第3章
第1話 身内
「アッシュ・ヴァイス子爵、おもてを上げよ」
季節は街のあちこちで「ジー、ジー|とセミの鳴き声が聞こえるようになってきた真夏。
ラクレシア王国王都のど真ん中に建てられた立派な王城、その謁見の間で跪いていた俺はその城の主でもある御老人からお声がかかったので頭を上げる。
「まずは我が愚息が卿とフィーネ・シュタウト嬢に多大なる迷惑をかけたことを謝罪したい。申し訳なかった」
国王陛下は軽くではあるが、一臣下である俺に頭を下げたのだ。
そのことに周囲の従者たちは困惑し、そしてざわつき始めた。
いやまあ俺だってこれにはビックリする。
まさかこの国のトップであり最高指揮官たる国王陛下から名前を呼ばれるばかりか、さらには謝罪を受けることになるなんて一体誰が予想できたというのか。
「い、いえ! その問題は既に解決されたものと存じておりますので陛下が謝罪される必要はございません!」
いたたまれなくなった俺はとっさにより深く頭を下げ陛下に対して進言する。
「ヴァイス子爵、卿は寛大な人間なのだな。……しかし一国の主として、また子を持つ父親として
陛下は一瞬頬を緩めるが、すぐにまた厳かな雰囲気を纏って振り返る。
すると陛下の後ろに控えていた従者が相当上等なものと思われる白い布に覆われた縦長の木箱を俺の前へ持ってくると、丁重に封印を解いて中に納められた儀礼剣を俺に見せる。
「先の騒動で空白となった王国第二正騎士団副団長職、受け取ってはもらえぬか」
その儀礼剣を手に取れば、俺はラクレシア王国の下級貴族にとって最終到達点の一つ、正騎士団の副団長職に就任することを意味する。
ほんの少し前までは弱小貴族の跡継ぎになれるかどうかも怪しい身分だった俺が、正式な官職であり同時に最高位の職を賜る機会までも与えられている。
本当の本当にこんなの一年前では考えられなかったことだ。
「……」
この一生に一度あるかないかの選択に、俺は心の底から悩み、考え、そして―――。
「…………決めました。私は」
―――事の発端は約一週間前にまで遡る。
※ ※ ※
「……それでは行ってきます」
「ああ、気をつけてな」
夜会襲撃事件の収拾に一段落がつき、定期テストも終わって学院が落ち着きを取り戻し始めたある日。
俺が通う下級貴族のクラスと違い一限目の開始時間が早いフィーネは家事を済ませると、俺に挨拶をしてから駆け足気味に学院へと向かっていた。
そして十分が経ってから俺もカバンを持って王立魔法学院の下級貴族クラスが置かれている校舎へと向かう。
今さらだが王立魔法学院はその出自によってクラスや校舎が分けられる。
例えば俺やイアンのような新興の下級貴族の子弟で成人後に貴族の身分を失う可能性が高い者は下級貴族専用のクラスで卒業後スムーズに就職できるよう職業訓練をメインとした授業を受け、反対に四馬鹿たちが通う上級貴族クラスは卒業した後も貴族に留まるため授業の内容もマナーや国際情勢といったより高貴な者となるための授業を受けるという仕組みだ。
そしてフィーネは『聖魔法』という聖女しか扱うことができない魔法を使えることから将来の王妃候補として特例で上級貴族クラスに通っている。
……メタ的に言えばこうでもしないと攻略対象のキャラクターと接点が持てなくなるからなのだが。
ともかく俺とフィーネが顔を合わせるのは朝のこの時間帯と下校した後くらいで、彼女が普段どんな学院生活を送っているのかを知る術はないというわけだ。
まあそれでもフィーネが誰かに虐められたりせず楽しんで学院生活を送れていればそれでいい。
と、共同生活を送るようになって最初の頃はそう思っていたのだけど……。
「ふーむ……」
下級貴族向けの食堂の一角。魔法学院中央の広大な校庭を見渡せる席に陣取った俺は、木々に隠れた建物の影で2人の男女が話し合っているのを目撃する。
一方は下級貴族クラスでは見たことがない男子生徒で身振り手振りをしながら女子生徒に迫っていく。
対するもう片方の女子生徒は頭を深く下げると、逃げるようにその場から立ち去ってしまう。
そしてその女子生徒というのが……。
「アッシュ……。いくらフィーネちゃんが可愛いからって学校でまでストーカーするのはよくないぞ……」
「俺を変質者扱いするな」
そこまで考えたところでイアンがトレーに今日の日替わり定食の山盛りスタミナ丼と豚汁を載せて俺の隣に座る。
前世でキズヨルを遊んでいた頃から思っていたが、この国はどこからジャポニカ米や醤油に味噌と和食の材料を調達しているんだ?
そんなことを考えながら俺は視線を自分が頼んだ殆ど食べかけオムライスと海老フライのセットへと向ける。
「で、アッシュは何を考えてたんだ?」
「最近フィーネの元気がなさそうなんだ。その、申し訳なさそうにしているというか……」
「風邪でも引いて体調を崩してるとか?」
「フィーネの魔法を見たろ? 魔力さえあれば多少の怪我や病気は自力で治せるんだぜ」
「それもそうか。……となるとフィーネちゃんに元気がない原因はさっきの上級貴族のお坊ちゃんが関わってるのかあ?」
「俺はそう見てるけどね……。ふあぁぁ……」
そう言って俺は盛大に欠伸をしながらフォークを海老フライに突き刺してモソモソと咀嚼していく。
「ところでアッシュ、お前も随分と寝不足なように見えるけど」
「ん? ああ、まあそうかもな……」
最近やたら送られるようになった実家から送られてきた
あれを全て無視して適当にゴミ箱へ叩きこめられたらどれだけ良かったか。
「お前こそフィーネちゃんに一度診てもらった方がいいんじゃないか?」
「書類作業でちょっと疲れてくらいだからフィーネの手を煩わせる必要はないよ。それにその作業ももうすぐ終わるし。だから彼女にこの事は言わないでくれ」
「わかった、わかった。お前がフィーネちゃんをストーキングしてたことも黙ってやらあ」
「あー、はいはい。もうそういうことでいいわ」
なんてやり取りをしている間に昼休みの終わりを告げるチャイムが食堂に鳴り響く。
「やっべ、早く食わねえと」
「頑張って食えよー」
俺は皿を空にすると急いで昼飯をかっ込むイアンを傍目に食堂を出ていく。
『お前に釣り合う相手を見つけてきた。夏季休暇中に必ずレーベン家本邸に戻ってくるように。ジョシュア・レーベンより』
――ジョシュア・レーベン、レーベン準男爵家当主であり、同時にもう10年以上会っていない俺の父親。
(今まで一度も連絡の類をしてこなかったどころか、4馬鹿と決闘することになった時には二度と本邸に入ることすら許さないと言ってきたのに、突然戻ってこいと言われてもなあ……)
そして父が俺を呼び寄せている理由は、現在俺が叙されているヴァイス子爵の位をレーベン家に取り込むため。
だからレーベン家の縁者から婚約候補を探し出してこうして俺の家に送りつけているというわけだ。
(ああ、面倒くさいな……)
これまでは学業やら儀式やらテストやらで忙しいとのらりくらりと躱してきたが、今週から夏休みが始まるとなるとこの言い訳を通すのは難しいだろうなあ。
「はぁぁぁぁ……」
俺は大きくため息を吐き、肩を落としながら教室へと戻っていったのだった。
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