第2章 エピローグ

「アッシュ・レーベン。我々が人質となっていたらラクレシア王国にとって重大な損失となっていた。君の勇敢な行動には心の底から感謝しているよ」

「ははは……それはどうも。ですがこれは自分1人の手柄ではありませんので」

「確かにそうだ。この手柄はテロリストに屈することのなかった我々全員の戦果だな!」


 用事を済ませて魔力酔いにより意識を失っている間に厳重に拘束されたテロリストが騎士団によって連行されていく様子を眺めていると、夜会の招待客で上級貴族らしい小太りの老人がやや上から目線で話しかけてきた。

 これ以上面倒くさいことには巻き込まれたくない。そう考えてとっさに話題を逸らしてみると、老人は上機嫌に「これは自分たちの戦果だ」と嘯きながら立ち去っていく。

 ……あいつ、ずっと頭を抱えながら「どうしてこんなことになったんだ!」とヒステリックに呟いていただけなのに、よくもまああんな厚顔無恥なことが出来るな。

 小太りの老人が去ったのを見届けてから盛大にため息をついていると、フィーネが不安そうな顔をしながら俺の元へ駆け寄ってきた。


「アッシュさん、何かありましたか?」

「お偉いさんの相手は苦労するなと思っただけだよ。それよりフィーネの方こそ大丈夫か?」

「わたしは大丈夫です。ただ魔法で治癒しているだけですから」


 そう語るフィーネだがその顔は疲れているように見える。

 ついさっきまで重傷を負っていた者を聖魔法で治療していたのだから当然といえば当然か。


「今さらだけど騎士団も救護員やポーションを持ってきてるからフィーネが彼らを治療する必要はなかったんだぞ」

「……それでも目の前で苦しんでいる人を放ってはおけませんでしたから」

「なるほど……」


 開発者から「乙女ゲーの正統派ヒロインを目指した」と語られるだけのことはある主人公っぷりだ。

 どっかの敵を人質兼盾代わりにしたクソ野郎も見習うべきだな、ガハハ!

 さてと。


「フィーネ、夜会は中止で明日は臨時休校。生徒は全員、騎士団が警護する寮で寝泊まりするようにだとさ。イアンたちももう寮の方に戻ったよ。『フィーネちゃんによろしく』だってさ」

「そうですか……」


 フィーネは辺りを確認すると、一呼吸置いて「わかりました」と話す。

 しかし彼女の顔はまだ曇ったままで、お世辞にも調子がいいとは言えない。


「魔力を使い過ぎて疲れているのか?」

「い、いえ! ただその、……せっかくアッシュさんにいただいたドレスを汚してしまったのが申し訳なくて」

「ああー……」


 フィーネが着ていた瑠璃色のドレスは砂煙やら治療の際についた血で確かに汚れてしまっている。元の綺麗な状態に戻すことは出来なくはないのだろうが、これはもういっそのこと捨ててしまって同じものを別途調達した方がいいだろう。

 それに状況が状況だしドレスの補償は騎士団なり王国がしてくれるはずだ。


(でも多分、フィーネの性格的に本当に気にしているのは――)

「……この子を晴れ舞台で活躍させてあげたかったな……」


 彼女は自分のドレスを見て悲しげな眼差しを向けながら、消え入るような声でそう呟く。

 自分の目で選び、そして気に入って手に取ったドレスをもう使い物にならなくしてしまった。その事実が相当堪えたのだろう。


『どれだけ綺麗で高くても服は人間に使われるために作られた道具だ。人間が道具に気を遣う必要はない』


 あの瑠璃色の綺麗なドレスを買う前にこう言ったが、それは道具に一切の愛着を持っていないということが前提だ。

 誰だって大事なものを壊されたり汚されたりして平気ではいられないだろう。

 まああれを気に入ってもらえたのはそれはそれで嬉しいことなのだが。

 しかしそれはそれとして彼女にこのままこのボロボロの夜会会場でずっと曇ったままでいて欲しくはない。


「フィーネ、少し跳ぶから舌を噛まないようにしてくれよ」

「え、ちょ、ちょっと待って――」


 俺はフィーネをお姫様抱っこすると、そのまま大講堂を駆け上がり無人の屋上へと移動する。

 テロリストを連行し終えたことから騎士団は減っており、俺たちの姿に気づく者はいない。

 これなら多少派手な動きをしても誰かにバレることはないはずだ。


「あっ、あの、アッシュさん……?」

「フィーネ、夜会の最後にはダンスパーティーが行われるって言っただろ」

「は、はい。そう聞きましたが」

「まあその、何だ。もうすっかり真夜中だし人もいないけど、それでもここが今日学院で一番目立つ場所ということは変わらない。だから――」


 そこまで言って今さら自分が物凄く恥ずかしいことを言おうとしていることに気づき、沸騰しそうになるような思いをしながら必死に続く言葉を捻り出す。


「……だから、さ。ここでそのダンスパーティーをやろうぜ。そのドレスを活躍させるために」


 と、俺が不恰好にフィーネに右手を差し出すと彼女は一瞬呆気に取られたように目をパチクリさせるが、次いでクスッと笑みを浮かべて手を握った。


「……アッシュさんは本当に優しいですね。どうかよろしくお願いいたします」


 そうして俺たちは月を背景に踊る。

 BGMはなく、お互い不慣れなこともあって酷い出来のダンスだったが、それでもその時は身分だとか学院だとか今後のことなど面倒くさいものから解放されて自由に夜空を舞うことが出来た。



◇◇◇



side.アルベリヒ


「クソっ! どうしてこの僕がこんな小汚ないところを歩かなくてはならんのだ!」


 ラクレシア王国第2王子たる僕、アルベリヒ・ア・ラクレシアは愛しいエリーゼと共に小汚ない地下水道を歩かされていた。

 エリーゼは意識が朦朧としていて自分で立って歩くことすら出来ないでいる。そのため僕が彼女に肩を貸して移動しているのだが、そのために移動速度は落ちていく一方だ。

 しかし……。


「殿下、エリーゼ嬢は私どもが御運びいたします。どうか無理をなさりませんよう……」

「お前たちにエリーゼを預けることなど出来るか! 共和国解放戦線の賊ではないようだが、お前たちが僕の従者のフリをしていた得体の知れない奴らだということに変わりはないのだからな!」


 僕とエリーゼは賊が講堂を襲撃し混乱が生じた際、僕の従者としていた潜伏していたこいつらによってこの地下水道へと連れ出し、そしてそこで待ち構えていた仲間と共に「安全な場所」へと案内されることになった。

 彼らはあの賊と違い僕を殿下と敬ってはいる。だからといって信用に値する味方では決してないのだが。


「いい加減白状したらどうだ。お前たちは何者で僕をどうするつもりなのかを!」

「……そうですね、この辺りであればお話してもよろしいでしょう」


 そう言って奴らの頭目と思われる黒いフードを被った冒険者らしき男がこちらに振り返ると、その顔を露にして話し始める。


「我々は【ルーヴェン公国・ヴァスキア共和国同盟軍】。殿下の身に起きた不幸に誰より同情し、そしてラクレシア王国がエリーゼ・リングシュタットにもたらした拷問に憤り、そして―――エリーゼ嬢に起きた不幸を解決する方法を知る者です」

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