第七章 不穏な空気
第二十四話
「よく聞いてね。卯一郎さんがドクダミを一
卯一郎を見てみんなが笑う。
「その後、辰二郎さんがドクダミを二匁使いました」
「俺か」
またみんなが笑う。
「さらに午三郎さんがドクダミを三匁使い、羊四郎さんが四匁使いました」
「お前ら使い過ぎだよ」
辰二郎がツッコんでまた笑う。
「最後に酉五郎さんがヨモギを五匁使いました」
「おいら使い過ぎだな」
「薬草を飯代わりに食うなよ」
みんなでゲラゲラ笑う。
「では、問題です。ドクダミは全部でどれだけ減りましたか?」
五人が一斉に指を折り始め、せっかちな酉五郎が「十四匁!」と叫ぶ。その横で羊四郎が「数、間違ってないか?」と言う。相変わらず午三郎はボーっとしている。計算する気があるのか。
この三人はお恵よりは年下だ。お恵の二つ上の長男の卯一郎が小声で「十五匁?」と言うと、しっかり者の次男辰二郎が「十匁で一両だから、一両と五匁」と自信満々に胸を張る。
だが、先程酉五郎に「間違ってないか?」と言った羊四郎が「いや、十匁だよ」と訂正する。
「はい、羊ちゃんが正解!」
「え、なんで? 卯兄が一匁、俺が二匁、午ちゃんが三匁、羊ちゃんが四匁、酉ちゃんが五匁だろ?」と辰二郎が慌てて確認するが、羊四郎が落ち着いて答える。
「酉五郎が使ったのはドクダミじゃなくてヨモギだったよ」
「ひでえ、そりゃひっかけだ」
ゲラゲラと笑う辰二郎と酉五郎の横で、卯一郎が「なるほど羊四郎はよく聞いてるな」と感心する。
「お薬ってちょっとでも間違ったら凄く危ないんでしょ? よーく聞いてなきゃだめよ」
「はーい、お師匠様」
「それじゃ、今日の手習いはここまでね」
「ありがとうございました!」
五人は異口同音に元気よく挨拶をした。卯一郎がちゃんとそのように指導しているのだろう。
「ところで……」
お恵は畑を見渡した。
「
「まだだよ」
さっきまでボーっとしていた午三郎が反射的に答えた。彼はとにかく五人の中では特別に薬に詳しく、薬の話になると急に生き生きとし始める。
「曼陀羅華は夏に咲くからまだまだだね。今は
「見たい!」
「じゃあ午ちゃんが案内して来いよ。俺たちは残った仕事仕事しなくちゃならないし」
「わかった。お師匠様こっち」
仕事に戻っていく辰二郎たちを横目で見ながら、お恵は午三郎について行く。
「これは
歩きながら教えてくれる内容が、既に薬屋のそれである。午三郎は松太郎や凍夜と同い年のはずだ。人それぞれ得意分野があるもんだなぁとお恵は感心する。
「もう
「椎ノ木川沿いにはもう出てたよ」
「やべえな。明日にでも取りに行くか」
畑を突っ切って一番奥の麻のところまで来ると「ここだよ」と午三郎が言った。午三郎の後について麻の林を抜けると、一面の赤が広がっていた。
「綺麗……」
「だろ? 今の時期が一番きれいなんだ。まだちょっと早いけど、花が終わって実が膨らんできたころに、その実に傷をつけると白い汁が出てくる。朝に傷を付ければ夕方には茶色く固まってるからそれをこそげ落とすんだ。麻酔や鎮静作用がある。使い過ぎると中毒症状も出るから上手に付き合わないといけない薬だよ。実はこれが始まるころが一番忙しくてさ。おいらたちは早起きして実に片っ端から傷を付けなきゃならないんだ。昼間は他の薬を干したり刻んだりするのに忙しいし、夕方はこれを回収に来なけりゃならない。薬屋って結構大変なんだよ」
「ねえ、これは何に使うの?」
「外科手術の麻酔にしたり痛み止めに使ったりするんだ。これがないと、手術の時にみんな地獄を見るからね」
どうやらボーッとしているようでも、みんなの言う通り午三郎が一番薬草には詳しい。彼は放っておいても調剤師になるだろう。もうその片鱗が見えている。
そうなると、几帳面な卯一郎が帳面を預かって力持ちの辰二郎が午三郎の指示で薬草を樽に詰めたり薬研を使ったりし、人当たりのいい羊四郎が薬の販売をするのだろう。そして酉五郎は薬草を収集して洗浄し、乾燥させる係か。
と、そこまで考えて、お恵は五人がずっと一緒にいるわけでもないかと思いついて笑ってしまう。
「これってどこに売るの?」
「それはお客さんの情報だから言っちゃいけねえことになってる」
「あ、そうよね。ごめんなさい、変な事聞いて」
「でも外科手術する医者なんか一人くらいしかいねえからな。おいらたちの口からは言えねえけど、想像は付くだろ」
お恵の頭には、暗黒斎の苦虫を噛み潰したような顔が浮かんで、思わず噴き出した。
「早く曼陀羅華の花、咲かないかなぁ」
「今日は
「それも楽しみね」
なんとなく五人兄弟の中では午三郎がいちばん気が合うような気がした。そういえば午三郎も松太郎も凍夜もみんな同い年だ。自分はひとつ下の子が好きなのかしら……と、お恵はどうでもいいことを考えた。
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