第2話カレーライスがウマすぎた
「あーやっと授業が終わった。疲れたなぁ、それにお腹空いた」
放課後、授業を終えた大井椎菜はいつもの様にお腹を空かせていた。
「今日はあそこに寄って……」
「大井さん!」
教室を出ようとしていた大井を、大きな声で呼び止めたのはこのクラスの委員長、馬杉琉美。
「あ、委員長。どうしたの?」
「あなた今日もどこかに寄り道するつもりでしょう?」
「いや、まあそうだけど。委員長も一緒に行く?」
「前も言ったでしょ。学生がやたらと寄り道をするものでないと」
「で、来るの? 来ないの?」
「行きますよ! 今日は何を食べるんですか!」
「なんだかんだ言ってやっぱり来るんだ……まあいいや行こう」
委員長は元々寄り道など全くしない真面目な生徒であったが、以前大井に誘われてラーメン屋に行ったことがきっかけで飲食店への寄り道にハマってしまった。今では放課後になると委員長から大井に絡んでいき、こうして2人で寄り道するのが恒例になっている。
「今日はここにしよう」
「カレー屋さん……ですか?」
大井に連れられ、委員長がやってきたのは「GOGO(ごご)壱番屋」というカレー屋。全国で1200以上の店舗数を誇る日本最大のカレーチェーン店である。
だが、委員長は浮かない顔。
「あれ? 委員長ってカレー苦手なの?」
「いいえ、好きです」
「あ、それならいいけど……」
「家でご飯がカレーの時は最低でも6杯は食べる程度には好きです」
「大好物じゃん! てか最低6杯って食いすぎでしょ!」
「普通ですよ」
「まあ、カレーが好きなのはいいとして、それなら何で委員長さっきからそんな顔してるの? そのなんというかここに入りたくなさそうというか」
「いやあの……私カレーライスは『家で食べるもの』という認識があったので」
「え、そうかな? 私はよく外食でもカレー食べるけど」
「いえ、あくまでも私個人の話です。私カレーライスは好きなんですが、家以外でカレーを食べることってほぼないんです」
「なんで? 食べればいいじゃん好きなんだったら」
「私にとって一番のカレーは母の作るカレーだからです」
「お母さんが作るカレーが一番? いやまあ確かにそれはそうかもしれないけど、他のカレーを全然食べないっているのは……」
「あなたは私の母の作るカレーライスを食べたことがないからそんなことが言えるんです! 母のカレーは最高なんですよ! 最高の野菜! 最高の肉! 最高のお米に最高の自家製福神漬け! そして最高のH食品の固形ルー甘口! それらを最高の技法で調理したカレーライスは最高としか言いようがないのです! 私が毎回最低9杯は食べるくらいですから!」
「お、おう」
委員長の熱のこもった主張に圧倒され、たじろぐ大井。心の中では「それだけこだわってるのに肝心のルーは市販の固形ルーなのかよ」とか「最低9杯ってさっきより増えてるじゃん」とか思ったりしたが、あえて言わないことにした。委員長の主張はさらに続く。
「小学校に入学したばかりのある日、クラスのみんなは『今日の給食はカレーだ!』と言って大はしゃぎ。当然私も楽しみにしていましたが、いざ食べてみるとおいしいけれど家のカレーに比べると一味足りない……そんな気がしました。この私が1杯しかおかわりをしなかったぐらいです。その時私は気が付いたのです、母のカレーの偉大さに!」
「……おう」
大井としては「それでもおかわりはしたのかよ」とか「1杯しかおかわりできなかったのは他のクラスメイト達もおかわりして、カレーがなくなったからじゃないの?」とか突っ込みたかったが言わないでおいた。
「というわけで、私は母のカレーが世界一だと思っているんですよ」
「まあ言いたいことはわかったよ。じゃあ今日はカレーはやめとこうか?」
「いえ、それはそれとしてこの店のカレーにも興味があるので入ってみることにします」
「じゃあさっきまでのあの熱弁はいったい何だったんだよ!」
長い前置きがあったものの、二人はカレー屋に入店した。
「え? こんないっぱい種類があるんですか?」
テーブルに着きメニューを開いた委員長は、まずその多種多様なカレーとトッピングの豊富さに衝撃を受けていた。
「そう。驚いた?」
「え、ええまあ」
委員長が驚いたのも無理もない。このカレーチェーン「GOGO壱番屋」はメニューの多さでも業界ナンバーワンであり、カレーとトッピングの種類の多さが大きなセールスなのだ。そのカレーとその辛さ、トッピングの組み合わせはなんと12億通り以上。来店のたびに違うカレーを味わうことができるのである。
「へえ、カツカレー……こっちはシーフードカレーも……え? カレーうどんやカレーラーメンまで!? わぁ……」
「委員長」
「え、はい。なんでしょう?」
「だいぶはしゃいでるね」
「そ、そんなことないですよ! ただメニューの多さに感心しただけで……」
「でもさっき『わぁ……』とか言って目をキラキラさせてメニュー見てたじゃん」
「そ、そんなにキラキラさせてません! それにさっきも言ったように私にとって一番のカレーは母のカレーです! トッピングなんかに惑わされません!」
「でも今から食べるカレーがお母さんのカレーよりおいしかったらどうする?」
「そ、そんなわけないです! そんなわけが……う、うわあああああ!」
大井の意地悪な質問に、頭を抱え本気で苦悩する委員長。これには大井も即座に謝罪。
「ご、ごめん委員長。まさかそこまで悩むとは思わなくて」
「もう、意地悪なこと言わないでくださいよ!」
「わかったって。じゃあとりあえずカレー頼もうか。私はこの『パリっとチキンカレー』に『チーズハーフ』をトッピング。辛さは『壱辛』で」
「ええっと。私はこの『ビーフカレー』に『なすハーフ』と『ほうれん草ハーフ』をトッピング。辛さは……あのーこの『壱辛』とか『弐辛』っていうのはなんですか?」
「ここのカレーは普通なら中辛ぐらいなんだけど、段階的に辛くすることできるんだよ。例えば『壱辛』なら一般的な辛口ぐらいの辛さで『弐辛』はその倍の辛さ。要は数字が増える程辛くなるってこと。そういえば委員長の家のカレーって甘口なんだよね? 甘口に変更もできるけどどうする?」
「いえせっかくなので私も『壱辛』で。辛口に挑戦してみます」
「うん、わかった。じゃあ注文するね」
大井、テーブルに備え付けられたタブレット端末でカレーを注文。
そして数分後、2人が注文したカレーが運ばれてきた。
「お待たせいたしました。『パリッとチキンカレー』と『ビーフカレー』です」
「おーきたきた! ではいただきます! うーんやっぱここのカレーはおいしいな!」
早速カレーを食べ始める大井に対して、委員長は運ばれてきたビーフカレーをしばらく凝視。
(確かにおいしそうですが、所詮チェーン店のカレーです。母のカレーよりおいしいなんてありえません! そうですとも! 母のカレーは最高なんですから負けるはずがありません! ふふ、この勝負私の勝ちです!)
なぜか何かと勝負をしていた委員長。
「では、いただきます」
長い思案の末、ようやく委員長はカレーライスを食べ始めた。
そして、一秒後。
「うぅ! まぁ! すぅ! ぎぃ! るぅぅぅぅ!」
委員長の絶叫が店内に響き渡る。
「うん、わかってたよ。絶対にこうなるって……」
委員長のいつもの反応に、もはや驚きもしない大井。
「辛い! 辛いです! でもこの刺激が癖になる! カレー、辛い、カレー、辛い、カレー、辛い……もしかして辛いからカレーという名前が付いたのでは?」
「いや、本当に何言ってんだよアンタは……」
「この刺激は家で食べる甘口カレーでは到底味わえな……はっ! ち、違うんです! 誤解なんです! 違うんです! 別に浮気をしたわけじゃ!」
なぜかひたすら謝りだす委員長。
「何の幻聴が聞こえてるんだよこの子は……」
「ああ、でもスプーンが止まりません! ごめんなさいお母さん! 琉美は悪い子です!」
委員長謝りながら、たちまちビーフカレーを完食。
「はぁはぁ……ご、ごちそうさまでした」
「もう食べ終わったの!? ちょっと待ってて! 私もすぐ食べるから……ってどうしたのそんなに私を見つめて……はっ!」
大井は委員長の視線の先に気が付く。
(ち、違う! 委員長が凝視しているのは私じゃなくて私が食べてるカレーのほうだ! まさか委員長……)
ビーフカレーを完食したばかりの委員長は、なんとタブレット端末を操作。
「『パリッとチキンカレー』の『壱辛』っと……」
「ちょ、ちょっとおかわりするの? てかさっきまで『母のカレーは最高なんです』とか言ってたのに」
「すみません。私は悪い子でした。お店のカレーに浮気する悪い子です。でも一度浮気したのですから二回も三回ももう変わりませんから」
(あれかな、普段真面目な分一度タガが外れたら止まらなくなるタイプなんだろうか)
大井は頭の中でそんなことを考えた。
「お待たせいたしました。『パリッとチキンカレー』です」
「来ましたね! いただきます! ああ! このルーの刺激! そしてこの上に乗ったチキンから肉汁が溢れています! 最高です! 最高です! ごちそうさまでした!」
「もう食ったのかよ!」
驚愕する大井をよそに、委員長はさらに「カツカレー」を注文。
「うまいです! うますぎです! このカツカレーも!」
「まあなんにせよ委員長がココのカレーを好きになってくれてよかったよ、うん」
大井はそう言って、カツカレーをうまそうに食べる委員長を見守る。その眼は優しかった。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
カツカレーを食べ終えた委員長。ほぼ同時に大井もカレーを食べ終え、2人は一息をつく。
「まさか委員長が3杯も食べるとは思わなかったよ」
「まあ、私さっきも言ったように、普段カレーは最低9杯食べますから」
「へぇ、じゃあ3杯じゃ全然足りないんじゃないの?」
「正直そうですね。でもこれ以上はやめておきます。この後家に帰って夕食も食べないといけないので」
「そっか……ってえ? この後家で夕食も食べるの? あんなに食べるからてっきり『夕食食べて帰る』とか家に連絡してるのかと思った」
「してません。だって母の作った夕食も食べないともったいないので」
「本当に食いしん坊だな委員長は。でももう夕食入らないんじゃない?」
「大丈夫ですよ、これくらい。カレーは別腹なので」
「いや、別腹って言ったって……」
「別でない腹のほうはまだ空なので大丈夫です」
「『別でない腹』って何!? 委員長一体いくつ胃袋あるのさ!?」
そんなこんなで委員長の寄り道カレーライスは大満足のうちに終了した。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、琉美。今日は遅かったですね」
帰宅した委員長を母親が出迎える。
「え、ええ。ちょ、ちょっと友人に頼まれたことがあって……」
よそのカレーライスに浮気をした負い目の有る委員長はやや挙動不審になってしまった。
「まあいいです。それより夕飯の支度ができていますから、早く食べなさい」
「はい……あれ? こ、この匂いは」
嫌な予感がした委員長は、手を洗ってから急いでキッチンへ向かうと、そこにはなんとカレーライスが用意されていたのである。
「か、カレーライス?」
「何か問題でも? あなたカレーライス大好きでしょ?」
「あ、はい。い、いただきます」
まさかのカレーダブりに、委員長は内心弱り果てていた。
(まさか家の夕食もカレーだったとは。こんなことならカレー屋さんなんて行かなければよかった。しかも散々母のカレーをないがしろにして、店のカレーを『最高です!』とか言ったその日にカレーが出るなんて……罰が当たったのかもしれません。3杯とはいえさすがにあれだけボリュームのあるカレーを食べた後にさらに母のカレーを食べるなんてとても……)
「どうしたの? 食べないんですか?」
「い、いえ。いただきます!」
委員長は母のカレーを一口食べた。
そして、Ⅰ秒後。
「うぅ! まぁ! すぅ! ぎぃ! るぅぅぅぅ! 最高です! おかわりぃぃぃ!」
杞憂、既に3杯カレーを食べていようが関係ない。母のカレーはやはりうまかった。
その後、委員長は母のカレーを7杯平らげ、その日計10杯のカレーライスを完食したのであった。
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