第17話 反転攻勢

side.共和国解放戦線


「それにしても予想以上に上手くいきましたね」

「ああ、本当にな。それもこれも同志が用意してくれた魔力結晶とこの仮面のおかげだな」


 夜会が行われていた大講堂。

 そこには手足を拘束され大人しくしている貴族や学生、そして不意打ちにより重症を負い意識を失った護衛の騎士と、それを取り囲む仮面を経由して魔力補給を受け強化された共和国解放戦線の“同志”の姿があった。

 そんな彼らの姿を見て、この部隊を率いるリーダー格の男は満足げに笑みを浮かべる。


「あの黒ずくめの男、身なりは怪しかったが持ち込んできた商品の性能は確かだった。これがあれば祖国ヴァスキアに巣食う悪鬼を払い、我ら共和国解放戦線が人民の導き手となる日も遠くない」

「全くその通りです、師兄。……これでラクレシアの王子らを捕縛できていれば良かったのですが」

「だがラクレシアの豚共をこれだけ捕まえられたんだ。一先ずは良しとしよう。後はこいつらを我らの拠点へと連れ帰り王国から身代金を手に入れることにのみ専念しろ」

「はっ!」


 そう、後はラクレシア王国の支援者から提供された脱出路を使い、捕縛した人質と共に王国内の拠点を経由して祖国へ戻るだけだ。

 支援者の話によれば騎士団の救援は2時間は来ないという。逆に言えばその2時間の間にここを脱出しなくてはならないわけだ。


 “師兄”と呼ばれたリーダー格の男は仮面と魔力結晶に手を触れ、全ての同志に対して撤退の合図を送る。

 程なくして建物内に展開していた共和国解放戦線の正規兵と戦力の大半を占める徴発された少年兵が講堂へと戻ってきた。

 そして正規兵の1人が早速点呼を行うが、すぐに未だ戻ってきていない少年兵がいることに気づく。

 

「おい、あの双子はどこに行った?」

「わ、わかりません。最後に会った時に逃げようとしている捕虜を見つけたと言っていましたが……」

「ちっ、面倒かけやがって……。師兄、如何しますか?」


 この場にいない双子の少年兵と同じ班の少女に確認を取ると正規兵はイラついた様子で舌打ちをしながらそう吐き捨てると、リーダーの男に今後の方針を伺う。


「……大丈夫だ。その2人の反応ならこちらに向かって近づいてきている」

「敵に奪われたという可能性は――」

「作戦が始まる前に説明しただろう。この仮面の術式は予め魔術契約した者でないと起動しないと」

「そ、そうでしたね! 間抜けなことを聞いて申し訳ございません」

「いや、構わん。このような魔道具を扱うのは今回が初めてだからな」


 リーダーの男はそう返事をすると、改めて魔力反応を確認し――そしてある違和感に気づく。


「待て。その双子は足が特別早かったり魔法を扱えたりするか?」

「いえ、訓練では測定された身体能力は平均的なものでしたし魔法の訓練もまだ行っていませんが……?」


「―――なら、どうしてこの双子の仮面はまるで宙を飛んでいるかのような反応を示しているんだ?」


 リーダーの男がそう呟いた瞬間、講堂のステンドグラスが派手に破壊され、月光に照らされた少年の影が彼の視界に入った。


「っ、くそ! そういうことか! 総員戦闘態勢!」


 男は少年が抱えているモノに気づくと即座に剣を構え号令をかける。


 突然乱入してきた顔をマフラーで隠している少年が抱えていたモノ―――それは仮面とローブを羽織った状態でさらに簀巻きにされた双子の少年兵の姿だった。



◇◇◇



side.アッシュ


「ぐぅっ……!?」

「師兄!?」


 物凄く豪華でお高そうなステンドグラスを盛大に蹴破りながらテロリストが集まる講堂に突入した俺は、中央にいるリーダーらしき男の顔面に勢いそのままグーパンで殴り飛ばす。

 

「ぐほっ……!?」


 俺の攻撃を受けたリーダーは派手にぶっ飛び真反対にある壁に激突した。


 サラサによるとこの仮面はある点を中心に魔力によるネットワークを形成し、敵味方識別機能を与えたり術式契約者に魔力を供給するだけで特別強力なレーダーや仮面の装着者の感覚を乗っ取れるというわけではない、らしい。

 だったら拘束した双子のテロリストをダミー兼人質にしながら敵本陣に突撃してしまう。これが俺の考えた作戦だ。


「こいつ……! お前ら! あのクソガキを討て!」

「ま、待ってくれ! あいつらがまだ捕まったまま――」

「お前たちが今日まで生きてこれたのは我々が買ってやったからだろう!? 今ここでその恩義を返せ!」


 リーダーを攻撃されて混乱した幹部格と思われるテロリストは配下の少年兵と思われる子供たちに怒声を飛ばす。

 しかし少年兵たちは仲間を攻撃することを躊躇い、武器を持ったまま立ち尽くしたままだ。


「この役立たず共が……!」


 それに幹部テロリストは唾を吐き捨てながら子供から武器を奪い、人質となっている双子ごと俺を攻撃しようとする。

 かなり胸糞悪い光景だが、俺がやっていることも大概なものだからそれをどうこう言う権利はない。

 俺がすべきことは被害を少しでも減るよう早急にこのテロリスト共を黙らせることだ。


「――!」


「くっ、早い……」

「撃て! 撃て!」

「待て! 今攻撃したら師兄が――」


 双子をその場に下ろして走り出した俺は背後からの攻撃を避けつつ未だ地面に横たわっている【師兄】と呼ばれていたリーダー格の男の元へ向かうと、そいつの身体を盾代わりにしながら目的のブツ――大量の魔力を蓄えた小石サイズの魔力結晶と例の仮面を手に取る。

 そして俺は片手で右の頬が赤く腫れた男の襟首を掴んだまま立ち上がると、もう片方の手に握られた魔力結晶と仮面を掲げた。


「き、貴様! 一体何をするつもり――」

「すぐに分かるよ」


 そう告げると俺は仮面と結晶がひび割れるほどに自分の魔力を注ぎ込む。


「ぐおっ……」

「……うぷ」


 するとテロリスト共は一斉に魔力酔いを起こし、次々とその場に倒れていく。

 サラサの話によれば俺が全力で魔力を無理やり投与すれば半日は身動きが取れなくなるとのことだったが、どうやらそれは本当のようだ。


「ぐ、うぅ……私は……? っ、貴様は!? それにこの状況――貴様、一体何をした!」


 粉々に砕け散った仮面と結晶の残骸を捨てて一息つこうとした瞬間、【師兄】が意識を取り戻して暴れ始める。

 ったく、面倒くさいことになったなと思いながら、俺は空になった手を固く握り締めて……。


「五月蝿いから黙っててもらえる?」

「あっ――がぁぁぁぁ!?」


 骨を砕かないよう力をセーブしつつ左の頬をぶん殴り、再び壁に吹き飛ばす。

 【師兄】は痛みに悶絶しながら再び意識を失う。


 夜会を襲撃してきたテロリスト全員の完全無力化を確認した俺は大きく息を吐き、そしてこう呟く。


「……ようし、さっさとトンズラするか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る