第四十話 

「その前にお玉ちゃんのところから順に話した方がいいんじゃないのかい、森窪の旦那もいらっしゃることだし、その辺は全然ご存知ないだろうからねぇ。三郎太の兄さんから話しておくれよ」

 悠にけしかけられて「それじゃあ」と三郎太が咳払いをしたところで、栄吉の部屋の引き戸がスパーンと開いた。

「いやぁだ、やっぱり悠さんここじゃないの。悠さんとこに行ったらいないんだもの、絶対ここだと思ったのよ。もう、あたしにも教えてくれないと困るじゃないのよぉ、いけずぅ」

 栄吉は「いや誰が困るんだよ」という言葉を呑み込んだ。迂闊に関わって栄吉に興味を持たれても困る。人身御供は悠一人でいい。

「って言うか、なんでここに三郎太の兄さんと悠さんはともかく、勝五郎親分と森窪の旦那までいるのよぉ?」

「いやその……番屋だと誰に聞かれるかわかんねえからな。それで俺が栄吉さんに頼んだんだ」

 琴次の上目遣いにどう反応したらいいのか困りながらも勝五郎が説明すると、途端に彼(いや琴次は彼女というべきか)の目の輝きが変わった。

「で? で? 何の話?」

「あーそう言えば琴次はお玉ちゃんの婿役やったんだよなぁ」

 などと三郎太が余計なことを言ってしまったので、結局琴次も参加することになってしまった。

「もとはと言えばお玉ちゃんなんだよ」

 三郎太が話し始めると、悠が全員分の麦湯を入れに行く。悠は全部わかっているから聞く必要がないのだ。

「もとはと言えばお玉ちゃんなんだけどよ、おっ母さんが体中に岩ができたらしくて、持ってもあとひと月とかで、暗黒斎先生も匙を投げたんだよ。それで楢岡の七篠先生を紹介したわけだ」

「七篠先生のところって、暗黒斎先生が治る見込みがないって判断した患者さんの中でも苦しまずに死にたいって希望を出した人だけを紹介してたんですよ。だから麻酔を大量に使ってわからないままあの世に旅立てるんで、ご法度ではありましたけど需要はあったんですよ」

 麦湯を入れながら悠が補足すると、森窪の旦那も腕を組んだまま大きく頷いて言葉を継いだ。

「それを知っていたから私の方も七篠先生に関しては目を瞑っていたんだ。特にそれで儲けたり悪用したりってこたぁなかったからな」

「それでよ、もうお玉ちゃんのおっ母さんが明日七篠先生のところで発たせて貰うって言うもんだから焦っちまって。おっ母さんはお玉ちゃんの花嫁姿が見られないのが心残りだって言うんで、急遽でっち上げの祝言を上げたんだ。そん時の新郎役がこの琴次、悠さんがおかみさんを七篠先生のところに連れて行って麻酔をいっぱいかけて貰ったってわけだ。それでなんとか祝言を上げて、終わったと思ったら安心したのかおかみさんはポックリ逝っちまった。それでも願いは叶えてやれたってんでお玉ちゃんは喜んでいたけどよ」

「その衣装はどうしたんでぇ」

 森窪の旦那の問いには、悠が麦湯を配りながら答えた。

「蜜柑太夫に決まってるじゃありませんか。婚礼の手配は当然彦左衛門さんですよ。あの二人に任せておけば大抵のことはどうにかなります。はい、兄さん、続きを」

 促されて三郎太が再び口を開く。

「問題はここからだ。お玉ちゃんはお礼かたがた七篠先生に挨拶に行こうとしたわけだ。ところがおっ母さんが亡くなったばかりでまだ気が動転してると思った琴次が一緒についてってやったってわけよ」

 森窪の旦那が「もうおめえら所帯持っちまえよ」などとボソボソ言っている。

「だあって、お玉ちゃんたら死にそうな顔で笑うんだもの、ほっとけないじゃないのさぁ」

 なんのかんの言って琴次も人がいい。

「そしたらね、七篠先生の診療所にゴロツキっぽいのがいたのよ。なんか先生に絡んでたもんだから追い払っちゃったの。あ、手は出してないわよ。口だけね」

 そこまで黙っていた栄吉が久しぶりに口を開いた。

「そりゃあ、おめえの筋肉見たらみんな逃げるだろうよ。ところがよ、親分。そのゴロツキっぽいってのがウマシカ兄弟だったんだよ」

「はぁ? ウマシカ兄弟だとぉ? あいつらまだそんな事やってんのか」

 どうやらウマシカ兄弟のことは森窪の旦那も知っているらしい。なかなかの有名人っぷりである。

「それで聞いてみたんですよ。なんでこんなことしたのかってね。そしたら頼まれたって言うんですよ。七篠先生がどこの薬屋から仕入れているのか聞いて来いってね。誰に頼まれたのかって問い詰めたんですけどねぇ。わからないって言うんですよ。わからないけど、七篠先生の薬の仕入れ先を聞いたら腰に手拭いをかけることで合図にするってことになってたみたいなんですよ。それを見たら向こうからウマシカ兄弟に近付くからって。きな臭いじゃありませんか」

「そりゃあ二人とも死体になるな」

「で、わざと手拭いをぶら下げさせて相手をおびき出してみたんです」

 森窪の旦那がヤレヤレとばかりに肩を竦める。

「さすがに勝五郎親分の風は優秀だな」

「風?」

 三郎太と琴次が同時に聞くが「いやなんでもねえよ」と勝五郎が遮る。知っているのは栄吉だけだ。

「で、そいつを栄吉が捻り上げて番屋に連れて来たんであっしが搾り上げたんだ。どうせ口を割るこたぁねえってわかってたからな、わざと泳がせて悠と栄吉と三郎太に後を尾けさせた」

「そ、あたしとウマシカ兄弟は栄吉さんのスゴ技にびっくりしちゃって動けなくなっちゃったのよ、困ったもんよね」

「で、その後はあっしも聞いてねえ。どうせなら森窪の旦那と一緒に聞きてえと思ってたら三郎太が呼びに行ったって寸法よ」

「悠さんに呼んで来いって言われたんだけどな。お陰で髪が五本くらい抜けたぜ」

それでその後はどうなったんだと全員の目が栄吉の方に向いている。が彼は悠に顎をしゃくった。

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