第3話 魔導列車
「こ、これ凄いですね! 窓の外の景色がどんどん変わるし、椅子が思った通りに動いて凄く快適ですし!」
「……ああ、これは確かに凄いな」
魔導列車の内装はキズヨルで背景のみが表示されるだけで、それでも十分豪華だなと思ったが現実にすると王宮に勝るとも劣らない豪華絢爛なものだった。
天井や壁には王国各地方の伝統的な絵画が張られ、明かりとして火の代わりではなく魔導灯が置かれたシャンデリアが吊るされ、デッキには大理石、シートはリクライニング仕様となっている。
ストレス発散と
その分結構な出費を強いられることになったが。
(それにしても三等車両と違って全然人がいないな……。いるのは俺とフィーネと、車両の扉近くに座っているどこかの貴族の若いご夫人とその子供、後はこの一等車両の警備をする兵士くらいか)
一等車両の席は右側が二列、左側が一列で合計三十席ほどあるが、この車内にいるのは俺を含めて7人しかいない。さらにその内の三人は共通した黒いスーツを着て護衛用の魔法杖を装備している。
純粋な乗客は俺たち含めて四人だけ、ということか。
まあまだ開通して一年しか経っていないし、一等客車の料金は王都の一流と呼ばれるホテルのスイートルームとほぼ同等というレベルなのだから、客が少ないのは当然といえば当然だ。
キズヨルのゲーム内ではあるイベントを契機にこの魔導列車を無料で乗り回せるようになるが、シナリオが完全に破綻してしまっているこの世界ではこれに乗れる機会は一生に数度という程度。だったら乗れる時に存分に楽しまないとな。
「……ところでアッシュさん、この勇者勲章はいつまで着けていないとダメなんですか?」
「……この列車に乗っている間はずっとだな。……こいつのおかげでガキだと舐められずに済んでるわけだし」
俺とフィーネがわざわざ王立魔法学院の制服と勇者勲章を着けているのは乗客や乗務員などに舐められることで発生する“あるイベント”を回避するためだ。
魔導列車の切符は駅で買う必要がある。
そして例え上品な服を着ていたとしても子供だけだと売ってもらえないし、買えたとしても客室乗務員から舐められてしまう。
これがきっかけでその“あるイベント”が発生し、フィーネらは大変な思いをすることになる。
なので貴族の子の証である王立魔法学院の制服と、偽造すれば重い罪に問われる勲章をつけることでイベントのフラグを折ろうとしたわけだ。
「こんな快適な旅があるなんて知りませんでした……。確か食堂車もあるんですよね?」
「…………らしいな。他にはお手洗いに化粧室、それにシャワールームまであるのか。凄いな」
「ここまで至れり尽くせりなサービスを受けられてたったの
乗車する際に配られたパンフレットを読んでフィーネは感激するが、俺は二十時間という文字に思わず笑顔が引きつってしまう。
この世界の旅というのは高速馬車に乗っても最短で四~五日は普通にかかり、馬車の乗り心地や野盗などの問題から貴族は基本的に本拠地から離れたがらず、旅というのは庶民がするものだという認識だ。
そんな旅を国内に限るがどれだけ距離が長くても三日以内に目的地に着けるようにし、さらに快適性を劇的に向上させたこの魔導列車は間違いなく歴史を変える発明品だと言えよう。
問題は朧気ではあるが現代日本で暮らしていたという前世の記憶を持つ俺からすると、二十時間列車の中というのは余りにも長すぎるしキツすぎる。
加えて厄介なのはこの魔導列車は寝台車ではないのでは寝れないということ。
一等車両の乗客がこれで全員なのかは分からない以上勝手に他のシートを使って簡易ベッドにするわけにもいかないし、例のやつが起きたらどうしようか……。
(半日以上座ったままキツいなー。足を伸ばせる分、他の車両の客よりかはマシなんだろうけどさ……。っと)
……やっぱりアレが起こったか。一等車両なら起こらずに済むと思ったんだけどな。
「ふ、フィーネさん……。ちょっとよろしいでしょうか……?」
「はい、どうかしました――って顔が真っ青ですよ!?」
俺は申し訳なさを感じながらも窓の外の景色が急速に変わっていくことに夢中になっているフィーネの肩を叩く。
フィーネは案の定というべきか俺の真っ青な顔を見て驚いた様子を見せる。
「よ、酔った……。魔法かけて治して……」
「うぇ、ええ!? わたしの魔法が乗り物酔いに効くか分かりませんよ……?」
「とりあえずかけてくれ。これでダメだったらトイレに駆け込むから………」
「わ、わかりました!」
フィーネは混乱しながらも俺に聖魔法をかけてくれる。
するとさっきまで俺を襲っていた目眩や冷や汗、吐き気などが次第に治まっていく。
「大丈夫ですか……?」
「ちょっと落ち着いた。でも多分また酷くなるだろうから一時間おきにかけて欲しい」
「わかりました。一時間おきにですね!」
「ほんと頼むよ……」
俺はフィーネの明るい声をBGMに、少しでも乗り物酔いにならないようにしようと遠くの景色を見る。
そこから見えるのはどこまでも続く広大な草原と、ポツポツと見える低レベルのモンスターくらい。それでも今世では大半を王都で過ごしてきた俺からするとそれはとても新鮮なものだった。
これで乗り物酔いさえなければなぁ……。
「フィーネ、食堂車で水を貰いにいってくるけど君はどうする?」
「あ、じゃあ私も一緒に行きます! どんな料理が食べられるのか気になりますから!」
はぁ、フィーネの健康な体が羨ましい。
いやまああの日のずぶ濡れでボロボロだったあの日からここまで回復したのは喜ぶべきことなんだけど。
そんなことを考えながら酔わないよう窓の遠くの景色を見つつ食堂車へ向かっていると、先ほど見かけた貴族の女の子が気分を悪そうにしていた。
「体調が悪そうですが、どうかしましたか?」
「その、この子が気分が悪いと言い出しまして……」
エアリアルハットで目元を隠した若いご夫人は女の子を膝枕しながら不安げに呟く。
貴族社会でもまだ魔導列車というのは普及していない。そんな中で乗車して子供が体調不良となったらそりゃ不安にもなるか。
「この子の手を握ってもよろしいですか?」
「え、ええ。構いませんが……」
「では失礼します」
フィーネは目を瞑り苦しげに息を吐く女の子の手を優しく包むと【聖魔法】を発動させる。
すると女の子の顔色はすぐに良くなっていき、呼吸も穏やかなものになった。
「これで暫くは大丈夫だと思います。また何か変化があったら気軽に声をかけてください」
「あ、ありがとうございます!」
フィーネの言葉に夫人は深々と頭を下げてお礼を告げる。
(……ん?)
その時にちらりと見えたその人の顔はどこか見覚えのあるものだった。
しかしその顔は今世でも『キズヨル』でも見たことがないもの。
(気のせいか……?)
俺はその場でそう判断すると会話を終えたフィーネと一緒に食堂車へと向かうのだった。
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