第2話 里帰り

「ただいまー」

「おかえりなさい、アッシュさん。ご家族の方からお手紙が届いていましたよ」


 家に帰るとフィーネが昼休みに見たものとは打って変わって笑顔を浮かべて明るく振る舞いながら俺に手紙を差し出す。

 

「あー、フィーネ。今日はえらく早く学校が終わったんだな……」

「はい。もうすぐ夏休みということで暫くは授業は午前中だけなんです」

「へ、へー、なるほど」


 実家から手紙が届くのは決まって昼間。

 そして下級貴族クラスは上級貴族クラスより早く授業が終わるので、これまではフィーネにバレることなく手紙を回収することが出来たのだ。

 そう、これまではだが。


(ということはこれからはフィーネに実家からの手紙を見られるリスクが増えるというわけか……。フィーネの性格的に勝手に中身を見るなんてことはないと思うけど)


 俺はぎこちない手つきで手紙を受け取ると、差出人――ジョルジュ・レーベンの名前を見てさらに憂鬱な気分になる。

 さて、今度はどんな理由をつけて断ろうか。学校関連の出来事は使えないだろうし……、うーん。


「あの! 終業式が終わったら一緒にわたしの故郷の村に行きませんか!?」


 そうして悩みに悩んでいると、フィーネが声を張り上げ、突然俺にそんなことを言ってきたのだ。


「観光名所も何もない場所ですけど、自然は豊かだし、空気も澄んでいますし、村の皆も気さくな良い人ばかりですからリラックスできると思うんです!」


 確かにフィーネの村はゲーム内で攻略対象のキャラクターが口を揃えて「心地のいい場所」と答えていた。

 そこに行けば俺の疲れ果てた心を癒すことが出来ると思う。

 問題は何故フィーネはこのタイミングでそんなこと言ってきたのか、だ。


「フィーネから見た俺ってそんな疲れているように見えたのか……?」

「正直に言わせていただきますと、何かに追われているように感じられてとても辛そうです。最初は呪いか病かと思って何度か『わたしの魔法』をかけて治療を試みましたが全く回復する気配もなかったので……」


 おお……、なるべく隠すよう努力していたつもりだったんだがフィーネには全てお見通しだったか。


「ですから原因はストレスとかそういうものなのではないのかなって。突然こんなことを言って混乱させるだけなのは分かっていますが……」

「いや、フィーネの考えている通りだ。俺は毎日送られてくるこの手紙のせいで毎日うんざりさせられている」


 俺は推理ドラマで犯人が刑事に白状するようにそう言うと、フィーネと連れ立ってリビングに向かい適当なソファーに腰を下ろす。

 そして同じくフィーネがソファーに座るのを見届けると、俺は深呼吸してから自分が置かれた状況について素直に説明することにした。


「結論から言えば俺の実家は俺が持っている爵位が欲しくしてあれこれ見合い話を寄越してくるんだ。それも毎日。それでまあ断るなら断るで相手の家に手紙を送らないと行けないから、そのせいで毎日寝不足になってるっていうわけ」


 俺は名目上ヴァイス子爵ということになっているが、ヴァイス子爵家は領地も官職も資産もない完全に名ばかりのもので貴族としての序列は限りなく底辺に近い。

 対してレーベン準男爵家は一応ではあるが王宮で官職に就いており、資産も王都に屋敷を2つ建てられる程度にあり、さらに母は伯爵家の5女ということから子爵位を持ち出して向こうの要求を突っ返すのは難しいと言える。さらに面倒くさいのは俺に釣り合う相手として父が紹介してくる女性は全員母方の祖父の縁者、即ち伯爵家の人間で「結婚する気ない。無理」と適当に返事を返すわけにはいかないということ。

 相手を傷つけず、それでいて婚姻をする気はないとストレートに伝えられる文章を学校から帰って来たら毎晩書かされ続ける。これはもう完全に苦行だ。

 多分実家は俺がそれで根を上げて自分たちの言いなりとなるのを待っているのだろう。具体的には俺が生まれてこの方一度も会ったことがない長男に子爵位を譲る、とか。


「だからフィーネの誘いは本当に嬉しい。ただ実家の連中が君の故郷の村にまで駆けつけてくる可能性を考えると――」

「わたしもわたしや故郷のことを気づかってくれるのは嬉しいですけど、今の貴方を置いて帰るなんて出来ません。最悪実力行使であなたをご両親から引き剥がします! いいですね!?」

「わ、わかった」


 フィーネの想定外の圧に思わず首を縦に振ると、彼女は笑顔で「よろしい」と言って制服から着替えるために自分の部屋へと向かってしまった。


(……それにしてもフィーネの故郷、か)


 彼女の故郷、ガカト村はゲーム内では特定キャラとの攻略ルート突入後2年生の時にのみ発生するイベントかノーマルルートのEDでしか訪れることがない場所だ。

 そこで出来ることと言ったらヒロインと攻略対象をイチャイチャさせてスチルを回収することくらい――というのは発売直後の話。

 あの村にはあそこでしか入手することが出来ないとあるレアアイテムがある。


(丁度いい機会だしアレ・・も回収しておくか)


 そう考えた俺は重い腰を上げると、もうどうにでもなれの精神で手紙をその場に置いて旅支度を始めることにしたのだった。



◇◇◇



「あの、本当にこれに乗るんですか?」


 終業式の次の日、敢えて王立魔法学院の制服を着て旅行用の大型カバンを持った俺たちはフィーネの故郷であるガカト村付近の街に向かうため駅を訪れていた。


「ガカト村に歩いていったら夏休みの殆どを夜営で過ごすことになるだろ? だったら文明の利器に頼った方がいい」

「で、でもこれって――」


 フィーネが指差す先にあるもの、それは上級貴族の大屋敷の倍以上の広さを誇る巨大な建物で、その中央部には複数のレールとホーム。そしてそのレールの上に置かれてある車輪と台車に支えられた鉄の巨体。

 つい昨年に開通したばかりで3等車両でも相応の値段が求められる新時代の移動手段であり、キズヨルにおいて2年目以降に解禁される王国全域の特定地点をファストトラベル出来るようになる便利アイテム。

 その名を【魔導列車】と呼んだ。

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