ルクセンブルクにこんにちは!

洸慈郎

ルクセンブルクにこんにちは!

 K市にまだ朝日が顔を出さない頃、僕の母はやつれた顔で帰ってくる。言葉には出さないけれど、優しい母がお金のために昼のパートとは別にそういう仕事をしているのを知っている。母は、僕が何も知らない純粋な子どもと信じてくれるけれど、仄黒い聡さは男であれば中学二年で身についてしまう。母が気を使って玄関を静かに開けて、僕と妹が眠る狭い寝室に横になるのを知っている。そこから一時間ほどして僕が朝に起きる時、あたかも今起きたかのように振舞う母の不眠を察してしまう僕に、母は柔らかく温かい瞳を向ける。アルコールと甘い香水の匂いが薄く染みついていることに気づかずに。

 日に日に、家のゴミが増えている。母は酒に弱いから、あの男がいた時のように空き缶がそこら中にあることはないが、コンビニ弁当やスーパーのチラシが散らかって放置されている。僕がゴミ袋に入れても掃除がままならないから部屋はいつも汚らしい感じがする。母が患っている疾患はいわゆる強迫性障害という奴で、何度も同じことを確認したり、何かうまくいかないと息子の僕にさえすぐに謝ったりする。部屋が汚いのは単に時間がないのと、無断で掃除すると母の強迫観念が悪化して手を焼くことになるからだ。そのため、家事全般は僕がやるし、妹の世話もほとんど僕だ。決して母の育児放棄や虐待まがいのことがあるのではなく、シングルマザーとして二人の子どもとの生活費を稼ぐのに家を出ているためだ。患う疾患の中、それでも身も心も負けずに働いて、苦しさを悟られないように家では優しい母を務めてくれるのは世界で一番尊敬する。そこまで頑張ってくれている母のためにも僕は長男として、家のこと、妹のことは守らないといけない。

 確かに、貧乏で苦しい。僕は中学三年生で妹はまだ九歳だ。母は子どもには未来がある、お金のことは気にしないでと僕がバイトをしようと持ち掛けた時に少し泣きそうな顔で言った。だから僕はせめて中学までは学業に専念することにした。妹もどこまで理解している分からないけれど、同年代の子に比べてわがままは遥かに少ない。できることも贅沢も全くなく、学校で同情されることもある。この狭い1LDKのボロアパートの一室に光はないように思える。傍から見れば貧しく、やつれ、可哀そうな子どもとダメな親として映るだろう。けれど、母のまなざしや図書室で借りる本、学校での給食、たまにある三人での外出、地域に住む野良猫や妹とのじゃれあい、僕はこれもで友達に負けないくらいの幸せを感じている。

 ルクセンブルクにこんにちは。


 学校での生活に特筆することはないが、よくいう一般家庭の子どもとは異なっている。公立の中学校で目立つことは甚だあるし、様々な人が集まるからこそこの特筆というのは、つまりいじめや学業不振などのネガティブなことであり、普通な生活を送っているかと聞かれるとおそらく違う。しかし、それが僕にとって耐えがたいものではなく、1つの妥当あるものだ。クラスで浮いている、まさにそれだ。シャンプーや水道代の節約で良い匂いはしない、髪も自分できるから不揃い、同じ話題を共有できない気まずい雰囲気が常にある。同情と不潔への嫌悪から積極的な関係はなく、また貧しい者への不理解で時折見せる差別のような気遣いが、僕に更なる遠慮を作る。クラスの女子はいじめてくることはないが、僕の席の周りには露骨に近づかないようにしている。男子も僕と会話する時は探り探りで話題を選び、給食や授業の話と学校で完結するものが多く、昼休みであれば校庭に出て遊ぶのが手っ取り早い。しかし中三にもなれば、仲のいいグループは固まり始めて適度に同じ価値観が共有できる下品で欲望あふれる雑談を密会のように行う。浮いている僕にそのような友人はいないのだから、むしろ図書室に行って顔見知りとなった委員に会釈をして本棚の端から読み始めた本を読み進める方が落ち着く。あるいは教科書を全て読んで予習している僕のもとに次のテスト範囲や分からないところを聞いてくる同級生は数人いるが、それ以上の関係はない。ただしこれでは僕に友人とはいかなくとも親しい人が学校に一人もいないと語弊を招く恐れがある。F田という、二年からの親しい友人がいる。互いに距離感を保っているので遠慮しなくて済む点で心許せる相手だ。要するに彼も周囲に同情されるような境遇の持ち主だ。他には、よく相談に乗ってくれる担任のS先生と保険室のM先生。給食費の免除や進路や精神的な問題について僕はとりわけ優遇されているのだが、これは僕にある一種の特権がいじめの原因になりえることを危惧しているからで、相談というのもカウンセリングの一環だ。もちろん同情を買って僕の方から贔屓してもらうようことは絶対にしないし、兄として妹に恥のない背中を見せたい。とはいえ給食に関しては少し贔屓があるのは言い逃れできない。僕が多めによそってもらったり、2回おかわりをしたりしても給食費泥棒とは言われることはない。視線が痛いこともあるが、朝食はなく夕食も碌に食べることができないクラスメイトを公然に責める環境では幸いない。不人気な給食が出ると何でも食べる僕は重宝され、このクラスは残しが少ないと教員会議で褒められたとS先生は誇らしげに帰りの会で話していた。

 できることが少ない僕に制限なく許される娯楽は勉学か外遊びぐらいで、後者は無駄にエネルギーを消費して食べる量が増えるし、服も体も汚れるから勉強や読書の方が好きだ。それに知識は創造力を豊かにし、お金がなくても世界は延々遠くまで見渡せるような羽と心を授けてくれる。以前、図書室に入り浸る僕と顔見知りになった図書委員の一人が話しかけてきたことがあった。至って真面目そうでもなければ外で走り回るタイプでもない、俗に言うオタク気質な人だった。彼は珍しいことを言わずに、どんな本が好きなのかと当たり障りのない質問だった。基本的にジャンルはどのようなものであれ楽しく読んでいたし、強いて挙げるならば小説か専門的な解説書を順に読んでいくのが一番知識としての実感があった。委員の彼は僕の回答を聞き、ライトノベルはどうかと具体的な作品も併せてオススメしてくれたが、なぜか僕はその申し出を快く受け入れることはなかった。図書室内のライトノベルは読んで特に嫌悪するものではなかったし、他人ともいえない関係性であるからよしみで了承しても全く問題がなかった。けれど躊躇いの拒絶が僕からにじみ出たのは、表面よりももっと深い無意識の部分に関係している。それは心理学の本を読んでいたことで自覚することはできた。僕の軽い断りに彼は苦笑いをした。

 また別の日、今度は別の委員の人に話しかけられた。僕が中学生には似つかないイラストの多い本を貸出カードに書いて提出した時に、何度も似たジャンルの本を借りていることを訝しく思った彼女にその訳を質問された。いつも図書室では小説や文字の多い本を読んでいるが、借りる本となればそうでない。この違いに彼女は、読みかけで棚に戻した小説こそ借りるべきではないのか、そうしないのはなぜなのかと素朴な疑問を、純粋な目で問いかけてきた。質問に答える前に僕は、なるほど僕は図書室では不可解な人間として周知されているのだと、どこか解き明かしたい謎を持つ人物なのだと、委員が好奇心をもって接していると分かった。それに安堵とまたもや躊躇いがこみ上げた。単なる人として評されていることへの不確かな安心と新鮮さがあった。しかし、ジャンル違いの本を借りる理由を伝えないで嘘を教える必要もないと僕は冷たく思った。それは妹と母への娯楽としてのものだ。写真であれば見て楽しみ、漫画であれば妹の暇つぶしにし、イラストが多ければ絵を描く手本として妹に貸す。無料の貸し出しと地域の図書館と違って学校だからついでの返却ができて時間が節約できる。一部濁して説明したが、それでも貧乏ですることがない実態は赤裸々に語った。彼女はそれを聞き終えるとまたも苦笑いをして、同情のような言葉を僕にかけた。

 それから彼らと話すことはなくなった。ルクセンブルクにこんにちは。


 一年において、様々なイベントがある。その中でも母と僕が最も楽しみにしているのが、妹の運動会と誕生日だ。この日には母も前日から準備をし、奮発して妹に洋服やぬいぐるみを買ってあげる。母はこういう時だけはそばで母親らしくいたいと手料理を作ることがある。けれど母の料理は美味しいと言えるものではないし、見栄えもレパートリーも僕のものとは劣る。だから三人で明日の運動会で弁当には何を詰めるかと話しながら買い物に行き、三人でキッチンに立つのだ。当日になるとは母はおめかしをし、持っているもので一番上等な小綺麗な服を着て、精いっぱいの普通を装うのだ。僕の中学校ではすでに諦めたことだが、妹の小学校ではなるべく貧乏である事実を同級生に悟られないよう工夫をしている。最低限の流行を知っていれば、他は少しズレた価値観を持っていたとしても小学生とはうまく馴染める。問題は貧乏といった情報が流れてしまうと、小学生はすぐに攻撃的なカーストを構築し、簡単に限度を知らないいじめを始める点だ。翻ってこう説明するのは、現に僕はそうだったし、妹にもその様子が表れ始めたらしい。不幸中の幸いか妹は持ち前の明るさと愛嬌で、男子を篭絡して過度な悪戯に至ってはいないらしいが、兄の僕として一抹の不安が残る。

 何度も僕らは貧乏だと念押ししているが、実のところ生活保護を受給しないラインの丁度の収入があり、たまに母の夜の仕事で大きい収入がある。つまり食っていくこと、生活していくこと自体が成り立たないほど困窮している訳ではない。ギリギリな生活で貯金も難しいのは事実だが、それは母のコンビニ弁当や消耗品の出費を抑えればまだ豊かな生活はできる。ただ、それができないから貧乏なのだ。解決の難しい問題はたくさんあり、僕らはその山に埋もれ、かまくらのようにして暮らしている。僕は勉強をして頭は良いが、賢くはない。処世術が苦手なのは僕の図書室の出来事や教室での日々の暮らしを見ればまざまざと分かるだろう。これは、僕たちが抱える問題において致命的だ。母の強迫性障害は人の付き合いを難儀なものにし、生活費を稼ぐために昼のスーパーでのパートをしているが雇ってくるところも探すのに苦労した。だからと言って僕が人付き合いの良いコミュニケーションができるかと聞かれれば、そうでもないと答える他ない。僕は心の壁を作る。関われば関わるほど、心がざわついて、体が分離する錯覚を覚える。まるで僕自身が土足で踏まれて、土や泥で黒く汚れていってしまう感覚に襲われる。身を守るために僕は心を体から離れさせないよう、番犬と同じように首輪と鎖で杭に繋ぎ、堀や有刺鉄線と番犬注意と描かれたポスターで人を拒絶している。

 僕を支えてくれる最大のものは、やはり妹の存在だ。母を蔑ろにしているわけではなく、生きるための呪縛として妹を守る使命感がある。言い換えるならば、僕の人生は今のところ妹に捧げる供物であり、自己犠牲の意味合いが強い。まるで操り人形のようで可哀そうだとか、自由がないのは貧乏であるからだとか、色々な悲劇的な感想を他人は持つことになるだろう。それを真っ向から否定するつもりはないし、僕自身も客観的に捉えればなんと儚い人生を歩んでいるかと憐れんでしまいたくなるが、それでも僕が妹に我が身を尽くせるのは愛だ。宗教的だ。持たざる者は弱者だという風潮が世間にはあるが、その持つものについては僕にでさえ自由がある。生きる意味と大相なものだという自覚はない。むしろ、この刹那の時間においての妹の幸福を願う、それだけだ。次の母の幸福、最後に僕だ。世界や社会に想いを寄せられるほど、今の僕は上手ではない。喜劇だということはない。さしずめ人生、そう呼べればいい。


 ある日、と特定して言うことでもない何の気ないいつもの一日だ。いつものように母が僕の目覚めと同じくして寝たフリをやめ、おはようと交わす。布団から抜け、せめてもの清潔を保とうと歯を磨き、顔を洗う。朝ご飯の代わりに水道水を、妹が赤ちゃんの頃に使っていた絵柄付きのコップに注ぐ。その絵柄は疾うに剝がれ落ちているが、捨てるには程遠い。たまに妹にまだ使っていると指差される。僕が制服に着替え終わると、妹はその物音で目覚めてくる。二人で忘れ物がないかと確認し、ゴミ袋の横を抜けて玄関を出る。

「行ってきまーす」

 妹の声と僕の会釈で、母は見送る手を振る。閉まる木目調の扉もセメントの外壁も通路のトタン屋根も、その茶色いペンキが剥げて錆の見える骨組みも、強く触れればもろく崩れてしまいそうな頼りなさがある。ガつン、かツンと歩けば弛む鉄の打音が響き、渓谷のように道路沿いの建物の谷間の奥にそびえる立地であるから風がビューッと吹き込んで、差し込まない陽で湿る土埃と冷えた風が顔に受ける。秋への移りでも外より肌寒い場所。蜘蛛はおらず、落ち葉絡まる蜘蛛の巣が張る階段裏の上で、2つの足音が下る。アパートのコンクリ基礎と草よりも焦げ茶の土が多い地面の境目を踏み越えて、路地を抜ける。人は少ないけれど、あちこちから聞こえる町工場の金属音に機械音、動き出した朝の日常が人の知らせる。ツタに覆われた転落防止のガードレールが続く坂道を下り、電柱を17本越え、十字路を2回曲がり、白い屋根の二階建てとベランダのある茶色い家の間を行った信号機の手前で、妹と別れる。だんだんと小学生の数も増え、妹もそこに加わる。

「行ってきまーす」

 遠目にそれを見、僕は道路に沿って妹に合わせていた歩調を早める。秋冷の風が晒された耳の外郭や首筋を抜け、制服のポケットへ手の甲を隠す。朝を思い出したようにカラスも鳩も、スズメもそこの街頭や電線の上、あるいはゴミ置き場で山になる膨らんだプラスチック袋の傍、はたまた浮浪者が貰ったパンくずを日課に蒔いているそのベンチの前、群れか独りか、そうした成れをしている。車のがなり声が往々する人に引き裂かれ、工場製品のような日々が消費されていく。声がぽっぽっぽと花火のように静寂に咲き、重なり始めて喧騒になる。

 この道中、僕に許された少し悲観的な時間は、刻々と目減りする。一抹のゴミのような時間は僕に思考を呼び起こす。木炭の内で赤く灯る熾火のような焦りがじんわりと、脳を火照らせる。未来、目前のものと遠いものを一緒くたに考えていることに辟易するが、それでもこの泥沼を進むべぎだと考えてしまうのは、僕が弱いからなのだろうか。

 砂塵が急いている。

 中学校について、正門前の池を抜ける。ほどほどに生徒が登校する中に紛れ、ロッカーの下駄箱で上靴に履き替える。ボロボロの運動靴は疲弊し、今にも擦りきれそうな踵部分から血を溢しそうで、綺麗で新しい靴が並ぶロッカーに同じように収まることを苛んでいる。不快感に苦虫を噛み潰しているところに、僕は憐れみでそっとロッカーの扉を閉め、ダイアルの数字を変えた。

 階段を上がる。ホコリを誤魔化すまだら模様の踊り場を抜け、教室へ続く廊下を歩く。朝は女子の方が多く、男子はたいてい遅刻ギリギリに駆け込んでくる。そのせいか、朝は女子の女子らしいファッションやメイクの話で溢れ、その中を歩くのは少しばかり恥ずかしく、同時に妹へ世間の流行を教えられる助けにもなっている。

 横目で隣クラスにいるF田の姿が見えた。彼は机にスケッチブックと雑誌から切り取ったいくつかのページを広げ、交互に見合わせては熱心になにやら書き込んでいる。彼がしているのは、ファッションモデルの模写だ。以前、彼はファッションデザイナーになるのが夢と言っていたから、おおよそ何をしているのか、どれほど努力しているのか想像がつく。突っ伏すほど没頭し、知識と技術を身に付けるために怠惰ならず、自らの家庭環境を言い訳に使わず、純粋な夢に向けて戦っている。その背中を見せられると、黒いモヤができる。それは暴力に似ている。

 純粋な夢。自分の教室でクラスメイトの雑談に埋もれながら机に突っ伏して、考える。それは誰でも平等に考える権利があるもので、手段と目的を違えて望むような邪なものではない。F田の夢は、彼の家庭環境から脱するためだとか自分には才能があるからだとか、そういった今あるもので目標を定め、叶う夢を手段にするような不純なものではない。彼だけが自分のために望み、誰かに否定されても揺るがない確固たる夢に向けて前進する。

 この純粋な夢は果たして僕にあるのだろうか。具体的に浮かぶ夢はないが、将来の生活のためにと僕は漠然と勉強し、そうすれば勉強しないよりかは悪いようにはならないだろうと思っている。しかし、それも結局は妹や母が中心にいて、迷路を歩く思いで落ち着かない体を動かしている。僕という存在が僕だけでは立たせられないことに、確かな虚飾が孕んでいる。きっと、F田は家をなくしたとしてもすぐに夢を追うのに必要な環境を悪劣なものだとしても整え、身を削ぐことに一切の躊躇もなく人生全てが夢への手段に捧げられているのだろう。それは揺るぎない信念の結晶。僕は……例えば宝くじを当てたとか、母の再婚相手に良い人が見つかったとか、森に住んで社会から隔絶されるとか、家族で田舎に移り住むとか。今ある現状を覆すことが起きれば、おそらく僕はこの夢とも言えない熱を簡単に投げ捨てるだろう。切れた電池を捨てるように思い入れもなく、けれど丁重に。

 

 5時間目の理科が終わった頃、ピンポンパンポンと尻上がりな放送が鳴った。滅多にない放送に教室の雰囲気は先生も含め少し張り詰めた。朝のホームルームでは特に防災訓練などの放送があるような内容は話してはいなかったし、実際に地震があった訳でもない。ならば考えられる想定として「お客様が~」で始まる不審者の警鐘だ。そうしたことは広義において杞憂となったが、狭義においてそれ以上の不審があった。いや、それは考えすぎな話で、飛躍のある論理であるに違いなく、前提として僕が思う想定を押しなべて考えることのデタラメさに第一の疑いを持たなければならない。しかし、どうだろうか、この張った弦を指先でなぞられているようなこそばゆい振動。その不快感と弦を突然弾かれることへの怯臆は、僕に容易く嫌な予感をもたらした。

「3年B組、鈴木勉くん。3年B組の鈴木勉くん。職員室まで来てください」

 ぐるり、視線が一斉に僕へ向き、教室が一瞬冷たい熱を帯びて、さっとみんなは視線をいつもの日常に戻した。

 その対象である僕はたちまち心臓が破裂するほどの嫌な感情に圧倒された。羞恥、疑問、緊張、不安……上がった血流で首から頬、耳の裏まで熱くした。無性に口寂しくなって舌先を歯の裏に沿わせて舐めあげ、下唇を甘噛みする。立ち上がって教室を出ずに、むしろ少し腰を持ち上げてズボンのしわを伸ばすように居直し、深く座って両足をぴったり閉じる。そこまでしておもむろに立ち上がり、机に広がった教科書等をしまい、扉を開けて出ていった先生に続いて飛び出した何人かの生徒の次に、ゆっくりと僕は廊下へ出た。

 ルクセンブルクにこんにちは。

 不意に二年生の時、いつもと違う道を使って帰った日があった。40分ぐらい寄り道をして、歩きながらすぐ隣にあったはずの知らない町を観光した。道を一本逸れただけ、通りを1つ多く超えただけ、いつもより意識して町や建物を眺めただけ、そうするだけ複雑になっていく道に知らない空気があった。あそこの細くて草の茂った小道はどこに出るのか見当もつかなかった。いつから家の工事をしている作業員の荷物がブルーシートの上に置かれているか分からなかった。坂下にあった住宅街を道なりに抜けると、知らない大規模工事のシールドが立てられていた。妹の通う学校とは異なる学校のチャイムが聞こえた。

 ――職員室の前に担任のS先生が立っていた。「保健室に行きましょう」と僕はその背について行った。

 溢れる生活感、一人ひとりが住む家、通学通勤に使われる日常の……僕にとっては非日常の道、どこへ進んでも家が立ち並ぶ。その家、その部屋、そのマンションの各一室、どれひとつ同じものはなく、それぞれにけたたましい人生や感情があり、日常の日々が染みつき、めくりめく家庭の一幕があり、同じ夕焼けを共にしている。あの隆起や劣化でひび割れたアスファルトは、何年も補修されずに放置され、もはや気にならなくなった隣人に踏まれている。その40分の寄り道に、僕は一体いくつの生活、感情、命、時代、生命、営み、思い出、人の残滓に出会ったのか。普段は感じ取ることのできなかった石壁のように隙間ない人間の情報密度、それは濁流となって僕の心を制圧した。

 感動したんだ。

 ――保健室の前にはM先生が立っていた。「中で話しましょう」と少しバツの悪そうな顔をしていた。

 ――誰もいない、ベッドもカーテンが閉まっていない。椅子に座って、正面に座るM先生の口が言葉を紡いだ。

「佐藤くん、貴方のお母さんが働いてるスーパーから連絡があったの。そこでお母さんが、倒れたって」

 どうして僕は寄り道をしたのか。それは……僕の元父親、あの男を思い出してしまったからだ。そのせいで心がざわついて、頭を働かせたくなかった。頭を使うと嫌なことに思考を使うことになる。空っぽになるには風とか空気に身を任せて、僕が溶けてしまう必要があった。そして、僕と同じ命、人間のそれぞれの人生を見た。それは数的ではなく、個としてある氷のような生の軌跡であり、一本の道を行くだけで数十にも束なる世界があるのだ。等しく生きた人間には、等しく同じ量の経験がある。その1つとなったこと、同じ空気を吸ったこと、僕は僕であること。不思議と涙があふれた。

 ――S先生の車に乗って、母が搬送された病院に行くことになった。早退という扱いになった。

 ――後部座席に僕とM先生が座る。ずっと僕に何か話しかけている。向かっている。

 こういう時、大切な人といるべきで、人肌の温かさをその肌で触れあい感じるべきだ。孤独を紛らわす、そうするべきだ。例えば愛に触れてみる。心を別のもので満たす。けれど僕は一人、知らない道を歩いたんだ。

 なぜ?

 ――「まだ###」「###なんてこ#はないわ」「大##よ、###」「####」「電話でも###って」

 ――はい。はい。

 ――妹には、まだ伝えていないらしい。

 ――はい。

 綺麗にいられないのではなく、いつまでも汚れがついて、遂に慣れてしまう。それが人だ。家の外壁に雨風で土の染みができたことに慣れ、アスファルトが割れていることに慣れ、コンクリート壁に這い茂るツタに慣れ、放置された立ち入り禁止の空き地に慣れ、降った雨で腐った路傍に溜まる枯れ葉に慣れた日常。

 ――病院についた。

 美しくなく、完璧ではなく。確かに汚く、怠慢に満ちていて、手入れされていない虚飾の数々が濁っている。ヨーロッパに残る伝統的な中世建築の細緻な風景には到底及ばず、紛争地で崩れた建物が見せる渇きと純さの情景が同じく渦巻いているとは口が裂けても言えない。中途半端な空虚があって、そこに輝く正義はない。人生の意味を省みることなく日々を消費していき、わずかに記憶した今日の出来事以外を寝て忘れ、また明日を繰り返す。身に刻む教訓なんてなく、昨日した失敗を今日も繰り返すかもしれない。誰かを憎み、呪い、しかし友達は特別で家族は愛す。

 ――その病室につく。

 歪んで、曲がって、鈍色の生こそが、人なのだ。

 ――だからこそ、すべからく僕も人を為すのだ。

 だからこそ、ことごとく事実は軽やかに蹂躙するのだ。

 病室の両端に三対の白いベッドが並び、右奥窓際のベッドの上で母は横になっていた。鼻からチューブが伸び、左腕にも点滴の針が刺さっている。額には包帯が巻かれて氷嚢が乗せられている。衣服は母のものではなく入院患者が着る無機質なものへ着替えられていた。母は寝息を立てているように見えるが、瞼はかすかに開いてまどろんで焦点のない目が天井を見つめている。だが僕が来たことに全く反応を見せないのを見ると、少なくとも起きてはいない。

 ルクセンブルクにこんにちは。

 僕は母の隣に座った。うまく脳が働かない、ほとんど無意識の視界で淡々と先生が何か話しているのを見た。のちにS先生は病室の入り口で白衣を着た医師らしき人物と会話し、難しそうに眉をひそめていた。どうやら話があるのか、M先生は僕の肩を支えながら立ち上がらせた。母に背を向け、僕はS先生から入口で話していた医師を紹介され、母の容態を聞かされた。

 2時過ぎ、スーパーでレジ打ち中に母は意識を失い頭を打つように倒れ、同僚の通報で搬送された。同乗した同僚から母の強迫性障害や疲労についての説明を受け、栄養失調や不眠などから来る衰弱と判断された。ただ、他の問題や頭の打ちどころが大事に至る可能性などを考慮し、CTスキャンで精密検査を行った。

「そこで脳腫瘍が発見されました」

 息がとてもしづらい、土を喉に詰まらせたように。先生も凍りついた表情をしている。母は寝ているのだろうか。隣のベッドがわずかに衣擦れの物音を立てた。開いた窓から外の風が吹き込む。妹、どうしよう。何か足についているような違和感がある。点滴がしたたる。

 もう、靄然としているのだろうか?

 ルクセンブルクに。

「ただ、安心してください。現段階では障害や命に関わるほど成長していません。髄膜種という手術も簡単なタイプです」

 肩を触るM先生の解れた緊張から、漸く僕も安堵した。力が抜けて椅子にへたり込む僕に先生たちは優しく声をかけてくれ、車での内容が煙を晴らすように思い出してきた。抑えていたものが溶けていき、胸の窪みに溜まっていくような感覚がある。それは温かくて、けれど鋭かった。

 なんと矮小な僕の手か。これまでの人生の振り返りには遠く及ばないであるはずの苦と快に、僕は絶望を垣間見た。先生らには悲劇的な子供として記憶に残り続け、それこそ永遠の風景として僕はこの瞬間の僕で固まる。

 しかし、僕は違っていたい。僕という人間は決して今ある悲劇の子として歴史に刻まれ続けるのではなく、いつか将来が今に追いつく時にはその弱さを捨てた人間でいたい。変わるではなく、成長するという意味で、僕は今ここで泣くわけにはいかない。

「今のところ、目立った病気は確認できませんが衰弱した体では免疫力が低下しているため、頭を開いた手術は脳髄炎や他の病気を起こす危険性があります。そのため本人が目覚めるまで、誰か御家族の方へ連絡を申し上げたいのですが」

「それは、少し相談して決める方でお願いします」

「分かりました。私が患者さんを担当しますが、そちらは看護士のお仕事ですので交代で呼んできます。このまま少し待っていてください」

 その後、僕が片親で保護者が現状いないことや母の仕事用の携帯電話を一時緊急連絡手段として用いること等、看護士を交えて話した。緊急や重要連絡でなければ、病院側はM先生の電話に繋ぎ、そのまま保護者代理で僕と母の監督を行うことでまとまった。一応、その際に発生する母の容態やその他諸件においての守秘義務は書類に署名した。

 少し重たい空気で、先生らも慣れないことに対して明らかな疲労を見せていた。僕も雑念に思考が絡みとられて頭を全く整理できてない。だんだんと考えること自体が億劫になってきている。一生懸命になってくれている先生の横で僕がただ座っていると、不謹慎にも他人事のように見えてきてしまう。

 その折、看護士は少し席を離れると飲み物と茶菓子を持ってきた。黙々とした僕らはそこで力んだ肩をふっと弛め、詰まっていた心労がたしかに抜けていくのを感じた。ああ、ありがとうございます、とS先生は険しかった表情をほころばせた。

 子供にと僕に渡された紙コップには、りんごジュースが入っていた。数回しか飲んだことのない、家よりも給食で飲んだ回数の方が多い。本当は、子供をいつもの味で安心させるつもりで出されるそれは、僕にとって数えられる体験の一つとして優しく、無慈悲に残される。

 部屋の匂いや先生の表情、僕の感情がまたりんごジュースを飲んだ時にその甘味と一緒に思い出される。なんで脳とは単純なのに、心はここまで傷つくのか。


「佐藤」

 帰り、僕は家の前まで送ってもらった。

「大丈夫か?」

「ルクセンブルクにこんにちは」

「そうは言ってもな。やっぱり母ちゃんのことで大変になるだろう」

「ルクセンブルクにこんにちは!」

「いや、先生も大人として心配だからな。担任に話すのが難しいなら、M先生とか他の先生でもいい。とにかく、子供なんだからあんま無理はすんな」

 先生らは車に乗り、学校の方向へ走っていった。時はすでに夕方で、しばしば今日の終わりが見えてきた。町の音もどこか寂し気で、何事もない物音がひどく空に反響している感覚に襲われた。引き込む乾いた風が、ぽっかりと空いた空虚さを感じさせてくれた。ただそこに佇んで、湿るアパート前のむき出しの地面の上でぼぉっと空を見上げる。どこか、何か、手を伸ばしても届かないオレンジ色の空に想いを馳せ、だからという訳もなく焦点は定まらない。

 冗談のように浮かんだ、無味乾燥という言葉に失笑することもなかった。

 妹はすでに家でぽつりと一人、宿題をこなしていた。僕が帰ってきたと玄関まで迎えに来て、パッと笑い咲いた。リビングの机に広がる算数ドリルは割り算のページ、そこに書かれるひっ算。その字は兄としての贔屓目ありきだけど綺麗に思える。机の向かう熱心な妹の反対に座り、宿題の分からないところを教える。鉛筆の黒鉛が紙に擦れる音と妹の足をパタパタと動かす音だけが部屋に残り、考え込む妹のつむじに愛おしさを感じる。その純真さを懐かしく感じるのに、一体、その懐かしさはいつのものなのか分からない。黄昏れた脳で妹の答え合わせを眺めていると、一問間違えてしまったのか答えのひっ算と自分のひっ算を見比べて、どこを間違えていたのか発見し、嬉しそうに納得していた。

「できた!」

 元気に妹は立ち上がった。

 妹は、人との付き合いが上手い。それは思いやりや優しさがあるからこそであり、大抵の同い年や年齢の近い子とは仲良くできる。子供故の道徳、小学校の授業で習う必要がないほどに邪なこととは無縁だ。ある意味、悪を悪と考えるのではなく、善いことだからやると考える至極単純明快であり、無垢だ。運動会などのイベントを通して妹とその同級生の関係を見た時、妹はクラスの中心にいたし、親しくする友達も男女問わずだった。いじめのいの字はなく、小学生の持つ未発達の倫理で振るわれる正義もなかった。

 …………。

 妹は、聡い。だから、分かるのだ。僕も、妹も、その振る舞いの機微に。

 表面に出されない心象は秘匿されるべきか、それが互いにそうであると分かっているのに。例え話のような婉曲されたことを言ったとしても、まるで正直に全てを洗いざらい話したものと同じように理解できてしまう。そうあることを承知でいるなら、何も話さないのさえ饒舌になるのと同様だ。そこまでして、ここまで具体的な語句をなしにして、指示語に埋め尽くされた思考をして、抽象に走る道徳は不正義か。

 嘘を言わずとも、嘘を吐くよりも分かりやすいのだから、分からないフリをして、嘘さえ信じてしまう方が健全でいられるのではないか。

 冷静に考えれば、これは別に特別な話ではないし、大きな問題ではない。母が夜仕事で家を何日も空けることは珍しいことではないし、今までもたびたびあった。僕らはそれをすでに何度も経験しているのだから、それが今日であったと考えればいい。それに母は特段、家事ができる方ではないから妹の世話も含めて僕が担っていた。むしろ僕一人で家のことを回すのは無問題以上に、それが日常で、布団から起き上がる時とたまに夜仕事がない晩にしか母と顔を合わすことがないのだから、いないも同然ではないだろうか。妹も母がいることで受けていた恩恵と言えば安心感であり、僕が真摯に頑張れば乗り越えられない問題ではない。妹の賢さに頼れば同年代の小学生に比べて落ち着いているし、弱音を吐かずに我慢できる忍耐もある。三週間ぐらいで母が帰ってくるなら、一日を21回繰り返せば済む話で難しいことではない。給食で食事を済ませれば食費を考えなくていいし、いやそもそも家の貯金を崩す場面なんて来るはずはないだろう。最悪の場合というのはある程度想定できるものばかりで、一刻も争う急務がその21回の内に起きる確率というのは雀の涙もないだろう。だいたい、妹が僕の手に負えなくなることはないし、僕も自分の管理は片手間にでき、それに加え病室の母を心配することぐらい難しい話ではない。

 ルクセンブルクにこんにちはぼくはぜんぜんだいじょうぶ、そうであることが確かなのは確かだ。揺るぎなく、紛れもなく。

 乾いた笑いが出る。乾いた、渇いていた。

 そう思って日々を過ごすのは楽だった。そして、特に何もなかった。問題は起きず、想定外もなかった。むしろ日を追うごとに慣れ始め、効率化され、合理化され、行為は洗練されていった。

 4日目。

 母が目覚めた。長く眠っていたが、心的ストレスが原因と医師は言っていた。体調は回復しているがまだ十分な健康状態ではなく、もう少し経過観察が必要らしい。それでも母が目覚めたこと、久しぶりに話したことは素直に嬉しかった。倒れた当日の話を聞くと母自身も記憶が曖昧でほとんど何も覚えていないようだった。母と僕、医師と看護師を交えて現状と今後の流れを説明された。まだ不安は残るが本格的に退院の目途が立ち、何か硬いものがストンと胸の奥に収まった。

 10日目。

 最近になって妹の態度がどこかよそよそしくなった。顕著なわけではなく、そう思えるだけ、違和感のようなもので、僕の勘違いともいえる。しかし確信できるように、対応を変えた。例えば、妹は学校のことをあまり話さなくなり、尋ねると恥ずかしそうにはにかんで教えてくれない。通学する時、学校近くになると僕から距離をとるようになった。少しでも綺麗でおしゃれな服を選び、次の日には母のメイク道具を漁っていた。

 思春期だろう。女子小学生特有のオシャレに目覚める時期なのだろう。異性を意識しだす時期で、たぶんクラスもそういう雰囲気があるのだろう。乙女心が芽生え、それが伝染するように興味がない人もそう在るように成る。先駆けか、それとも感化されたのか。しかし、それはどうでもいい。ただ妹が普通の小学生として成長しているなら、それ以上に越したことはない。女子同士は秘密を作り、共有する。その一環だ。

 僕はそれに安心した。妹にも色々背負わせているのは否定できない。でも、妹には普通の生活を送ってほしいと思っている。その矛盾が、自己嫌悪を生む。だから安心して、さらにそれがつまらない自己嫌悪を育んだ。無力さが一番的を得ているような気がした。

 18日目。火曜日。

 朝、妹は珍しく家を出るまで寝ていた。ストーブもないこの家で、ギリギリまで布団に包まっておきたい気持ちはよく理解できるが、いつも元気にきびきび動いている妹と比べると明らかに変だった。ゆっくりと動き、髪の手入れもおざなりに、返事も遅く覇気がない。寝不足で目の下にはくまができていた。風邪を引いているのか、いや別に理由がなくとも妹の調子が悪かったら、学校を休ませるつもりでいた。だけど、妹は頑なに休もうとはしなかった。厳しく言うなり理由を尋ねるなりしようにも、母の事を言い出していない後ろめたさに声をかけることができなかった。

 通学路の別れるところまで終始無言で俯いていた妹に、勘ぐってしまう。体調不良なのに心配かけまいと無理をしているのか、それとも学校で何かあったのか。喧嘩かイジメか、あるいは僕が言わない母のことか。可能性が浮かんで、消えずに溜まる。何が起きたか分からないが、妹に何か悪いことがあったのは分かる。それなのに優柔不断よりも悪い自問自答が、妹に触れる手を引かせた。

 慰めることぐらいは、この僕にも許されているだろう。「何かあったお兄ちゃんに言いな」、妹を見送った。

 それが間違いでした。

 同日火曜日、夜。

 妹のことが気がかりで学校では一日中、身が入らなかった。何をしても悪い方向に考えてしまい、その都度理論的に筋が通る理由を考え、自らその信憑性に頭を抱えた。本を読んでも内容が頭に入らず、休憩するとすぐにそのことを考えてしまう。献立の内容も、出された宿題の範囲も、クラスメイトが話していたあれやこれやも、全て覚えていない。気が付くと帰る時間で、自分でも驚くほどに視野が狭窄していた。

 家には妹がすでに帰宅していた。玄関に靴があったからだ。だが、いつもの元気なおかえり!は無かった。

 妹は黙々と宿題をしていた。淡々と、寂々と、ドリルに向き合っていた。学校でのことや宿題について訊くと、何の抑揚もない「うん」と生返事をした。

 どうすればいいか分からなかった。

 僕も宿題をするため、妹の正面に座った。互いに無言だった。何も考えず、真面目に宿題だけに取り組もうとするほどにギュッと心臓が痛くなり、緊張する時のような腹痛で集中を乱された。悪寒が背を走り、無意識に手で唇と額を何度も触る。次第に視界が焦燥感で圧迫されていき、意味もなく教科書をめくっては関係のない文章をひたすら見つめた。何か気が逸れることに、そして頭を使わずにいられることに集中しないと不安だった。

 漸く僕が絞り出したのは、妹に早く寝るのを勧めることだった。それを後押しする理由は今日で飽きるほど出ていた。体調が心配だ、言い訳がましく出た例えは多くがこれに収束した。ただその前に、元気を出してもらおうと梅干と漬物を刻んでいれたお粥を作って食べさせた。自己満足かもしれないし、おまじないかもしれないけれど、温かいものを食べれば妹は少し元気になると思った。

「おいしい」

 僕が部屋に布団を敷いている時、そう呟いて暗かった妹の表情が少し和らいだ。報われたような、救われたような、やましくも充足感があった。兄としての義務を果たせた感覚があった。

 明日、明日だ。明日、絶対に母のことを話すと息巻いた。その時、枕を置こうとした時に妹のランドセルに足が当たった。壁に寄りかかっていたランドセルは、こてんと前に倒れた。僕はそれを何の気なしに戻した。


 ギギギイイイィィィ!!!


 椅子の足が床を勢いよく擦った音だ。

 昔、妹が何度もこれを繰り返して床に傷を作り、母が強く躾けていた。それ以来、妹は言いつけを守って椅子を丁寧に扱っていた。だから、この不快でけたたましい音は数年ぶりに聞いた。

 僕は反射的に振り返った。

「お兄ちゃん」

 妹は立っていた。

「トイレ行ってくるね」

 平坦で、どうでもよく、返答する必要性もなく、無機質で、有機質で、義務的で、稚拙なその報告をすると、裸足で歩いた時に出るペタペタと皮膚と床がその柔らかさと圧力でくっついて剥がれる特有の音をたてながら、妹はトイレある玄関方向へ行った。その隙にとは人聞きが悪いし、僕も盗み見る感じがして気分が乗らないが、妹が寝るにしてもその投げ出されている宿題の進捗を確認しないと公平ではない。

 それは明らかにおかしかった。

 最初に見たページと同じページだった。確かに答えは埋められているが、次のページは一切解かれた痕跡はなかった。……今回の宿題は1ページ分だったのかもしれない。これは僕の考えすぎだろう。しかし、ならどうしてずっと宿題に向かっていたのか。ドリルの見開きは一時間もかかる代物ではないし、妹の学力は高い方だ。いつもであれば宿題が終わるなり椅子から飛び降りて本を読むなり、絵を描くなりしていた。なぜ、と考えるまでもなく視界にそれは飛び込んできた。

 いくつかの余白が真っ黒く塗られていた。一つは解答欄にもあった。毛玉のような、重ね書きされた渦巻きのような、鉛筆を目的なく走らせた黒塗り。いくら手持ち無沙汰とはいえ、妹は大切なものを綺麗に使う人であり、暇潰しであっても分別があった。

 いや、よく見るとその黒塗りは同じ記号を何度も黒く塗り潰されるほど、書き重ねられ出来ている。

 何だろうか。一つを注意深く観察すると、漢字のように見える。

 黒塗りの下部分は「はね」のよう、上は「はらい」、左右はギザギザ……夥しいほどの「横線」。

 これは。

 ――手?

「お兄ちゃん」

 妹の声になぜか背筋がひやりとした。図星をつかれた子供みたいに僕は顔を弾き上げた。

「寝るね」

 「ああ」と返事したものの動揺を隠せたか怪しい。仮に上手く隠せていても、妹は気づいているのではないかと思う。それは薄々ではなく、明々にだ。

 妹は隣を通って、布団に潜る。まだ電気も消していないのに、目を閉じ、何もせずにジッとすることで、眠れるのを待っている。呼吸すらも命令しなければ、息を吸うことさえやめてしまう危うさがあった。それはただ受動的だった。

 「何かあったらお兄ちゃんに言いな、おやすみ」、朝とは確かに違った。確信と願望と、心配と不審と、後悔と恐怖とが、ぐちゃぐちゃに混ざっていた。電気を消して、ふすまを閉じた。

 座って落ち着いて考えると、考えたくもない、しかし正しい真実が現れる。

 重ねられた「手」の文字。

 その時、僕に声をかける必要がでてくるほど、妹はそこにいたのだ。見ていた、のだろう。何も言わずに前かがみになっていた僕の後ろ姿を。だから、この投げ出されたドリルを片付けずに放置したのだ。僕に知られているから。

 鈍器で頭を殴られた感覚だ。

 もう、他の黒塗りを見る気にはなれなかった。見たら壊れてしまう気がした。

 だが、もし僕の予測が正しいというのなら、のもそういうことなのだろう。

 妹はランドセルに何かを隠している。

 だから一時間、二時間、深夜になる手前まで待った。

 「手」が書かれたドリルはテーブルの端に置いて僕から遠ざけた。文字はダメだ。それは妹の心の闇そのものだ。自ら吐露するものは心象に他ならない。しかし、ランドセルの中にあるものはおそらく「物品」であり、証拠であり、単なる事実だ。心に触れるコミュニケーションではなく、物が示すインプレッションなら、そこから先は解釈の世界。抽象ではなく具体であり、感情ではなく一部始終ならば、それは逃れ難くも本質に近い。そしてそれを知る義務が兄として、家族として僕にはある。

 深呼吸をする。乱れてもいないのに息苦しい。頭が熱い。怠い。何一つ心は落ち着かない。覚悟を決めてるための精神統一もかれこれ10分が経とうしている。分かっている。分かっている。このままでは朝になる。もはや選択の余地はない。

 僕は。僕が。僕が?いや、僕だ。

 恐怖に負けることは、僕自身が許さないことは揺るがない。だから、する。

 ――。

 ――ルクセンブルクに。

 椅子から立ち上がる。足が震えている。

 ――こんにちは。

 背筋を伸ばす。悪寒が這う。

 ――ルクセンブルクに。

 寝室の前まで歩く。足音は消す。

 ――こんにちは。

 ふすまに指を掛ける。手が震える。

 ――ルクセンブルクに。

 少し開けて隙間から伺う。妹の寝息が聞こえる。

 ――こんにちは。

 ゆっくりと布団を踏まないように迂回する。目を凝らす。

 ――ルクセンブルクに。

 息を殺して、ランドセルを持ちあげる。

 ――嗚呼、軽い。空っぽの重さ。心を無くした、思いの重さ。

 鉛のように重いランドセルを落としてしまわないために胸に抱え、潰れないよう踏み込みを確かめ、見失わないよう目を凝らして、そっと、どすんと部屋を出る。変わっていない寝息に安堵し、慎重にふすまを閉じる。しかし全身に伝播する震えは、どう理性で体を従わせても止むことはなかった。必死の思いでテーブルにそれを置くと、僕は椅子に崩れ落ちた。


 赤いランドセル。装飾品は皆無。可愛らしさはない。だが綺麗で、小賢しくないありのままの美しさがある。

 妹は、起き勉をしない勤勉で模範的な小学生の一人だ。いつも教科書が詰まって重いランドセルを背負い、通学していた。そのはずだった。

 この軽いランドセルは空っぽ、だが持つと中に何かあるのが分かる。傾けても音はしないが、何かの動く感触が分厚い布地越しに指先へ伝わる。変哲もないランドセルであった筈なのに、見ることすら苦しい。着実に推測が現実へ代わっていくことへの恐怖が、何よりも憎い。そしてそれが悪い方向へ歩を進めている冷たさに、震えが止まらない。

 ルクセンブルクにこんにちは。

 ゆっくりと後ろの回転錠へ指を滑らす。冷たい金属の錠は単純で子供が使うことを考慮されていることから、とても簡単に無防備に開く。錠であるのに、その役目は外から持ち出されるのを防ぐためではなく、中にある荷物をこぼさないためのものだ。

 つまり、悪いものも素直に取り込み、それでいて抱え込んでしまう。それがランドセル、子供の特性。

 ルクセンブルクにこんにちは。ルクセンブルクにこんにちは。

 ランドセルを、開ける。カサカサ、ふらふらと出てきたものは――。

 1000円、1000円――1000円。1000円。1000円1000円。

 ……1000円。1000円。――――1000円。

 1000円。…………1000円。

 1000円――1000円……1000円、……1000円。

 くしゃくしゃのもの、ピンと張るもの、三つ折りの線があるもの、封筒から覗くもの、何枚もの千円札がテーブルの上に広がった。

 視界に閃光が幾重にも弾け、脳の理解を阻害する。失語症を患ったように形容する言葉が思い出せない。砂を籠で貯めようとするように、思考がさらさら論理を失う。〇を△に通そうとして間違い続ける。渦巻きの外端と内端が重なって思える。何か直観で悲しいと、涙も零れてしまっているのに、独り歩きする感情と感性が「何か」がおかしいという理由だけで僕を笑わせる。

 日付が変わる。

 それでも時計の長針短針重なるように、一つの結論を指し示す。

 とても、酷い全体像が見えてきた。

 手。

 気持ち悪ッ。気持ち悪イ。

 僕は→トイレへ走った。喉から何かでそうで手で押さえ、便器に頭を突っ込んだ。

 両手で問に閂。

 口から手を離した。

 オ、出入口→おどろおどろしい、空っぽ、悲しみ、涎、悔い――……。

 エ、口嘔口→水、黒い黒い絶望、性、非言語、給食、滑稽、熔ける――…………。

 エ、口吐口→つらい、胃液、レインボー、鼻水、怒り、心――……。

 エ。――妹。

 エ、どうしてどうしてどうしてあれしてこうしてどうして。

 エ、ナニコレナニコレナニコレナニコレナニスケテ。

 エ。――妹。

 エエエエエエエエエエエエ。気持ち悪い、ぐちゃぐちゃして内臓が体が引きちぎりたいほどに気持ち悪い。

 台所に走って水道水を飲む。歪んでいる中身を丁寧に洗浄するために、飲み続けて、汚いものを洗い流さないといけない。この汚れた体内と脳味噌を正しく綺麗するためには、全部洗って吐き出さないと、僕は最低な人間にさえ泥を塗ってしまう。

 妹もうともうと妹いもうとイツモトうとうと妹妹いいもうもうとと。

 満タンのペットボトルへさらに水を足すと零れる。だから、その直前で僕は再びトイレへ走った。

 

 オエ辛●*疲エ□B弱エ望★エ〇嬉@悲◎。

 オエエエ△※エ嫌◆◎罪Aエ楽▽エ苦%G#無☆☆。

 オエエ☆〇死□好E怠□×エ¥消■□〇諦。

 

 汚い。汚い。汚い。全身が外身も中身も黒い煤でとても汚らわしい。

 胸が苦しい。苦しい。それでいて悲しい。悲しい。

 気持チ悪イ。気持ちが悪い。外は悪くないけど、中が悪い。僕の表裏が気持ち悪い。

「ははは、あはは、や、ああ。あああ……ううぅ……」

 蹲る。丸まる。体を抱いて、さらに小さく締め付ける。

 僕は、相応しくない、間違っている、欠陥がある、ダメだ。

 僕は妹に何ができた。何をして。何を果たせた。

 

 ルクセンブルクにこんにちは。

 そんな資格はない。

 ルクセンブルクにこんにちは。

 能がない。

 ルクセンブルクにこんにちは。ルクセンブルクにこんにちは。

 僕は走った。夜の町へ逃げた。行き場のない感情が体を突き破ってしまう痛みを、他の痛みで殺してしまいたい衝動に駆られた。不幸が降りかかってほしいと望み、それでも闇から必死に遠ざかる。背中が重い、何かが乗っている気がする。それでも振り返るのが怖い。逃げたい。もう辞めた。

 ルクセンブルクにこんにちは。ルクセンブルクにこんにちは。ルクセンブルクにこんにちは。

 ツタに覆われた転落防止のガードレールが続く坂道を下り、電柱を17本越え、十字路を2回曲がり、白い屋根の二階建てとベランダのある茶色い家の間を行った信号機の手前を更に行く。

 ルクセンブルクにこんにちは。ルクセンブルクにこんにちは。ルクセンブルクにこんにちは。

 ルクセンブルクにこんにちは。ルクセンブルクにこんにちは。ルクセンブルクにこんにちは。

 ルクセンブルクにこんにちは。ルクセンブルクにこんにちは。

 ルクセンブルクにこんにちは。

 ルクセンブルクに。

 ルクセンブルク。

 ルクセン。

 ル……。

 ……。

 ……。




もう、嫌だ。

助け。


「佐藤?」

 声がかけられた。

「こんなところで会うとはな」

 F田がいた。

 僕は公園のベンチに座っていた。

 よく見ると彼の頬が赤く腫れているのが薄暗い街灯の光で分かった。

 彼は僕の隣に座った。何も言わず、淡々とそこにいる。

 体を冷やす夜風が吹いた。

 ただ静かだった。

 ……彼は、なぜ。

「F田はどうして、夢を見る?」

 彼は少し間を置くと、ぽつりと呟いた。

「夢、じゃない。現実だ」

 嫌味のある言い方ではなかった。

「現実を見てる。そのために努力する」

 分からない。

 

「どうして努力できる?何も叶わないかもしれないだろ?変わらないし、さらに悪くなるかもしれない。良い方向なんて偽物で、無力なら努力をしたって無駄になる。所詮、ダメなものはダメなままで、要らないものはどこでも要らない。世界って、社会って、そういうもので、僕が今更あがいたって変わりはしない。どうしようもない、どうしようもないんだ。絶望なんて人それぞれの感じ方の問題で、幸福は相対的なもので、同情に助けなんてついてこなくて、他人は他人のままでしかない。理解なんてない。生まれつき最底辺にいるんだから、もうそのままを受け入れた方がいいに決まってる。夢は夢のような心地のままで、理想はもう叶ってるって、このままが一番良いんだって、強がっていた方が、もう苦しまなくていいじゃないか。成功を欲しがらなければ、失敗もしない。そういうものの、はずだろ?」

 

 ルクセンブルクにこんにちはだいじょうぶ、そう自分を誤魔化して、強がっていた方がいつか来る破滅にも気付かないでいられる。知らず知らずのうちに幸せだと思いながら、夢の中でそれなりのことを楽しんで終われる。

 間違っていると感じずに、誰にも責められずに、正しいことができる。

 

「それだと自分が救われない」


「普通とか、凄いとか、劣ってるとか、不幸とか、金持ちだとか、特別とか、キモイとか。なんでも人と比べられる。それで、そういう環境に生まれる。他人からそう言われる。どうしようもなくて、でも、それを恨んだって意味がない。過ぎたことを嘆いても仕方がない」


「でもそのせいで、苦しいし、つらいし、うざいし、きついし、悲しいし、寂しいし、死にたくなる」

「でもその気持ちを誤魔化して、強がって、隠して、現実逃避してももっと苦しくなる」

「変えられない現実を受け入れて、そこにいる自分を守るための嘘もダメ。八方塞がりで、本当に死にたくなる」

「現実も、自分も、そうある事実は変えられない。そこは飲み込むしかない」

「そんなの無理だ。自分なんてない、空っぽだ」

「自分が自分らしく生きること、それだけは事実だけに縛られるはずがない」


 ……。

 彼だけが口を開く。

  

「だから」

「自分のために生きる」

「自分だけに生きる」

「自分の信念に従って、正しくありたい」

「自分以外が悪いからって、自分も悪くなりたくない」

「全部を誰かのせいにすれば、何かのせいに、生まれた環境のせいにすれば――決して自分のためには生きられない」

「楽かもしれないけど、そんなの自分がないのと一緒だ」


 夜に街灯で照る。


「良い人であれ」

「自らの内に価値を持て」

「心を信じろ」

「誰かのためじゃなくて、気高き自分であるために、誇れる自分に成るために、そう自らに命じる」

「環境も世界も自分も呪って、叫んでいい。一日中泣けばいい。苦しいって、助けてって」

「全部出し切って、飽きるほど自分の心を自覚する」

「そうすると、やるべきことは見えてくる。弱音に冒されず、言い訳で醜くならず、虚飾に汚されない」

「謙虚で」

「素朴で」

「一途な一番したい事」


 彼は自分の腫れた頬に触れる。


「佐藤」

「お節介かもしれない。でも、佐藤は」

「佐藤自身は、どうしたい? どう、現実を見る?」

「そのために、どう努力する?」

「これは夢じゃない。そんな無責任で、叶うかも分からない賭けみたいな言葉よりも」

「正直に、自分の言葉を信じてみないか」


 僕は――。

 妹のことも。

 母のことも。

 家のことも。

 環境のことも。

 将来のことも。

 お金のことも。

 友達のことも。

 自分のことも。

「全部、全部このままじゃ嫌だ。無力で、何もできない。何かするだけで、いるだけで誰かを傷つける。でも頑張っていないと怖くて、可哀そうな子が頑張ってるって思われないと怖くて、じゃないとすごい孤独で、同情してもらえれば認められている気がした。強がって、大丈夫だって、お兄ちゃんとしてしっかりしないとダメだって、そう思わないと生まれ来た環境も、家族も全部否定してしまう気がして。でも、家族はずっといてほしいから、せめて母さんと妹に……でも僕も……僕も、ただ……ッ」

 感情が混ざる。

「……じゃ、俺は帰るよ。俺は佐藤を救えないし、助けられない。人が変えられるのは心だけ、見方だけ、環境も怪我もこれまで通りで変えられない。苦しいのも、死にたくなるのも、何らひとつも変えられない」

「……」

「明日、学校休むなら、クラス違うけどそっちの担任に言っとくよ」

 F田は立ち上がって、出口の方へ歩いていく。


「藤田!」

「ん?」

「……ありがとう」

「佐藤に愚痴っただけだ。感謝されるほどでもねーよ」


 彼は夜に消えていった。


 僕も帰ろう。

 あれほど重かった背中は――まだ全然重い。転んだら押し潰されてしまうほど、重くのしかかっている。それが辛くて、苦しい。

 だが、これが僕の重みだ。向き合うしかない。

 現実は消えない。母の問題も、妹の問題も、僕自身の問題も、それを取り巻く全ての環境も、何一つ解決していない。

 それでも目指したい先がある。

 僕らの傷は、膿んで、痕が残るだろう。いくら綺麗に取り繕っても消えはしない。新しい傷も増えていく。その度に苦しくなる。全部が茨の道だ。

 だから、寄り道はしない。

 いくら傷を作ろうとも、自分が正しいと思う一本道を行く。

 家族で傷を分かち合う、その先にある何かを信じたい。

 絶対に一人で背負わせない、その愛に僕は応えたい。

 その未来を迎えるために、僕は努力する。

 

 だから奮い立たせるために、自らの行動を恥じないために――。


「ルクセンブルクにこんにちは」

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ルクセンブルクにこんにちは! 洸慈郎 @ko-ziro-

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