船宿に入っちまったんだよ。それでね、これは二階が賭博場になっていると踏んだんで、そこにいた番頭さんみたいなのに声をかけてみたのさ。ここは遊べるのかいってね」

 一緒について行ったのに外で待たされた栄吉や三郎太も身を乗り出して聴いている。

「あたしをどこかの金持ちの馬鹿旦那だと思ったんだろうねぇ、もちろん二階で遊べますよ、ご案内します、とか言ってあたしは二階に案内されたのさ。そこは純粋な賭博場だったよ。まあ、イカサマはやってたけどね。イカサマさえ見抜ければ、あとは一般の遊び人からがっぽり吸い取るだけさ。彼らには悪いけど独り勝ちさせて貰ったよ」

「おいらたちを待たせて遊んでたのかよー」

「兄さん馬鹿をお言いでないよ。勝たなきゃ次の舞台に案内して貰えないじゃないか」

「じゃ、わざと?」

 栄吉が呆れたように口を挟んだ。

「当りめえだろうが、何しにあんなとこまで行ったと思ってんだてめえは。しかもあの役を違和感なくこなせるのは悠だけだろうが」

「それでその後どうしたのよぉ」

 琴次が一歩近づくと悠が一歩下がる。そのうちに悠は壁際に追いやられるのではなかろうか。

「一通り遊んで三両ほどふんだくってから外に出たよ。絶対にさっきの男が追ってくると思ってゆっくり歩いたんだけどねぇ、わかりやすすぎるというかなんというか、すぐに追っかけて来たねぇ。それで『今ずいぶん稼いだでしょう? たったの一両で天国を見せて差し上げられますよ』っていうんですよ。もうこれはアヘンで決定だなと思ってお願いしたんです」

「おめえさん、まさか」

 森窪の旦那が半分腰を上げたが、勝五郎が肩に手を置いて座らせた。

「あたしをナメて貰っちゃ困りますよ森窪の旦那。あたしはあの佐倉様のところで修業させていただいたんだ、それに悠一郎の事件を解決したのもあたしですよ、そんなヘマをするわけがないでしょう」

 そう言って悠は袂から煙管を二本出した。

「同じような煙管ですけどね、ちょいとだけ違うんですよ。こっちは普段使っている方、こっちは持つところが漆加工してあるんです。いかにも金持ちの馬鹿旦那が持ちそうなシロモノでしょう?」

 みんなそれぞれに納得したような顔をしている。

「それでねぇ、こんな事もあろうかと思って、賭場で遊んでいる時にさりげなく普段使いの方に刻みを詰め込んでおいたんですよ。漆の方は空っぽ。そうやって袂に入れてたんです。屋形船は常連ばかりでみんな思い思いに煙管に何かを詰めてるんですよ。あたしは新参者だから例の男が煙管を持っているかと聞いて来たんです。今だと思って漆塗りの方を差し出したらそこにアヘンを詰めて『あなたもおやりなさい、天国が見れますよ』ってね。あたしは外で天国が見たいと言って船の艫の方へ移動したって寸法です。栄吉さんたちから見えたでしょう」

「ああ、見えた」

「その時ふかしていたのは普段の刻みです。で、アヘンの方は全く手を付けずに帰りました」

 勝五郎が漆の方を覗いて言った。

「これがアヘンだってなぜわかる?」

「そんなこともあろうと帰りに七篠先生のところに立ち寄って来たんです。それでこの中身が何か判別していただいたんですよ」

「それでアヘンだと?」

 悠は勝五郎にゆっくりと頷いて見せた。

「医療用に使うアヘンは麻酔と痛み止め、でもそれを普通の人に使ったら中毒症状を起こしてもうアヘンをやめられなくなる。あたしはアヘン酔いした風を装って少し休ませて貰ったんですよ。そこからは見えませんでしたけど、奥の部屋の方で唸り声が聞こえてました、あれは中毒患者です。それも、もう金が払えなくてアヘンが貰えず苦しむ人の声だった。アヘンは切れたときに想像を絶する苦しみを伴うと言いますからねぇ」

 同意を求める悠に栄吉が頷きながら答えた。

「そうやって中毒になって食べ物も受け付けず骨と皮だけになって死んでいく。その死体を海に捨てに行くのなんざ、廻船問屋なら朝飯前だな。それが打ち上げられて森窪の旦那のところへ報告が来たと考えれば辻褄は合うな」

「ねえねえ、それよりそのアヘン、どこから仕入れたのかしらねぇ」

 琴次はしまいには自分よりずっと小柄な森窪の旦那さえも上目遣いで見ている。これは筋金入りだ。

「潮崎で仕入れるのは無理だぜ。船で運び込むのも無理だ」

「でもケシはそんじょそこら生えるもんじゃあない。まとめて植えないとアヘンの収穫も容易じゃないと来てます」

「まさか悠さん、甚六さんを疑ってるんじゃないでしょうねぇ」

 と言ってまたすり寄る琴次。今度の悠は逃げなかった。

「ああ、あたしは大いに疑ってるさ。アヘンは誰にだって採れる。あたしにもあんたにも。でもね、ケシってのはまとまって生えてないんだ。あちこちのケシからアヘンを集めてあれだけの人間を中毒患者にして儲けようったってそれほど集まるもんじゃない。暗黒斎先生の手術一回分だって集められないさ。そうなるとどうしても専門に栽培しているところが怪しくなるね」

 そこで思い出したように三郎太が割り込んだ。

「そもそも七篠先生は最初っからずっと甚六さんから薬を買ってたって言ってたじゃねえか。松清堂があった時だって、薬の調合は甚六さんがやってたけど、薬のもとになる薬草だって甚六さんが持って来てたんだぜ。柏原と楢岡の薬はほぼ甚六さんが一人で作ってたって言っても過言じゃねえ」

「問題は甚六さんが最近仕事を受けたという相手だよ。それを調べりゃいいのさ。誰が行けば怪しまれないかねぇ、兄さん」

「勝五郎親分と森窪の旦那はダメだ。最初っから向こうが構えちまう。栄吉さんも顔が怖いからダメだ」

「おめえ……」

「おいらが行けばいいじゃねえか。いつもお恵ちゃんを送り迎えしてたし、甚六さんちの話も聞いてる」

「あたしも行きましょう。新しい仕事の話を持って来たような顔をして兄さんについて行くってのはどうです。兄さんじゃ突っ込んだ話は無理でしょう」

「ねぇ悠さん、あたし七篠先生のところ行っちゃダメかしら。あれから七篠先生にお会いしてないし、ちょっと心配なのよね。もしまだ連中が七篠先生の薬の仕入れ先を知らなかったら何度だって来るじゃない?」

 森窪の旦那が「よし」と立ち上がった。

「そう言うことならおめえさんたちに任せることにする。あっしもあんまり潮崎を空けられねえからな。何かあったら報告してくれ」

「それじゃおいらたちも長屋へ帰るか」

「決行は明日の昼からでいいかい?」

「悠さんがそう言うならそうしましょ」

 あっさりと明日の予定が決まって、彼らは三々五々解散した。聞き耳を立てていた人間がいたとも知らずに。

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