放課後!ウマすぎ委員長

ドン・ブレイザー

第1話 ラーメンがウマすぎた

「ごめん椎菜、今日行けなくなっちゃった」


「そっか、残念。でもしょうがないよ。じゃあね」


「うん、じゃあまた明日」


「あーあ、コレどうしよう? 困ったな」


 放課後、県立満福(まんぷく)高校1年3組の教室で、1人の女子生徒が困っていた。彼女の名前は大井椎菜(おおいしいな)。おいしいものを食べるのが大好きな普通の高校1年生。


 大井は数か月前に商店街の福引の商品として、近所のラーメン屋の「ラーメン一杯無料券」を2枚手に入れた。しかし、椎菜は券を財布に入れっぱなしにしたまま、すっかりその存在を忘れていたのである。


 無料券のことを使用期限である今日になってやっと思い出した大井は、慌てて友人を1人誘ったが、その友人も急な用事ができたためラーメン屋に行けなくなってしまった。


 結果として、大井の手元にはラーメンの無料券が1枚余っている。


「どうしようこの券。1人で2杯食べてもいいんだけど、それもなんか寂しいな。今日に限って他の子も用事があるらしいし。あーあ、ラーメンに付き合ってくれる人どっかにいないかな……」


 そんなことを言いながら教室を見渡していた大井だったが、ある一人の生徒が目に留まった。


「あれ、委員長がいる。まだ帰ってなかったんだ」


 大井が「委員長」と言ったその女子生徒、名前は馬杉琉美(うますぎるみ)。1年3組のクラス委員長で学年トップの学力を誇る秀才。性格は極めて真面目である。


「そうだ。委員長をラーメンに誘ってみよう。委員長真面目だし、断られるかもしれないけど、まあダメで元々だし」


 大井は無謀にも委員長をラーメン屋に誘うことにした。


「ねぇ! 委員長!」


「あら、大井さん。どうかしましたか?」


「突然なんだけどさ、今から一緒にラーメン食べに行かない? 福引きでラーメンの無料券もらってさ、期限が今日までなんだよね」


 何の捻りもなく、直球に誘う大井。


「ラーメン? 今からって飲食店に寄り道する気ですか?」


「え? ダメなの?」


「放課後寄り道するなんて、高校生としてあまり褒められた行為とは言えませんね。寄り道せず真っ直ぐ家に帰って、予習復習をきちんとしないと……」


 誘うどころか怒られてしまった大井。しかし、これは想定内。大井はさらに頼み込む。


「そんな固い事言わずにさぁ、行こうよラーメン屋さん。ここのラーメンすっごくおいしいよ?」


「ごくり……と、とにかく私は行きません。大井さんもなるべく早く自宅に帰るように」


「ん?」


 大井は今委員長が「ごくり」と喉を鳴らしたことを聞き逃さなかった。


(ふーん、さては委員長、本当はちょっと興味あるんだな。よーし)


 そう予想した大井は、揺さぶりをかけてみる。


「え? 本当に行かないんだ……ふーん。本当においしいのになぁ、きっと後悔するだろうなぁ」


「ごくり……そ、そんな後悔なんて……うう……」


 苦悩する委員長。堕ちるまであと少しである。


「それに私1人で行くのは寂しいよ。クラス委員長なら困っている人を助けないといけないんじゃないの?」


「……し、仕方ありませんね! 困っている生徒を助けるのも委員長の仕事ですから!」


「わーい」


 無事大井の口車に乗せられた委員長。こうして2人はラーメン屋へと向かった。




「いやー委員長が付き合ってくれるなんてうれしいねぇ」


「わ、私はただその『無料券』がもったいないと思っただけです。SDGsが提唱される今日、食べ物を無駄にするのは私の主義に反するからであって……」


「わかったわかった。あ、着いたよ」


 2人が辿り着いたのは「フクチャン亭」という屋号のラーメン屋。長い歴史を持ち、地元住民に愛されている名店である。


「委員長はここ来たことある? 私は学校帰りによく来るんだけど」


「いいえ。というよりも……」


「というよりも?」


「そもそもこうやって『学校帰りにクラスメイトと一緒に何かを食べる』ということ自体今までしたことがありません」


「マジで!? 一回も?」


「はい」


「中学の時も?」


「はい」


「そんな人いるなんて信じられないよ、私」


「当然ですよ! だって校則にもちゃんと書いてあるでしょう? 『寄り道をしてはならない』って」


「そんなの誰も守ってないって」


「委員長ですから校則を守るのは当然です!」


「ま、委員長もこれから校則破る事になるわけだけどね」


「今回は例外です! 困っているクラスメイトのためですから!」


「はいはい、じゃあ店に入るよ」




 大井と委員長、フクチャン亭に入店。その直後、店長の威勢のいい声が響く。


「いらっしゃい! おお、椎菜ちゃんか!」


「こんにちは! 今日は新しい友達連れてきたよ」


「こ、こんにちは」


「いらっしゃい! お嬢さんはこの店初めてかい?」


「ええ、まあ……」


 初入店の委員長、緊張。


「店長、今日はこの無料券使うから。いつものラーメン2つお願い」


「その無料券って去年の冬に福引の景品でウチが出したやつじゃないか。まだ使ってなかったのかい?」


「えへへ、財布に入れっぱなしだったんだ。何度も通ってたのに使うのすっかり忘れてたよ」


「ははは、まあ思い出してよかったじゃないか」


「あはは、まあね」


 常連らしいやり取りをする大井に対して、初来店の委員長は注意深く周りの様子を観察する。


(私たちの他にお客さんはいませんね。あまり流行っていないんでしょうか)


 委員長がそんな失礼なことを考えていると、ラーメンが運ばれてきた。


「おまちどお! ラーメン二丁!」


「わーい、いただきます! うーん、やっぱりおいしいなここのラーメン!」


 喜んですぐに食べ始める大井に対して、委員長は運ばれてきたラーメンを観察して、また考える。


(海苔、ネギ、チャーシュー、そして醤油味らしきスープにちぢれた細麺。どう見ても普通の醤油ラーメンにしか見えません。大井さんは『すっごくおいしい』とは言ってましたが、この分だと大したことはなさそうですね……まあ一応食べてみましょう)


「……いただきます」


 委員長は静かにラーメンを啜り始めた。








 そして、1秒後。  


「ウぅぅぅ! マぁぁぁ! すぅぅぅ! ぎぃぃぃ! るぅぅぅぅ!」


 委員長の絶叫が店内に響き渡る。


「い、委員長?」


「い、一体どうしたんだいあの子は?」


 困惑する大井と店長をよそに、委員長はさらに叫び続ける。


「何ですかこれは!? ウマすぎです! ウマすぎるとしか言いようがありません! まずスープがウマいです! このスープの決め手はお醤油……ん? 厨房にあるあの瓶は! 間違いありません、あれは昔ながらの製法でお醤油を造り続けている『満福商店』のお醤油! なるほど、アレがこの美味しいスープの秘密ですね!」


「委員長がなんか語り出した……」


「いや、まあ合ってるけれども……」


「しかし、このラーメンの美味しさの秘密はこれだけではありません。他にも何かが……む? そういえばこのラーメンさっきできたばかりなのに何でこんなに食べやすいんでしょうか? 出来たばかりのラーメンは熱々で『ふうふう』と麺を冷ましながら食べたりするのに……」


「ああ、それは麺を……」


 解説しようとした店長を無視して、委員長は再び絶叫。


「わかりました! 秘密は『麺』です! 麺を湯切りする時に水で冷やしたんですね! ざるそばやそうめんのように! これによって麺が格段に食べやすくなっているんです! しかも、水で締めることで麺のコシが強くなっている! まさに一石二鳥の方法! しかし、麵を冷やし過ぎるとスープがぬるくなり過ぎるのでそのあたりの加減も絶妙です!」


「おーい委員長。店長にも語らせてあげてよ」


 もちろん、委員長は大井の言葉になど耳を貸さない。ひたすら麺を啜り、叫び続ける。


「ウマいです! ウマすぎです! しかし、それにしても……うう……ふぇーん……」


 委員長、突如涙を流す。


「え? 委員長泣いてるの?」


「ど、どうしたんだい? お、お腹でも痛いのかい?」


 心配する大井と店長に委員長は泣きながら答える。


「……い、いや、無心で食べていたら、ラーメンの麺がもう残り少なくなっていて……『ああ、あと少しでラーメンなくなっちゃう』と、そう考えたらなんだか悲しくなってきたんです……」


「……じゃあおかわりしたら?」


大井は呆れて言う。


「……します。店長さん! おかわりをお願いします!」


「……あいよ! ラーメン一丁!」


 こうして委員長は合計2杯のラーメンを完食し、2人は店を後にした。





 そして、帰り道。


「委員長、ラーメンどうだった?」


「えっと……まあまあですね」


「いやいや、おかわりまでしたくせに『まあまあ』はないでしょ!」


「ま、まあおいしかったですけど……」


「まあ、いいや。委員長があの店気に入ってくれたみたいで、私も嬉しいよ。それに……一緒に放課後寄り道できてなんか楽しかったし」


「そ、そうですか?」


「また一緒に行こうね、ラーメン」


「ま、まあたまになら……はい」


 こうして委員長はじめての放課後ラーメンは幕を閉じたのだった。



 そして、次の日の放課後。


「え! 今日もダメなの?」


「ごめーん! 今日もちょっと家の用事があって……」


「なら仕方ないか。じゃあね」


「うん、バイバイ」


「あーあ、今日もフラれちゃったか。この『ドーナツ割引券』期限が今日までなのに……どうしようかな?」


 大井は今日も困っていた。以前手に入れた「ドーナツ割引券」の使用期限が今日までだったのである。そんな時、委員長がやってきた。


「あら、大井さん。どうかしましたか?」


「あ、委員長。実は今日も寄り道して帰ろうかと思って誘ったんだけど断られてさ……」


「も、もしかしてラーメン屋さんですか!?」


「いやいや、ラーメンは昨日行ったばっかりじゃん。今日はドーナツ」


「あ、そうですか。じゃあさようなら」


「ちょ、ちょっと待ってよ! ラーメンじゃないと分かったとたん何その冷たい態度!」


「私ラーメン以外興味ないので」


「昨日1日でどんだけラーメンが好きになったんだよ! まあいいや、行こうよドーナツ食べに! 『ドーナツ割引』が余っててさ。ねえ行こうよー」


「べ、別に私はドーナツなんて興味ありません……で、でもどうしてもというのなら……」


「じゃあ仕方ない。私1人で行くか」


「お願いします! 連れて行ってください!」


 委員長、大井に対して渾身の土下座。


「そんなことするくらいならもっと早く素直になれよ!」


 こうして2人はドーナツ屋へ行くことになった。


 約20分後、2人は駅前のチェーンのドーナツ屋「モスタードーナツ」に到着し、入店。


「ま、まあ本来こんな所に寄り道するなんて校則違反なので気が進みませんが、今回は『割引券』がもったいないので例外ということで……」


(さっき土下座してた人がなんか言ってるよ……)


 大井は心の中でそう思ったが、言うと委員長が拗ねると思ったので何も言わないことにした。


「私はコレとコレとコレ。後ホットコーヒーお願いしまーす。委員長は何にする?」


「わ、私は何でも……」


「じゃあこの『フレンチチョコドーナツ』とかおススメだよ。私もこれ大好きなんだ」


「ならソレと……コレとコレとコレとコレで。後ミルクティーお願いします」


(委員長『気が進まない』とか言ってたくせにガッツリいくなあ……)


 大井はまた心の中でそんなことを思ったが、言葉を胸の中にしまっておくことにした。言えば委員長が拗ねると思ったからである。


「じゃあいただきまーす。うん、やっぱり『フレンチチョコドーナツ』はおいしいなー」


 店内のテーブルに座り、大井は早速ドーナツを頬張る。


「おいしいといってもチェーン店のドーナツでしょう? そんなに言うほどおいしいわけが……」


「そんなこと言わずに一口食べてみなよ。ほっぺたが落ちるぐらいおいしいから」


「それは言い過ぎですよ。でもまあ……いただきます」


 大井に促され、委員長は「フレンチチョコドーナツ」を一口食べる。







 そして、1秒後。


「ウぅぅぅ! マぁぁぁ! すぅぅぅ! ぎぃぃぃ! るぅぅぅぅ! ほっぺた

が落ちるぅぅぅ! ウマいです! ドーナツ最高です!」


「チョロすぎだろ!」


 委員長、無事陥落。


 委員長、馬杉琉美。彼女の「放課後食い倒れライフ」はこうして開幕したのだった。














 





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